(我ながらストーカー一歩手前って感じ……) 宍戸に渇を入れられた次の週の日曜の昼前、は千葉県某所に立っていた。 フワリと秋風に乗って潮の匂いが鼻を掠める。 海岸沿いのこの街は、せわしい大都会の東京の風景とは大分違っていた。 「……折角ここまで来たんだし、ね」 取りあえず勢いで千葉まで来たものの、六角中まで行くべきか否か今更ながら迷う。 今日練習休みで誰もいなかったらどうしようか、そもそもどう説明すれば良いのか――グルグルとそんな考えが頭を支配する。 控えていた六角中の住所を握りしめ、は悩みつつも取りあえず足を進めた。 しかし街の箇所箇所にある地図を見ながら歩いていくが、イマイチ今自分がどこにいるか分からない。 (おっかしいなぁ……この近くのハズなんだけど) 今の目に映っているのは中学校ではなく延々と広がる広大な海原。 夏であれば沢山の人で賑わっているだろう砂浜では、子供が数人走り回って遊んでいる。 すぐ手前のテトラポッドまで歩いていくと、は深いため息を一つついた。 (このまま暫く海見て帰ろうか……) はしゃぐ子供達の声を遠くに聞きながら弱気なことを思う。 (でも、こんな所見られたらまた「激ダサだな」とか宍戸くんに言われそう) 意外とあれで熱血一直線な所がある宍戸を思い出して苦笑する。 それが今の宍戸のプレイから感じられないのは何故なんだろう、とそんな事をぼんやり考えながらは光る水面を見つめた。 真昼の太陽に反射してキラキラと光るそれに、眩く目を細める。 (キレー……写し取るには絶好のロケーションね) 指で四角いフレームを作り、片目を瞑って焦点を絞る。 (折角だし、少し絵でも描いて落ち着こう) そう思い砂浜に降りると、は持っていた小さなビニールシートを敷いてスケッチブックを広げた。 普段屋外でスケッチをする事も多いはいつもビニールシートを持ち歩いているのだ。 打ち上げる穏やかな波音を心地よく聞きながら、は眼下に広がる海辺を描くことに集中した。 元もと風景画が好きなは普段なかなか描くことの出来ない大海原の描写にすっかり熱中し、はしゃぐ子供の声も耳に届かず、時が経つのも忘れるほど鉛筆を走らせることに没頭していた。 トン――。 ふいに足に何か当たったのを感じ、はハッと我に帰った。 (何……?) 見るとカラフルなビーチボールが転がっている。 「ボール……」 そういえば、と子供が遊んでいたことを思い出し、投げたものが転がってきたのだろうとは自分の足にぶつかって止まったビーチボールを手に取った。 「スミマセーン!」 持ち主らしき人物の掛け声が聞こえる。 サクサクと砂を踏んで走ってくる持ち主にボールを渡そうと、は腰を起こすと持ち主の方を見上げた。 ポト――、と瞬間持っていたビーチボールを落とす。 「スミマセン、あの……どこかぶつけました?」 自分の顔を見てビーチボールを手放したを不思議に思ったのか、ボールを追いかけてきた人物が首を傾げる。 「黒……羽くん?」 は思わず呟いた。 の目に映ったのは背の高い短髪の少年。 関東大会からずっと、記憶を頼りに描き続けていた少年だったのだ。 名前を呼ばれて少年は益々不思議そうな顔をする。 「あれ? どっかで会った事あったっけ?」 何故自分の名前を知ってるんだと言いたげな当然の疑問を口にする。 「あ、あ、あ、あの……その」 突然の事にどう言えばいいのかは少々パニック状態になった。 折角落ち着いていたのにこれでは意味がない。 黒羽は黒羽で相手が自分を知っているなら会ったことがあるのだろうと目の前の少女が誰だったか必死に考える。 暫くそんな状態が続き、なかなか戻らない黒羽を呼びに仲間と思われる少年が駆けてきた。 「どうかしたの?」 呼び声に振り返った黒羽が答える。 「ああ、いや……」 は冷や汗を流しながらもう一人の少年の方を見た。 少年は目を瞬かせる。 「あれ、知り合い?」 「いやー……よく分からん」 「なんだそれ」 そんな会話を聞きながらいい加減に口を開かなければ不味いと思い、は思い切って事情を説明することを決めた。 「あ、あの!」 呼びかけに二人がの方を見る。 「私先日のテニスの関東大会を偶然見て……」 説明しようとは思っても、上手く行かず体温が上がって口調がたどたどしくなる。 「おー、関東大会見てたのか」 成る程と黒羽は納得したような表情を浮かべた。 「あれ? でも関東大会の会場は東京じゃない」 黒羽の隣の少年が首をかしげる。試合会場は東京でここは千葉。偶然にしてはいささか不自然だと思ったんだろう。察したはすぐに説明した。 「あ、私東京の氷帝学園の生徒なんです。黒羽くんの試合、凄くて……なんていう選手かテニス部の友達に聞いたら教えてくれて」 「へぇ、そりゃどーも。氷帝のテニス部ってレギュラー?」 言葉どおり誉められた事を素直に受け取って黒羽が笑顔を作る。 「うん、宍戸亮くんっていって」 「ああ、あのライジング使いの宍戸かぁ」 名前を告げるとすぐ分かったらしい黒羽には少し驚いた。 「知ってるの?」 「そりゃ強豪氷帝のレギュラーだし一応な、なぁ?」 ふられて隣の少年も頷く。 「でも、氷帝の生徒さんがこんな所で何してるの? 千葉まで散歩?」 頷いた少年が柔らかな口調でに問いかけた。 当然ながら今の説明では分かるはずがないとは自嘲気味に笑った。 「あの、」 「おお、凄く上手いのねー!」 もう一度説明をし始めたのと同時に、今度はまた別の少年の声が聞こえた。 見ると広げたままだった描きかけののスケッチブックを手に取り、目を輝かせながら見ている。 「何やってんの樹っちゃん?」 「見てみなよサエ、この絵」 樹っちゃんと呼ばれた少年の方へ、サエと呼ばれた少年が顔を傾ける。 「凄いな……これ、キミが描いたの?」 その少年もまた感心したようにスケッチブックを覗き込みながらに尋ねた。 「うん、私美術部で……太陽の光に反射する海がキレイだなーと思って、写生してたの。それでね」 千葉に来た訳を今度こそ話そうと思った所に、ズイと大きな影がさしかかった。 「梅を描くのがうめぇ……プッ!」 今度こそと意気込んで話し始めたは勿論、その場にいた一同が固まる。 「どわっ!?」 と同時に黒羽の見事な回し蹴りがダジャレをとばした茶髪の少年にヒットした。 「ったく、つまんねーんだよダビデ!」 「ってー……容赦ねーなバネさん」 その一連のやりとりをポカンとしながら眺めていたにサエと呼ばれていた少年が笑いかける。 「ハハ、気にしないで、日常茶飯事だから」 「は、はぁ…」 「これ、ごめんね。勝手に見ちゃって」 先程見ていたスケッチブックをに手渡す。 「ううん。私……実は今日は六角中に行こうと思って千葉まで来たの」 「え、ウチに?」 意外な言葉に少年は少し目を見開いた。 「うん、関東大会で黒羽くんの試合見て凄く感動して……ピンと来たの、"この人のテニスが描きたい!"って……それで」 ギュッとスケッチブックを握りしめて話すに少年はちょっと困ったような顔色を浮かべた。 その会話が聞こえていたのか、黒羽がピクッと反応する。 「俺……?」 その声にはしまったという顔をした。 (……話す相手間違えた) つい流れでサエという少年に熱く話してしまったが、黒羽本人に言わなければ意味がない。 振り返った黒羽には今度こそと黒羽の方に一歩進み出る。 「いきなり来て、初対面でこんな事頼むのは迷惑かもしれないけど、黒羽くんのテニスを描きたくて来ました。……練習風景、スケッチさせて下さい」 真っ直ぐ黒羽の目を見て話すと、はペコリと頭を下げた。 周りの少年達もシンとしてその様子を見つめる。 「……あ〜、いや、別に構わねーけど」 一瞬の沈黙を破り、頭を軽く掻きながら黒羽は答えた。 「ホント!?」 パッと顔を上げたは目を輝かせて黒羽を見上げた。 「でも今日の練習さっき終わったばっかなんだよな……」 どうしようかというような表情を浮かべる黒羽。 どうやらモデルになる問題より、今日の練習が終わってしまって練習を見せられないという問題の方が重大なようだ。 「そ、そう……」 ガクッとは肩を落とした。 (そうだよね、当然そういうケースもあり得るとは思ってたけど……でも構わないって言ってくれたし、また日を改めれば) 拒否されなかっただけでもありがたいと思い、今回はこれで帰るしかないかと思いかけた時サエという少年が口を挟んだ。 「良いじゃない。折角だし今から学校戻ればさ」 思わずは後ろのサエの方を見る。 樹っちゃんと呼ばれた少年も頷いていた。 「そうだな、折角千葉まで来てくれたんだしな」 サエの提案に黒羽もすぐ賛同した。 「でも……」 「いいって! 練習足りねーと思ってた所だし」 自分の願い出の所為で余計な練習をさせては、とが黒羽の方を見ると黒羽は笑顔で返した。 「んじゃ改めて、俺黒羽春風。よろしくな」 二カッと笑ってそういう黒羽に、はまだ名も名乗ってないと慌てた。 「あ、です、こちらこそよろしく」 とんだ礼儀知らずだと自嘲気味に再び頭を下げる。 「で、そっちは佐伯」 「よろしく」 サエと呼ばれていた少年が柔らかい笑みを浮かべる。 (ああ、この人が佐伯くん) もよろしくと返しながら宍戸が真っ先に名前をあげた訳を理解した。 凛々しい面持ちに涼しさも称える絵に描いたような美少年だったからだ。 「佐伯の隣が樹。それからさっき笑えねぇダシャレとばしやがったのが天根」 「あ、長いラケットの?」 紹介された人たちによろしくと言いつつ、聞き覚えのある名前に思わず聞き返す。 「何、知ってんの?」 「宍戸くんが六角には長いラケットの凄い一年生がいるって言ってたから」 「へぇ……お前有名みたいじゃんダビデ!」 からかい気味に黒羽は天根を小突いた。 「有名音楽家の飲む薬は? バッハリン。……プッ!」 刹那、見事なチョップが天根の首に決まった。 「それじゃ行こうか」 佐伯の先導に従い、一同は浜辺を後にした。 黒羽がの隣に並ぶ。 「さっき六角尋ねてきたって言ってたけど、何で浜にいたんだ?」 「あ、道に迷っちゃって。すっごい海がキレイで思わずそのまま見とれちゃって……」 「何、海好きなの?」 「うん、好き!」 パッと明るい顔をして答えたに黒羽は一瞬目を見開いた後、軽く目尻を下げた。 地元の海をキレイだと言われて悪い気はしない。 も笑みを浮かべたまま穏やかに話した。 「ウチの傍からも東京湾見られるけど、全然違ってて……綺麗な風景みるとつい描きたくなって、ちょっと描いてたら熱中しすぎて大分長い時間経ってたみたい。まさかあそこで六角の人に会えるとは思わなかった」 「俺達部活以外の時間は大抵あの浜で遊んでんだ。潮干狩りしたりバレーやったりさ」 そんな他愛もない話をしながら通りを抜ける。 しばらくすると公園のような場所が見えてきた。 「さあ着いたよ」 佐伯の声には思わず辺りを見渡す。 「ここ……?」 「うん、丁度学校の裏手が空き地になっててね」 不思議そうなに佐伯が説明しつつ、手前にある物置のような建物の角を曲がると一斉に子ども達の声が聞こえてきた。 「あ、サエちゃん達戻ってきた」 「バネちゃーん! ダビデーーー!!」 かなりの人数の子どもたちがワッと駆け寄ってくる。 「おう、お前らちゃんと昼飯食ったか?」 そしての隣の黒羽に子どもたちが一斉にまとわり着いた。 「ねぇ遊んでよバネちゃーん」 黒羽に懐いている子どもたちをは驚きつつもほほえましく見つめた。 (試合、応援に来てた子達かな?) 自然と笑みがこぼれる。 そんなを一人の少年が不思議そうに見上げた。 「バネちゃん、この人だれ?」 見慣れぬ顔に首をかしげる。 「ああ、お客さんだよ。今からこのお姉さんにテニス見せようと思ってな」 前かがみになって説明する黒羽に子供たちはますます首をかしげた。 「何でテニス見せるの?」 おそらくはに「自分が無理に頼んだ」という負い目を持たせない為の説明だったのだろうが、子供たちには当然そこまでは通じない。 「あ、もしかしてバネちゃんのかのじょ?」 「お、おいおい……」 ませ気味の少年の発言に黒羽はどこでそんな言葉覚えて来たんだと苦笑すると、一人の幼い少女が悲鳴にも似た声をあげた。 「えー? ダメだよ!」 そして黒羽の腕にしっかりと抱きつく。 「わたしがバネちゃんのお嫁さんになるんだからー!」 キッと大きな目でを睨みあげて尚も言った。 「ねぇ、バネちゃん! わたしが大きくなったらお嫁さんにしてくれるんだよね?」 「あ、ははは」 黒羽は嬉しいような困ったような表情をして少女の頭を撫でた。 (可愛いなぁ……黒羽くんの事大好きなのね) 噛み付かれて吃驚しただが、黒羽を慕う子供たちはとても可愛らしく自然と心が温かくなった。 「ゴメンね、バネは子供たちに人気があってさ。急に知らない人が来たから皆興味津々なんだよ」 フォローに入った佐伯にはううんと首を振る。 「それにしても凄いね……ここのアスレチック」 「ああ、これはウチの監督が作ったんだよ」 広場いっぱいに広がる多種多様なアスレチックを見て感心するに佐伯は意外な言葉を投げた。 「監督が!?」 「うん、オジイって言ってウッドラケットの職人でもあるんだ。昔から木を使った手作りおもちゃを作るのを趣味にしててね……ほら、そこに小屋があるだろ?」 すぐ後ろにある小さな小屋を指差す。 「あそこはオジイのラケット工房、俺たちのラケットもみんなあそこで作られたんだ」 「じゃあ天根くんの長いラケットも監督特製?」 「うん」 ニコリと微笑む佐伯にはへぇと感嘆の声を漏らした。 「ここは近所の子供たちに開放されてるから、みんなここで遊びながらテニスを覚えていくんだ。すぐそこが六角のテニスコートだからね」 そういって佐伯は今度はテニスコートを指差す。 「俺達もそうして自然にテニスを覚えてきたし」 「そうなんだ……あの子達は未来の六角中の選手候補?」 黒羽の傍の子供たちを見つめるに佐伯はコクリと頷いた。 「んじゃ始めるか」 黒羽はオジイ特製のウッドラケットを肩に担ぐと周りの部員達を一望した。 「そうだな……よしダビデ、打つぞ!」 指名された天根は一瞬俺?という顔をしたが、すぐカバンからラケットを取り出すとコートに入った。 「バネちゃんとダビデ試合すんの?」 子供たちもコートの周りに集まってくる。 は心でお礼を言いつつ、二人に軽く頭を下げるとすぐ傍の木の椅子に腰を下ろしスケッチブックを広げた。 「とりあえず1セットマッチな、サーブは俺から行くぞ!」 「うぃ」 天根が返事をしたと同時に黒羽はテニスボールを高く投げ上げた。 パァンと気持ちのいい音が響いたと同時に天根の長いラケットがしっかりと球を捕らえ、力強く黒羽のコートへと打ち返す。 (うわぁ……!) は思わず息を呑んだ。 激しいラリーの応酬。 (黒羽くんも凄いけど天根くんも凄……ホントにラケット長い) 予想よりはるかに大きく長い75cm程のラケットを自由自在に振り回し、力強いプレイをする一年生には度肝を抜かされた。 あっ、としまったというニュアンスの声と共にロブが上がり、絶好球とばかりに黒羽が勢いよくスマッシュを決める。 「15-0」 トン、と肩にラケットを乗せニッと笑う黒羽に天根は少し拗ねた表情を浮かべた。 「オラもう一球行くぞっ!」 構わず黒羽は豪快なサーブを繰り出し、は思わず鉛筆をギュッと握り締めた。 胸が高鳴る。 黒羽のテニスはそんな「高揚感」という表現がピッタリなテニスだとは思った。 試合の時のどこかピンと張り詰めた緊張感もあったプレイとは少し違うが、あの時目を奪われたのと同じようには黒羽を見つめた。 再び彼のプレイを目の前で見られた事に感謝しながらは鉛筆を走らせた。 試合は黒羽が僅差で勝ち、終わると同時に「次、俺がやるのねー!」と樹がコートに入った。 は黙々と描き続けていた。 サーブやボレーが決まった時の嬉しそうな表情、力強くしなる筋肉、楽しそうに大きな身体でコートいっぱいに飛び回る姿を目に焼きつけながらひたすら鉛筆を走らせ続けた。 「お、やっぱり上手いね」 頭上から声がしてはハッと我に返った。 「佐伯くん」 「しかし見事にバネばっかりだなぁ」 笑いながらスケッチブックを覗き込んでくる佐伯の言葉には少しだけ頬を赤くする。 「バネ! ダビデに樹っちゃんもこっち来てみなよ」 「さ……!?」 爽やかに皆を呼ぶ佐伯には少々面食らった。 コートの方を見ると、今試合を終えたばかりの樹と黒羽が肩で息をしている。 各々タオルなどで汗を拭きつつ佐伯との周りに集まると、樹が描いた絵を見たがったのではスケッチブックを渡した。 「おー、上手いのね。でも何でバネばっかなの?ねえ何で?」 広げたスケッチブック一面に広がる様々な黒羽のラフ画を指して樹はを見上げた。 「ヒカルを描いた方が光るのに……プッ」 瞬間、黒羽のローリングソバットが勢いよく決まり、「さんはお前の名前知らねーんだよ!」という声と共に天根は思い切りその場に倒れた。 佐伯がに「天根ヒカルって言うんだ」とフォローを入れる。 「ってー……でも実物より絵の方が男前だよね」 「ウ、ウルセーこのダビデが! ……でも、ホントに上手いな」 天根に突っ込みつつ、黒羽はマジマジとの絵を見た。 「ありがとう」 「俺、試合中こんな顔してんのか……」 試合中の自分の顔など分からないし、試合のビデオを観ても自分の表情までチェックはしないので物珍しいのだ。そうしての描いた自分を見つめる黒羽に佐伯が笑いかける。 「生き生きして力強そうなのがバネらしいよね」 「こんだけカッコ良く描いてくれりゃ悪い気はしねぇな。サンキュ」 笑顔でそう言う黒羽にも微笑み返した。 (でも、まだまだだよなぁ) 直に本人を見て描いてはみたが、まだ黒羽らしさをつかむには遠いなとは秋の高い空を見上げた。 「ごめんね、送ってもらっちゃって」 その日の夕暮れ、太陽が沈みかける時間まで六角中にいたは帰路を黒羽と共に歩いていた。 「いいって。また迷ったら困るだろ?」 昼間迷っていた事を思い出しが苦笑する。 そうして通りを抜け、海岸沿いの道に出た途端には目の前の風景に釘付けになった。 「わ、うわぁー……」 一面の燃えるようなオレンジ。 地平線から海へ向かって朱色のグラデーションに染まる海原。 「すっごーい……昼の海も綺麗だったけど、夕暮れ時もまた格別」 「だろ? ここは房総版サンセットウェイと言われるくらい夕焼けがすげぇんだ」 軽くウインクをした黒羽の少しオレンジがかった顔を見てはほんの少し鼓動を高鳴らせた。 (これ見せる為にわざわざ海岸沿いの道に連れてきてくれたんだ……) 絶対とは言い切れなかったが、多分そうだと嬉しく思う。 (にしてもホントに凄い) 目の前に広がるドラマティックな光景には再び釘付けになる。 真っ直ぐ海を見つめながら時折指で四角を作り、何やらどこを描こうか吟味しているらしきのキラキラした横顔を黒羽は目を細めて見つめた。 「良いなぁ、描いていきたいなぁ」 「おいおい、真っ暗になるぞ」 「う……」 ホントに絵が好きなんだなと苦笑する黒羽に、は仕方なく諦めると後ろ髪引かれる思いでその場を後にした。 「今日は本当にありがとう」 駅へ向かうバス停に着くと、は黒羽に頭を下げた。 「いや、俺達も楽しかったよ」 これでお別れかと思うと何だか寂しい。 絵もまだ下書き以前の段階だ。 出来ればまたここに来たい、そして前以上に黒羽のテニスが描きたいとは強く思った。 「また――」 「また来いよ」 また来ても良いかと尋ねようとしたの言葉を遮るように黒羽が笑顔でそう言った。 「え……?」 「絵って一日じゃ描けねーだろ? 俺のテニス気に入ってくれてすげぇ嬉しいし、さんが完成させた絵も見たいしさ」 「い、いいの?」 「ああ、いつでも大歓迎だぜ」 ニカッと笑う黒羽にも満面の笑みを返した。 思い切って千葉まで来て良かった――は帰りの電車に揺られながら心からそう思った。 |
サンセットウェイは長崎の生月町にあります。
実は佐伯のキャラソンのタイトルを知った時に「…長崎?」というのが浮かんで離れず、
どうせならそんなスポット作っちゃおうと捏造(^^;
アニメの映像を観る限り、六角付近の海は九十九里浜側だと思ったので
そっち側をイメージしました。あっちの浜ならハマグリも捕れますしね。
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