一人いつもの公園のコートで汗を流す。
 が愛知に帰省していていないため、しばらく一人だ――。
 別にどうということなどないはずだというのに、さすがに何日も一人で練習を続けていると調子が狂う。と彼女が帰省してから5日程経ったところで流川は一人公園でため息を零していた。
 彼女が観戦に行ったインターハイには全く興味が持てず。しかし。否が応でも勝敗の情報はテレビや新聞で入ってくる。正確にはテレビや新聞を見たらしき部員たちの雑談を通して情報が入ってくるのだ。

「海南、陵南ともにベスト4進出だってさ!」
「マジで神奈川同士の決勝も有り得るんじゃないのかこれ」

 今日も部活に赴けばさっそく部室で桑田や石井たちがそんな話をしており、チッ、と流川は舌打ちをした。興味のない情報が不可抗力で入ってくることは意外に不快なものだ。
「あ、流川! 流川はどう思う?」
「県大会じゃ海南が勝ったけど、もしインターハイ決勝で陵南対海南ってことになったら……!」
「……別にキョーミねー」
 ボソッと呟き、さっさと着替えて部室を出ると体育館へと向かった。
 実際に海南がどこまで進もうが陵南がどう活躍しようが微塵も興味はないのだが。だが――はたぶん仙道目当てで観戦しているのだろうな、と思うと出てくるのは舌打ちだ。仙道のプレイを好きだというに彼のどこがいいのかなど具体的に聞いたことはなかったが。ただなんとなく、は彼女自身のフォワード適性が高すぎるせいか諸星のようなガードに憧れているきらいがあり、双方の要素を併せ持っている仙道を好んでいるのだろう。との予測はついたが……どちらにせよ自分には関係のないことでもある。
 ただ――。ともう一年ほど前の出来事を流川は脳裏に浮かべた。

『オレはちゃんを送ってきただけだ』
『いままでなにしてやがった?』
『なにって……まあ、デートだけど。な?』
『あいつと付き合ってんのか?』

 あの国体最後の日……は否定したが、仙道の方は彼女に好意を抱いていたのだろう。とはいえ交際もしていなかったのなら単なる逆恨みじゃねーか。と、そうとしか思えない仙道からの言動を思い出して更なる舌打ちが喉から勝手に出てきた。
 ただ、もしもが仙道と付き合っていたとして……自分はどうしたのだろうか。と思うと思考にモヤがかかる。考えても意味のないことだからだ。でも一つだけ確かなのは、そうすんなり引き下がりはしなかっただろうということだけだ。などと考えていたところでキャプテンの宮城が体育館に現れ、ハッと流川は意識を戻した。

 ――そうして今年のインターハイは幕を下ろした。

 インターハイ後も愛知に留まって神奈川に戻るのはお盆のあと。というのスケジュールのために流川の早朝練習は今日も一人だ。
 おまけに今日はお盆初日で部活までオフである。がいれば一日中一緒にいれただろう。久々の帰省だというに文句があるわけではない。文句はないのだが……さすがにそろそろ顔を見ないとつまらないを通り越してどこか焦りやイライラといった言葉にできない感情が沸いてくるのを流川は自分自身のことながら不思議に思っていた。
 とはいえ、インターハイ直後に彼女と顔を合わせないで済んだのはある意味では正解だったかもしれない。避けては通れない話題だろうからだ。やはり自分以外の誰かが優勝というのは面白いものではないし、特にここ神奈川では号外が出る騒ぎだったのだから尚更――、といつもより長めの早朝練習を終えた流川は公園をあとにしてロードバイクを走らせていた。
 ちょうど藤沢駅のところで信号に引っかかり、一時停車をする。いつも使用しているウォークマンは生憎の電池切れで使えず、やけに周囲の音がはっきりと聞こえる。などとぼんやり思っていると頭上の駅へと続く歩道橋から「お」と声が降ってきた。

「流川か……?」

 ぴく、と流川の手が撓った。
 聞き覚えのある声だ。しかもいけ好かない……と眉を寄せつつ顔を上げると、目下全力で潰したい相手でもある陵南の仙道が相も変わらず締まりのない顔で「よっ」と手を掲げており益々流川の眉間に皴が刻まれた。
 チッ、と小さく舌打ちをして無視を決め込んでいるとさして気にする様子もなく仙道が階段を下りてくる。
「なにやってんだ? 早朝練習か?」
 うるせー。てめーになんかカンケーあんのか? と脳裏のみで答えていると、彼は近くまで歩いてきた。やや大きなカバンを携えている。
「あ、盆くらい実家に顔出そうと思ってさ。帰省の途中なんだよな」
 うっかり視線がカバンに行ったのを目ざとく気づいたのだろう。仙道はそんな風に言った。まだ信号は赤である。
 チッ、と流川は再度舌打ちをする。
「選抜予選じゃオレがてめーを倒す。首洗って待ってるんだな」
 睨みつけるようにそう言うと、一瞬キョトンとした仙道はなぜかその言葉を待ってましたとばかりに満面の笑みを見せた。
「いーや。そりゃ無理だな」
「はッ――!?」
 どういう意味だ、と思わず身を乗り出しそうになった流川に仙道はなお続けた。
「オレさ、全国制覇したら引退、無理だったら現役続行って賭けてたんだよな。で、お前も知ってるだろ? オレは勝ったわけ。だから……お前にオレを倒すチャンスは永久にねえよ」
 勝ち逃げしてやる。と冗談めかせて笑う仙道に流川は絶句した。
 パッと信号が青に変わるも流川は仙道から視線をそらせない。
「なッ、てめー、ふざけてんのか……!?」
 言うも、彼は呑気に「青だぜ」などと言っている。――しかし、だ。仙道は高校三年生。夏で引退というのは一般的ではある。が。流川としてはこの男には一度も勝負で「勝った」という気になったことがない。だというのに……と、まさにそれが仙道の「狙い」だと悟って流川は仙道を睨みつけるも仙道はひょうひょうとどこ吹く風だ。
「言っただろ、お前に勝ちまで譲る気はねえって」
「……のことなら……あのひとがオレを選んだ。譲られたんじゃねー。てめーはカンケーねーことのはずだ」
「まーそうだけどよ。けどま、おめーとの勝負はこれで一生オレの勝ちだ。……ま、気が向いたらまたやるかもな。おめーがアメリカ行ったあとにでも」
 じゃーな、と仙道が手を振って流川に背を向ける。――日本一の選手になる。アメリカに行く前にそうなりたいと思っていた。が、またもあの男に先を行かれた……とハンドルを持つ手が震えた。
 少しだけ唇を噛み締める。別に仙道に拘る必要はない。現に去年の夏は仙道すら勝てなかったという沢北というプレイヤーにも相対した。まして世界にはもっと……だというのに。
 これからのバスケ人生でどれほど強く成長しても、おそらく苦い記憶として残るのだろうな。などという感傷に浸る余裕もないほど流川は一度ギュッとハンドルを握り締めると、アスファルトを蹴って無我夢中で風を切ってロードバイクを走らせた。

『おめーには負ける気がしねぇ』

 もうずっと前に言われた仙道からの言葉がいやに脳裏にリフレインして、ただひたすらに必死でペダルを漕いだ。


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※オマケ。その後、久々に会った二人。→オマケ
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