――元旦。

「いらっしゃい流川くん、あけましておめでとう!」
「オメデトーゴザイマス」

 年が明け、は待ち人が現れて笑みで玄関のドアを開けた。
 今日は流川の誕生日だ。元旦かつ誕生日ということで朝夕に誘うのはさすがに憚れたが、昼にここへ来ないかと誘ったのだ。
 さっそくあがってもらい、リビングへと促す。
「よう流川」
「おー、湘北の流川じゃねえか! ていうかマジか! 久しぶりだな!」
 リビングのドアをあければ将棋に興じていた紳一と諸星が手を止めて声を弾ませ、さしもの流川も目を丸めたのが映った。――ウィンターカップを準優勝で終え、正式に引退した諸星は冬休みを牧家で過ごしているのだ。
「愛知のキャプテン……? なんでいる……」
「なんでってまァ、オレは引退したてで気楽な立場だからな。つーかお前ウィンターカップ観てねえのか?」
 このオレの雄姿を、と手を止めた諸星が立ち上がって歩み寄ってくると流川は眉を寄せた。
「見てねーす」
「お前……相変わらず不愛想なやつだな。インハイじゃバテバテだったくせによ」
 軽口を叩きながら笑う諸星に、む、と流川が口を曲げは慌てて止める。
「大ちゃん! 今日は流川くんのお誕生日なんだから……!」
 流川には何度もと紳一は愛知出身で諸星は幼馴染だと話してはいたが、実際に目の当たりにして驚いているのだろう。なにせ湘北は夏のインターハイでは愛和学院に惨敗したうえに流川は国体での愛知戦はずっとベンチであった。諸星に対してあまり良い思い出があるはずもない。
「と、とりあえずお祝いしようよ! 流川くん座って、大ちゃんちょっと手伝ってもらえる?」
 そうして紳一に流川をダイニングテーブルに座らせておくよう目配せし、諸星とともにキッチンに向かう。
 冷蔵庫からケーキの入った箱を取り出して諸星にプレートに乗せて運ぶよう頼み、は紅茶の準備をする。
 今日は朝から横浜にまで出向いてバースデーケーキを受け取ってきたである。なにせ元旦に営業している酔狂ともいえるパティスリーを探すのは楽ではなく、年明け早々に朝から横浜に出向いたのだ。と、小さめのホールケーキに数字のロウソクを立ててテーブルに置き、紅茶を運び終えたところで火をつけて全員で祝った。
「お誕生日おめでとう、流川くん」
「おめでとう流川」
「おめでとう」
 みんなが口を揃え、流川は目を瞬かせながら「どうも」と小さく言うと火を吹き消した。
「しかし元旦生まれとはな……、正月と一緒くたにされたりしねえの?」
「まあ……最近は特に、ケーキとかはねーです」
「そのぶんお年玉余分にもらえたりするんじゃねえか?」
「ああ……そーいえば、確かに」
「おー、じゃあいいこともあるんだな!」
 ――さすが諸星。さっそく流川と会話が成立しているあたり、強い。といっそ諸星の明るさに感心しつつはケーキをみなに取り分ける。
 四つに切りつつ、どの部分がいいか流川と話していると諸星が少し笑った気配が伝った。
「にしても、が流川を選ぶとは思わなかったぜ……」
 その声は穏やかなものだったが、流川が視線を諸星へと向けた。諸星は構わず続ける。
「オレはとインハイの山王戦を一緒に観てたんだが……、お前のプレイは、まあなんつーか、はっきり言ってしまえばの苦手なタイプだからな」
 同族嫌悪という意味でな。と彼は頬杖をついて苦笑いを浮かべている。
 とはいえそれはもうお互い承知していることであるし、とも苦笑いを浮かべていると流川は小さく頷いた。
「オレは好きなんすけど」
「は……?」
「このひとのプレイ」
 そうして流川がちらりとを見やり、目を見開いた諸星は弾かれたように笑い声をあげた。
「そうか! 気が合うじゃねえか、オレも好きだぜ! けどお前の場合はディフェンスがまだまだ甘え」
「む……」
「まあ一年であんだけできりゃ大したモンだけどな。沢北ともオフェンスじゃ良い勝負してたしな」
 トップコンディションに乗った時は、と言って「ああ」と諸星は紳一を見やる。
「そういや沢北のやつ何してんだ……? ウィンターカップにも出てなかったよな」
「さあな。山王からアメリカに留学したとは聞いていたが……」
「あ、沢北くんはNCAAに挑戦するからそのままアメリカに残るみたいよ。高校卒業資格がどうなるのか分からないけど……もしかしたらあっちの高校に転校するのかも」
 切り分けたケーキにフォークを入れつつ、は流川も卒業後は渡米を希望していることを話した。
 対する二人はウィンターカップで現役生活を終えた紳一と深沢体育大学への進学を決めたばかりの諸星であり、諸星は驚いたように目をむく。
「流川、お前……アメリカに行くつもりなのか!?」
 なんで、と含ませた諸星に流川は少し首を捻った。
「今より上手くなりたい。それだけす」
「つっても……、お前の身長だとフォワードは厳しいぞ。仮に使いモンになったとして良くてシューティングガード、身長がそのままならポイントガードにコンバート必至だ」
「……まだ伸びるかもしんねーし……」
「まあ今日16歳になったばっかだし伸びるは伸びるだろうけどよ、2メートル級は厳しいんじゃねえか?」
「ポジションは中学までは特に決まってなかったし、2番なら2番でいーですけど」
 しかし。聞いていたはその発言に「やばい」と諸星の地雷を踏んだことを悟り――ちらりと諸星を見やると案の定「ハァ!?」と彼はコメカミをヒクつかせていた。
「てめー、シューティングガードなめんじゃねえぞ! だいたいお前みたいなワンマンプレイヤーにガードが務まってたまるかよ! お前国体でもずっと神奈川のサブ扱いだっただろうがその意味ちったあ考えろ」
「な――ッ」
「だ、大ちゃん……!」
 しかし諸星の言っていることはもっともであるためフォローが浮かばず、は若干焦って流川と諸星を交互に見やるしかできない。
 そうだぞ、と紳一も口をはさんできた。
「流川……お前が将来的にガードにコンバートするのなら周りとちゃんと意思疎通をはかることが絶対条件だ。コートの中だけじゃなく、外でもな」
「そうそう、バスケはチームプレイだからな」
「……ほんとによく喋る……あんたの言うとーり」
 ふぅ、と息を吐いた流川がの方を見やり、も苦笑いを浮かべた。
「でも……大ちゃんとお兄ちゃんが言ってること、大事なんじゃないかな」
 二人とも全国区のガードなんだし、と付け加えると流川が、む、と唇を引く。
「まあ……覚えておく……」
 そうして黙々とケーキを食べ始め、が肩を竦める先で諸星は笑った。
「まあお前がいずれ日本代表になったらオレがばっちり鍛えてやるぜ。なにせオレは将来の全日本キャプテンだからな!」
「……なにを根拠に……」
「根拠はねえけどオレの目標はアジア一、そして世界一だ! お前もこのままバスケ続けりゃ全日本も夢じゃねえだろうし……長い付き合いになるかもな」
「世界一……」
「なんだよ、おかしいか?」
「いや。とーぜん」
 すれば流川が真面目な顔して呟き、一瞬の間をおいて諸星は破顔した。
 やっぱり諸星はすごい、とそれを見て改めては感嘆した。試合で顔は合わせているとはいえほぼ初対面でここまで流川にアプローチ出来て話を引き出せるのは諸星以外にいないだろう。
 やはり彼は天性のガードでキャプテン資質だ。と頼もしく思うと同時に、やはり「自分たち」はフォワードそのものだよな、と流川をちらりと見てから紅茶を口に付けた。
 ケーキも食べ終わり、諸星たちは流川を将棋に誘ったが「ルールわからん」と首を捻った流川をは自分の部屋に連れて行った。諸星たちは将棋やチェスはバスケにも役立つと念を押していたがそれはまた次の機会だ。と部屋の暖房を入れてホッと息を吐く。
「すぐ暖かくなると思うから……、適当に座って」
 言いつつが用意していた流川へのプレゼントを取りに向かえば、後ろから流川が声をかけてくる。
「あんたが……幼馴染がよく喋る人だったから、って言ってたワケがよく分かった」
「でしょ? すごく明るい人なの」
「まあ……実力はあるから、いい」
 すれば流川がどこか含みのあるような物言いでつぶやき、は小さく笑った。
 そしてプレゼントを手にもってそっと流川が座っているとなりに腰を下ろす。
 ラッピングされた包みを差し出すと流川が切れ長の瞳を少し見開いた。
「なに……」
「誕生日プレゼント。改めてだけど、おめでとう」
 ちょっとだけ照れくさくてはにかむと、流川はすぐには解せなかったのだろう。数秒の間をおいて受け取った。
「どうも」
「気に入るといいんだけど……」
「あけてみる」
「え!? う、うん」
 おもむろに包みを開け始めた流川にややたじろいだものの、は少しドキドキしつつそれを見守る。もらって困るようなものではないし……と見やっていると、包みの中から流川がマフラーを取り出した。
「マ、マフラーなら何本あってもいいかなって……。その日の気分で変えればいいし、湘北は学ランだからどんな柄でも合いそうだし」
 しどろもどろで付け加える。流川に似合いそうなものを選んだつもりだ。流川の家は割と裕福なのか基本的に彼は良いものを使っているため見劣りしない程度のものにした。
「あんたは……?」
「え……?」
「誕生日」
「え……と、もう過ぎたけど」
 だいぶ前に、と言うと流川は一瞬だけしかめっ面をした。そうして彼は手に持っていたマフラーを丁寧にたたんだ。
「サンキュ」
 予想外に柔らかい声で、はなおはにかんだ。良かった。どうやら気に入ってくれたらしい。とホッと胸をなでおろす。
「流川くん、お正月はいつもなにしてるの?」
 部活はないよね、と聞くと流川は憮然とした表情をして考え込んだ。
「……寝てるかな……」
 どうやら寝正月らしい。誕生日だというのに、とは少し笑う。
「私は……なんだかんだバスケしてたかも……」
「兄貴たちと?」
「うん。幼稚園にあがる前からずっと毎日一緒だったから……お正月でもなんとなく集まっちゃってたのよね」
 懐かしく遠い日を思い出して呟く。すると流川はぼそりとこんなことを言った。
「オレは……バスケを始めたのはもうちょいあとだし、基本は一人だった」
 あんたも前に言ったように、と続けては肩を竦めた。ほぼ独学でここまでの選手になれたのはひとえに流川の情熱と才能のなせる業だろう。――ワンマンプレイヤー、と先ほど諸星が言っていたが、やっぱり致し方ない部分もあるよな。と改めて思う。
「そうだ、大ちゃん冬の間はここにいるみたいだから、朝一緒に練習するのはどうかな?」
 たぶん早朝なら時間あると思うけど。というと流川の表情が分かりにくいながらも華やぐ。
「やる……!」
 は緩く笑った。流川は言葉数は少ないが順応性は高いタイプのようだ。既にこの家に諸星がいて自分たちの幼馴染であるという状況を違和感なく受け入れているようであるし。
 悪い言い方をすれば鈍いのかもしれないが、この辺は渡米しても有利な面だろうなとも思う。
「桜木くんの調子はどう?」
「知らん。……まだ本調子じゃねー」
「そっか。三井さん、推薦大丈夫なのかな……、ウィンターカップ本戦に出られなかったし。受験は厳しいって言ってたよね」
 そんなことを話していると、ムッとしたような顔をして流川がの腰を自分の方へと抱き寄せた。
「そいつらの話はいらん」
「え……」
 なんで、と目を瞬かせていると背中に手を回して抱きしめてきた流川が小さく息を吐いた。
「ようやく二人きり……」
 あ、とは瞬きをした。「いまは」他人の話はしたくないということか、と理解して小さく笑う。
 朝に会う時はいつも二人きりだがバスケをしているだけだし、デートはほとんどできないのだからこういう時間は貴重である。
 流川が大きな両手での両頬を包むように触れてくる。どこか体温を確かめるような触れ方で妙に流川がそわそわしており、は流川の手に自身の手を添えて少し首を傾げた。
「どうしたの?」
 すると流川が耳元に唇を寄せてきてにわかにの心音が跳ねる。かと思えば彼はこんなことを言った。
「触りてー」
「え……ッ!?」
 ちゅ、と首筋に流川がキスをしてきて左手を滑らせ、ニットの裾から中に差し込んだものだからは驚いて少し腰を引き流川の右腕を掴んだ。
「ちょ、と……」
 すれば不満げな流川と目が合う。
「あんたは思わねーのか?」
「え……」
「オレに触りたい、とか」
 相も変わらず直球な物言いに頬が熱を持っていくのがはっきりと分かった。ジッと切れ長の瞳に見つめられ、う、と言葉に詰まる。
「そ、それは……その」
 思わなくもない、けど。と、しどろもどろで言うと流川は左手での右手をとって「じゃあ」と流川自身の頬にくっつけた。
「触りゃいい」
 そしてスッと目を閉じた流川にの心音は治まらないままドクドクと脈打つ。
 間近で改めて見るとなんて綺麗な顔をしているんだろう。なんて余計なことまで浮かべても全く鼓動が静まらず、しばらくすると流川が目をあけて露骨にの身体が撓った。
 少し流川が眉を寄せ、はたまらず顔を隠すようにして流川の肩に額をうずめる。
「は、恥ずかしい……」
「? オレが触んのも?」
「いやじゃないけど、まだちょっと……」
 というか下に紳一たちがいるし、と呟くと流川はそこまで考えてなかったのか「は?」と戸惑ったような声を漏らしてますますは血圧のあがる思いがした。
 でも流川の体温は心地いい。――そういえば昨夜は3人で初もうでに行って、あまり寝れないまま朝は横浜まで行ってちょっと疲れちゃったかも。などと意識してきたら本格的に瞼が重くなってきた。

「――。おい、

 それからどれくらい経っただろうか。
 誰かに呼ばれている気がする。しかもこの声……。
「大ちゃん……?」
 無意識に呟いて瞳をあけると、うすぼんやりした視界に呆れたような表情を浮かべている諸星が映った。
 あれ? と首を捻るとすぐ横に流川の寝顔が映って「え!?」との頭が一気に覚醒する。
「なにやってんだお前ら……。ノックしても返事はしねえし」
 呆れたような声を耳に入れつつ状況を確認した。なぜか自分と流川がブランケットをかぶってカーペットに横になっている。
「あれ……私……」
「流川、夕方には帰るとか言ってなかったか? もうすぐ7時だぞ」
 どうやら諸星は様子を見に来てくれたらしく、ハッとしては流川の方を見やった。
「る、流川くん……! 起きて」
「……んー……」
 少し肩を揺すると流川は気だるそうに眼を開けて、次いでボーっとしながらもむくっと起き上がった。
「つーかなに寝てんだよお前」
 諸星がまたも呆れたように言い、ぼんやりしていた流川は小さく首を振るう。
「オレじゃねー」
「は……?」
「あんたが寝たから……」
 そうして流川が視線をの方へ向け、え、とは目を瞬かせる。
 流川によれば気が付いたらが寝ていたためその場に寝かせて部屋にあったブランケットをかけ、自分もそのまま横になって寝たということだった。
 恥ずかしい……とが頬を染めていると諸星が肩を竦めた気配が伝わる。
「それで仲良く昼寝かよ……」
 何となくには諸星が気を遣って紳一ではなく自分が呼びに行くと言ってくれたんだろうな、というのが伝わり。やや寝ぼけている流川を促して帰り支度を整えさせる。さすがに流川は今日の夜は家族そろって誕生日を祝うらしく早めの帰宅を予定していたからだ。
 幸いにして流川の家までは距離のわりに小田急で一本なため20分ほどで着くらしいが。と、は家の門まで流川を送っていった。
「じゃあ、気を付けて帰ってね」
 喋れば口の端から白い息がのぼっていく。――寝てしまったのは不覚だったが、今日は流川の誕生日を一緒に祝えてよかった。と過らせているとジッと流川がこちらを見てきた。
 なんだ、と目を瞬かせていると彼はおもむろに首に巻いていたマフラーを外し、ふわっとの首にかけた。
「え……」
 流川の体温が少しだけ移っていたそれの温かさが首に伝っては目を見開く。
「あの……」
「やる」
 それ、と言われてますますは目を瞠った。
「え……!?」
「オレはこっちがあるし」
 そして流川は手に持っていた包みからの贈ったマフラーを取り出して自身の首に巻いた。
「え、で、でも……」
「そんな悪いもんじゃねーと思うけど」
「そ、そういうことじゃなくて」
「イヤならいーけど」
「い、いやじゃない……!」
「なら問題ねー」
 押し切るようにして言われ、はそっと巻かれたマフラーに手をやった。もともとユニセックスなタイプのものだ。それになにより流川のもの、と意識するとやや上ずったような声が出た。
「あ、ありがとう」
 大事に使うね、と言うと小さく流川が頷いた。
「じゃ、また明日」
 そうして流川がに背を向け――は笑ってその背を見送った。


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※オマケ。二人の様子を見に行くまでの諸星さんの葛藤。→オマケ

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