桜が彩りを添え、季節はすっかり春になっていた。 卒業生を見送り、新入生を迎え――それぞれが新しい生活を始める。 桜もいよいよ最後の開花だとその花を精いっぱい開き、見納めとばかりに行楽に出かける人も多い日曜の午前中、黒羽は東京へ向かう列車に揺られていた。 (十時前には着くよな……) ドアの窓から流れる街並みを眺める。 「南口、と」 改札口を抜け、人混みをくぐり抜けながら黒羽は外へと向かった。 久々に出てきた東京は相変わらず人が多く、どうも慣れないと肩を窄める。 のんびりとした地元とはかなり違う。 キョロキョロと辺りを見渡し、出入り口付近の木にもたれかかっている少女を見つけると黒羽は小走りでそこへ向かった。 「ー!」 呼び声に少女が顔を上げる。 「スマン、待った?」 「ううん、まだ約束の時間前だもん」 声をかけると少女――は微笑みながら入り口上の時計を指さした。 「久し振りだね、黒羽くん」 久々に見る元気そうなの姿に黒羽も笑みを浮かべた。 「ホントにな、三月になってから一度も来なかっただろ? 休日にがいないと何か調子狂うんだよな」 も以前と少しも変わらない黒羽の爽やかな笑みに嬉しそうにはにかむ。 二月の終わりに「もうじき完成する、今までありがとう」との旨を伝えて以降、は千葉には行っていなかった。 「また来てね」と皆が言ったが、にしてみれば行きたい気持ちは山々でも用もないのに練習の邪魔をするのは気がひけたのだ。 最初から「絵を描く」という目的だった以上、寂しくても仕方がないともは思っていた。 「もう黒羽くん達には試合以外じゃ会えないと思ってた」 「おいおい、んな大げさな……」 思わず黒羽は苦笑した、と同時に目の前のに少々違和感を感じた。 「何かいつもと雰囲気違うな」 顎に手を当ててジッとを見つめ視線を上下させる。 いつも六角に来る時はジーンズにスニーカーといった動きやすい格好をしていたは今日は春らしい柔らかな雰囲気のスカートにカットソー、ミュールといった女の子らしい服装をしていた。 雰囲気が違うと感じたのはその所為かと思うと黒羽はニッと笑った。 「似合ってんじゃん」 「え……」 は目を丸くした。 サラッと素直に、おそらく子供を褒めるような感じでそう言ってくれたのだろうが、黒羽に誉められると嬉しい反面何故だか照れくさい。 「ありがとう」と俯きがちに微笑む。 「ゴメンね、貴重な休日にわざわざ来てもらって」 「何言ってんだよ、俺が来たかったんだし……行こうぜ」 は歩き始めた黒羽の横顔を見上げた。 (またちょっと背伸びたみたい……) 大きな身体にスラッと伸びた長い手足。 (ジャージと学ランしか見たことなかったけど) 私服も似合ってるね、など黒羽と違ってどんな顔をして言ったら良いのか分からずは心でそっと褒めておいた。 普段は割と何も考えず感情をストレートに表現できるだが、意識してしまうとどうにも照れくさい。 ――黒羽が今日東京に出てきたのはの一本の電話がキッカケだった。 『もしもし、と申しますが春風くんいらっしゃるでしょうか?』 『おー!?俺、黒羽だけど』 『黒羽くん?久しぶり、あのね、コンクールの結果が出たんだけど……!』 黒羽が電話口に耳を傾けると少し興奮気味なの声が聞こえてきた。 その内容は三月に出品した絵が入賞し、美術館に展示される事になったという報告だった。 『ホントか? すげーじゃん!』 『うん、今まで取った中で一番大きな賞でびっくりしてるの。黒羽くん達のおかげだよ、ありがとう!』 『んな事ねぇって』 幼い頃から絵を習っていたにとっては賞を取ることは決して珍しい事ではなかったのだが、予想外の大きな賞に自身驚いていた様子だ。 『なぁ、展示期間っていつまで? 俺部活休みの日に見に行くよ』 『え?』 としては報告だけと思っていたのだろう。意外な言葉だったのか受話器を握り直している気配がした。 『完成したら見たいって最初に言っただろ? 一緒に行こうぜ!』 そんないきさつでと黒羽は共に展覧会を見に行く事になったのだ――。 「美術館って大昔親に連れて行ってもらって以来だ」 コツコツと床を鳴らす靴の音と館内に流れているクラシック音楽以外の音はほぼ皆無といった閑静な館内を黒羽は物珍しそうに眺めた。 「俺絵ってよくわかんねぇんだけど」 展示作品を眺めながら少し気後れしたように髪を掻く。 「の絵はどこに飾ってあんの?」 「もうちょっと奥」 通路の両側に飾ってある絵を眺めつつ、ゆっくりした歩調で奥へと足を進める。 「RHR絵画イラストコンクール……入選作品?」 奥の一角に横文字で書かれていたものを黒羽は小さな声で読み上げた。 「うん、昔から凄く権威のあるコンクールでね、私が応募したのは中高生の自由作部門なんだけど……」 説明しながらが自分の作品を置いてある場所へ誘導する。 「優秀賞……」 そう書いてある作品が数点並ぶ横をゆっくり歩くと、黒羽はの絵の前でピタリと足を止めた。 「はぁ……」 そして感嘆ととれる深いため息を漏らし、暫らく無言での絵に見入る。 よく覗いていたスケッチブックのラフ画とは全然違う、油絵で描かれたそれを黒羽はマジマジと見つめた。 「これ、俺……?」 力強くサーブを打つ瞬間を捉えた絵。 だが、その絵からは激しさと力強さの他に暖かさも感じ取れた。 「そうか……の瞳を通した俺は、こんな風に映ってるのか」 感動すら覚えてしみじみと言った黒羽の言葉に、は少し照れくさそうに微笑んだ。 「"Impression"?」 額縁の下のタイトルを黒羽が読み上げ、がああと頷く。 「ウチの部長がタイトル付けてくれたの。私ね、実際黒羽くんに会ってみてどんどん描きたい事増えちゃって……考えた末最初に見たサーブにしたの、だから」 言いながらは黒羽の方に歩み寄った。 「この絵で賞とれてホントに嬉しい……でも、今度は大賞狙う」 「お、強気だな」 「去年応募した時は風景画で佳作だったの。優秀賞以上じゃないと展示して貰えないから、このコンクールで優秀賞取るの目標にしてて……叶ったから次は大賞しかないじゃない?」 そう言って大賞の作品に視線を投げたにつられて、黒羽も大賞の作品に目を移し、もう一度の絵を見た。 絵の世界にもライバル心やら向上心があるのだと、当然の事ながら改めて認識する。 「にしても我ながら上腕筋すげーな」 顎に手を当てて今にも動き出しそうな程力強くサーブを打つ瞬間を描いた自分の腕に注目すると、が肩を竦めた。 「苦労したよ、筋肉表現するの」 「寒い中俺のジャージ脱がせて腕に触らせろって言ってたのこの為だったんだな」 「や、やだ、恥ずかしい事思い出させないでよ」 何気ない黒羽の一言にがカッと赤くなる。 いつだったか、ジャージのまま練習していた黒羽の腕が上手く描けなかったは、「ごめん脱いで」とジャージを脱がせ腕を見せてもらった事があった。 はよく筋肉のついた腕を「すっごーい」と感心しながら触りつつスケッチさせてもらっていたのだが、周りはあっけに取られるかクスクス笑っていた。 今冷静に思い返せばかなり恥ずかしい出来事だったのだろう。 そんなの様子に一瞬黒羽は頭で疑問符を浮かべ、次いで声を殺してクククと笑い始めた。 「な、何?」 「前から思ってたんだけどさ、って絵が絡むと大胆になるよな」 声を立てずに笑っている為か、目尻にうっすら涙をためる黒羽にはいぶかしげな表情を浮かべる。 「初めて会った時はこれでも結構衝撃受けたんだぜ? 随分積極的な奴だなーって。普段はそんなでもねーのに」 「……そうかな」 確かに思い起こせば過去おかしな行動も多々起こしたかもしれない、とは恥ずかしいのとみっともないのとでバツの悪そうな顔をした。 「先輩……?」 二人がそんな会話をしていると、後方からを呼ぶ声が聞こえた。 呼ばれた方には反射的に振り向く。 見ると黒羽と同じくらいの長身の少年が立っていた。 「あ、確かテニス部の……えっと、鳳くん?」 「はい」 高速サーブを打つ、宍戸と仲の良い後輩という事で喋った事はなかったがは鳳の名前は覚えていた。 が、喋った事もない二年生が何故自分の名前を知っているのかと首ををかしげる。 「あ、俺、美術好きなんで、前から先輩の事上手い人だなって思ってたんです。それによく練習中スケッチしにきてたり宍戸先輩と一緒にいる所を見かけたりするから覚えてたんですよ」 の疑問に気づいたのか鳳が爽やかに説明する。 美術が好き――言われてみれば彼を特別教室棟でも何度か見かけた気がすると、は鳳の言葉に軽く親近感を覚えた。 「今回は受賞おめでとうございます」 「あ、どうもありがとう」 ニコリと笑う後輩につられても自然笑顔を返す。 ふと、鳳はの隣にいた黒羽の方を見た。 そしてなにやら思案している様子で口を開く。 「あの……失礼ですけど、以前どこかで」 そこまで言うと鳳はあっと手を叩いた。 「ひょっとして六角中の黒羽さんですか?」 「ああ……確かスカッドサーブの」 「はい、氷帝二年レギュラーの鳳長太郎です」 「黒羽春風だ」 互いによろしくと言い合うと、鳳はの絵を見上げた。 「どこかで見たことあると思ってたんですが、黒羽さんだったんですね」 敬意の眼差しを向ける。 「先輩、最近よく練習見に来てたからテニスの絵を描いてるんだろうと思ってはいましたが……てっきりウチの部の誰かかと思ってました」 例えば跡部部長とか、と笑う鳳には「それはない」と心で呟く。 「良い絵ですね……力強く闘志が漲ってるのに、どこか暖かくて。画面から人となりが伝わってきます」 二人の方を向いて微笑む鳳には嬉しそうにはにかんで礼を言った。 鳳はしばし絵を鑑賞してから、二人の方を向いて頭を下げた。 「じゃあ俺はこれで。黒羽さん、来月はよろしくお願いします」 挨拶を受けた黒羽は一瞬キョトンとしていたが、すぐに「ああ、こっちこそな」と軽く手を差し出し、握手を交わした。 「先輩もまた学校で」 「? うん」 失礼しますと丁寧に告げて通路を戻る鳳をは頭に疑問符を浮かべながら見送った。 「感じ良いやつだな」 「うん、ねぇ……来月なにかあるの?」 見上げてくるに黒羽がああと頷く。 「氷帝と一日合同練習すんだよ。練習つっても試合になるだろうけど」 「ウチと? みんな氷帝に来るの?」 「ああ、見に来いよ」 「うん!」 パッと日が差したように笑うを見て黒羽もふっと笑った。 美術館を出て、二人は皇居の傍を歩いた。 道行く人々と同じように、最後を名残惜しむように花開いている桜を眺める。 「あー気持ち良い……桜が綺麗ねぇ」 「スケッチブック持ってこなくて残念だった?」 「う……」 思っていた事を先に言われ、してやったりと笑う黒羽にはすっかり見透かされている自分の思考回路の単純さが恥ずかしくて一瞬肩を竦めた。 「でもホント綺麗……」 風に花びらの舞う桜の木を見上げる。 吸い込まれそうな青――枝の間から覗く空は遠く、目の前に広がる桜から散る無数の花びらは萌えるような緑に鮮やかに落ちていく。 は無意識に指で四角を作ると枠越しにウットリとその情景を眺めた。 「変わってねぇよな」 その様子を見つめながら黒羽がククっと笑みを漏らす。 「え……?」 「そうやって手で枠作るクセ。何か久々でさ、懐かしいなぁと思ってな」 そう言ってしみじみと笑う黒羽にはちょうど舞い散る桜の花びらのように頬を薄く染めた。 (そんなこと、覚えてたんだ) きっと深い意味はないんだろうと軽く首を振ると、話題を変えようと口を開く。 「あ、そ、そういえば私木更津くんにビデオ観せてもらってない……残念だったな」 「何、サエが主演した文化祭のやつ?」 「そう、絶対素敵だったと思うのよね。ロミオな佐伯くんってすっごい絵になりそうだし」 今度はウットリと佐伯のロミオ姿を思い浮かべているらしきに黒羽は苦笑した。 「観に来れば良いじゃねーか、偶には顔見せないと皆心配してるぜ?」 「でも、もう絵は描き終わったし……練習の邪魔するわけにもいかないじゃない」 目線を落とすに黒羽は一瞬キョトンとする。 絵が絡んだ時の突拍子もない行動を起こすを思うと、あまりに細かい所に気を遣いすぎだと黒羽は声を立てて笑った。 「何だそんな事気にしてたのかよ! たく……心配してソンしたぜ」 その言葉には伏せていた顔を反射的に黒羽の方に向けた。 「え……?」 ポン、と大きな手で黒羽がの背中を軽く叩く。 「いーじゃん、遊びに来たって。いつでも大歓迎だぜ?」 笑顔が日だまりの様に温かくて、は何だか触れられた背中から身体中が温かくなっていくような気がした。 フワっと穏やかな春の風がの軽いウェーブの髪を揺らす。 「春風……」 「え?」 一瞬名前を呼ばれたような気がしたのだろうか。軽く心臓が跳ねたような上擦った声を黒羽は漏らした。 「黒羽くんって春生まれ?」 それに気づかず、頬を暖かく撫でる風を感じながらはふと黒羽に尋ねた。 「いや、違うけど」 「え? そ、そうなんだ」 最初に宍戸に名前を聞いた時から春風というイメージがピッタリだと思っていたは意外な答えに拍子抜けした。 そもそも名前を見れば十人中九人は間違いなく春生まれだと思うだろう。 「……まさか春風だけに春風の吹く頃に生まれた、とでも言いたかったのか?」 「え……あ」 吹き抜ける春風の中、黒羽はどことなくばつの悪そうな顔色を浮かべつつも少し大げさにこぶしを震わせてみせた。 「お前ダビデの悪影響でも受けたんじゃねーのか!」 「わー、ちょ、ちょっとバネさんたんま!」 互いにいつもの黒羽と天根のやりとりを真似ながら笑いあう。 「だいたい俺は秋生まれだぞ」 じゃれ合いながら言った黒羽の言葉が益々意外では思わず聞き返した。 「へぇ、春じゃないなら夏だと思ってたのに……いつ?」 「九月二十九日」 「そうなんだ、九月……」 サラリと黒羽の言葉を受け流しそうになったは、その後何か引っかかるものを感じた。 (え、九月――二十九日?) ピタリと動きを止める。 「?」 急に固まったに黒羽が首を傾げた。 はなおも考え込む。 (……確か十月の頭、跡部くんの誕生日で学校中が大騒ぎで、その一週間くらい前で、確か) 記憶の糸を手繰り寄せるとは思い切り目を見開いた。 「えぇえ!?」 思わず通行人が足を止めて振り向く程の声を張り上げたに黒羽はギョッとした。 「ど、どうしたんだよ」 「……同じだ」 「何が?」 一人珍しいものでも見たような顔をしているを黒羽が覗き込む。 「宍戸くんと同じ誕生日……うん、間違いない」 「俺が? 宍戸と!?」 「そうみたい、ビックリ」 思いがけない言葉に黒羽も目を見開く。 「そっかぁ…黒羽くんと宍戸くん、同じ日に生まれたんだね。すっごい偶然」 そう言うとは僅かに嬉しそうに笑って頬に手を添えた。 「ってさ、テニス部と仲良いのか?」 「ううん、仲良いって程は……どうして?」 「さっき鳳も言ってただろ、宍戸とよく一緒にいるって。初めて俺達と会ったときも宍戸がどうのって言ってたし」 今も自分と宍戸が同じ誕生日だと知って嬉しそうな顔をしている。 の口から氷帝テニス部の話はあまり出てこないが、宍戸の名前はよく出てきていた。 黒羽にとって宍戸はライバル校のレギュラーという認識しかない為、生まれた日が同じだと知っても嬉しさや親近感どころか複雑な気持ちにならざるをえない。 ああ、とが頷く。 「宍戸くんとは一年の頃から同じクラスなの。だからテニス部ってより宍戸くん個人とはよく話すし、割と仲良い方かな」 三年でもまた同じクラスになった長髪の級友を思い浮かべては口元を緩めた。 「そう言えば宍戸くん、木更津くんとも同じ名前なんだよね。長髪も同じだし、六角に縁があるのかなぁ」 真上に昇った太陽に眩しそうに手を翳す。 思えば黒羽の名を教えてくれたのも、六角を訪ねる最後の後押しをしてくれたのも宍戸だった。 こういう縁もあるものだと思うと、何故だか不思議な感じがする。 「亮と言えばさ、アイツに双子の弟がいるって話したっけ?」 「え、木更津くんに? ううん、初耳」 意外な言葉には黒羽の方を向いた。 帽子に長髪の、よくクスクスと笑っている少年に弟、それも双子――と頭で木更津を二人分思い描いて頭を捻る。 「テニス部じゃないの? 会ったことないけど」 「いや……」 黒羽は高い空を見上げた。ゆっくりと流れる雲が瞳に映る。 「……聖ルドルフ学院って知ってるか?」 「うん、ミッション系の新設校。どうして?」 イマイチ黒羽の話が読めず、は黒羽の逞しい横顔を見つめた。その真っ直ぐな瞳越しに澄んだ青空が見える。 「亮の弟、淳って言うんだけどさ、アイツ聖ルドルフのテニス部に引き抜かれて行ったんだ」 え、とが目を見張る。 「が来るちょっと前くらいに聖ルドルフからスカウトが来て、"良い素質を持ってる。聖ルドルフで共に全国を目指さないか"って誘われて……それで行っちまった」 少し寂しそうな目。 だが同じくらい嬉しそうな色も残して黒羽は笑った。 「すげぇだろ? 淳が選ばれて俺自分の事みたいに嬉しかった。けど、ずっと一緒にテニスやってきたしアッサリ東京に行くなんて思わなかったんだ」 黒羽はの方に顔を向けた。 「全国なら俺達とも目指せる。でも淳は"ゼロの状態から上を目指すのも面白そうだよ"て言って六角を出ていった」 は黙って真っ直ぐ黒羽の瞳を見つめていた。否、見つめざるを得なかった。 真剣に語る黒羽に捕らわれて目をそらすことが出来なかったのだ。 「アイツの抜けた穴はでかかったけど、俺は淳を応援する事にしたんだ。離れてても仲間だしな」 は目を瞠る。 離れてても仲間だしな――そう言った黒羽の笑顔には吸い込まれそうになった。 瞬間、黒羽が二カッと笑う。 「ま、関東か全国で淳と対戦するって新たな目標も出来たしな! 淳もそうだろうけど、俺達聖ルドルフと対戦すんの楽しみにしてんだ」 「そ、っか……勝ち上がれるといいね、聖ルドルフも、六角も」 おう、と笑う黒羽が眩しくては思わず目を細めた。 「お前もさ、あんま細かいこと気にしてないで偶には遊びに来いよ! 今は絶好の潮干狩りシーズンだぜ?」 クシャ、と先程まで真面目に話していた照れ隠しか黒羽がの頭を軽く叩く。 「オジイの所で毎日みそ汁?」 「おう、うめーぞ !……あ、そういやさ、新しく部長決まったって話してなかったよな?」 「うん、今まで六角って部長いなかったよね。誰になったの?」 「それがさ……驚くぞ、何と俺達六角の部長は葵剣太郎だ」 「え!? 剣太郎って、あの剣太郎くん? い、一年生なんじゃ…」 「ほら驚いただろ」 目を丸くしたを見て笑う黒羽には剣太郎という少年を思い浮かべた。 の知っている剣太郎は小学六年生で、よくオジイのアスレチック広場に遊びに来ていた所謂「六角予備軍」の一人だった。 テニスが上手で、オジイに作ってもらった特製ラケットに「Honey Bee」と名前を付け、いつも肌身離さず持っていた姿が印象に残っている。 聞くところによると、部長決めの際オジイの指差した方向に偶然出てきた剣太郎がそのまま部長になったとの事だった。 「さ、流石オジイ……でも良いなぁ楽しそう。私も六角に通いたかったな」 「ハハッ、そりゃ無理だな。ウチ公立だし」 「……いやそうじゃなくて」 千葉に引っ越さない限り無理だと真面目に捉えて笑う黒羽に、は少々苦笑いを浮かべた。 「何だよ、氷帝に問題でもあんのか?」 「んー……そうじゃないよ、氷帝は氷帝で良い学校だし」 みんながいるから六角に通いたいと何気なく言っただけなのだが、通じてないらしい。 「ま、千葉と東京なんてそんな離れてる訳でもねーし、直ぐ会えるじゃん」 「え? う、うん」 「俺もさ……偶には東京出てくっから」 「……うん」 いつもどおりの深い意味のない言葉なのか、そうじゃないのか分からなかったが――は少しだけ頬を染めて頷いた。 それを見て黒羽はニッといつものように笑ってみせる。 「よし、んじゃそろそろ飯食いに行こうぜ! 腹減った」 ポン、との頭に一度手を乗せると黒羽は芝生から通路へと向かった。 も次いで黒羽に並んで歩きながら、春の暖かな風のように心も温かくなるのを感じていた。 |
当初はもう少し話を膨らませて、この辺で終わらせる予定だったんですが、
書いてる途中で黒羽と宍戸の誕生日が同じ事に気づき、更に木更津達の事を知り、
折角縁があるので予定と路線を変更して話を続けることにしました。
木更津のあだ名は「キサ」かなとか思ったんですが、二人いるので名前で統一。
BACK TOP NEXT