ディナーの予約時間である午後8時少し前に、鳳はと共に部屋を出た。

 ホテルのレストランは、午後7時を過ぎればビーチ用のテラスにテーブルをセッティングして旧市街を一望しながらディナーを楽しめるという絶好のロケーションとなっている。
 を連れてレストランへと出向けば、鳳たちは視界を邪魔するもののない特等席に通され、二人して感嘆の息を漏らした。やはり遮るものが何もないというのは美しさもひとしおだ。
 まだ日の入りまで一時間ほどあるが、ゆっくり食事をしていれば風景の移り変わりが見られるという意味では良い時間帯と言えるだろう。
「素敵だね」
 わずかに仄暗い空間にテーブルキャンドルが映えて、ふふ、とが笑みをこぼした。
「はい。もう少し陽が落ちるともっと綺麗でしょうね」
 言いつつ鳳はウエイターに用にフランス語のメニューを持ってきてもらい、取りあえずドリンクを選ぶ。
「先輩、なに飲みます?」
「んー……」
「食事に合わせるなら……、どの白ワインがいいか訊ねてみましょうか」
 メニューに視線を落とせばやはり魚介類を使った料理が大半で、ワインリストもやはり白の方が充実している。
 はフランス生活が長いだけあり、ワインを楽しむというのはごく身近なことのはずだ。興味深そうにはワインリストを眺めていたものの、しばし逡巡したのちに小さく首を振るった。
「お酒、今日はやめとこうかな」
 少し目を伏せて呟いたの心理を鳳はハッとして察した。アルコールが入れば、多少なりとも自身の言動に影響が出るのは避けられない。いま1,2杯のワインを飲んだところで深夜にまでその作用が続くとは思えないが、「今日は」避けたいとはそういう事だろう。
 鳳にしてもそれは同意で、そうですね、と相づちを打つと、やってきたウエイターにお勧めなどを聞きつつ結局二人で旬の魚介類だけを使ったコースを選んだ。
 一緒にワインを頼まなかった二人にウエイターは一瞬だけキョトンとしたような表情を浮かべたものの、すぐに納得したように頷いて二人分のメニューリストを携えて去っていった。
 たぶん、二人とも18歳未満に見えたんだろうな。と、ウエイターの納得の表情をそう解釈して鳳は苦笑いを漏らした。東洋人が実年齢より若く見られるのは、避けられないことだ。その証拠に食前酒がフレッシュジュースに変えられており、も「もしかして18歳未満と思われたのかな」と呟き、二人して笑った。
 前菜、スープ、メインと文字通り運ばれてくる料理は全てが魚介類で、前評判通り味はイタリアンを彷彿とさせたものの、鳳は久々の新鮮な魚介類に舌鼓を打って、口元を綻ばせた。
「やっぱり海のそばは食材が新鮮でいいですね!」
「うん、パリじゃあんまりこういう味付け食べられないから嬉しい」
 そうしてゆっくりと食事を進め、メインを食べ終わるころにはだいぶん西の空が色づいてきて、ドブロブニク旧市街のライトアップもぼんやりながら見えるようになってきた。
 それがまた海面に溶け込むようで何とも幻想的で、鳳も目を奪われたものの、それよりも本当にうっとりとその光景を見やるのキャンドルに照らされた顔を見て、自然と笑みを深くした。
 こうしてと同じ時間を同じ空間で過ごせていることが何より嬉しい。だというのに、それ以上のことを望んでいる自分を、鳳はこの時ばかりは中等部の頃のように「悪いかな」と自嘲してから首を振るった。
 9時を回ったあたりで人も増え、室内の方で誰かが演奏しているのだろうか。どこからともなくバイオリンの音色が聞こえてきて鳳としては胸が騒いだが、知らない音色だ。クロアチアの民族音楽だろうか。
 聞き慣れない音色に耳を澄ませつつ、食後のコーヒーまでゆっくりと景色と共に堪能して、そろそろ戻ろうか、と提案する。
 あらかじめウェイターに会計はチェックアウトの時にまとめて支払うと告げていたため、キョトンとしていたにその旨を告げて、去り際に担当してくれていたウェイターに確認のため部屋番号と礼を告げてから、鳳はと共に出つつ僅かに耳に届いたピアノの音にハッとした。
 確か、すぐ上階にはピアノバーがあったはずだ。そこからの音だろうか、などと考えつつも、は今日は飲まないと言っていたし、と考えているとうっかり立ち止まってしまっていたのだろう。
「鳳くん……?」
 呼びかけられて、ハッと鳳は意識を戻した。
「あ、す、済みません! ピアノの音が聞こえてきたもので、気になってしまって」
 するとは少しだけ目を見開いたものの、すぐに柔らかく笑った。
「鳳くんらしいね。ピアノ置いてあるのかな……、鳳くんも弾きたい?」
「え……そ、そうですね。でも、ちょこちょこ練習はしてるんですけど、腕、なまっちゃったと思います」
「私、聴きたいな……」
「日本に帰ったら聴きに来てください。俺、練習しときます」
 そんな話をしつつ、ちょうど帰国したらの家に挨拶に行こうと考えていたため、自分の両親にも改めて彼女を紹介しようなどと考えつつ戻れば、すっかり陽も落ちて暗くなった部屋が出迎えてくれた。
 カードキーをホルダーに差し込んで電気を付け、ふぅ、と鳳は息を吐いた。
「美味しかったね」
「はい」
 も、どうやらいつもの調子に戻ったようで、大丈夫だよな。と思いつつ鳳はベッドに腰を下ろした。
 は一瞬どう動けばいいか戸惑ったのだろう。鳳がチラリと彼女を見やると、は少しまごついたのちに、デスクに置いてあったスケッチブックを手にとってソファの方へと腰を下ろした。そうしてスケッチブックを広げたの方へと鳳は身体を捻る。
「なに描いてるんですか?」
「んー……、色とかアイディアを書き込んでおこうと思って。もしかしたらちゃんとキャンバスに描くかもしれないから」
「なるほど……」
 彼女がいったん絵に集中してしまえば、自分のことなど見向きもしてくれなくなってしまう。やや寂しく思うこともあるが、そういう彼女を見ているのは決して嫌いではない。むしろ、こうしてスケッチブックばかり相手にしている彼女をずっと見てきたのだ。子供の頃からずっと――と見つめていると、視線に気づいたのだろう。怪訝そうな顔でがこちらを向き、鳳は緩く笑った。
「先輩、ぜんぜん変わらないな、と思って」
「え……?」
「俺、中等部の頃からそうやって絵を描いている先輩をずっと見てきましたから。少し懐かしくなったんです」
 つ、とが息を詰めたのが伝った。僅かに目元が赤い。
「お、鳳くんだって……」
「え……?」
「鳳くんだって、変わってない……よ」
 言われて鳳は、え、と瞬きをした。それはどういう意味だろうか。まさか「後輩くん」からまだ変わってないという意味か? と一瞬焦ってしまう。けれど、いくら何でも今さら、まだ自分はただの後輩なのか、と問い質すには2年も付き合っている事実がある以上は的はずれであるし。
 だが。もしかして、”こういうシチュエーション”をが避けがちなのは自分を男として見ていないから? と、自分でも情けなくなるような感情が飛来して鳳は押し黙った。
「鳳くん……?」
「あ、その……。俺、そんなに変わりませんか? 頼りない、のかな」
「え……!?」
 思わず呟いてしまうと、は驚いたような声をあげたと同時に立ち上がってこちらに歩み寄ってきた。
「ち、違うよ。その……そういう意味じゃなくて」
 見上げると、俯いたは言葉を詰まらせたまま頬を染めており鳳の胸は相も変わらず簡単に騒いでしまう。先輩、と呟いてそっとの手を取ると、ピク、と彼女の身体全体が反応した。そのまま鳳が腰をあげればが反射的に半歩後ずさったのが伝ったが、構わず鳳はの手を引いて自身の胸へと彼女を抱き寄せる。
「先輩……」
 右手での前髪を掻き上げながら額から頬に唇を滑らせると、は鳳のシャツを掴んで身を捩った。
 耳元に顔を埋めながら思う。7年前から、こうしてに触れたくてたまらなくて。けれども踏み込もうとしたらいつもかわされて。いつもいつも、ようやく捕まえたと思った今でさえまだ自信がない。
「先輩、好き」
 言いながら唇を重ねると、の腕に強く力が籠もった。さっき飲んだエスプレッソの味と香りが少しだけ伝う。
 夢中でそのまま口付けていると、僅かだがに両手で胸元を押されてハッと鳳は少しだけから身体を離した。
「ちょ、と……待って」
 少し息を乱したに俯きがちに言われて、瞬間「いつまで?」という疑問が過ぎってしまう。
「先輩……」
「ま、まだ……10時、だし」
「もう10時、ですよ」
 は鳳の腕時計が目に入ったのかそう呟いて、鳳は肩を竦めた。時計の長針は20分を過ぎようとしている。
 とはいえ、と鳳はを開放してから、ふ、と肩を落とした。
「先輩、先にバスルーム使います? それとも、俺、先に使っていいですか?」
「えッ!? あ……その……、お先にどうぞ」
 語尾を消え入るような声で言われ、鳳は少し肩を竦めたものの「それじゃ、お先に失礼します」と一旦その場を離れた。

 パタン、とバスルームのドアの閉まる音がやけに大きく部屋に響いた。

 その音を聞いて、ほ、とは息を吐いた。
 身体から力が抜けて、へたり込むようにしてベッドへと腰をおろし、無意識に両手で顔を覆った。
 鳳が望んでいることが分からないわけはなく、自分も彼と旅行できて嬉しい気持ちに変わりない。だというのに、なぜ上手く応えられないのだろう、といっそ自己嫌悪に陥ってしまう。
 2年も付き合っているのに、未だに抱きしめられるだけでドキドキして、キスすら慣れないという有り様だ。それに、いざこうなることを意識すると、なぜか出会ったばかりの頃の鳳の姿が浮かんできて。彼の優しさも、穏やかさも、少しも変わっていないのに、時おり知らない顔を見せる彼に自分は子供の時から少しも変わらずドキドキさせられて。ほんの時たま、少しだけ怖い。
 ふと、テニスしている鳳が知らない少年のように思えて、その次に音楽室で会った鳳がいつもと変わらなくてホッとしたことをは脳裏に過ぎらせた。
 知らない顔を見るたびに、鳳は何も変わっていないと確認して。少しずつ成長していく彼をますます好きになっていって――結局、自分は鳳が好きだとはっきり思うのに。
 なぜ怖いと思うのだろう?
 今のままでも十分幸せだと思っている。それが変わりそうで怖いのだろうか、などと考えているうちにバスローブを羽織った鳳が部屋に戻って自分も入るよう促され、はハッと意識を戻して頷いた。
 着がえ一式を持ってバスルームへ入る。シャワールームは独立しているため、シャワーを浴びている間にお湯を張ろうと蛇口を捻ってから服を脱ぎ、シャワールームへと入った。
 湯船に浸かりたいと思ったのは、時間稼ぎをしているわけではない。と、言い訳めいたことを浮かべつつ、しっかりと汗を洗い流したあとに湯船に移動して、ふ、と息を吐いた。
 しばらくぬるめの湯につかり、少し眉を寄せる。
 緊張していた。いや、いまもしている。とはいえ、今日は色々と鳳を不審がらせるようなことをしてしまったと思う。鳳はいつもと変わらない、優しい鳳なのに。と、いっそ自分が情けなくなってしまう。
 先月、誕生日にケンブリッジを訪ねた夜。鳳が自分をホテルに残して帰ってしまった時は、あんなに寂しく離れがたく思ったというのに。そうだ、今だって、もしも鳳が呆れかえって別々の部屋にしよう、などと言い始めたら寂しいに決まっている。
『先輩、好き』
 こんな自分のことを、あんな風にずっと好きだと言ってくれている人なのに。自分だって中等部の頃からずっと彼が好きで、大好きで。渡仏が決まって離れなければならないと決めたあともずっと忘れられずに――。
 いま、こうして一緒にいられるだけで、とても贅沢で夢のように嬉しいのに。
 ごめんなさい、と小さくは呟いてキュッと目を瞑った。きっと、たぶん、大丈夫。と思う心とは裏腹に、そろそろあがろうかと決めた途端にまた身体がかたくなってきて、心底自分が嫌になってしまう。
 それでも湯船のお湯を抜いて備え付けのシャワーで汗を流すと、はバスタオルを身体に巻き付けたまま洗面台を覗き込み、普段通りの、いや普段より丁寧にスキンケアを行った。
 そうして丁寧に髪を乾かし――まさか鳳のようにバスローブ姿で出ていく気にはなれず、持参したパジャマを着て、思い切ってバスルームの扉を開けた。
 すると、部屋の電気が小さなループランプを除いて落とされており、一瞬は目を見開いた。取りあえず、扉をあけたままバスルームの灯りを頼りに着ていたワンピース類をクローゼットに仕舞ってから、パタン、とバスルームのドアを閉める。
 鳳はソファに座って窓の外を見ていたようで、まだこの暗さになれない目で彼を見やると、振り返った鳳が少しだけ微笑んだように見えた。
「灯りを落としたので、夜景がより綺麗に見えますよ」
 言いながら鳳はグラスにミネラルウォーターを注いだ。そして鳳の方に歩み寄ると、どうぞ、と差し出してくれて「ありがとう」と受け取る。確かに喉は既にカラカラだった。
 鳳は再び窓の外に目線を投げ、もそれを追う。だが、美しいはずの光景はちっとも頭の中に入ってこず、ゴクッ、といやに大きく水を飲み干す音が響くのみだ。
「先輩……」
「わッ――」 
 そのまま目には入ってこない夜空を窓越しに眺めていると、ふいに肩を軽く叩かれてはビクッと全身を震わせた。
 見上げると困惑気味の鳳がいて、はギュッと両手でグラスを握りしめつつ胸元を押さえ、ドクドクと高鳴る心臓を抑えてなんとか笑みを浮かべてみる。
「な、なに……?」
「いえ、別に。バルコニーに出てみませんか? って言おうとしただけです」
 肩を竦めて鳳は窓を開け、そっとバルコニーへと進み出た。夜の乾いた心地よい風が部屋へ入り込み、バルコニーへ出た鳳は夜空を一望してからの方へと振り返った。
「すごい夜空ですよ」
 穏やかに笑う鳳は、いつもの鳳の笑顔で。やっぱり鳳はいつもと変わらない、とはキュッと胸が締め付けられる思いがした。胸の鼓動は煩いままだったが、自分もそばで一緒に夜空を見たくて、は持っていたグラスをテーブルに置くとバルコニーの方へ歩み出た。そうして鳳のそばに寄って空を見上げると、波のざわめきに溶け込むようにして星屑がキラキラと輝く光景が視界全てを覆って「わぁ」と声が弾んだ。
「ほんと……、綺麗だね。お昼も夕暮れ時も素敵だったけど、夜空も綺麗……」
 鳳を見上げると、鳳は、ふ、と口元を緩めての肩を抱き――はぴくっと身体を撓らせたものの、そのまま鳳に身を預けた。
「先輩……」
「ん……?」
「緊張、してる?」
「え……!?」
「それとも……、まだ、ダメですか?」
 見ると鳳は少しだけ眉を寄せて宥めるような寂しいような顔をしていて、ちく、と少しの胸が痛んだ。今日、どれだけ自分が鳳を不審がらせたかはよく分かっている。鳳だってこちらの心情は察してくれているだろうが、それでも不安だったに違いない。
 ううん、とは首を振るった。
「緊張は、してるよ。いまもすっごくドキドキして、その……でも……イヤじゃ、ない、から」 
 語尾は消え入りそうになってしまったもののなんとか言葉を紡ぐと、鳳は少し間を置いてから安堵したような息を吐いた。
「よかった」
「鳳くん……」
「それに、俺だって緊張はしてますから」
 言われて誘われるように鳳の胸に耳を寄せると、確かに鼓動が早くては僅かに目を見開く。――昼間、海で抱きしめられてキスされた時に聞こえていた音は、やはり鳳のものでもあったのだと悟って、少しばかり口元が緩んだ。
 すると小さく笑みが漏れてしまい、先輩? と疑問を孕んだような声がおりてきた。
 は一度鳳の胸に額をつけてから顔をあげると、目を細めた。
「鳳くん、好き」
「っ……」
「大好き……」
 自然とそう言えば、鳳の瞳が少し揺らいだように見えた。
「先輩……」
 僅かに震えていた鳳の大きな手が滑るように頬を撫で、はそっと瞳を閉じた。同時に唇が触れて、ギュ、とは鳳の腕をバスローブ越しに掴んだ。
 まだレストランでは人々が歓談を楽しんでいるのだろうか。
 波とピアノの音に混じって、笑い声が遠く耳に響いている。けれど、どこが現実味がなく、には遠く離れた外界の音にさえ思えた。

「先輩……」

 どのくらいの間、夢中でキスしていたか分からない。
 鳳はすっかり身体から力の抜けたを支えて部屋に戻りベッドに腰を下ろさせると、窓を閉めてからカーテンを引いた。
 とたんに聞こえていた音が遠くなり、それがまたこの場は二人だけのものだと意識させて、ゴクッ、と喉が鳴った。
 ベッドサイドに戻っての隣に腰を下ろし、彼女の頬を撫でると、まだ不安そうに揺れている瞳と目が合う。いくら受け入れる気になってくれたとはいえ、彼女が未だに緊張していることを克明に知らせる色だ。
「先輩……」
「ん……っ」
 それでも。ずっとずっと、こうしたかったのだ。口付けながら、そっと彼女の身体を抱き寄せ、何度も何度もキスを繰り返しながらパジャマ越しに彼女の身体をなぞる。そうして裾から手を差し入れたら、肩に添えられていたの手が強ばったのが伝った。
 それでも嫌がるそぶりは見せず、鳳は背中をなぞるようにして這わせた手で下着のホックを外した。そのまま体重をかけてをシーツに沈め、ベッドの中央へ押しやるようにして覆い被さると彼女の身体が強ばったのが明確に伝った。
 けれども。彼女の髪が枕に散り、揺れる瞳が淡いルームランプに照らされて……何よりこうしてを腕に閉じこめて見下ろしているという光景が予想以上の刺激になって無自覚のうちに、ゴクッ、と喉が上下してしまった。気づいたのか、が少し震えた気がして鳳はハッとして優しく彼女の頬を手で撫でた。
 そうして再び何度も何度もキスをしてから、唇を耳元から首筋に移動させる。
「っ……ん……」
 は身を捩り、鳳は自分に触れられていることを慣れさせるように布越しに彼女の身体をゆっくりなぞった。しばらくそれを繰り返してから裾から入れた手で脇腹あたりを撫でる。そうして指先で身体の線を辿り、先ほどホックを外したせいでほぼ露わになっていた彼女の胸に直接触れた瞬間、あまりの柔らかさに目眩がしそうな錯覚を覚えた。
「先輩……ッ」
 夢中でもどかしげにと自分の間を隔てていた布を取り去り、直に肌を合わせて抱き合った心地よさに鳳は思わず震えた。そのまま手と唇で彼女を味わうことに没頭していると、はまだ戸惑いを隠せていないようで度々喉元を引きつらせていた。
「おお、とり……く……ッ」
 不安げに見つめてくるにしてやれることは、優しくキスして落ち着かせるように頭を撫でるくらいしかない。
 すぐにでも彼女が欲しいと主張する自身の身体と気持ちをどうにか抑えて、じっくり時間をかけて彼女の身体を慣らしていく。時おり、確認するように彼女を見やると決まっては目をそらした。
「先輩……?」
「は、恥ずかしい……」
 彼女が顔を横に向けるたび、赤く染まっている耳が露わになってついつい口の端があがってしまう。
「可愛い、先輩」
「ん……っ」
 顔の横に投げ出されていたの手に自身の手を重ねて絡めながら色づく耳に口付けると、は反射的に目を閉じて、きゅ、と重ねた手を握り返してきた。
 そうしてだいぶ身体から力も抜けて少し息を乱すを見て、そろそろいいかな、と鳳はが先ほど風呂に入っている間に枕の下に忍ばせていたモノを取りだして袋を破いた。
 それを着けながら、浮かされた頭で思う。例えいま拒否されても、もう待てる自信がない、と。
 の両足を手で割って少し開かせると、さすがにもハッとしたのか瞳をこちらに向けた。
「先輩……」
 やはり怖いのかやや怯えたような色を宿しており、鳳は一度の頭を撫でてからキスをし、耳元に唇を寄せて確認を取った。ぴく、と頬を撓らせたがほんの少し間を置いてから小さく頷き、鳳はもう一度にキスをしてからゆっくり自身を押しあてる。
「いっ……ッ」
 が、少し押し入っただけで、がきつく眉を寄せて顔を歪めたのがはっきりと映った。
 それでも何とか少しずつ押し進めようとすれば、意識的か無意識かは上に逃げるように動き、その反応と感触で鳳もすんなりとは行かないことを悟った。
 はどこか縋るような瞳で見つめてくる。しかし、もう後には引けない。もしも「やめましょうか」という言葉を彼女が待っているのだとしても。
 すみません、となだめるようにの頬を撫でることで返事を返し、そのままその手をの肩に滑らせ押さえて鳳は意識の奥で告げた。
 ――俺、必ず一生かけて大事にしますから。
 ――だから、あなたの全てを俺にください。
 グッ、と一気に身体を押しやった瞬間、腕に添えられていたの爪が強く肌に食い込んだ感触が伝った。
 痛い、と訴えたかったのだろう声は引きつって声にすらなっていない。
「――……はッ……」
 鳳はそのまま大きく息を吐いて、なるべく体重をかけないようにしての身体にぴたりと自身の身体を合わせて抱きしめた。
 耳元に必死に耐えるようなの途切れ途切れの息がかかる。が、しばらくすると少しだけ落ち着いてきたのが伝って、鳳は顔をあげた。
「大丈夫……?」
 泣いてはいなかったが、少しだけ彼女の目尻に涙が溜まっていて鳳は親指の腹で優しく拭ってやった。
「大、丈夫……」
 吐息混じりにが呟き、辛いはずだというのに少し頬を緩めたのを見て、鳳はたまらず一度彼女の唇を塞いだ。
「先輩、好きです……ッ」
 少しだけ顔をあげて言えば、こちらにの背中にしがみつくようにして回されていたの手に力が込められたのが伝った。
「うん、私も……、私も好き……」
 ギュッと抱きしめるようにして言われた瞬間、感じたのは嬉しさだったのか、それとも別の何かか。鳳は自分でも抑えきれないほど舞い上がったのを感じ、夢中でに口付けた。
 もっと深い繋がりを求めるように勝手に身体が動いて、とたん、の口からは苦痛を訴える声が漏れたが、もうだめだ。
「先輩、先輩……ッ、好き……ッ」
 チカチカしそうな目眩を覚える中で、絡めた手にグッと力を込め、彼女の身体の熱さと柔らかさに無我夢中で酔っていると、気づいたときには荒い息を吐いてへと体重をかけてぐったりと覆い被さっていた。
 聞こえてくる息づかいは、自分のものなのかそれとものものか。分からないまま呼吸が整うのを待ち、もったいなく思いつつもから身体を離すと、鳳は改めてを抱き寄せてからそっと髪を撫でた。
 目があって、ふ、と笑うとは恥ずかしそうに瞳をそらして自身の胸元へ顔を埋めてくる。
 そのまましばし互いに無言で、鳳はただゆっくりの髪を撫でていたが、時おりが小さく笑みをこぼしているのが分かった。顔は見えなかったが、おそらく微笑んでいるのだろうな、と感じられた。
「大丈夫……?」
「ん……?」
「痛みます……?」
「ん……ちょっとだけ。でも平気」
 聞こえてくるの声は穏やかだ。さっきは、ずっとずっと切望していた瞬間にただただ無我夢中だったが、少し落ち着いてくるとようやくここにたどり着けたのだと実感が沸いてきて、自身でも呆れるほどに胸がいっぱいになり視界が滲んでしまう。
「先輩……」
 少し身体を起こして、の頭に唇を落とす。受け入れてもらえた高揚感からか、それともやっと想いを遂げられたという充足感からか。一度彼女と抱き合えれば落ち着くだろうと思っていた心情は見事に予想を裏切り、むしろ更に沸いてくる想いを止められずにの頬から唇へと自身の唇を移動させて、何度も何度も深く口付け、気づいた時にはの身体をもう一度組み敷いて覆い被さっていた。
「お、鳳く――」
「すみません、先輩……、もう一回」
 首もとに顔を埋めると、ピク、と喉元が強ばったのがはっきりと伝った。しばし戸惑いを見せていただったが拒否するそぶりは見せず、鳳はそのまま確認するかのように彼女の肌の感触を隅々までじっくりと唇で確かめ、その後はさすがにを腕に抱いたまま二人で眠りに落ちていった。



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