「今日はこの辺にしとこうか」

 流川がデート場所を検討し始めてから数日目の早朝――普段通りと早朝練習をこなした流川は芝生に腰を下ろすの隣に腰を下ろした。
 汗を拭いながらドリンクボトルを手に取り喉を鳴らすの横顔をちらりと見やる。
「こんどの週末」
「え……?」
「部活、午後からだから出かけねえかって言ってたやつ」
「う、うん……!」
 するとが手を止めてこちらを見上げてきて流川は一瞬腰を引いた。
「あんま時間ねーし、外さみーし、水族館はどうかと思ってんだけど」
「え……うちの近くの?」
 こく、と流川は頷く。
「まーもー行ったことあるとか飽きてんなら別のとこで――」
「ううん、行ったことない
! というかまだ二年しか住んでないからこの辺りほとんどどこにも行ったことないよ」
 の声が弾み、流川は取り合えずホッと胸をなでおろした。
「じゃあ10時に入り口前、ってことで」
「え……、流川くん小田急で来るよね? 駅で待ち合わせがいい」
「なんで……」
 現地集合の方がは近いだろうと思った流川だったが、はギュッとドリンクボトルを握り締めた。
「そっちの方がデートっぽいと思う」
「デートっぽい……」
 思わずオウム返ししてしまった流川にはさっぱりわからない理屈だったが、どっちでも構わなかったため「じゃーそれで」と頷いた。嬉しそうに笑うを見て、まーいいか、と少しだけ息を吐く。
 それはともかくも。相変わらずとのマッチアップでは負け越している。こんな弱っちいのになぜあんなプレイが、とジッとを見つめていると首を傾げられたため「なんでもねー」と流川は立ち上がった。


「うーん……」
 その週の土曜の夜、はクローゼットの前で唸っていた。
 明日は流川との久々のデートであるが、どういう服を選べばいいのかさっぱりわからない。
 そもそもどれほどオシャレして行っても気づきそうにない相手だが、と考えるとちょっと寂しいような気が楽なような。
 場所が水族館ならそれほど歩かないしスカートにブーツでもいいかもしれない。――特に服に興味があるわけでないだったが、叔母がやたらとかわいい服を着せたがる趣味を持っており、かつ流川と付き合っていると知って以降はショッピングに付き合わされ服を買い与えられる回数が増えてしまった。
 着飾るのも母親代わりの叔母孝行……という側面もある。
「まあ、とっても良く似合ってるわ!」
 翌日――、比較的かわいらしいコーデを選んだを見て叔母が案の定感嘆し、は軽めの朝食を取って家を出た。
 髪が長いのも冬場は防寒になって助かるな。と頬を震わせながら歩いていく。予想以上にヒール付きのブーツだと歩きにくい。普段から走りなれているからと甘く見ていたかもしれない。
 たった一駅とはいえ電車を使った方が良かったか、と後悔しただったが既に家を出てだいぶ経っていたためにそのまま目的地を目指した。
 しばらくすると片瀬江ノ島駅の特徴的な駅舎が見えてきた。そのそばの電柱に寄りかかる、ひときわ通行人の視線を集めている長身の影を見つけて「あ」とは瞬きをした。流川だ。
 さすがに駅だと彼は目立つのだろう。ちょっと声をかけるのが恥ずかしい気もするが、と小走りでは歩み寄った。
「流川くん……!」
 その声に流川はむろん、ちらちらと流川を見やっていた通行人の女性たちもの方を見ては若干引きつった笑みを浮かべつつも流川の目の前まで駆けて行った。
「おはよう。お待たせ」
「いやだいじょーぶ」
 そうして流川はジッとに視線を向け、は少し首を捻る。
 流川と会っている時は制服かジャージか動きやすい服だったためフェミニンな格好をするのは初めてだが。もしかして似合わないのだろうか、と若干ドキドキしていると流川は少し眉を寄せて目線を落とした。
「歩きにくくねーのか?」
 それ、と言われては「え」と絶句した。どうやらブーツのことを言っているらしい。
 ――やっぱり流川だな。気になったのはそこか、と苦笑いを漏らしつつは手を伸ばして流川の腕をとった。
「歩きにくいから腕かして」
「……いーけど……」
「あと、少しゆっくり歩きたい」
「わかった」
 へへ、とは笑った。
 ちょっとデートっぽい、と腕を組んだまま歩き始めて流川を見上げる。流川は本当に気に入ってくれたのかがプレゼントしたマフラーを巻いてくれている。普段から流川はゆったり目の服を好んで着ているようで、我ながらマフラーは良いアクセントになって流川に似合っていると思う。
 というか顔が整っているとなんでも似合ってしまうのかもしれない。と若干浮ついた気持ちで流川を見た。普段はほとんど意識していないがやはり美形だな、と改めて思う。
「なに?」
「な、なんでもない。マフラー使ってくれてて嬉しいなって思ったの」
「ああ……。あったかいし気に入ってる」
 そして流川がマフラーに唇をうずめるような仕草を見せ、ちょっとだけの胸が騒いだ。
「良かった……。あ、私もね、学校に行くときは使ってるよ」
 流川くんにもらったマフラー。と言うと、そう、と流川が少し柔らかい声を出した。
 きゅ、と流川の腕に身を寄せて歩いてしばらく。海沿いの水族館が見えてくる。
 開館と同時だからか冬だからか湘南という場所に反してそこまで混んではおらず、薄暗い館内はそこそこゆっくり見れる余裕があった。それでもはぐれないようは流川と手をつなぎ、大きな水槽を見やる。
 魚の群れを、わあ、と興味深く見ていただったがふと流川を見上げると予想以上に視線が水槽にくぎ付けになっておりやや意外で瞳を瞬かせた。
 その意外さは次第に大きくなり、ちいさな生き物やクラゲやエイ等を見ながら「おお」などと小さく感嘆しつつ分かりにくい程度に目を輝かせて頬を緩めている珍しい表情に「あれ……」と首をかしげる。
 そして、それはペンギンコーナーにたどり着いた時に確信に変わった。ギュ、とつないでいた手に力がこもり、やや明るい場所に出たため流川の表情にいつも以上に精気が宿っているのがはっきり見えて思わず口元を緩める。
「流川くん……動物とか生き物好きなの?」
 聞いてみると、ぴく、と流川の頬が反応して彼は切れ長の目を少し伏せた。
「まあ……」
 小動物とか、と小さく呟いたのを見ては小さく笑った。
 意外だ。そうか動物好きなのか。バスケ以外にも好きなものがあるのか……と流川の新たな面を見た気がしてひどく嬉しかった。
 じゃあ暖かくなってきたら動物園なんかも良いのかも。と思う。バスケしている時も普段も押しが強いオフェンスの鬼なのにちょっと可愛いかも。とペンギンを活き活きと見ている流川を見つめながら考えていると顔に出てしまっていたのだろう。どこか居心地悪そうに流川が「なに」と言ってきてはなお笑う。
「なんでもない」
 そうして、イルカ見に行こう、とキュっと流川の腕をつかんだ。
 イルカショーの水槽は野外にあり、客席も外なためさすがに寒い。そこそこ満席だった長椅子づくりの席には流川とぴたりと身体を寄せ合って座った。見ればカップルはどこもそんな様子だ。おそらく第一理由は防寒だろう。
「跳ね返りの海水、ここまでは来ないよね?」
「たぶん……キョリあるし」
 そうこうしているうちにショーが始まる。そうして案の定イルカの一挙手一投足に釘付けになっている流川の肩にはそっと頭を預けた。
 いまはっきりと、は自分でも驚くほど流川を好きになっている自分に気づいた。
 幸せ……と満たされた気持ちのまま肌寒い中イルカショーを見物し、ちょうど昼時であるため近場でランチをしてから帰ろうという運びになる。流川は午後2時半から部活だという。
 家まで送ってくれるという流川に従い、昼食後の海岸沿いをの自宅に向かって歩いていく。
 早朝練習の時はバスケに集中しておりほぼバスケだけで時間が過ぎてしまうため、やっぱりオフで一緒にいる時間は大事だとは改めて思った。相変わらず流川の口数は少ないが、初めて口をきいた時に比べたら格段に進歩しているし少しずつ流川への接し方も覚えて慣れてきたし。なにより一緒にいることが心地いい、と考えていると自宅が見えてきた。
「ありがとう、送ってくれて」
「ん……」
 門のところまで来てそう言うも、ちょっと離れがたいな。と思った。部活がなければ家に寄って行ってと言えるが、とそっと流川に身を寄せてキュっと抱き着く。
 するとやや驚いたような息が頭上から漏れてきた。
「なんかあったのか……?」
「え?」
「今日のあんた、おかしい」
「え!?」
「んな素直にくっ付かれると調子狂う」
「え……!? ご、ごめんねイヤだった?」
 戸惑ったように言われてはとっさに身を引いた。そんな風に言われるとは、と若干涙目になっていると「いや」と流川が首を振るった。
「んなわけねー」
 けどいつもとチガウ。とさらに突っ込まれてはまごついた。そういう気分だった、で済ませてはいけないことなのだろうか。と思いつつもしどろもどろで流川を見上げる。
「る、流川くんのこと……好きだな、って改めて思ったの」
「ッ……」
「そしたらちょっと離れがたくて」
 気恥ずかしさ混じりにそう言うと、流川は目を見開いてからしばらく固まったまま絶句した。
「流川くん……?」
「……はじめて聞いた」
「え……」
「あんたに好きだって言われんの。はじめてだ」
「え……!?」
 そ、そうだっけ。とは目を泳がせる。でも今さらなのでは……などと思っていると流川はどこかホッとしたように口元を少しだけ緩めた。ような気がした。
 そのまま一度ギュッと強く抱きしめてくれ、少しだけ名残惜し気に流川はすぐから身体を離した。
「時間だから行く」
「あ……、ごめんね引き留めて」
 じゃあね、と流川の背中を見送るも、歩き出して数歩のところで流川がこちらを振り返った。
「来月、練習試合がある。湘北で。観にくれば」
 そうしてそれだけ言い残すと流川は再び背中を向けて駅の方へ足早に歩いて行った。
 残されたは少しだけ肩を竦める。
 来月のいつ、とか情報が欠けていたが……それはまた朝に会った時に聞けばいいか。と緩く笑った。


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