宍戸はふと観戦も出来るようになっている自校のコートの観戦席を見やった。 今日は氷帝学園と六角中の合同練習日。 榊は急用で出られず、跡部はまだ来ていない集合時間前のコートには早々にやってきた六角中メンバーと氷帝部員がまばらに居て、各自ストレッチをしたり雑談をしたりして過ごしている。 「あれ、先輩っすね」 急に背後から声をかけられ、更に今自分が見ていた人物の名を言われて宍戸はビクッと肩を震わせた。 「いきなり背後に立つな、長太郎」 取り合えず文句を言っておく。 「スケッチブック抱えてるし、スケッチ練習にでも来たんすかね?」 「アイツは年がら年中スケッチブック抱えてるような奴だぞ」 ハァ、と宍戸はため息を吐いた。 「でも何で今日タイミングよく来たんだか……俺六角中と合同練習やるってアイツに話してねーし」 視線をの方に戻すと「相変わらずスケッチブック装備してるんだね」などと今聞いたばかりのような台詞と共に六角の部員と親しげに話すの姿が映った。 鳳がああと思い出したように呟く。 「多分六角の黒羽さんから聞いたんじゃないっすか? 俺、先月都内の美術館で偶然黒羽さんと先輩に会ったんですよ、その時俺が来月はよろしくお願いしますって黒羽さんに挨拶したら先輩不思議そうな顔してましたから」 黒羽じゃなくてお前が教えたようなもんじゃねーか、と即座に思った宍戸だが、それは口に出さず「そうかよ」と興味なさげに答えた。 「――は、美術館?」 一瞬流しかけたが、少し遅れて鳳の台詞を頭でリピートすると宍戸は鳳に視線を戻した。 「ええ、賞を取った先輩の絵が飾られてたから一緒に見に来てたんだと思います。あ、あの絵のモデルって黒羽さんっすよね? 俺、最初見たとき驚いたんですよ、先輩が六角の人と仲が良いなんて思いもしませんでしたから」 「あー……例の絵な。まあ、その辺は色々事情があってな」 そういえば、と大きな賞が取れたと嬉しそうに報告してきたを思い出す。 ついでにが六角中と親しくなったキッカケも過程も宍戸はよく知っていた。 (にしても、マジ仲良いんだな) しかし、実際にが六角の連中と話している所を見るのは初めてなので、すっかり六角中の雰囲気に溶け込んでいるを目の当たりにして少々複雑な気持ちになる。 「にしても本当に仲良さそうですね」 今、自分の思っていた事をズバリ鳳に言われて宍戸はまたもやビクリと肩を震わせた。 当の鳳は何の含みもなく、と六角中の会話をストレッチをしつつ眺めながら何気なく言っただけだったのだろうが。 「俺、てっきり宍戸さんと先輩って付き合ってるのかと思ってたんすけど」 その言葉に宍戸は思わず持っていたラケットを落としそうになった。 「ハァ!? なんでそうなるんだよ!」 「え、だってよく一緒にいる所見かけますし、先輩よく練習見にきてるけど話すのは宍戸さんくらいだし」 「俺とあいつはただの腐れ縁! だいたいが練習見にくんのはただのスケッチ練習以外何の意味もねーんだよ!」 後方の達に聞こえない程度に精いっぱい抑えた声で宍戸は鳳に怒鳴りつけた。 「そ、そうですか」 「大体お前は男と女が一緒にいれば必ず出来てるとでも思うのか? え?」 「……ち、違いますよね」 宍戸の剣幕に押されつつ、それもそうだと思ったのか鳳はとりあえず謝った。 「あ、じゃあ先輩と黒羽さんもそうなのかな」 ピタっと宍戸は今にも振り下ろしそうな勢いで掲げていたラケットを止めた。 「俺が知るか」 ケッ、と長い髪を揺らしながらソッポを向く。 自分はいくらと親しいとは言え、休日共に出かけたりはしない。 しかし鳳の話を聞く限り、黒羽とが一緒に美術館に行ったのは多分モデルを連れて自分の絵の鑑賞にでも行ったのだろうと宍戸は思った。 おそらく、が自分の絵を描いていたとしてもそうしたはずだ。 「あいつは、黒羽のテニスが気に入ってんだよ」 ボソッと、自慢の髪を梳きながら横目でを見つつ呟く。 「え? あ、ああ……そうでしょうね、先輩の絵見ましたけどそんな感じでしたし」 「今はどうだか知らねぇけどな」 "黒羽のテニス"に一目惚れしたんだとキラキラした目で話していたを思い出しつつ、宍戸はブンブンとラケットを振り回すと「ラリー付き合え」と鳳を連れてコートに入った。 (ウソ……) は鉛筆を握り締めたまま、隅のコートでボールを追っている少年を息を呑んで見つめていた。 もう何時間になるだろうか。氷帝部員相手に片っ端から一人勝ち抜き戦をやっている少年。 レギュラーの面々も余りの凄まじさにボーゼンとしながらコート脇でその様子を見ている。 氷帝テニス部の部長であり、氷帝学園の生徒会長もこなしている、言わば「学園の王者」跡部も心なしか目を見張ってその様子を眺めているようだった。 「すっごーい……天根くん」 長いラケットを振り回しながら快進撃を続ける六角中のダビデこと天根ヒカル。 最初は我が校の部員がやられていると悲壮感にさいなまれていた氷帝女生徒ギャラリーの面々もあまりの凄さと、黙っていればいわゆる「良い男」に属する天根に今では黄色い声援を飛ばしていた。 天根はパワフルで強い。 単にパワーなら黒羽をしのぐかもしれない。 はその事はよく見知っていたが、初めて他校生を相手にする天根を目の当たりにしてその凄さを再認識した。 普段無口で、口を開いたかと思えば寒いダジャレを飛ばし黒羽に突っ込まれている少年は今コートの上で一段とカッコ良く、輝いている。 「くそくそ! 何なんだあの長ラケットの二年は!!」 コート脇で天根の様子を見ていた跡部に近づきながら正レギュラーの一人である向日が天根の快進撃を見て鼻息荒げに声を上げた。 「ハッ、ざまーねぇな向日」 「俺は負けてねーよ! ざまぁねーのはあいつ等だろ」 天根にやられてヘバッている部員達を横目で睨みながら向日は地団太を踏んだ。 「どうだか。お前も試合してきたらどうだ? ハッキリするぜ」 「……それとこれとは話が別だ」 今だ疲れなど微塵も見せず豪快にコートを飛び回る天根に少々怯む。 「なぁ、それより休憩まだかよ! 俺腹減った」 跡部に声をかけた一番の目的を向日は口にした。 時計は既に一時近くを指している。 「チッ、俺様とした事が」 昼の休憩時間がとっくに過ぎていたことを知り、跡部は軽く舌打ちをすると徐に立ち上がって宣言した。 「休憩だ! 各自昼食と休息を取って二時にコートに集合!!」 コート全体に響く声で指示した跡部に向日は内心苦笑いを漏らす。 (……六角の部長と相談しなくて良かったのかよ) 跡部の独断には慣れたものだが、仮にも合同練習してるのにと思わないでもない向日だったが、取り合えず腹ごしらえだと気を取り直してその場を離れた。 「食事行かないんすか?」 「ん? ああ」 汗を拭きながら鳳の声に生返事をすると、宍戸はチラッと観客席の方を見上げた。 (……はどうせ六角の連中と食うんだろうな) 一人だったら級友を誘うつもりだったが、案の定が六角の部員と一緒にいるのを確認してその心配はない事を悟ると、宍戸は「行くぞ!」と鳳に先立ち階段を登った。 「あっちぃ……昼飯ここで食うのか?」 タオルを額に当てながら黒羽が空を見上げる。 「んー……日陰が良いなら向こうの芝生があるけど、そっち行く?」 「別にいいじゃん、ここでも」 各自弁当を持ってきた六角部員とが昼食場所を相談しているとコートから天根が戻ってきた。 「あ、天根くんさっきは」 凄かったねと声を掛けようとしたを遮り、先に天根が口を開く。 「早く弁当食べんと〜……プッ」 「……お前のダジャレ聞くと食欲なくなるんだよ!」 「ぶわッ!」 バサっと勢いよく黒羽は持っていたタオルを天根に投げつけた。 結局観戦席で食べるという事で落ちついて、全員が弁当を広げようとしていた所に氷帝の女生徒らしき少女が数人近づいてきた。 「あ、あの……佐伯さんですよね?」 今まさに弁当を開こうとしていた少年に近づく。 「? そうだけど」 「あ、握手してください!」 キャーという黄色い声と共に言われた台詞に戸惑いつつも、佐伯は手を差し出した。 頑張ってください、といわれてありがとうなどと返事をし、やわらかい笑みを浮かべる。 今にも失神しそうな程真っ赤になり興奮している女生徒達を横目で見つつ、流石サエなのね、と樹は思った。 (そ、そういえば何かギャラリーから視線感じると思ってたけどひょっとして佐伯くんと話してた所為かな) お絞りで手を拭きつつ、は顔を引きつらせた。 「お、ダビデばっかだな」 のスケッチブックを覗き込んで黒羽が珍しげな顔をした。 「あ、うん。あんまり凄かったからずっと天根くん見てたの」 作ってきた弁当を口に運びつつ、皆が視線を天根に送る。 「ダビ、今日ずっと試合ばっかしてたよね」 「午後もやるんだろ? 勝ち抜き戦」 おにぎりを頬張ったままコクリと天根が頷く。 「みんなは試合しないの?」 「うん、あくまで練習だしね。時間があれば是非レギュラーと手合わせ願いたいけど、何か跡部くん出し惜しみしてるみたいだし」 ハハっと笑いつつ、佐伯はおからを箸で挟んだ。 「おから好きだよね、サエは」 「亮だってナゲット入れてきてるじゃん」 そんな会話をしつつ、ほがらかに食事タイムが進む。 「あ、そうだ」 弁当も食べ終わり、各自休息を取っていると思い出したようには鞄からタッパを取り出した。 「何だそれ?」 横から黒羽が覗き込む。 「あのね」 「レモンの入れもん……ププッ」 またも台詞を天根のダジャレに遮られて固まるを横に黒羽は後ろから無言で豪快にチョップを入れた。 大げさに痛いと抗議する天根に、すっかりこういう光景にも慣れたものだとしみじみしつつはタッパの蓋を開けた。 「実は天根くんのシャレ当たってたりして……」 差し入れにと作ってきたレモンの蜂蜜漬けをどうぞとみんなに差し出す。 「俺、超すごい」 まだ痛む頭を撫でつつ、甘いものに目がない天根は一番に手を伸ばした。 「サンキュ」 ニッと笑う黒羽にも笑みを返す。 「今度の地区予選、頑張ってね! 絶対応援行くから」 「おう、任せとけ! あ、でさ……地区予選の次の土曜練習休みなんだけど、どっか行くか?」 「え……ホント? うん、行きたい!」 パッと明るい顔をして少し頬を染めるに黒羽が目を細めると、周りからクスクスと笑い声があがった。 「何だよお前ら」 少々訝しげに眉を歪ます黒羽を横に、が目を泳がせて上を見上げると昼食を済ませて戻ってきたらしき宍戸の姿が目に入った。 まだ一時四十分、練習開始までにはもう少し時間がある。 「あれ、もうお昼済ませたの?」 の声に六角のメンバーも自然と宍戸の方を向く。 「……まぁな」 一斉に視線を浴びた宍戸は少々居心地悪そうに階段を下りてくる。 「あ、宍戸くんも食べない?」 言われて宍戸はの傍に置いてあるレモンの蜂蜜漬けの入ったタッパを見た。 おそらくが六角の連中の為に作ってきたものだろうと思う。 「いらね」 の横を通り過ぎつつ手を振ると、宍戸はコートの方へ向かった。 そして一人ストレッチを始める。 「ふーん、あれが宍戸か」 興味深そうに六角のメンバーが氷帝レギュラーを見つめる中、黒羽は伸びをするとうし!と自分もストレッチをしようとコートに向かった。 「黒羽くん?」 「まだ休憩時間あるのに……バネは元気なのね」 宍戸とは少し離れた位置で軽くストレッチを済ませると、黒羽は仲間のダベっている場所を一望した。 手が空いていそうなメンバーを探す。 (ダビデ……はもう少し休ませといた方がいいか) いつもこんな時呼び出す天根は午前中の連戦、そして午後も連戦になるだろうという事を考慮して外し、他の適任者を探す。 「よし、おーい亮! アップ付き合ってくれ!」 ラケットを高々と掲げて叫ぶ黒羽に宍戸はずっこけそうになるのを必死で堪えた。 「亮!」 「おい、何だてめぇ馴れ馴れしいんだよ!」 横目で黒羽にガンを飛ばす。 急に横から聞こえてきた怒鳴り声に黒羽は一瞬キョトンとしていた。 次いで宍戸を見ながら何か納得したように苦笑する。 「そうだった……スマン!」 「おい、一体」 すると二人の間にストンと長髪で小柄の帽子を被った少年が降りてきた。 「バネは僕を呼んだんだよ」 急に現れた少年に宍戸はハァ?と言いたげに眉を歪ませる。 「僕、木更津亮って言うんだ」 クスクスと笑う少年を見て、宍戸は絶句した。 チッと舌打ちをした後物凄い形相でを睨む。 (「何で教えなかったんだよ!」って顔だな……) 一連の出来事に笑っている六角メンバーを横に、は取り合えずゴメンと手で合図を送った。 (とんだ恥かいちまったぜ) スタンドで休息を取っていた氷帝部員も笑っていて、益々体温が上昇する。 宍戸は元いた場所に戻ると気を紛らわせる為にブンブンとラケットを振り回した。 ちなみにこの日以降、「氷帝百人斬り」という通り名と共に六角中天根ヒカルの名が関東中に広がる事となったが、それはまた別の話。 |
映像も説明も全くなかったので、どうせならと天根の通り名の由来エピソードを作ってみました。
六角(黒羽)と氷帝(宍戸)の顔合わせも兼ねられてお得かな、と(笑)
お気づきの方もいると思いますが、佐伯が騒がれてる部分はスラムダンクのパロディです。
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