都大会初日。 は青春台にある試合会場、柿の木坂テニスガーデンへと足を運んだ。 見事な五月晴れに思わず天を仰いで口元を緩める。 (黒羽くん達も頑張ってるだろうな………) この青空の下、千葉の県大会でいつものように元気にコートを駆ける六角の面々を思い浮かべる。 公式戦観戦はこれで三度目。 試合状況を確認するため、はトーナメント表の張り出してある会場中央の掲示板の所へと足を進めた。 (氷帝、と。あ、ストレートで勝ち進んでる) 準々決勝まで一つの黒星も付けず勝ち進んでいる我が校の名を見て、何だかんだでやはり強いという事を再認識する。 (緒戦、宍戸くん出たのかな……) そもそもオーダーに入っているかどうかハッキリとは分からなかったが、準々決勝は見に行こうと思いつつは目的の学校を目で探した。 「――と、あった。え、今四回戦? 急がなきゃ」 割と試合が進んでいた事に焦りつつ、はクルリと掲示板を背に今試合が行われているコートへと走った。 途中様々な学校の選手の喜び、憤り、涙する姿が目の端に映る。 「下がれ奥村ーーー!!」 コートについた途端大声が上がった。 思わず声のした方を凝視する。 「えっ!?」 と共には一瞬言葉を失った。 今まさにジャンピングスマッシュを打とうとしていた選手が鮮やかに空中で回転し、ドロップボレーを決めたのだ。 審判のコールと共に、ワッと驚愕と歓声の入り乱れた声がギャラリーから上がる。 (な、何、今の……) 凄い選手は見慣れているが、また凄い選手がいたものだとはドロップボレーを決めた選手を眼で追った。 赤の長い鉢巻に、どことなく見覚えのある顔つきをしている。 (あ、ひょっとしてあの人が木更津くんの弟……かな) 見覚えあるどころか良く見れば木更津そっくりだと、は審判のコールを待った。 サービスの際、鉢巻の少年がベースライン外に下がったと同時に「聖ルドルフ、木更津トゥサーブ!」との審判の声を聞いて、やはりそうかと頷く。 (にしても流石木更津くんの弟……) 先程の技と今も軽快にコートを走りまわる木更津を見て、は黒羽が誇らしげに彼の事を語っていた事を思い出し、納得した。 『俺はここで淳を応援する事にしたんだ』 黒羽の眩しい笑顔が脳裏に浮かぶ。 今日、が都大会に来たのは黒羽が話してくれた聖ルドルフにいるという木更津の弟の応援の為だった。 もちろん自校の応援もするつもりだ。 だが、一番はここに来られない黒羽達の代わりに聖ルドルフの試合を見る事。 何より黒羽が仲間だと語る淳に一度会ってみたかったのだ。 (動きや表情も木更津くんそっくり) 双子というだけあってまるで木更津がそこにいる錯覚さえ覚えさせるような淳を見て、自然と応援にも熱が入る。 四回戦、あっという間にストレートで勝ち進んだ聖ルドルフにはホッと胸をなでおろした。 (次、勝てば関東ね……) おそらく聖ルドルフの選手達の誰もが思っているだろう事をも思う。 次の試合に勝てばベスト四進出、自動的に関東大会への切符が手に入るのだ。 制服姿のマネージャーらしき生徒の話を真剣に聞いている聖ルドルフの部員達を遠目に、はもう一度試合状況を確認した。 「次にルドルフが試合してその後氷帝、か……」 勝てばどちらも関東行きが決定する。 (どっちも勝つと良いな) 木の葉が作る影の下を歩きながらは一足早く準々決勝が行われるコートへと向かった。 聖ルドルフの対戦校は青春学園。 結構な強豪校だと宍戸から聞いた覚えがある。 (大丈夫だよね……?) ダブルス2として出てきた淳を見つめ、ギュッとは手を握り締めた。 序盤、には淳達が押しているように見えた。 先程見せた回転ドロップボレーも鮮やかに決まり、スコアでは聖ルドルフがリードしている。 しかし相手もしぶとく、特にコート脇を通るポール回しという大技を出された時には流石にヒヤリとした。 「来るぞ淳、下がるだーね!!」 淳のパートナーの叫び声と共に、青春学園の選手が高く跳び上がるのが見えた。 丁度それがブラインドとなっての位置からルドルフ側が僅かに隠れる。 ズドン、という音と共に物凄いダンクスマッシュが決まった。 と同時に誰かが吹っ飛ぶのが目に飛び込む。 「淳くん!?」 慌ててはコート傍のフェンスに駆け寄った。 見ると運悪くスマッシュの球が顔面にヒットしたらしき淳のパートナーが気絶していて、青春学園の選手がしきりに謝っている。 これにより試合続行不可能の為、聖ルドルフのダブルス2は棄権負けとなった。 「凄いよアイツら、試合中にどんどん進化してる。正直とてもクリアできなかった」 クスクス、という兄と同じ笑い声と共に淳の感想戦が聞こえてくる。 負け試合だというのに相手を称える爽やかな試合後の態度は流石六角出身と言うべきか、「あの輪の中に淳もいたんだ」と確かに感じられる。 気絶した選手もどうやら大丈夫なようだ。 大事に至らなくて良かったが、これで貴重な一勝を失ってしまった。 ダブルス1は白熱し、タイブレークに突入している。 の握り締めた拳はいつの間にか汗ばんでいた。 二試合とも良い試合だった。 ダブルス1は辛勝、シングルス3も負けはしたものの、両者の若さ溢れる良い試合だったとは思った。 (でも、これで一勝二敗……青学のリーチでもう後がない) カシャン、とはフェンスを強く握り締めた。 (黒羽くん……!) どうしてもルドルフに関東に進んで欲しい――は祈るようにコートに視線を送った。 シングルス2として出てきたのは小柄で癖のある黒髪の少年。 「あれ、あの人……さっきのマネージャーじゃ?」 先程の四回戦の後、熱心に選手達に何かを話していた人物だ。 制服を着ていた為はおそらくマネージャーだろうと思っていたが、コートに出てきたという事は選手なのだろう。 見ると余裕の笑みを浮かべている。 「うおぉ、見ろ! 不二周助だ!!」 「ついに出てきたぞ、青学の天才!」 コート周辺のギャラリーがざわめきだした。 (え、相手の選手……そんな有名な人なの?) は焦ってギャラリーの沸く方に思わず振り返る。 (でも、相手が誰でもここで踏ん張らないと) ここで負ければ目の前にぶら下がっている関東への切符をみすみす逃す事となる。 しかしそれは相手も同じ。 自分に心配されるまでもなく聖ルドルフの選手とて誰よりも分かってるハズだと、は逸る気持ちを抑えた。 ゲームカウント5-0、試合は圧倒的に聖ルドルフ側が押しているようだった。 あと1ゲームだとも少し肩の力を抜く。 だが、その残り1ゲームで勝利という瀬戸際になって急に相手側が押し始めたのだ。 1ゲーム、続けて2ゲームと電光石火の勢いで巻き返される。 (な、何で……?) 3ゲーム連取された頃には、聖ルドルフの黒髪の少年は顔面蒼白で半ば戦意喪失しているように見えた。 (どうして……) 突然の出来事にには何が何だか分からない。 コート脇に視線を送ると、同じく聖ルドルフの選手達も困惑気味の表情でコートを見守っている。 「流石だな、不二周助」 呆然と試合の様子を眺めていたの耳に、一寸離れた場所から聞き覚えのある声が届いた。 「跡部く……」 見ると、跡部が氷帝の部員を数人引き連れ試合を眺めていた。 (何が流石なの……?) 試合をしている二人の事は全然知らない。 だが、一方は余裕の笑みで、もう一方は畏怖の念を浮かべた形相でコートを上下左右に走り続けている。 その様子がいたたまれなく、は聖ルドルフの選手に哀れみにも似た感情を抱いた。 (テニス見て……こんな嫌な気分になったの初めて) 六角のみんなはいつも楽しそうで、氷帝のテニスも嫌だと思った事はなくて――はコートから目を背けたくなった。 「無様だねぇ、アイツ」 宍戸のそんな声も、の耳には届かなかった。 結局試合はあのまま聖ルドルフ側は1ポイントも取らせてもらえず、青春学園の選手が逆転勝利した。 「貴様0-5はわざとだな!? ふざけやがって!」 悔しそうな、いたたまれないといった聖ルドルフの選手の悲痛な叫びに青春学園の選手が何か言葉を発したが、の位置からは聞き取れなかった。 青春学園の勝利を称える歓声が沸き起こる。 には沸き起こる歓声の意味さえ分からなかった。 立ち尽くしたまま動けないでいるの傍のフェンスを先程試合をしていた少年が息荒げに勢いに任せてガシャンと鳴らした。 「くそう勝たなきゃ……勝たなきゃ意味がないんだ!」 今にも泣き出しそうな程悔しそうな表情。 「その為に僕らはわざわざ地方から集められたのに……! 結果だけが全てなんだよ!」 激昂する少年に、そうなのか、とは少年から目線を反らせないまま考えた。 (彼も淳くんと同じように、ここで全国を目指す為に来たんだ) 選手の悲痛の叫び。 仲間の慰めにも耳を貸さず、ただ項垂れるその選手の前をふいに数人の他校選手が通りかかった。 「橘さん、あいつ等泣き言言ってますよ」 少し軽いその声に選手が伏せていた顔を上げて呟く。 「君達に僕の気持ちが分かってたまるか……」 数人のうち一人が、真っ直ぐとした瞳で項垂れる少年を見た。 「一からまた築いていけば良い、新しい聖ルドルフのスタイルを」 その言葉にはハッとしてその少年を見つめた。 「キレイ事を――」 「俺達はそうやってきたぜ?」 そう言って誇らしげに仲間を見渡し、他校の少年らは行くぞ、とその場を後にした。 そうして少し時間が経てば、聖ルドルフの少年は先程より落ち着きを取り戻したように見えた。 (……プレッシャー、背負ってたんだよね) は横目で選手を見やるとそっと目を閉じた。 一連の様子から部のまとめ役だっただろう少年の、関東、全国という二文字の肩にかかる重圧は恐らく半端ではなかっただろう。 プレッシャーという意味では、自校のテニス部もそうだとは思った。 監督の榊は、負けた選手は二度と使わない。 そういう方針だと聞いている。 テニスを純粋に楽しむもの、がむしゃらに上を目指すもの、あの少年のように学校の勝利を一番に背負うもの。 目指す先にあるものは一つでも、随分と色々なドラマがある。 「一からまた築けば良い、か……」 淳から、聖ルドルフの選手達から、その選手を励ましたあの選手から――色んな感情をもらい、は胸がいっぱいになった。 (まだコンソレーションがあるんだっけ) 先程のコートでもうすぐ関東行きのかかった自校の試合が始まる。 東屋にたむろする聖ルドルフの選手達に「コンソレーション、勝ち上がってね」と心でエールを送るとは氷帝準々決勝の試合コートへと視線を向けた。 「あ、れ……? あの学校」 コートをグルッと囲う氷帝部員達を何とか掻き分けて中を覗くと、先程聖ルドルフの選手に通り際に声を掛けていた他校の少年達が目に入った。 「不動峰……? ウチの対戦校だったんだ」 奇妙な偶然だなと思いつつ、試合が始まるのを待つ。 「……ウソ」 先程の試合とは別の意味では信じられないと困惑の表情を浮かべた。 準レギュラーとは言え、ダブルス2、ダブルス1と氷帝が立て続けに落としたのだ。 ダブルス1に至ってはボロ負け。 周りの部員達も驚きを隠せないと言った様子だ。 後一勝――不動峰にリーチがかかっている。 「ダセェな、激ダサだな!」 騒然とした雰囲気の中、よく聞きなれた声と台詞が耳に入った。 「宍戸くん……」 宍戸がフェンスの傍にたむろしている部員達を横目で睨み付けている。 「宍戸くん!」 ガシャン、とは思わずフェンスを掴んだ。 (俺がこんなところで負けるかよ!) 一瞬の方を見た宍戸の目は、いつもどおりそう言っているように見えた。 宍戸の相手は先程聖ルドルフの選手を激励し、仲間から「橘さん」と呼ばれていた少年。 先の出来事と相まってか、には相手の少年がとても大きく感じられた。 (宍戸くん……大丈夫かな) 余裕の態度で相手に何やら挑発らしき言葉を投げている宍戸を見て、いささか不安になる。 「何――ッ!?」 試合開始から数分――宍戸が驚愕の声を上げた瞬間にすばやく前に出た橘の鋭いボレーが決まった。 「し、宍戸くんのライジングから前に出るなんて……」 は思わず息を呑んだ。 ライジングを得意とする宍戸は、相手を前に出させない自信はそれなりにある。 実際、ネットプレーを得意とする選手には宍戸は戦いづらい相手でもあった。 それがこうもあっさり決められては、流石の宍戸も観客も虚を突かれ言葉をなくす。 橘は強かった。 は黙って試合を見つめていた。 結果は0-6と宍戸の惨敗。それも一五分という短い時間で決められてしまった。 しかし、にはそこまで圧倒的に実力に開きがあるとは到底思えなかった。 勝てると踏んで臨んだ心の隙が、虚を突かれた時の反動で精神的にきたのだろう。 (宍戸くん……) 狐につままれたとでも言うべきか、悪夢でも見たかのような色のない表情で宍戸は一人コートに崩れ落ちていた。 氷帝は0−3のストレート負け。 傍で跡部の舌打ちの音が聞こえた。 無表情のまま宍戸はラケットをバッグにしまい、無言で跡部らの後に続いた。 コートから出てきた宍戸にかける言葉が見つからずはクシャと右手で頭を抱えた。 暫らくフェンスにもたれかかっているといつの間にか人がまばらになり、コートの周りには誰も居なくなっていた。 気づけば日も西に傾きかけている。 オレンジに染まるコートをはぼんやりと眺めた。 片付け忘れだろうか――一つコロンと寂しそうにテニスボールがコートに転がっている。 「黒、羽くん」 ポツリとは黒羽の名を呼んだ。 じんわりと胸に熱いものがこみ上げてくる。 今日、この場所で色々な事があって、歓喜の叫びの裏で悔恨の涙を流す選手がいて、それぞれ背負うものが違っていて――強く儚くて、でもキラキラと輝いて。 ここであった事が一気に思い出され、最後にの脳裏に爽やかで暖かい黒羽の笑顔が浮かんだ。 今の自分のこのもどかしい気持ちを、黒羽なら受け止めてくれるような気がした。 (会いたい、な……) 離れた場所にいる少年を想いながら、は辺りが暗くなるまで一人いつまでもぼんやりコートを眺めていた。 |
時間軸が本編に追いついたので、所々展開も添います(^^;
ヒロインは氷帝の生徒ですが六角に関係してて、その六角がルドルフと関係してるんで、
色々複雑ですよね…。
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