広場の脇に数本植えてある桃の木から心地よい香りが風に乗って広がり、春の訪れを告げて吹き抜けていく。 暖かくなってきたこの季節、朝から広場には子供達の元気に遊びまわるはしゃぎ声が響き渡っていた。 「バネちゃーん、見て見て!」 「よし上手いぞ、その調子だ! 後もちっと肩の力抜いてみ?」 「はーい」 ウォームアップがてら子供達に素振りを教えていた黒羽は、近い将来この六角で全国を目指すことになるだろう彼らを穏やかに見やった。 「ねぇバネちゃん」 「ん?」 屈伸運動をしているといつものように子供達が纏わりついてくる。 「姉ちゃん今日も来ないの?」 「え……」 見上げてくる子供に黒羽は困ったような表情を浮かべた。 もうじき完成するから、とそうが告げたのが二月の終わり。 それ以降は一度も千葉へは来ていなかった。 (アイツも遊びに来てたわけじゃねーしなぁ) 黒羽は困った表情のままガシガシと頭を掻いた。 「バネちゃん?」 「ん?ああ……姉ちゃんはきっと忙しいんだよ」 「えー?じゃあもうずっと来ないの?」 「どうだろうな、俺にも分かんねぇ」 見上げてくる子供に向かって肩を竦めると子供は少し眉を歪ませた。 「寂しいね……」 問いかけとも取れるその呟きに黒羽はどう答えるべきか分からず返事に詰まる。 『今まで本当にありがとう』 最後にそう言って少し寂しそうに笑っていたを思い描く。 (遊びにくらい、来いよな。コイツらもお前に会いたがってんぞ) 脳裏に浮かんだに心でそう告げると、黒羽はまだ寂しそうにしている子供の肩をポンと叩いた。 先程自分で言ったようににも色々事情があるのかもしれない。 何も一生会えないわけではない。 距離があると言っても東京は目と鼻の先――氷帝にでも行けばには会える。 「バネ、そろそろ時間だよ」 「ん?お、おう!」 思考を遮るように木更津の声がして黒羽はハッと意識を戻した。 「バネちゃんありがとう。また教えてねー!」 「おう、気をつけて遊べよ!」 手を振りながら広場の遊具に向かう子供達を笑顔で見送ると黒羽はキッと表情を引き締め部活に臨む体制を整える。 「よっし、ロードワーク行くぞ!」 フェンス周辺に散らばる部員達に勢いよく集合をかける黒羽を木更津は首を窄めて見つめた。 「無理しちゃって。最近、休日のバネって変だよ」 クスクスと苦笑交じりの笑みをこぼすと自分もロードワークに向かうため黒羽の背を追う。 (あいつ何してっかな……) 波の音が心地よい砂浜を黒羽は部員達の先陣を切って走った。 いつものこの時間、大抵は六角にいて当たり前のようにスケッチブックを広げていて。 今も東京で同じようにスケッチブック広げてんのかな、などと一瞬考えると黒羽はスッと大きく息を吸い込んだ。 「六角ー!」 「ファイ! ファイ! ファイ!」 「六角ー!」 白い砂地を走る少年達の掛け声は遠く広がる海原に響き、消えていった。 |
「Human Touch」を書き終わった後、あまりの黒羽の存在の薄さに
これはマズイと思ってかなりテコ入れをしました。
この話はその第一段…最後まで削るか否か一番迷った話です。
折角なので次の話へのワンクッションとして残しました。
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