シュ、と空気を切る鋭い音がシンと静まりかえったコートに響く。
「ッヤ!」
飛び散る汗と鼻を掠める海の匂い。
息が上がっても一定のリズムを狂わす事無く打たれたボールが暗がりのコートに消えていく。

「バネ……?」

ボールを投げあげた所でコートの外から声をかけられ、黒羽は器用にそれをガットで受け止めて振り向いた。
「おー、サエか? どうした?」
「どうしたって……お前こそ何してるんだこんな時間に。もうみんなとっくに帰ったはずだろ?」
コートフェンスの扉を開いて佐伯がコートに歩み寄る。

時刻は八時過ぎ――ナイター設備のない六角のテニスコートは、沈んだ太陽の残り陽でどうにか周辺を見渡せる程度だ。
下校時間である六時過ぎにはテニス部も例に漏れず部活は終了する。
が、決まって誰かが居残り練習をすると言い出すと「俺も」「俺も」とレギュラーを中心に結局遅くまで追加練習となだれ込むのがお約束のようになっていた。
それでも夕食の時間も過ぎようという頃にはぼちぼち解散となる。

黒羽は一人残ってサーブの練習に明け暮れていたのだ。

「何か落ち着かなくてよ……、お前は?」
「俺? 俺は道場の帰り。コートから音がするから寄ってみたらバネがいたって訳」
流れる汗を拭いながら黒羽がニッと笑う。
「そういや剣道で自慢の動体視力を鍛えてんだったな! 頼りにしてるぜ?」
黒羽につられて佐伯もハハッと笑みを浮かべる。
「バネこそ、こんな遅くまでサーブに磨きかけてるじゃん」
軽く言った佐伯の言葉に黒羽はグッとラケットを握りしめた。
「負けらんねぇからな……城成湘南の梶本にも、氷帝の鳳にも」
暗がりでもハッとするほど鋭い目をすると黒羽は左手に持っていたボールをポンポンと突いた。

一体毎日何本のサーブを打っているのだろう。
ラケットを握る右手に無数に出来たマメを佐伯は目線を落として見つめた。

「あんまり根詰めるなよ? 明後日は県大会決勝なんだからな」
「だからやってんだよ」
「決勝も大事だけど、俺達にはその後があるんだぞ? お前にバテられると俺達が困る」
練習を再開しようとベースラインに立った黒羽に投げた佐伯の声に黒羽はクッと小さな笑い声を漏らした。
「大丈夫さ、こんくらいでバテたりしねーよ」
振り返っていつものような笑顔を向ける。

「俺達の最終目標は……」
「全国制覇!」

重なった声に二人音を立てて笑う。

遠く幼い日から、いつもみんなで口にしていた言葉。
憧れはいつしかみんなで掴む明確な目標となっていた。

「じゃあまた明日、六角のパワー隊長」
佐伯の言葉に「おう」と返すと黒羽は再びコートを見据えた。

フェンスをくぐる佐伯の背に、再び一定のリズムでインパクト音が聞こえてくる。

(アイツ朝練も一番に来てやってるんだもんなぁ……フなヤツ)
その音を聞きながら佐伯はいつも朝焼けのコートで一人、皆が来るまで今のようにサーブを打っている黒羽の姿を思い浮かべた。
振り返った佐伯の目にサーブを打ち込む黒羽の姿が映る。

身体能力の高い黒羽のとりわけ大きな武器、それは持ち前のテクニックとパワーを活かしたサーブだった。
一撃必殺の呼び声高い鳳のサーブや、関東で最も速いサーブを打つと言われている梶本の話は六角にも伝わっている。
同じサーバーとして負けられないという思いが黒羽の中に強くあるのだろうと佐伯は思った。
しかしサーブ練習にばかり時間は割けられない。
人一倍練習熱心な黒羽は、時間はいくらあっても足りないといつもこうして一人コートに残っているのだろう。

ほぼ暗くなりきったコートに何の迷いもなくサーブを打ち込み続ける黒羽。
その熱気は、まるで黒羽の周りだけ真昼のような明るさに包まれているかのようだった。

「ハッ!」

黙々とサーブを打つ黒羽をしばし佐伯はじっと見つめていた。

本人さながら真っ直ぐな黒羽のテニス。
真剣で、見ているものを惹き付ける晴れやかな動き。

(何故さんがあんなに沢山の人の中からバネ……お前を選んだか良く分かるよ)

弾む息と一定のリズムを刻み続けるボールの音を聞きながら、佐伯は熱の冷めないコートを後にした。











黒羽テコ入れ第二段。朝焼けのコートって黒羽に似合うと思います。
動かし易く重宝してる佐伯ですが、その為天根や亮を出したいと思っても佐伯になってしまったり。
ホントはこういう場面はヒロインが見てるものなんでしょうけど…(^^;



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