チェックアウトの朝――。
 今日は首都ザグレブへ向かう予定であり、明日にはパリに戻るためザグレブでの時間も取りたいということで、たちはチェックアウトが済めばそのままザグレブに向かう予定を立てていた。
 時間が許せばチェックアウト後もまだプリトヴィツェに残りたいというだったが、仕方がないだろう。
 午前中はじっくりと湖や滝の美しさを目に焼き付け、ホテルに戻ってパッキングを済ませて二人して部屋を出ると、は満足げに笑った。
「すっごく綺麗だったね! 本当に来られて良かった」
「はい。きっと秋の紅葉の時期も綺麗でしょうね」
「うん。秋にもまたぜったい来たい!」
 そんな話をしながらチェックアウトを済ませ、軽く昼食も済ませてからレンタカーに乗り込む。向かうのは最終目的地である首都・ザグレブだ。
 カーナビを起動させたに、鳳はザグレブで予約しているホテルの住所を告げた。ザグレブ中央駅のすぐ前だ。迷うことはないだろう。ここからは約2時間ほどで着くはずである。
 にしても、と走り出した車の助手席から鳳はチラリと運転席を見やった。現時点で自分はより数字的に2歳年下で、レンタカーも借りられないのだから仕方ないとはいえ。初めての旅行で彼女に運転してもらうなんて少々情けない、なんて感じているなんて彼女に失礼だろうか?
 そのうちきっと彼女を助手席に乗せてドライブしよう、と密かに誓いつつ思う。今夜がクロアチア最後の夜だ。ここへ来て良かったと喜んでもらえるような日になると良いな、とハンドルを握るの横顔を見つつ、ふ、と笑った。
 ザグレブ市内に入り、中心地が近づいてくるとさすがに首都らしい開けた街並みが見えるようになってきた。ウィーンに留学していた頃、ちょっとだけウィーンの隣であるスロバキアの首都・ブラチスラバに寄ったことがあるが、どことなく雰囲気が近いと感じたのは同じスラブ国家だからかもしれない。
 そうこうしている内に視界の左手に鉄道駅が見え、右手には白亜の城と見まごうような立派な建物が映った。
 信号待ちで車を止めたがカーナビ画面とその白亜の建物を交互に見て目を瞬かせている。
「あれがホテル……?」
「そうみたいですね」
「わあ、お城みたい……!」
 言いつつ信号が青になり、は車を走らせて反対側のエントランスに向かうとガードマンにパーキングの場所を聞いてから車を止め、改めて2人で荷物を携えてエントランスに向かった。
 さすがにリゾート地とは違い、首都の、それも首都一番の高級ホテルだけあって立派に正装したドアマンがドアを開けてくれ、は少し目を白黒させていた。
 中に入れば入ったで豪華なインテリアが気品良く並べられたクラシックな空間が出迎えてくれて、わ、と小さく呟くをエスコートして鳳はレセプションへ向かった。そうしてチェックインを済ませ、ポーターに荷物を任せて案内されるままに部屋へと向かう。
 おおよそのヨーロッパのクラッシックな建築物は、低階層が最高級というのが相場だ。それはもおそらく知っているだろう。エレベーターが上階に向かわなかった事で、彼女が目を一度瞬かせたのを鳳は目の端で捕らえた。
 案内された部屋に入り、まず目に飛び込んできたのはリビングルームだ。ポーターが去ったあともはぐるりと辺りを見渡しながら惚けているように見えた。目線の少し先には別室へのドアが見えている。
「ス、スイート……なんだ」
「寝室、見てみましょうか」
 立ち尽くすを先導して鳳はもう一つのドアに手をかけ、開けてみた。すると十分に余裕のある広さの部屋に大きなダブルベッドが置かれ、ソファとテーブルの備わった先にはバスルームらしき扉が見えた。
「気に入ってもらえるといいんですが……」
 ちらりとを見やると、は「え」と狼狽えたようにこちらを見上げてきた。
「す、素敵だけど……、でも、スイートなんて……」
「最後の夜ですから、2人でゆっくりしたいと思ったんです。ですから今夜は早めにディナーを済ませて、部屋で過ごしましょう」
「え……、う、うん」
 ニコ、と鳳はそんな風に言って笑ってみせた。
 ザグレブはクロアチアの首都ではあるが、アドリア海沿岸の都市と違い物価が恐ろしく安いという利点がある。鳳にしても予約時にその物価の低さに度肝を抜かれた経緯があり、それならば、とスイートを予約するに至ったのだ。
「ザグレブではあまり時間も取れませんし、観光に行きましょうか」
「う、うん!」
 ともかく土産品の確保等々ザグレブでやらなければならない事は多く、さっそく荷物を置いて簡単に外出の準備を整えると、ふと鳳の目にリビングのローテーブルに何かが置かれているのが留まった。フラワーアレンジメントはおそらくウェルカムサービスだと気づいたが、それだけではないらしい。
「あれ、なんだろう……?」
 も気づいたらしく近づいてみれば、ウェルカムメッセージと共にクッキーのようなものが置いてあって「あ」と鳳は小さく声をもらした。
 このホテルは、クロアチア名物である”パプレニャク”という香辛料をふんだんに使ったクッキーを取り扱っていることでも有名である。そのことを思い出したのだ。きっと試食用だろう。そうに説明すれば、「あ」と彼女も笑みを浮かべた。
「そういえば鳳くん、買って帰りたいって言ってたもんね」
 話しつつ二人で試食してみる。
「不思議な味……」
「でも美味しいです。先輩、もし売店が開いてたら外出の前に寄っても構いませんか?」
「うん、もちろん」
 そうして2人で部屋を出てロビーへ下りていけば、売店はちょうど開いていてさっそく寄ってみた。
 こじんまりとした店内は噂通りほぼパプレニャクで埋め尽くされており、目移りしているとスタッフが試食を勧めてくれ、いま部屋で食べてみた旨を伝えて、鳳はそれぞれの味の違いなどを質問して話を聞いた。
 結局、鳳は部屋で試食したものと同じ商品を手に取りいくつ買って帰ろうか思案していると、横でが「うーん」と顎に手を当てた。
「私も家族と……、あと、部長にも買って行こうかな」
「部長……?」
「あ、うん。氷帝の頃の美術部の部長なんだけど、帰国した時にはたいてい会ってるの。でも、そろそろパリのお土産も選ぶのが難しくなっちゃって」
「美術部の部長、って……。あ、香坂先輩のことですか?」
 うん、と頷くに、なんだ、と鳳は肩を落とした。は「部長」と呼んだが、彼女――香坂美咲――は今は美大の学生ではなかっただろうか、と思うも一種の愛称のようなものだろうと納得して鳳はそのまま商品を購入した。
 いったん購入したクッキーを置きに部屋に戻り、改めてホテルを出て街へ繰り出した。
 まずはホテルの目と鼻の先にある美術館で小一時間ほど絵画鑑賞をしてから、街を歩きつつホテルのコンシェルジュに聞いておいたネクタイ専門店に足を運んでみる。クロアチアはネクタイ発祥の地ということもあり、が父親にネクタイを購入したいと希望していたからだ。
 薄々感づいていたことであるが、おそらくは相当に父親の事が好きなのだろうな、とウキウキした様子でどれにしようかずらりと並んだネクタイを眺めて見ているを微笑ましく思いつつも鳳は肩を竦めた。
 彼女に選んでもらえる彼女の父親が少し羨ましい、と浮かべた自身に苦笑いしつつハッとする。
「先輩」
「ん……?」
「俺も一本買って帰ろうかと思うんですけど……」
「うん」
「俺にも選んでもらえませんか?」
 振り返ったに笑いかけると、予想外の事だったのかキョトンとした彼女は目を瞬かせた。
「え……、そ、そんな……自分の気に入ったものの方がいいんじゃないかな」
「俺は先輩に選んでもらったものが欲しいんです」
 ね、と念を押せばは目を泳がせて少し困ったような顔をして唸った。
 思い返してみればスーツ姿でに会ったことはない気がする。数年前に姉と行く予定だったコンサートに急遽と行くことになった時くらいだろうか? けれどもきっとの頭にあるネクタイ姿の自分は、せいぜい氷帝の制服姿くらいだろう。
「んー……、鳳くん、どんなスーツ持ってるの? 色とか、形とか」
「え……と、黒もグレーも一通り持ってます。型はだいたいブリティッシュですね」
「あ、うちのお父さんもブリティッシュだよ。やっぱりイギリスにいるとイギリスナイズされちゃうのかな。パリだとあんまりブリティッシュスタイルは見かけないんだけど」
 ふふ、とが笑った。
 そうしてネクタイ群に視線を移し「うーん」と唸っている。父親のネクタイ選びのついでに自分のことも考えてくれているのだろうか? との様子を見つつ自身もぼんやりとネクタイを見ていると、が一つのネクタイを手にとってこちらを向いた。
「こんなのどうかな?」
 そうして首元に合わせるようにして見上げられて、ドキッ、と自分でも情けないほど心音が鳴って鳳は気づかれまいと取り繕う。
「んー……、あ、こっちもいいかも」
 はいくつかこちらの首元にネクタイを当てて微笑んだり考え込んだりして真剣に考えてくれており、鳳は想像以上に彼女が自分のためにネクタイを合わせて選んでくれているという目の前の事実が嬉しくてついつい頬が緩むのを止められずに笑った。
「ど、どうかした……?」
「いえ。先輩に選んでいただいているのが嬉しくて、つい」
 そのまま、えへへ、と笑いつつ言ってみればは面食らったように目を丸めて頬を染めてはにかみ、そして互いに顔を見合わせてしばし微笑み合った。
 目移りするような膨大な種類のネクタイを前にして、いくつか候補を絞って2人で話しつつ鳳はやはりが一番いいと言ったものを購入して、も父親への土産品を手にして2人は店をあとにした。
 ザグレブは一国の首都とはいえ、パリやロンドンと比べれば格段にこじんまりとした街である。その後もブラブラと街を歩きつつ市場で雑貨などを見て回り、カフェでゆっくり休息を取りつつ一通り歩き終えた頃には18時を過ぎていた。
 まだ十分明るい時間であったが、一度ホテルに戻ってそのまま今日はディナーにしようということで鳳とはホテルに戻り、購入した土産品を部屋に置くとホテルのレストランに向かった。
 さすがにまだ客足はなく、夏場ということもあって2人はテラス席を選んで席に着いた。
「ザグレブって内陸だから、やっぱりお肉中心なのかな」
「そうですね。プリトヴィツェでは川魚ばかりでしたし、今日はお肉にします?」
「あ、でも、川魚以外の魚料理もある」
 話しているとウエイターがやってきて、オススメ等々を聞きつつ今日は2人とも早めの昼食を少ししか食べていなかった事もあって魚・肉双方のメインがついたコース料理を選び、それぞれ料理に合わせてワインも出してもらうことにした。
 見慣れないアミューズに風変わりなスープが出てきて、二人して最後のディナーに舌鼓を打った。味付けはどうやらフレンチらしい。料理もワインも最初から最後まで期待を裏切らず美味で、鳳にしてもにしても食に関しても非常に満足度の高い旅行となった。
 食事を終え、そのままテラスから外に出向いてホテルのすぐ前に広がる三つの広場が連なった公園をゆっくり散歩した。
 色とりどりの花が咲き乱れるその場は市民の憩いの場でもあるらしく、鳳もも次第に暮れていく空間の中でゆっくり花々を観賞しながら笑い合った。ほろ酔いも手伝ってか、ひときわ夕暮れの空間が美しく見えた。
 9時も近づいてきたところでホテルに戻り、改めて豪奢な内装を堪能しながら絨毯の敷き詰められた階段を登って部屋に戻ると、リビングルーム奥のテーブルの上にワインクーラーが置いてあり、あれ、とが目を瞬かせた。
「あ、俺がシャンパンを頼んでおいたんです。今夜は部屋で2人だけでゆっくりしたいと思ったので」
 テーブルに目配せしつつ鳳が言うと、「そ、そっか」とは少し目を伏せて目尻を染めた。
 鳳としては最後の夜をゆったりと、できればロマンチックに過ごしたかったこともあり、ゆとりのある部屋をとったのだ。そう思っているのが自分の独りよがりでなければいいのだが、と思いつつ二人してある程度のパッキングを済ませてからリビングルームのソファに腰を下ろした。
 がナッツ類とチョコレートを盛り合わせてあったプレートからチョコを一つ手にとって、どこかしみじみとした表情を浮かべた。
「なんだか……、バレンタインのことを思い出しちゃうな」
「え……?」
「あの夜、鳳くんと別れたあと、ホテルに入ったらすっごく素敵なお部屋で、鳳くんがチョコレートを用意してくれてて……」
 言われて鳳は、ああ、と笑った。
「先輩、俺がキングスクロスにいる時に電話くれましたよね」
「うん。なんだか胸がいっぱいで、どうしても声だけでも聞きたかったの。別れたばっかりだったのに、会いたくてたまらなくて」
 へへ、とが恥ずかしそうに笑って、ピク、と鳳のシャンパンを手に取ろうとしていた手が撓った。
 あの夜――、本当はどれほど彼女が欲しかったことか。ホテルに一人で帰らせるのが惜しくて、別れるのが名残惜しくて、できれば一晩中ずっとそばにいたかった想いを蘇らせて震えそうな胸をどうにか抑えた。
「俺だって、そうです。あのあと……列車の中でも、ケンブリッジに戻ってからもずっと先輩のことばかり考えてましたから」
 なるべくせっぱ詰まったような物言いにならないよう言い下すと、は少し目を見開いてから頬を染めて俯いた。
 鳳はそのままシャンパンをグラスに注いでそっとに手渡し、小さくグラスとグラスを合わせて音を鳴らした。
 はまだ気恥ずかしそうしており、一度こちらに合わせてくれた目をそらしてからグラスに口をつけた。
 鳳はそんなを眺めつつ自身も喉を潤していると、程なくしてグラスを空にしたがテーブルにグラスを置きつつ少し赤い目元を伏せて口元を緩めた。
「私の誕生日……、ケンブリッジでもこうやって2人でシャンパン飲んだよね」
 言われて、鳳もグラスを置きつつ浮かべた。あの夜はにせがまれて一緒にシャンパンを飲んで、そして――と過ぎらせているとそっとが肩に寄りかかってきて鳳は少し目を見開いた。
「私、ね……鳳くんが帰っちゃってすっごく寂しかった」
 か細い声が伝って、鳳は自身の喉がゴクッと鳴るのをリアルに感じた。たぶん、はディナーのワインも相まって少し酔っているのだろう。そうだ、あの夜と同じように……との誕生日のホテルでの出来事が一気に蘇ってくる。
 触れたくてたまらなかった、嬉しそうに木イチゴを口に含んでいた柔らかそうな唇。去り際に「もう少し一緒にいたい」と見上げられて抱きしめたくてたまらなかったこと。
「俺も……です。俺だって、あのまま一緒にいたかった……!」
 そっとの頬を両手でを包み込むようにして捉えると、あの日にできなかったことを追うように鳳はの唇に自身の唇を重ねた。
 きっともこうしたいと感じていた、というのは自分の思い違いではないだろう。
「ん……っ……ん」
 互いに求めるように深く舌を絡ませ合って互いの熱を堪能していると、の口の端からは心地良さそうな声が漏れて鳳はなお気を高ぶらせて口付けた。
 が腕を首に回してくれ、何度か呼吸を入れつつ何度も何度もキスを重ねてからようやく少し唇を離せば頬を染めてとろんとした瞳のが目に映って、鳳はそのままをソファに組み敷きたい衝動に強くかられた。
「先輩……ッ」
 ギュッとを抱きしめ、もうこのままここで今の続きをしても――と葛藤する心とせめぎ合いつつ、何とか踏みとどまる。
 キュッとも抱きしめ返してくれ、鳳はの髪を撫でて何度か額にキスをして、少し自身が落ち着くのを待ってからそっとの耳元に唇を寄せた。
「今夜は、ずっと一緒にいられますね」
 すると、スッとの耳朶がうっすら染まるのが見え、ふ、と鳳は笑った。これはきっとも期待してくれているんだろうな、と解釈するのはさすがに自分に都合が良すぎるだろうか?
 もう一度、チュ、と額にキスをしてから鳳は2人分の空になったグラスにシャンパンを注いだ。
 がどことなく上機嫌なのは、酔っているせいだけではないと思いたいが――。その後もゆっくり飲み進めて旅の思い出話をしつつ、適度に触れ合っているうちにあっという間に夜が更けて、さすがにそろそろ寝ようかという運びになった。
 今日なら許してくれるだろうか? と淡い期待をしつつ一緒に風呂に入るかと誘ってみた鳳だったが、最終日の今日でもそれはやんわり拒否されてやや残念に思いつつ一足先にシャワーを浴び、ミネラルウォーターを用意しつつ寝室のシングルソファに座った。
 がバスルームに入ってしばらくすると扉が開き、見やった鳳は少し目を見開いた。珍しくが自前のパジャマではなくバスローブを羽織っていたからだ。
「先輩……」
 しかも、どことなく足下がおぼつかない。立ち上がって歩み寄り手を差し伸べてやると、少しだけがこちらにもたれかかってきた。
「のぼせたのかなぁ……、ちょっと酔ってるのかも……」
 弱々しく呟いた先の頬が上気して赤く、ドキッとしつつも鳳は「お水、持ってきます」とテーブルに置いていたミネラルウォーターをグラスに注いだ。
 はソファではなくそのままベッドサイドに歩み寄ってベッドに腰を下ろし、鳳の差し出したグラスを「ありがとう」と受け取った。
 水を飲み干すの唇に目線を奪われながら思う。あまりに酔いが酷ければ今夜は無理強いはしないほうが、と案ずる反面、こんな可愛い彼女を前に何もしないなんて……と欲も湧き出てきて。グラスから口を離したが怪訝そうに首を傾げてハッと鳳は取り繕ってみせた。そしての手からグラスを取ってサイドテーブルに置き、隣に腰を下ろしてみる。
「大丈夫ですか……?」
「え……?」
「気分悪い……?」
 訊いてみると、は少しキョトンとして首を横に振った。
「ううん、平気」
 そうして笑って身を寄せてきたはやっぱり普段よりふわふわしている気がして、機嫌がいいのかほろ酔いのせいか、うっすら色づく肌と濡れたままの髪が色っぽい。
「先輩……」
 鳳も片手をの腰に回して、もう片方でしっとりとした髪をそっと撫でると、僅かにがくすぐったそうに笑った。
 そうして彼女は両足を鳳の膝にちょこんと乗せて甘えるように自身の胸に身を埋めてきて、いやと言うほど強く鳳の心音が跳ねた。
「せ、せん――」
「旅行、すっごく楽しかった……」
「先輩……」
「大好き、鳳くん」
 ギュッとバスローブ越しに抱きついていた腕に力を込められ、鳳はゴクッと喉を慣らした。もしもが酔っているせいだとしても……感じた嬉しさが勝って鳳もギュッと彼女の身体を抱きしめた。
「俺もです、先輩」
 そして軽いキスを交わし、互いに微笑み合ってからもう一度唇を重ね合う。
「ん……」
 そのまま突き合うように互いの舌を合わせ、次第に深さが増して夢中でキスに没頭した。
 鳳もベッドに身を乗り上げ、キスをしながら自身でバスローブの腰紐を解いて脱ぎ、のそれにも手を掛けて肩から落とす。
 胸元に顔を埋めつつ性急に指を下半身に伸ばして下着越しに触れると、柔らかい感触が伝ったと同時にの身体がぴくっと跳ねた。
「んっ! ………ぁ……ッ」
 そのまま体重を掛けての身体をベッドへ沈め、なお夢中で色づく彼女の身体中にキスしていく。
「お……とり、く……っ」
 少しは慣れて余裕が出てきたかもしれない、なんて幻想でしかなかったと思う。すっかり舞い上がってもう何も考えられない。身体中が強く彼女を欲して、への気持ちだけが脳裏を支配して、鳳は懸命に自身の想いをに伝えた。



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