「ソーエイオーエイ!」
湘北高校バスケ部は今日もつつがなく練習が行われている。
が。
「ミッチー行ったぞ!」
「うおッ!」
いまひとつ集中し切れていない男・三井寿の不調に練習も後半に入る頃には桜木でさえ不審がる始末となっていた。
「な、なんかミッチー調子悪くねぇか?」
「煩悩まみれだからなあの人、いま」
「ぬ、ボンノー?」
ははは、と渇いた笑みを零す宮城の横で桜木は首を捻っており。そんな彼らに突っ込む余裕もないほど三井は「いかんいかん」と首を振っていた。
「ヘイ!」
「流川――ッ!」
いまも1−2年で3on3をやっているコート上の流川に無意識に視線が吸い寄せられて、無意識に顔が歪んでくる。
『おいおい、お前まで流川にのぼせ上がるとか勘弁しろよ……!』
昨日、試合中に流川のプレイを「かっこいい」と称したにそう言った。彼女はやや慌てた様子を見せていたが――とんだピエロだぜ。と三井の眉間の皺は益々深くなっていく。
「ナイッシュ、流川!」
「うす」
ディフェンスをかわしてシュートを決めた流川を安田が讃え、三井は軽く舌打ちをする。
いつもと変わらない無愛想仏頂面の流川だというのに、妙に堂々と大人びて見えるのは気のせいだろうか? ――いやいやあいつはクソ生意気なガキだ。尊大な態度はいつものこと。と思う脳裏に改めて彼が自分にとっては一年生の「ガキ」だという事実を認識する。
だというのに。
――夕べはお楽しみでしたねってヤツか。あんなスカした面した裏でちゃっかりとヤってんのか。
と、いやでも浮かんできてしまいブルブルと三井は首を振るった。もう今日で既にこんなことを5回は繰り返している。
「三井サン」
「おわッ!」
ポン、と急に肩を叩かれて三井は大げさなほどに背中を震わせた。
「な、なんだよ宮城」
「いやアンタ……集中できねえなら今日は帰ったらどうすか?」
「ばッ! バカヤロウ! オレは別に――」
「だって今日のアンタ上の空だしずっと流川のほうチラチラ見てるっしょ」
「だ、だってようお前……気になんだろ、と流川がってよ」
いや別に、と興味なさげに言う宮城を横に、口にしてしまったが最後。今までよりももっと具体性を持って三井の脳裏を流川とが支配した。
もしかしたら昨日の練習後、ホテルにでも行ったのかもしれない。
藤沢周辺だったらあのホテルか? とより具体的な造形が浮かんできて、ソレを営む用のベッドの上であられもない姿のと自身の鍛えられた肉体を惜しげもなく全て晒す流川の絡み合う姿が鮮明に脳裏に入り込んできた。
今もコートを走りながらハァハァと息を切らしている流川の吐息が脳裏のイメージに重なり合い――。
『……ぁ……ッ、すげーエロい……ッ』
『あッ……流川くん……っ! あぁッ、すご……っ、きもちい――ッ!』
だああああああ! と頭を抱え込んで三井は座り込み、ビクッ、と宮城が身体を撓らせた気配が伝った。
落ち着け落ち着け、と言い聞かせているそばで宮城が休憩を宣言している。
この際、外の空気を吸うついでに顔を洗ってこよう。逃げるようにして体育館の外に出れば、とたんに冷たい風が頬を撫でた。
邪念を払うように冷水で顔を洗い、タオルで拭いていると他の部員でもやってきたのか足音が聞こえてきた。
ふぅ、と息を吐いてタオルから顔を上げた三井の視界に長身で黒髪の美形な後輩が映り、「ゲッ」と反射的に口から出ていた。
「流川……」
「……なんすか……」
その後輩、流川はというと怪訝そうな声を出しつつ三井の隣の蛇口を捻る。そしてそのまま顔を洗う彼の、よりによってタンクトップを着ているせいで露わになっている腕の爪痕が鮮明に見えて三井は若干目元を赤くしつつ視線を泳がせた。――こんな傷を付けるほど激しく抱かれたってのか。あのが、流川に……とどうしても考えてしまって無意識にゴシゴシとタオルで顔を拭ってしまう。
「お前、さ……」
「……?」
キュ、と蛇口を捻って水を止めた流川の方を見ないままに三井はぼそりと言った。
「隠せよ、そういうの。恥ずいだろ」
「は……?」
すれば流川は心底解せないと言った声でこちらを見た気配が伝い、三井は小さく舌打ちをした。――これだからガキは、と言いたい気持ちをグッと抑える。
「あーあーなんでこんなクソ無愛想なヤロウなんだってんだ」
「なに……」
「オレはなあ! オレだってけっこうのこと気に入ってたんだぜ……!」
「――!」
「だから、よ……。大事にしろよな」
流川のやや見開いた瞳と目が合い、彼の白い頬から幾重にも水がしたたり落ちて行く。
彼は無言で顔を拭い、タオルを首にかけてくるりと三井に背を向けた。
「んなこと、言われなくても大事にしてる」
そうしてスタスタと行ってしまい「は?」と三井はその背に声をかけた。
「ほんっとクッソ生意気なんだよおめーはよ! 言うのとするのじゃちげーっての!」
短気で自己中なクセに、と我関せずなその背中にぶつけて、ハァ、と三井は大きく息を吐いた。
『まあ負け惜しみにしか聞こえないけどね』
これは決して負け惜しみでは――ない! に、決まってる。この三井寿とあろうものが。と三井はもう一度盛大に大きなため息を吐いた。
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