――月曜。早朝。

 起きちゃった……といつものように目覚めたは常のようにバスケをするときの軽装に着がえて外に出た。

『朝……しばらく来れなくてもいーから、ゆっくり休め』

 ああ言われたこともあり、昨日は大人しくしていたが――流川が思っているだろうほどには身体に特に痛みも感じず問題があるとは思えない。
 それよりも流川に会いたい気持ちの方が大きくて、と玄関にて軽い伸びをしつつもちょっとだけ不安が胸をよぎった。――今日、自分が練習にいって流川はいつも通り向き合ってくれるのだろうか、と。流川と付き合う前にも感じたことだ。恋人という関係になって、流川のコートでの態度まで変わってしまったらどうしよう、と。
 にとって、もはや流川とコートで向き合うことは自分らしいバスケットができるかけがえのない時間となっていた。オレ、そういうの気にしないっす。と国体合宿の時に言ってくれたあの言葉の通り、コートに立てば対等の相手として見てくれる。――もしその関係が変わったら、と恐れる気持ちはただの杞憂に終わり、付き合い始めたあともコート上での流川の態度は変わっていない。
 とはいえ今回は流川はこっちの体調を心配してくれているようだし。単に「付き合う」より一歩進んだ気もするし……と考えて熱くなった頬をパッと押さえる。
 たぶん大丈夫だ。不安になるような事ではない。むしろ前よりもっと流川を近くに感じているし、もっともっと仲良くなれるはず――。と思い直して一度頷くと、はいつもの公園へと駆けだした。

「ふしゅー……」

 一方の流川は既に早朝練習を開始しており、ちょうど一息つこうかとシュートして転がったボールを拾って息を吐いていた。
 どうするか、と何気なくドリブルを数回繰り返していた視界に公園の入り口からこちらに入ってきたの姿が見え、予想外のことに少しだけ目を瞠る。
「おはよう」
「……はよ」
 ゆっくり休めつったのにナゼ……と頭に疑問符を浮かべるもはいつも通りだ。むしろいつもより機嫌さえ良さそうに見える。
「もういいのか?」
「え……?」
「からだ」
「へ、平気。もうなんともないよ」
 そして「バスケしよう」と言いながらそばに来たは流川が持っていたボールに手を伸ばし、流川はなお「うーむ」と考える。……ほんとうにいいのだろうか。一昨日、コトが終わったあとのゴムの残骸に血が付着していたのを見た。つまり身体の外見は無事でも内側を怪我したということだろう。想像もつかん。と、自分も頭から流血した翌日でも懲りずに練習していたことを浮かべてみるも、ソレとは違う気がするし。
 まー本人がいいってんなら。と、に向き直ろうとした脳裏に昨日の三井の声がなぜかふと響いた。

『大事にしろよな』

 いまにして思えばなぜ三井にあんなことを言われなければならないのだろうか。
 言われるまでもねーのに。とやや雑念がよぎったのをに悟られたのだろう。
「流川くん……?」
 キュ、とボールを構えたが怪訝そうにこちらを見やった。
 しまった。いかん。集中、と表情は変えないまま思い直していると、はこちらの態度をどう解釈したのか若干眉を寄せた。
「やりにくい……?」
「は……?」
「私、身体はもうほんとに大丈夫。でも……流川くんがいつも通りできないなら、もうやらない」
「――!」
 強ばったような、どこか怯えたような顔でもあった。瞬間、はっきりと言語化はできないがそれでも流川はがなにを訴えているのかを感覚的に全て悟った。
 彼女は……、一度コートに立ったら相手に手を抜かれることを何より屈辱だと感じるのだろう。それはおそらく、国体のコーチさえ任されるほどの自身のバスケの腕にプライドを持っているからに違いない。たぶん、がなぜ自分を選んでくれたのか答えがあるとしたら。こうしてコートに立って対等に向き合えるから。

『やめといた方がいいと思うよ……』
『私、ゴール下で清田くんに簡単に吹き飛ばされる程度しかパワーないから十分に相手してあげられない』
『そもそも流川くんがやりにくいでしょ』

 1on1の相手をしてほしい、と国体合宿でせがんだ自分をはああ言って拒んだが。の本音は……といつも活き活きと自分とコートを駆けるを流川は浮かべた。
 万が一にでもこの場で自分が手控えれば、はそれを一昨日のことが原因だと思うだろう。そして自分と身体を重ねたことを――いや付き合ったことさえ後悔してしまうかもしれない。
 ――相手を大事にする。というのは、少なくとも彼女は……自分の好きになったひとが望んでいるのは、いま全力で向き合うことだ。と流川は、ふ、と小さく息を吐いた。
「なに言ってんだ、どあほう」
 真っ直ぐ前を見据えて言えば、強ばっていたの表情が緩んだ。と、同時に引き締まる。
 勝負は勝負。ぜったい負けん。といつものように必死で彼女の攻めを防ぐ。一歩抜かれた、と思ったところをすんでの所でブロックに行き、バチッ、と確かにボールに接触した感触が伝った。が。

「――入った! やった、私の勝ち!」

 は――!? と流川は接触をものともせず決まったシュートにただただ目を剥いた。
 ――やっぱり体調は万全らしい。信じられん。と悔しさを滲ませつつも相変わらずのの腕に肩を竦める。
 にしてもいまの攻めは予想を超えて良かったのか満面の笑みを浮かべており、ふ、と息を吐いて流川はに歩み寄った。
……」
 そうしてそっと抱き寄せると、え、と腕の中でが撓った。
「え、ちょ……なに、いま練習中――」
「オレはあんたが来る30分くらい前からやってる」
 だから休憩。と言うと、言い分に呆れたのかは小さいため息を吐いた。
 この腕に抱いた感じが前よりもずっとしっくり来る、と流川は汗が滲むの額に頬を寄せた。
「好きだ」
 しっくり来るのはの方も同じだったのだろう。キュッとこちらの背に手を回してきた。
「私も」
 へへ、とはにかむような声が漏れた。
 さて、どうするか……と流川はを抱きしめつつ思う。
 どうするか、とは「次の機会」のことだ。そう都合良く親の不在時と練習オフ時が重なることはないだろうから、それとなく普段から探りを入れておくべきか。
 の部屋だったら音に気を付けてれば下に家族がいてもバレねーんじゃねーか? うーむ。思いつかん。けど毎週じゃなくてもそこそこ定期的に……と真顔で考える流川の腕の中では幸せそうに頬を緩めていた。


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