よく晴れた六月中旬の日曜早朝、はアリーナテニスコートの駐車場前をキョロキョロと見渡していた。
「おっかしいなぁ……試合開始一時間前には着くって言ってたのに」
渋滞にでも巻き込まれているのか、と思案する。

今日は関東大会第一日目。
会場が東京の為、地方のテニス部はそれこそ泊りがけで試合に臨んだりする。
六角中は東京から比較的近い位置にあるので、全員で大型バスによる移動となっていた。

気づくとの周辺には結構な人だかりができていた。
色々なユニフォームやジャージが駐車場に色を添える。
(……ひょっとして、みんな六角待ち?)
千葉がどうのという会話が聞こえてきて、六角中が昨年関東第三位、全国でも有名な古豪であることを思い出しているとワッというざわめきと共に駐車場に一台バスが入ってきた。
『六角中学校 テニス部様』としっかり明記してある。
ギャラリーが興味津々といった感じでバスを遠巻きに取り囲み、は少々戸惑った。
流石にこのギャラリーの中、進んで出て行き彼らを迎えるのは気が引ける。

「何だ? あの子供達」

バスから真っ先に出てきた子供達にギャラリーがどよめく。
次いで次々と選手達が降りてきた。
「黒羽く」
「キャー、佐伯さーん!」
黒羽の姿が見えて少し表情を緩ませたの声は、佐伯のファンらしきギャラリーからの黄色い声援にかき消された。
(さ、流石佐伯くん……)
ここで出て行ったらまたいつかのように視線が背中に刺さりかねない。
「あ、姉ちゃんだ!」
そんな事を思案していると、六角中予備軍の小学生がを見つけ声を上げた。
「おーい姉ちゃーん! バネちゃん、姉ちゃんだよ」
無邪気に黒羽の手を取り、嬉しそうにこちらに小走りで近づいてくる。
「こ、こら、引っ張るなよ」
グイと急に引っ張られて慌てる黒羽につい笑みがこぼれる。
「おはよう、みんな応援?」
「うん!」
元気に答える少年達を見て去年の新人戦の関東大会、必死に黒羽に声援を送っていた様子を思い出し、懐かしさに目を細めた。
「よ、
黒羽も久々に会うに自然顔を緩ませた。
「凄い人気なのね六角中……ビックリした、いつもこんな感じなの?」
「まーな。ま、ダビデなんかあれで目立ちたがりだからまんざらでもないんじゃねぇか?」
クククっとギャラリーに囲まれている部員達を面白そうに眺める。
次いで部員達もこちらにやってきた。
「おはようさん、応援に来てくれたの?」
「うん。にしても良い天気……晴れて良かったね、昨日ぱらっと雨が降って心配してたんだけど」
「フランスに雨は降らんス……プッ!」
その一言に和やかに空を見上げた一同はその場でフリーズする。
「ここは日本だ! ったくいい加減にしろ試合前に!」
「どわっ!?」
いつも以上にキレのある黒羽のローリングソバットが決まり、天根は例のごとくその場に転倒した。


「氷帝の夏服、カワイイね」
フォームアップを終えた佐伯がコート傍の木陰にいたに声をかけてきた。
「ありがと。私も結構氷帝の制服気に入ってるの…セーラーも着てみたかったけど」
「俺もブレザー着てみたいよ」
ハハッと爽やかに佐伯が笑う。
「しかし六角の応援に氷帝の制服ってのも何か浮いてんな」
「バネ……」
、良いのか? 氷帝も今日は第一試合だろ?」
そうなのだ。
多少の時間的ズレはあるが、氷帝も今日は初めから試合が入っていた。
「……うん」
少し間を置いて頷く。
「黒羽くんの試合見たいもん」
笑ってみせるが正直に言えば氷帝も気になる。
「関東は去年の新人戦以来だしね……あの時は向こうの中央一面のコートだったけど」
グルッと高くフェンスで囲まれたコートを見上げては懐かしそうに微笑んだ。

去年の秋、ここで行われた新人戦の関東大会で初めて黒羽のテニスを見た。
そのプレイに心を奪われて、それから随分と色々な事があった。
今こうしてあの時の選手がすぐ傍にいると思うと、何とも不思議な感じがする。

「バネも良いけど、俺らの応援も頼むよ?」
「もちろん! 勝ち上がっていったら氷帝とは準決勝で当たるんだよね……楽しみ」
「上手くいけばね。もちろん、ウチは優勝狙ってるけど」
爽やかながら佐伯が鋭い目をする。
「頑張ってね」
「おう!」
黒羽も勢いよく返事をした。

六角中初戦の相手は群馬代表の大口南中。

先陣を切ってコートに出たのは黒羽と木更津だった。

「いっけぇバネちゃーん!」
「亮兄ーーーー!!」

元気の良い少年達の声援が飛ぶ。
(見事な凹凸ペア)
見慣れないペアには興味深そうにコートを見つめた。

「ザ・ベストオブ1セットマッチ! 六角黒羽、トゥサーブ!!」

審判のコールが響き、トントンと数回ボールを付いた後黒羽は真剣な目でそれを高く投げ上げた。
「ハッ!」
掛け声と共に鋭い着弾音が相手コートにこだまする。

「15−0!」

コールと共にワッと歓声が上がる。
見事なサービスエースだった。
「やるじゃん、バネさん」
「すっ……ごーい」
天根の声との声が重なる。
は目を輝かせてコートを見た。
やはり黒羽のテニスは強く惹きつけられるものがある。
見慣れたサーブだが試合になると一段と速く、重いような気がした。
(やっぱり素敵……!)
何より練習の時よりピリッと緊張感がある中でプレイする黒羽は、いつも以上に楽しそうで凛々しく見える。

「バネにばかり良い格好させられないよね」

クスクスと笑いながら木更津も軽快にコートを飛び回る。
(成る程、意外と良いペアかも)
何でもそつなくこなす器用な木更津に、サーブとボレーに強い黒羽。
前衛黒羽をブラインドに使った連携も二人の身長関係ならより活きる。

試合は6-1であっという間に六角が快勝した。

「お疲れ!」
試合を終えた黒羽と木更津に部員達がタオルやドリンクを渡しながら労いの言葉をかける。

「お疲れさま、凄かったよ!」
息を整えて隣に来た黒羽に、は興奮冷めあがらぬといった調子で声を掛けた。
「サンキュ!」
光る汗が眩しい、試合を終えた後の笑顔は一際爽やかで黒羽によく似合っている。
「やっぱり黒羽くんのテニスって爽快……特にあのプロネーションサーブからのノータッチエースは気持ち良いよ、見とれちゃった」
「そんなに褒めても何もでねーぞ」
勝利の興奮からか照れ隠しか、黒羽は痛くない程度に豪快にバンバンとの背中を叩いた。
「バネさんのテニスは爽快! そうかい? ……プッ」
ピタッとを叩く手が止まる。
「つまんねーんだよダビデ!」
「って!」
その手を回して見事に天根の首にチョップが決まった。
「ね、黒羽くん……」
もう黒羽と天根のやりとりにも慣れきったはサラッと一連のお約束を流す。
「ダブルスも良いけどシングルスには出ないの?」
「ああ、今のところ二回戦はシングルス2の予定だけど?」
「……回ってくる可能性低いね」
「ハハッ、ストレートで勝てりゃそれが一番じゃねーか!」
「そりゃそうだけど……」
シングルスも見たいな、と呟いたの頭を黒羽は微笑みながら大きな手でポンと叩いた。
「なかなか面白かったな、今の試合」
するともう汗が引いたのか、涼しい顔をした木更津がサラッと艶やかな黒髪を風に靡かせて二人に近づいてきた。
「木更津くん……」
「淳の試合、見てくれたんだって?」
の方を向いてクスクスと笑う。
それにはピクッと反応した。
「……うん」
都大会での出来事はすぐ鮮明に思い出せるほど胸に焼き付いている。
「惜しかった、ね」
少しの顔が歪む。
「ま、仕方ねぇよな。アイツと関東で試合してみたかったけど、そう上手くいかねぇか」
カラッとした声で黒羽がを励ますように言った。

都大会が終わった日、ちょうど千葉県大会も終わったらしく黒羽からに優勝したという報告が入った。
自然、都大会での出来事を黒羽に話す事になる。
六角側も当然聖ルドルフの敗退は知っていて、残念がっていたと聞いた。
何より最終的に聖ルドルフを蹴落としたのは氷帝だ――直接関係ないとは言えにしてみれば少し後ろめたい。
『なーに言ってんだ。勝負は勝っても負けても恨みっこナシだぜ?』
そう電話口から聞こえてきた明るい一言が、いかにも黒羽らしくての心に染みた。
戦えないのは残念だけど、とここまで頑張った淳達の健闘を称えていた時の声が少し寂しそうだった事もはよく覚えていた。

「でも淳くんのプレイ、凄かったよ。あのスマッシュに見せかけたドロップボレーが決まった時なんていつも会場が沸いてたし…! やっぱり木更津くんに動きが少し似てて……良い選手だね」
「そう?」
もうネガティブに考えるのはよそうと明るい顔をしてみせたに木更津はいつものようにクスクスと笑った。


「これより六角中対大口南中、ダブルス1の試合を開始します」

放送のナレーションが響き渡り、選手が元気良くコートに飛び出す。

「よーし樹っちゃん、燃えていきましょう!!」

六角のダブルス1は樹・葵ペア。
六角中の部長でもある葵剣太郎は去年まで小学生だった事もあり、予備軍からは一際親しみを込めた大きな声援が上がる。

「相変わらずね剣太郎くん、しっかりミツバチ号持って」
元気良くオジイ特製の相棒「Honey Bee」を抱えてコートに立つ剣太郎が眩しい。
「初めての関東大会、しかも初戦だからな。ハリキッてるんだろ」
すっかり興味があるものを見つけた時の習慣になっている、指で枠を作ってコートを吟味するを黒羽は面白そうに見つめた。
「でも剣太郎くんてダブルス向きの選手だっけ?」
「さぁどうだか、ま、色々試してみるのも悪くないさ」
ふとが疑問を口にすると黒羽はさも余裕そうな顔をし、古豪の貫禄を感じつつもは少々不安になる。
(六角ってこういう所行き当たりばったりな傾向にあるなぁ)
剣太郎は一年だが古豪の部長の名に恥じない程に強い。
天根に勝るとも劣らない実力を有しているとも言われている。
だが、本当に大丈夫なのだろうか?


「40-15! 南大口リード!」

コールが響いてはフェンスを握り締めた。
「だ、大丈夫よね?」
スコアは5-5。見るところ六角側は結構に苦戦しているようだった。
「ダブルスってのはちょっとした事で流れが変わりやすいからなぁ、やっぱ剣太郎はシングルス向きだな」
「そ、そんな呑気な……」
どっしり構えていられる黒羽を少々羨ましく思う。
「大丈夫、あいつ等が負けるわけないさ」
「……うん」
少し落ち着くとは再びコートに意識を戻した。すると木更津が、あ、と思い出したように声を上げた。
「そういえば氷帝の一回戦の相手って青学だったよね。そっちこそ大丈夫なの?」
はゆっくり木更津の方を向いた。
氷帝の初戦相手はあの青春学園。
だが今日の氷帝は全員正レギュラーだ。
「……大丈夫、だと思う」
「だと思う、って……不安なんじゃん」
クスクスと苦笑する木更津にはフェンスを握り締める手に力を込めた。
氷帝の正レギュラー達の凄さは良く知っている、だからこそ負けるわけがないと思える。
しかしあの青春学園が相手と思うと、少々その自信にも翳りが生まれる。
それにには気がかりがもう一つあった。
「宍戸、最近すげー頑張ってるってお前話してたよな」
突然の黒羽の声にはビクッと肩を震わせた。
「都大会でレギュラー落ちしたのに関東で復帰したって聞いたけど、ホントか?」
行き交うボール。
樹も剣太郎も決して調子が悪い訳ではない。タイブレークに持ち込まれては厄介だと必死で巻き返しを図る。
「……何で」
「強豪氷帝のニュースくらい俺達にも伝わってくるさ」
そっか、と呟く。
氷帝の敗者切捨て方式は有名だ、それを覆したとなれば噂にもなるだろう。
「ホント。今日はダブルス1だって言ってた」
絶対勝つと、今度は決意に満ちた表情をしていた宍戸をは思い出した。
やはり氷帝の試合が気になるのも事実だ。
「行かなくて良いのか? もうダブルス1始まってるかもしれないぞ」
黒羽もフェンスに手をかけてを見下ろす。
が宍戸の試合を見たいだろう事は黒羽にはよく分かっていたのだ。
「でも、六角が……剣太郎くん達も苦戦してるし」
が不安げにコートへと目を移すと、少年達の歓声が巻き起こった。

「やった、ブレイクした! 後1ゲーム!!」

11ゲーム目を制し、次は六角のサービスゲームで苦しい状態から一気に有利となったのだ。

「30-0!」

そんな会話の間にも、樹が執念のサービスエースを二本決めた。
「樹くん……!」
歓声に黒羽も木更津も視線をコートに戻す。

「六角! 六角! 六角! 六角!」

選手達を後押しするように一気に応援サイドは盛り上がった。
「行けぇ、剣太郎ーーー!!!」
しばしラリーが続くも1ポイント決め、ラスト一球は剣太郎の鮮やかなダイビングボレーが見事に決まり、そのまま六角の勝利となった。

「良かった……」
「ハラハラさせやがって」
「ハラハラするのは腹が減ったから……プッ」
「うっせ!」

勝利の安堵感からかお約束の会話が流れる。
天根にカカト落としを決めた黒羽はもう一度に向き直った。
そして一瞬中央コートへ目配せする。
、行けよ」
「でもまだ試合決まってないし……さっきみたいに苦戦したら」
「大丈夫! シングルス3はコイツだぜ?」
そう言って黒羽は豪快に天根の肩を叩いた。
「ダビデが負けるわけねーよ」
な?とニカッと笑って天根に目線を送ると無言で天根も頷く。
「……でも」
「大事な友達なんだろ?」
真っ直ぐ瞳を見つめられて、の脳裏にあの夜の宍戸の姿がダブった。
次いで短髪に傷だらけの顔で決意を秘めた顔をする宍戸が浮かぶ。
「黒羽くん……」
「俺達も終わったらすぐ行くから、な?」
ニッと口の端を上げる黒羽には二度ほど小さく頷いた。
「ありがと。……天根くん、絶対勝ってね!」
言い終わらない内に中央コートに向かって駆け出したの背に向かって天根は「うぃ」と返事を投げた。










六角のオーダーはルドルフ以上に変則だと思います。それで良いのか六角(^^;


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