8泊もするのだから、近郊へドライブに出かけたり、じっくり浜辺で絵を描いたり。
 きっとやれることはいっぱいあるだろうな。

 なんて。そんな風に考えていたが――。

 スプリットへやってきてもう一週間が経とうとしているが、覚えている限りで外出らしい外出をしたのは、5日前にスプリット市内へ観光に行った一回のみ。
 あとは部屋の外に出たのさえ数えるほどで、今日は珍しく、先ほどまでここスプリットへ来て初めてとなる海水浴を楽しんでいたはずだったのだ。
 そう、昼食後にビーチで泳ごうと張り切って浜辺に出たのに――、とは意識の奥で浮かべていた。
 お昼の後に海で泳ぎたいと鳳にせがんで、2人でプライベートビーチに出たまでは良かったが……。海の中でじゃれ合ってキスしたり触れ合っているうちに限界が来たらしき鳳に部屋に連れ戻されてこの有り様だ、とは鳳の背にギュッとしがみついたまま肩口に唇をあてて自らの声を抑えた。
「ッ……ん……っ、ぁ……っ!」
 荒い息を吐きながらせっぱ詰まったように突き上げられて、は今さらながらに自分のうかつさを知った。――おそらく、旅行初日にドブロブニクの海で触れ合っていた時も鳳は自分の考える以上に耐えていたのだと思う。いや、きっとそれ以前から……と過ぎらせるも思考回路はまともに働かず、鳳の胸を少し押し返すようにしてはかぶりを振った。

「お……とり、く……ッ」

 鳳は自分に揺さぶられるを見下ろしながら彼女の頭を抱えるように抱き、熱に浮かされつつ絡みつくようなキスをした。途端にの口の端から漏れてくる呻きが甘さを増し、ゾクゾクとした刺激となって心地良い。
 ――このホテルに10日近く滞在しようと予約したとき。「こういう下心」がまったくなかったとは言わないが。それでも、自分自身ココまでするつもりは毛頭なかった。だってそうだろう。とこんな関係にすらなっていなかったのだから、正確な予測なんてできるはずもない。
 長く連泊するということは、時間を気にしなくてもいいということで。設備的にもホテル外に出る必要など全くなくて。そして一つの部屋にずっと2人きり。ホテルに着いた途端、その事実をリアルに感じて。そうしたら、とても夜まで待てなくなって。
 は最初こそ陽の高いうちから肌を合わせることに抵抗があったようだが、一度押せば慣れたのか、もうそれに関しては嫌がる様子は見せなかった。が、おそらくにとっても自分自身でさえも予想外だったのは、自身の欲求の深さだ。
 あれほど以前は一度思いを遂げさえすれば満足するだろうと考えていたというのに。湧き出る欲求は乾き知らずで抑えることすら叶わず、と自分の多大な体力差もあり、疲れて休むことの多い彼女をここ一週間ほどあまり部屋の外に出してやれていない。
 今日はたまたま先ほどまでビーチで泳いでいたが……、海の中でビキニしか身につけていない彼女と触れ合っていて、我慢しろというほうが自分にとっては拷問に近かった。
 今にして思う。よくもこの2年間耐えきったものだ、と。我ながら信じられないくらいだ。
「……ぁ……や、……っ」
 カーテンでは遮れない昼の明かりが室内を十分な明るさに保ち、の紅潮した頬がはっきりと見て取れ鳳は薄く笑った。
 彼女は確かにたった10日ほど前まで真っさらな身体で、あれほど辛そうにしていたというのに。日増しに慣れてきているのがの反応から手に取るように分かった。今も、きっともう痛みはないのだろうと漏れてくる声からも感じ取れる。
 それに、彼女はきっと無意識のうちだろうが。こうして自分を受け入れつつも、時おり弱々しく恥じらうようにこちらの身体を押し返すような仕草を見せ――いっそ恐ろしいほど煽るのが上手い。
 たぶん自分でなくとも彼女のこんな姿を見れば、おおよその男は夢中になってしまうだろう。むろん誰かに見せるつもりも手放すつもりも微塵もないが、いよいよ誰にも渡せない。――と勝手に見知らぬ男に嫉妬してしまう自分と、彼女をこんな風にしたのは他ならぬ自分であり、独占しているのもまた自分だという優越感で鳳はいっそう自分が高ぶるのを感じた。
 力なく自分の腕に手を添えるの手をとって指を絡め、シーツに押しつけながらなお口付ける。そのまま枕と彼女の身体の隙間から手を入れ、上下を入れ替えて鳳はしっかりの身体を胸に抱いたまま下から強く突き上げた。
「やっ……! ぁ……っん、ぁッ……」
 耳元にかかるの熱い息がゾクゾクと身体を刺激してくる。この体勢は彼女の身体の柔らかさがダイレクトに感じられ、鳳は無意識に口の端をあげた。つい10日前までは知らなかったのだ。これほど彼女の身体が柔らかくて温かかったなんて――、と鳳は両手で彼女の耳の後ろ辺りを捉えると、顔をあげさせてそのまま押さえつけるようにしてキスをした。
「んっ、ん、んっ……!」
 自身の動きに合わせて塞いでいるの口の端からくぐもった声が漏れてくる。必死に互いの熱い舌を絡ませつつも鳳はもっともっと自分の高ぶりを彼女に伝えたくて、ギュッと強く抱きしめて揺さぶりながら思った。
 彼女と身体を重ねるのがこれほど心地良いなんて知らなかったから。肌の感触も、彼女の声も、表情も、反応も全てが予想以上で、新鮮で、もっともっと色々な彼女を見たいという欲求が今なおどんどん溢れて止まらない。
 もうこれ以上は強くなりようがないと感じていた彼女への恋心さえもっともっと膨らんでいくのを自覚して、できれば片時も離したくない。自分はこんなにも彼女を好きなのだともっと伝えたい。自分がどれほどの想いを抱えているか知って欲しい、と無我夢中で気持ちをぶつけるように鳳はの身体に自身をぶつけた。
 が縋るように自分の名前を呼び、鳳は口元を緩めた。
 こうしている間は、彼女の身体にも思考にも存在しているのは自分だけ。――そう思えば思うほど、自分でも説明しきれない充足感や昂揚が自身を支配するのを鳳は感じた。
 やはり自分は強欲な人間なのだと思う。もしも以前のように、今後いっさい彼女に触れずに過ごせと言われたとしても。もう自分には不可能だ……と、鳳は深い息を吐きながらぐったりと自分の胸に覆い被さって体重を預けるの背を撫でた。 
「先輩……」
 声をかけてみるもは肩で息をしていて返事もままならいらしく、鳳も少し呼吸を整えながら、やりすぎたのかな、と自省した。たぶん海で泳いだ後だった、というのも影響しているのだろう。
 この様子だと、続けてもう一度、なんて無理かな……とゆっくりから身体を離すとそっと彼女の身体をベッドへ寝かせてやった。
「大丈夫……?」
「ん……」
 そのまま抱き寄せてしばし髪を撫でていると、よほど疲れたのか寝息が聞こえてきて、鳳はの寝顔を覗き込んで苦笑いを漏らした。
 冷えないようシーツを掛けてやり、を起こさないようそっと起きてベッドから離れ、シャワーを浴びにバスルームへと足を運ぶ。
 そしてシャワールームに入れば、辺りにはの着けていたビキニが無造作に落ちていて、鳳はハッと目を見開いた。
 そうだ。彼女を部屋に連れ帰って、海水を流すためにシャワーを浴びようとする彼女すら待てなくて、押し入るようにして2人でシャワールームに入ったのだ。すれば、当然そのままシャワーを浴びるなんて出来なくて、結局、お湯を浴びながらも抱き寄せてキスして、水着に手を掛けて――、とつい小一時間ほど前の出来事を一気にリアルに蘇らせてしまい、鳳はカッと身体に熱が蘇るのを感じた。そして振り切るように首を振るう。
 は疲れて眠っているのだし、起こして……なんてぜったいダメだ、と自身に言い聞かせて何とかシャワーを浴び、ホッと息をついた。
 そうして着替えを済ませ、鳳は「どうしようか」と思案した。自分は決してを部屋に留めておきたいわけでなく、一緒に出かけたいとも思っているのだが。氷帝の中等部の頃からテニス部レギュラーの中でさえ体力だけは秀でていた自分と、ごく一般的な女性であるとではやはりどうしても体力的な違いが出てしまう。結果、と日に幾度もああいうコトをしても問題なく動ける自分と、だるさが残って休息を取らねばならないとで差が生じてしまうのだ。
 それに彼女はどうあっても自分を受け入れてくれる側で、その負担は自分にとっては想像の域を出ないが、きっと軽くはないのだろう。
 は自分は休んでいるから好きに出かけてきてくれと常に言ってくれてはいるが――言葉に甘えてテニスコートに顔を出してみたりプールで泳いだりしてみたものの、一人だと味気ないのも事実で。今日は本でも読んで勉強していようか、と考えスーツケースを開けたところで「あ」と鳳は呟いた。
 そろそろ、アレ――個別に包装された薄い物体――のストックが心もとないのを思い出したのだ。元々多めに用意していたというのに、予想外に切れてしまい、既に幾度か買い足してはいたのだが。今夜の分が足りないかもしれない、と思い至って鳳は買い物に行こうと予定を変更してスーツケースを閉じた。
 目線をベッドへやるとは寝入っているし、わざわざ起こして行き先を告げるまでもないだろうと鳳はそっと部屋を出るとホテルの外に向かった。
 ホテル内にもちょっとしたショッピングエリアは勿論あるのだが、そこを利用するのはやや抵抗があった鳳は毎回ホテル近くの小さな生活用品点を利用していた。
 ついでにミネラルウォーターも数本買って部屋に戻れば、やはりはまだ眠っており、鳳は今度こそソファに座って読書を決め込んだ。
 そうしてどれくらい経っただろうか? 日が長いゆえに部屋の明るさから時刻を推測することは叶わず、けっこうな量の文献を読み進めたところでが起きたような気配が伝って鳳は追っていた英文から顔を上げた。
「先輩……?」
 ベッドを見やると、うっすら瞳をあけたがぼんやりと辺りを見渡していて、こちらの視線に気づくと一気に覚醒したのかハッとしたように身を縮めてシーツに潜るような仕草を見せた。それがあまりに可愛らしくてついつい喉の奥で笑ってしまう。
「い……いま、何時……?」
 喉乾いてるかな、と鳳が水を取りにソファから立つとか細い声が聞こえてきて、ミニバーを開けながら自身の腕時計に目を落とす。
「6時半です」
 言いながらグラスにミネラルウォーターを注いでベッドサイドへ行き「どうぞ」と声をかけると、はシーツで身体を覆いつつ上半身を起こした。
「ありがとう」
 いいえ、と笑って鳳はそのままベッドの端に腰をおろした。そうしての喉が上下するさまを見やっていると、視線に気づいたのかは恥ずかしそうに更にシーツを引き上げて身を隠すような仕草を見せた。
「そ、そんなに見ないで……」
 うっすら目元を染めて視線を泳がせる様子がたまらず、鳳は空になったグラスをの手から受け取るとサイドテーブルに置いてからベッドの上へと身を乗り上げた。そうしての肩を抱き寄せて自身の胸に引き寄せる。
「先輩、かわいい」
 チュ、と頬に口付ければはなお恥ずかしそうに身を捩った。
 つい数時間前には互いに一糸纏わぬ姿で絡み合っていたというのに、こういう部分はいっこうに以前と変わらず、それがまた言い表しようもないほど可愛らしい。
 そのままじゃれ合いつつ、このまま押し倒したら恨まれるだろうか、と少し気が高ぶった頭で鳳は考えたが、さすがにいま始めたら止められずにうっかり深夜に及んで空腹の憂き目に合いそうだ、とも考えつつそっとの髪を撫でた。
「先輩、晩ご飯どうします? 外に食べに行きますか? それともルームサービスの方がいい?」
 訊いてみると、んー、とは少し考え込むような声を漏らしてからこちらを見上げてきた。
「外で食べたいな」
「では、そうしましょうか」
 鳳は目を細めるも、が上向いたことで彼女の首元と鎖骨がよりはっきりと露わになり、消えかかった跡に混じって先ほど付けたばかりの真新しい赤い印が見えてしまった。たったそれだけで、うっかりドクッと勝手に心音が強く脈打ってしまう。
「先輩……ッ」
 そのまま勢いで彼女の首元に顔を埋めて唇を滑らせると、え、と戸惑ったような声がの口から漏れてきた。
「え……ッ、や……っ」
 そのままシーツに越しに彼女の身体に手を這わせていると、に肩に手を置かれて少し押し返されてしまった。
「ご、ご飯……行きたい、から……」
 を見やると戸惑ったように言われ、さすがに鳳は自嘲した。そのまま手を止めての耳元に唇を寄せる。
「すみません。続きはまた夜……ですね」
 すると一瞬ぴくっとの頬が撓り、小さく唸って頬を染めたのが目に映って鳳は、ふ、と小さく笑った。
 そうしてがシャワーを浴びて身支度を整えるのを待って、揃って部屋を出た。
 ホテル内には複数レストランがあり、遠出するよりはホテル内で済まそうというの要望と彼女がコース料理などではなく軽めに済ませたいと希望したため、夕食はピザと軽い前菜程度に留めた。
 それでもゆっくり食事を終える頃には8時を過ぎており、とはいえまだまだ外は明るく――、浜辺で夕陽が見たい、と食後に部屋に戻りたがらなかった彼女を連れて鳳はプライベートビーチそばのバーでゆっくり日の入りを待つことにした。
 せっかくなので夏のフルーツを使ったカクテルを二人して頼み、ストローに口を付けたは「美味しい」と上機嫌で笑って鳳も微笑んだ。
 そのままぼんやりと生ぬるい潮風に吹かれながら海を眺めた。この浜の近くには大小いくつかの島が点在しており、今なおクルージングを楽しんでいるらしきクルーザーが作る波しぶきも遠くに見える。
 思えばスプリットに来てから観光はほぼしていない。と近くの島に探索に出るのも良いかもしれない。と思うも、たぶん、結局は彼女と2人きりでいたくてやはり部屋から出してやれない気がする、と鳳はカクテルに口を付けつつ感じた。
 もうしばらくすれば、こんな衝動も落ち着いてくれるのだろうか? いまも、彼女が好きで好きでたまらない、とチラリと目線をにやるとちょうど目があって、彼女はニコッと笑みを向けてくれた。瞬間、ドクッ、と身体が脈打って心音が早鐘を打ち始めて、鳳は笑みを返しつついかに自分が重症かを再確認した。
 もしもいま彼女に嫌われてしまったら。自分はとても生きてはいけない気がする……と、陽も傾いてきたところで浜辺へ出て2人でゆっくりと歩きながら鳳はを見つめた。
 彼女は、わあ、と感嘆の声をあげつつ刻一刻と沈んでいく夕陽に夢中で相も変わらず手でフレームを作りつつ景色を吟味している。本当に出会った頃から少しも変わっていない。ずっとずっと彼女が好きで、好きだと自覚した瞬間に拒絶されて、追いかけても追いかけても伸ばした手を振り払われ続けて。ようやく捕まえて、ようやく「恋人同士」となれた実感がある今でさえ不意にふと不安になる、と揺れるの緩い巻き毛を見据えていると「あ」とが声を漏らした。
「カメラ、部屋に置いてきちゃった……」
 落胆を孕んだ声だというのに、鳳は少し安堵した。はカメラも得意で、一度彼女が絵やカメラに集中してしまえば自分のことなど一切忘れてしまうのだから。いま、この空間は誰にも邪魔されたくない、とそっとに歩み寄って後ろから包み込むようにして彼女を抱きしめた。
「鳳くん……?」
「写真には残せませんが、記憶には残りますよ」
「え……」
「こうしていま2人で見ている夕焼け……俺はきっと忘れません。先輩も、覚えていてくださいね。俺と見た景色のこと」
 キュ、と腕に力を入れながら言えば、こちらを見上げたは少し目を見開いたあとにくすぐったそうに笑った。
 うん、と頷いてくれた彼女の身体があたたかくて、そのままどちらともなく唇を重ねた。
 じんわりと鳳は先ほど感じた微かな不安が氷解するのを感じた。些細な不安よりも感じる幸福感のほうがずっとずっと大きく自身を満たして――オレンジ色の空間で波の音を聞きながらと微笑み合い、幸せだな、と感じた。
 このままずっと2人だけの世界で生きて行ければどれほど良いだろう。なんて自分でも怖いほどの考えが浮かぶのは、きっとあまりに満たされているせいだろうな。と思いつつ、しばし夕暮れの浜辺でとじゃれ合い続けた。



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