――3学期。1月下旬。

 流川楓は考えあぐねていた。

 というのも、「次のデート場所は流川くんが決めて」とに言い渡されるもデート場所など浮かぶはずもなく悪戦苦闘しているのだ。
 普段ならばバスケ以外に煩わしいことが増えると、煩わしい、としか思わない流川であったが不思議と煩わしさは覚えなかった。文字通り考え込んでおり、いい案が浮かばないだけだ。
 さっぱりワカラン。と悶々としたまま放課後になり取り合えず部活へ行こうと校舎を出る。そのまま体育館の方に向かっていると不意に後ろから明るい声に話しかけられた。
「おっす流川! 相変わらず辛気臭い顔してるわねアンタは!」
 バシッ、と背中を叩かれ「いて」と反射的に声が出た。見やるとバスケ部のマネージャーであり中学の頃からの先輩でもある彩子がいて「チワス」と軽く頭を下げた。
 そのまま流れで並んで歩きながら流川はハッとあることに気づく。
「先輩」
 声をかけると彩子は不思議そうに足を止めてこちらを見上げてきた。
「何よ?」
「相談したいことがあるんすけど」
「は――!?」
 彼女は驚いたように目を丸め、構わず流川は体育館の裏手に彼女を連れて行った。人気のない場所を選んだのはひとえに邪魔が入らないようにするためだ。
「で、どうしたのよ。なんの相談?」
「デートってどういう場所に行きゃいいんすか?」
 おもむろに聞いてみると面白いほどに彩子の目がまん丸になっていくのが流川の瞳に映った。しかも厚めの唇をパクパクとさせてなにやら絶句している。
「アンタ……いまなんて言ったの!?」
「? デートの場所」
「な、なんでアンタがそんな話?」
「なにって……デート場所考えといてくれって言われたんすけど浮かばねーし」
 そこまで言うと彩子は絶叫に近い大声をあげた。
「うそでしょ!!! もしかして彼女いるの!? アンタに!?」
「声でけー……」
 さすがに流川がしかめっ面をするも彩子はまだ驚きを隠せないといったように大げさに身振り手振りでリアクションを取っている。
「流川!! どうなの? ホントなの彼女って?」
「……まあ……」
 流川は若干煩わしく目をそらした。――そういえば、とは付き合う付き合わないの確認をしたかあやふやだが。でも。付き合ってもないのにキスはしない。とか前に言っていたし、だったらいまの状態は付き合っていると解釈して正解だろう。と考えているとようやく落ち着いたらしい彩子が腰に手をやって息を吐いた。
「まあ、まさかアンタがとは思ったけど……アンタも案外フツーの男だったのね」
「どーいうイミ」
「だってアンタねー……フツー思わないでしょ、アンタみたいな不愛想な男に彼女がいるとかさ!」
「む……」
「まあアンタがモテてんのは知ってるけど。っていうかアンタのファンは知ってんの?」
 知るわけないか。アタシが知らなかったんだし。と独りごちて彼女は肩を竦めている。
「で、どういう子なのよ?」
 今度は彼女は興味津々でこちらの顔を覗き込んできて流川は軽く舌打ちをした。厄介な相手に相談を持ち掛けたかもしれないが彼女以外に思い浮かばず致し方ない。
「バスケがうまい」
「へぇバスケ部の子? アンタまさか女バス強豪校の選手と交流してたとか?」
「してねー……」
「じゃあどうやってわかるのよ」
 バスケ上手いとか。と言われて説明するのも面倒だった流川は黙秘権を行使する。すれば彩子は全く気にする様子もなくさらに聞いてきた。
「バスケうまいだけ?」
 彼女の特徴、と言われて、む、と流川は唇をひく。
「……ベンキョーできる……」
 ぼそっと呟くと、ああ、と彩子は納得したように言った。
「もしかしてアンタ彼女に勉強教わったりした? おかしいと思ってたのよね、2学期の期末一つも赤点取らなかったものね」
 アンタが、と強調されて流川としては憮然とするしかない。早く本題に入って欲しい。
「それでデートの場所――」
「アンタがねえ、普段あんなに女の子に不愛想なのにちゃっかり興味はあったのね」
 聞いちゃいねえ、と若干こめかみに青筋を立てつつ流川は彩子に向き直る。
「別にキョーミはねー」
「じゃあなんで彼女なんて作ったのよ」
「女にキョーミがあるわけじゃねー。あのひとにキョーミがあっただけだ」
 すると彩子が一瞬絶句し、数秒固まったのちに彼女はどこか落ち着かなそうにソバージュの髪を一度かき上げてから咳払いをした。
「まあ、アタシも偉そうなことは言えないけどさ。部活があるからデートするって言っても短い時間だけでしょ? かなり近場に限定されるわね」
「例えば……」
「そこは自分で考えなさいよ。でも、そうね……彼女が楽しめてかつアンタも楽しめる場所って考えれば少しは決めやすくなるんじゃない?」
 言われて流川はキョトンとする。そういえばお互いに楽しむという考えは抜けていたかもしれない。と過らせていると彩子が「そうだ」となにやらカバンをゴソゴソし始めた。
 そして「あった」と雑誌らしきものを取り出して差し出してきた。
「ハイこれあげる。女性向けだけどこの辺のデートスポットの特集があったから参考になるんじゃない?」
「……どうも……」
 流川は目を瞬かせたが取りあえずありがたく受け取っておいた。
「にしても……アタシも知ってる子? もしかして富中の誰か?」
「いや……しらねーと思う」
「バスケうまくてアタシが知らない子、ねえ」
「……」
 別にいいだろ、とは言わず流川は取り合えずそのまま雑誌を仕舞って彩子と体育館の方へ向かった。
 口の軽い人ではないため誰かにいまの話を彼女がするかと言えば否だろう。その辺は信頼を寄せている。
 とりあえず今は部活だ。と気持ちを切り替えるものの、その日は彩子と目が合えば逐一ニヤニヤとこちらを見てきて煩わしいことこの上なく――。普段通りに自主練もこなしてから帰宅した流川は就寝前にベッドの上でもらった雑誌を広げてみた。
 なにやらファッションやメイクのことが特集されているがさっぱりワカランとパラパラとめくっていく。
「お……」
 その先で煌びやかな文字と色で彩られた「鎌倉・湘南デートスポット」なる特集が目に飛び込んできて流川は視線を落とした。
 地元であるが案外行ったことのない場所も多い、と説明や写真を見ながら思う。しかし。の楽しめそうな場所とはどういう場所だろうか?
 の好きそうなもの……と連想してみる。バスケ。――オレ、とか。

 ――仙道のバスケ。

 バサッ、と雑誌を叩きつけていまのは浮かべなかったことにした。
 はどこでも楽しんでくれるかもしれないが、自分は恋人のためのスポットとか興味ないし。いっそお互いバスケが好きなのだから実業団の試合観戦とか。いや時間的に無理だ。
 ――バスケよりハードル高いかもしれん。と小一時間ほど雑誌を睨みつつ唸ってからその日は力尽きてそのまま寝た。


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