「寝ちゃった……」

 は聞えてきた寝息にやや肩を竦めつつこちらに顔を向けて瞳を閉じている流川を間近で見やった。
 睫毛長いな……とそっと頬に触れつつ思う。
 ――お互いはじめてのあれこれは艶っぽさやムードというものとは程遠く、色々大騒ぎしてすったもんだしたわりには気づいたら終わっていたという有り様でようやく痛みが和らいできたと思ったころには流川は寝落ちしていた。
 まあいいけど。練習で疲れていたのだろうか。自分はよくわからないままだったが流川の方は満足したのだろうか。とごちゃごちゃ考えるも思い返すと恥ずかしくて小さく首を振るう。
 でもくっ付いてるのはあったかくて気持ちいい、とそのまま流川の胸に顔をうずめるようにしても目を瞑った。
 少しウトウトとまどろんでいると時間が経っていたのだろう。ハッと目を開けた時には部屋が薄暗くなっており、日が落ちたのだと見て取れた。
 まだ夜ではなさそうだが流川の両親は夜に戻ると言っていたし……と身を捩ると振動が伝ったのだろう。
 ん、と流川がうっすら瞳を開いたのが見えた。
「あ、起きた」
「……あれ……」
 一瞬流川は惚けていたのか状況が掴めていないようだったが、すぐに「ああ」と思い出したように目を擦った。
「流川くん、そろそろ夕方みたいだし帰らないと……」
「んー……」
 の言葉とは裏腹になぜか流川はギュッとこちらを抱きしめてきてドキリとの心音が跳ねる。
 まさかまだ寝ぼけているのか、とドキドキしつつそっと腕をどけてブランケットを掴みながら上半身を起こすと、流川もやや不満そうに身体を起こした。
「へーきだろ、まだ」
「え……」
 引き留めるかのような声に胸が騒ぐ。離れがたいと思ってくれているのだろうかとなおドキドキしているとそっと流川の右手が頬に触れてきた。
「流川くん……?」
 そのままなにを思った流川がこちらに体重をかけてきて再び押し倒され、覆いかぶさるようにしてきては訳が分からず目を瞬かせた。
「な、なに……?」
「もっかいしてぇ」
「え――!?」
 そのまま首筋に顔を埋めて流川は身体に手を這わせ始め、はギョッとするほかない。
「え、ちょっと……おうちの人帰ってくるよ」
「んなに時間かかんねー」
「え、や、やだ……!」
「なんで」
「だ、だってさっきすごく痛かった……!」
 顔を上げた流川を見上げて訴えると、ぐ、と流川が息を詰まらせたのが伝った。
 むむ、と数秒ほど逡巡したらしき流川がこう言う。
「……次は痛くねーかも……」
「そ、そんなことわかんない」
「やってみないとわからん」
「で、でも」
「つれーならやめる」
 ギュッと流川は頭を抱いてきたかと思うとそのまま唇を重ねてきて、あっけに取られただったが仕方なしに受け入れた。
 ――オフェンスが強い。といういつもの流川そのままだというのに。思わず絆されてしまいそうなほどの熱を持って流川が欲してくれてるのが心地いいと感じてしまって抗えない。
 こんなことを思うのは彼を好きになってしまったせいだろうか。自分も同じように応えたい……と無意識のうちには強く流川の背中にしがみ付いていた。
 荒い息を吐いて慣れない圧迫感にどうにか耐える。
「は……っ、あ」
「いてーか……?」
 やや不安げに額の髪を払いながら聞かれて、は小さく首を振るった。
「だい、じょうぶ……へいき」
 先ほどは流川が少し押し進めるたびに悲鳴に近い声を無意識にあげていた気がするが。こうも変わるのかと思うほど先ほどのような痛みはなかった。
 安堵したような息を吐いて流川が体重をかけてくる。
「ッ、あ……! まっ……ぃ、あ……ッ!」
 そのまま堰を切ったように突き上げられては流川を掻き抱きながら衝動を逃がそうと腕や背中に夢中で爪を立てた。その耳元に流川の熱く荒い息がかかる。
「るかわく……ッ」
 揺さぶられながら意識が混濁した中で口づけされた瞬間、訳も分からず視界が滲んだ。
 しばらくお互いに乱れたままの呼吸を整え……ギュッと抱き合ったままだった流川が離れた時には少し寂しさを覚えた。
 最初にしたときは本当になにが起きているのかよく分からなかったが……と両手を伸ばして流川の頬に触れる。
「今度は寝ないで……」
「寝て……ねー」
 乱れた息混じりに言われて小さくは笑った。暗がりのせいで顔がよく見えないのが残念だ。さっきもいまも夢中で気づかなかったが、普段あまり表情の変わらない流川は絡んでいる時にはずいぶん色んな顔を見せてくれていた気がする。そう思うと……もうちょっとしたいかも、などと思ってしまい勝手に照れが走った。
 流川からも自分の顔はよく見えてないはずだというのにやや気恥ずかしくては流川の胸に隠れるように顔を埋めた。やっぱりくっ付いているのは気持ちいい、と少しの気だるさを覚えつつベッドの上で抱き合ったまましばらくしてハッと気づく。
 いよいよお互いの顔が全く分からないレベルで部屋が暗くなってきた。
「……いま何時かな……」
「さあ」
「私、帰らないと……」
 そもそもさすがにいま流川の家族とバッティングなどということになったら気まずいことこの上ないだろう。そうならないうちにここを出ないと、と思っていると流川が息を吐きつつ身体を起こしたのが伝った。
 そうして何やらゴソゴソしていた彼はベッドから降り、数秒後にはパッと部屋が明るくなって「わ」とは目をすぼめた。部屋の電気をつけたのだろう。
「7時……」
「え!? か、帰る……っ」
 言われてもパッと身を起こすも、ボクサーパンツ一枚の流川とバチっと目が合いパッと頬が染まった。そのまま流川はこっちにやってきてベッドに腰かけ、は目を泳がせて小さく呟いた。
「あの……こっち見ないで。着替えるから」
「いまさら……」
「い、いいから反対向いて!」
 ベッドの上に散乱していた流川自身の服をかき集めている彼を一蹴しつつ、はベッド脇のフローリングに置いていた自身の下着やシャツを手に取って素早く身に着けた。
 そうしてクローゼットの取っ手にかけてあった制服を取りに行って身に着け、ふと流川を見やると彼はベッドに座ったまま乱れたままのベッドを眺めて神妙な顔つきをしていた。
「流川くん……?」
 どうかしたかと聞いてみると、ハッとしたように流川がこちらを向く。
「いや……ワリィ」
「え……なにが?」
 いまいち意図が解せず首を捻ると流川は口元に手をやって少し眉を寄せた。がなお首を捻ると流川がスッと立ち上がる。
「送ってく」
「え……、まだ遅くないし、駅も近いから平気」
「歩けるのか……?」
「え……うん……?」
 意味が分からず瞬きをすると流川が小さく息を吐いたのが伝った。
「チャリで送ってく」
 急にどうしたんだ、と問う間もなく流川が部屋を出ても取り合えず彼の後を追った。
 家の外に出たとたん、ヒュっと冷たい風が頬を撫でて思わず身を縮めてしまう。
 流川の家の最寄り駅との家の最寄り駅は小田急で一本であったが、流川は自転車で送ると言ってきかずに、まあいいか、とはそれに従った。
 としては流川にしがみ付いていればいいのだから楽ではあるが……と昼にここへ来た時と同じようにギュッと流川の腰に腕を回す。
 昼間は気恥ずかしかったが夜のせいか二度目だからか恥ずかしい気持ちはほとんど感じなかった。それよりも流川の大きな背中にくっ付いているの安心する、とギュッと背中に身を寄せて瞳を閉じる。
 20分ほど自転車に揺られていると、キ、と動きが止まった。着いたのだろう。顔を上げると見知った自宅の門が映って、は自転車から降りると流川に礼を言った。
「ありがとう」
「いや……。あんたなんともねーのか?」
「え……」
「さっき……血がついてんの見た」
「え!?」
「ケガしてんのにムリ言った。ワリぃ」
「え……、あ、そ、そうなの? えっと、平気だと思うけど」
 うわ、といきなり予想だにしなかったことを言われてカッと全身が熱くなる。なにに血がついていたか言わなかったあたり余計恥ずかしい。といたたまれないと同時に体調を心配して送ってくれたのか、とようやく理解する。
「あの……大丈夫だから、心配しないで」
「朝……しばらく来れなくてもいーから、ゆっくり休め」
「う……うん」
 それほど大げさなことではないと思うが。まあいいか、と素直に流川の気遣いを受け取って笑う。
「流川くんは明日も部活……?」
「午前中から」
「そっか、頑張ってね」
 ん、と頷いて流川は自転車に座りなおそうとした。が、一度こちらを見やって身を乗り出したかと思うと、チュ、との額に唇を寄せた。
「じゃ」
「うん。お、おやすみ」
 おでこ……と流川の背を見送っては額を押さえる。
 身長差的にキスしやすい位置にあるしな……などと思いつつ少し肩を揺らした。じんと身体の芯が温かい。こんな優しく穏やかな気持ちは初めてだ。流川も同じだったら嬉しい、とさきほど去り際に見せた柔らかい流川の表情を思い出しつつは冬の空を見上げた。


 ――翌日。

 湘北高校では午前9時からの部活のために三井寿が部室へと向かっていた。
 既に推薦で進学の決まった身ではあるが、だからこそ卒業までは目の上のタンコブと言われようが部活に顔を出すことを決め部活には通常通りに出て精を出している。
「うーっす」
 ガラッと部室の扉を開けると、桜木を含めた一年勢やキャプテンである宮城の顔が見えた。
「ようミッチー! OB参加がだいぶ板についてきたな!」
「お前の戯言を聞くのもあとひと月程度だと思うと貴重だな」
 相変わらずの桜木の言動を受け流し、自身のロッカーをあけて着替える。
「にしてもさみーよな。暖房とはいわねえがヒーターくらいねえのかよ」
「まあうちは公立だからね」
 隣で同じように着替えていた宮城が苦笑いを浮かべる。
 そうこうしているとガラッと部室の扉が開いて流川が現れ――三井は「ゲッ」としかめっ面をした。昨日に明かされたと流川の交際は青天の霹靂そのもので、できる事なら知りたくなかったというのが本音である。
 しかも馴れ馴れしくするなだの因縁を付けられるし、と常と変わらず涼しい顔をして「チワス」の一言を発しただけで黙々と着替え始めた流川に「ケッ」と悪態をついた。
 そうして三井自身着替えも終わり、宮城と部室を出ていこうとしていると突如としてバカみたいに大きな桜木の声が部室に鳴り響いた。
「ルカワ! おめーなんだその傷は! 誰にやられたんだよキツネ!!」
 ギャハハハハ、と次いで急に笑い始めたものだから「なんだぁ?」と三井は宮城と揃って渦中の流川を見やった。
 その流川は着替えの最中で上半身を晒しており――、肩や背中に幾重にも引っかき傷のようなものと爪が食い込んだあとのようなものが目に映って三井は絶句した。どうやら宮城も同様のようだ。
 言われた流川は自身の腕を見やって黙し、思い至ることがあったのか「ああ」と涼しい顔で頷いている。
「バカめルカワ! 軟弱ギツネ!」
 そうして桜木の声を流川は全く気に留めるそぶりを見せず、シャツを着てジャージを掴むと「どあほう」と呟いてさっさと部室を出て行ってしまった。
 三井はというと頬を引きつらせつつ宮城と顔を見合わせた。
「あれ……アレだよな」
「まあ……昨日の練習はやく終わったしね。土曜だったし、まあ自然の流れってヤツでしょうね」
 ははは、と宮城の乾いた笑みを聞き入れながら三井はなお口元を引きつらせるしかない。
「あんのヤロウ……涼しい顔してやることやってるとかただのクソむっつりじゃねえか!」
「いや逆に流川も普通でホッとしますけどねオレは」
「ハァ!? ふざけんじゃねえよオレは次どんな顔してに会えばいいってんだ!? もうまともに顔見れねえよ」
 想像しちまう、と心底イヤな事実を知ったとこぶしを握り締めていると宮城が呆れたように肩を竦める。
「アンタこの先彼女に会う機会とかないでしょそもそも」
「うるせえ! ――コラァ桜木! もとはといえばテメーが余計なこと言うから気づいちまっただろうがよ!」
「な、なんだよミッチー……なんの話だ?」
「だーもうこれだからガキは……!」
 三井の声が部室にこだまするも、この場にいたのが幸いにして一年生のみだったこともあり三井と宮城以外は誰もこの会話の意図が読めず――。
 流川には彼女がいる、という話は幸か不幸かバスケ部内の数人に留まり外に広まることはなかった。


BACK TOP NEXT
※オマケ1。その日ずっと悶々とする三井。→オマケ1
本編→オマケ1→オマケ2とつながった話なのでぜひ読んでもらえれば!

ぜひ応援してください!→ Web拍手