「よし、じゃあこの辺でお昼にしよう!」

 夏休みも後半に入り――湘北の部活スケジュールも大会前ほどのキツさはなく、自由時間が比較的取りやすいスケジュールとなっていた。
 が。これ幸いとに英語を中心とした集中講義をやると言い渡された流川は今日もの家でぐったりとテーブルに伏した。おかげで去年に反して今年の夏休みの課題は順調に仕上がっていっている。
「去年に比べたら格段に上手くなってると思う! 流川くん、英語の方が口数多いから楽しい。もうずっと英語で会話する?」
 冗談じゃねー。と反論すら口に出せないほど疲れた頭にいやに楽しそうなの声が響いた。が。にしても貴重な夏の休みを自分のために割いてくれている……彼女がどれだけ自分の渡米への夢に心を砕いてくれているかも流川は痛いほどに分かっていた。
……」
「ん……?」
 顔をあげ、隣にいたにすっと手を伸ばしてギュッと抱きしめる。
「な、なに……?」
「いや……」
 サンキュ、と呟こうとした途端に座敷のドアの向こうから声がした。

ー! 流川くーん! お昼ご飯よー!」

 紳一の母である。は条件反射のようにパッと流川から身体を離して返事をし、さすがの流川もしぶしぶそれに従った。

 結局その日は午後から一旦部活に出た流川だったがまたの家に戻って勉強をこなし、夕食もの家で済ませた。そして「少し散歩しようか」と誘われるままにと共に海岸線を歩いていた。
 さすがに世話になりすぎてそろそろ親に説明しとくべきか。とぐるぐる考える流川の視界に、ヒュ、と砂浜で誰かが打ち上げた花火が光った。
 あ、とも笑う。
「花火大会、一緒に行きたかったな……」
 まあ私がインターハイに行っちゃってたんだけど。となおが笑う。どうやら近隣の花火大会は大会期間中の開催だったらしい。流川は繋いでいた手に力を込めた。
「来年も同じ日程なら……またムリ」
「まあ、またインターハイだしね」
「今度はオレが出る。あんたは観に来ればいい」
「んー……、まあ、大学の新学期は秋からだから……ぎりぎりまで日本にいてもいいけど」
 でも、とは再び打ち上げられた花火を観て頬を緩めた。
「流川くん、花火大会とかあんまり興味ないと思ってた」
 インターハイと被ってなかったら一緒に行けたかな、となおが笑い、流川は少しだけ唇を尖らせる。
「まー……キョーミがあるかないかでいえば、ねーけど」
 混むし、と呟けば少しだけが目を瞠る。その瞳が落胆色に変わる前に流川は言う。
「けど……そーいうの、あんたが行きてーなら構わん」
「え……」
「まー、雑誌に出てくるデートスポットでも別に」
「え……!? え、べ、別にいいよ……流川くんも行きたいところがいい」
 すればが驚いたようにそう言って、む、と流川はなお唇を引いた。――伝わらん。と、どうにか頭を巡らせる。
「あんたがオレと行きてーなら、それでいい」
「え……」
 なおもキョトンとされ、さすがに流川は小さく舌を打った。どあほう、と喉元まで出かかったがどうにか引っ込める。
「前はキョーミねーと思ってたけど……あんたが楽しそうなの見てるのは、好きだ。だからつまんねーとかじゃねぇ」
 目を寄せがちに言うと、つ、との喉元が引きつったのが伝った。さすがに分かってもらえただろうか。と彼女を見やると、惚けたような顔をした彼女がキュっとつないでいない方の手を握り締めたのが見えた。
「じゃ、じゃあ、冬になったらね……江ノ島全体でやってるイルミネーション観に行きたい……!」
「は……」
「去年テレビで観て、いいなって思ったんだけど……。あ、あとね、最近やっぱり……その、湘南平とかもいいな、って思っ――」
 そこまで言うとはハッとしたように口ごもった。そうして月明かりと遠くの電灯だけでも分かる程度に頬を染め、流川は首を捻る。
「? どーした」
「あ、その……。あの、ね、流川くんと付き合い始めたばかりのころは……ほんとにあんまり思ってなかったの。そういう場所に二人で行きたい、って。でも……今は行きたいって思ってて、なんか変わっちゃったなって思ったら、その……」
 そうしてますますは顔を赤くし、流川はさらに首を捻る。なにが言いたいのだろうか。――自分は誰かと付き合うのは初めてだし、そもそもでなければ今までもこれからも誰かと付き合うことなどなかっただろう。だから、との付き合いで生じる様々なことも煩わしいというよりは新鮮で、自分の気持ちのままに感覚が変化しているのも当然だと思っているというのに。――というまさに流川が当然だと感じていることをが悟っていまの状態になっているのだと流川自身はさっぱり気づけないでいると、はキュっと繋いだ手に力を込めたまま流川の胸に身を寄せてきた。
「好き……流川くん、大好き」
 つ、と今度は流川が息を詰める。好きなひとに好きだと言われることがこれほど響くとは、以前は想像すらしていなかった。と、キュっとの手を握り返す。
 もう片方の手で一度そっとの背を抱き、その手を頬へと滑らせて顎を捉えて上向かせると、パッと上がった花火の光が少し潤んだようなの瞳を一瞬だけ照らした。
「オレも……」
 好きだ、と呟きながら唇を重ねる。軽く彼女の上唇を甘噛みしてから唇を離すと、足りないとでも言いたげに僅かにが唇を突き出してきて、誘われるままに流川はもう一度唇を重ねる。
「ん……」
 舌を絡ませると繋いだの手に力が籠った。
 が。ここであまりやりすぎるとさすがにやべー……と流川なりに理解するも、今日はの方が乗り気だ。と、ギュッとこちらにしがみつくようにして身体を支えているの腰を抱いて支える。
「るか……くん」
 一度唇が離れるも、求めるようにからキスをされ、むろん拒む理由のない流川は受け入れて自身も彼女をもっと求めた。
 しばし続けていると、すっかり身体から力が抜けたらしきがぐったりとしがみ付いてきて肩で息をしている。
「るか……くん……ッ」
 熱い息を吐いたを抱き留めつつ、なんとなくはそういう気分なのだと悟るも、さすがに場所と間が悪い。と流川はグッと自身の欲求は抑えた。
「また今度……ゆっくりする」
「ん……」
 ちゅ、との額に唇を落としつつ、自身でも無自覚なまま闇夜のなかで頬を緩めた。たぶんいま自分は精神的に満たされているのだ……と、そんなことを思った。


BACK TOP NEXT
ぜひ応援してください!→ Web拍手