振り返った先にいたのは――、背の高い、優しげな瞳の少年。色素の薄い、ゆるいくせ毛を湛えた、懐かしい顔。

 夢でも見ていたのだろうか――と、はホテルのベッドで天井をぼんやりと眺めていた。

 ここは、中央ヨーロッパ。寮のルームメイトの祖国だ。

 そう、自分は中等部を卒業してすぐ、全てを捨ててパリへと渡った。
 だから、もう一生……会えるはずがないと思っていたのに。と、胸元のペンダントにそっと手を添えた。
『せん……ぱい……』
 懐かしい声に、懐かしい姿。氷帝学園中等部のころの後輩――鳳長太郎。ピアノが好きで、テニスが得意で、そして頑なに人物画を描かなかった自分に今では「人物画も得意です」と言えるキッカケをくれた人。
 卒業式を最後に、もう二度と会わない、会えないつもりでいた。――忘れたことは、一度だってないが、それでも会うことはないと思っていたのに、とペンダントに触れていた手をギュッと握りしめる。
 いつだって彼は唐突に現れて、いつもこちらの心を掻き乱してしまう。まさかこんな異郷の地で再会するとは思ってもみなくて、彼の姿を認識した直後は動揺を抑えて取り繕うのが精一杯だった。なのに。
『先輩! せんぱーい!!」』
 単身戻ってきてこちらに手を振り駆け寄ってくる姿に、どうしようもなく揺さぶられた。
『良かった……、見失わなくて』
『お、鳳くん……、どうして……』
『時間をもらったんです。俺、先輩と話したくて……!』
 鳳にしても、突然の再会に戸惑い、そして気持ちを高ぶらせているというのがいやと言うほど伝った。引かなければ、と感じた時には既に力強い腕に抱き寄せられていた。
『夢、みたいだ。でも……本物、ですよね。先輩……』
 感極まったような声が頭上から降ってきて、中学の時よりも少し低くなっただろうか……でも相変わらず甘い声で。鍛えられた腕も、身体も、なにも変わってなくて、頬が震えて自分も鳳の背に手を回したい衝動をどうにか無理やり抑え込んで「中等部の頃の先輩」を装うだけで精一杯だった。
 見上げた鳳は相変わらず天を仰がなければ目が合わせられないほど長身で――、以前にも増して大きくなったのだろう。
 けれどもはにかむ鳳は昔と変わってなくて。でも顔つきはどことなく精悍さが増して――、大人びた様子があどけなさに勝り、勝手に熱くなる頬をどうにか誤魔化そうと精一杯だった。
 そしてせめて、別れの時間がくるまで「中等部の頃の先輩後輩」でいようと思った。だというのに――。
『俺、ちょっとゴネたんです。家族旅行の行き先はパリがいいって』
『え……』
『でも良かった。パリに行っていたら、すれ違ってたんですから』
 相も変わらず、ああいう事をさらりと言うものだから、反応に困ってしまう。今さら、どうにもならないことだというのに。けれども、鳳がいまもそんな風に考えてくれていたなんて……知らなかった。
 でも、それでも、どうにもならないことに違いはない。
 自分の同級生――宍戸たち――は、これからが本格的な受験シーズンで、彼らの大抵は氷帝の大学部へと進むのだろうし、鳳だってきっとそうだ。だから、どうにもならない。などと過ぎらせていた時に、再度ウィーンへ留学してみたと聞いて、一瞬だけ思ってしまった。
『え……!? じゃあ、やっぱりピアニスト目指すの……?』
 ひょっとすれば鳳もヨーロッパに来るのでは? と。感じてしまったままを口にすると、鳳は「いいえ」と首を振るった。
 ピアノもテニスもやはり趣味として続けていこうと決めた。と、続けられて自分でも驚くほど「そっ、か」と沈みがちな声が漏れた。別に、もしも鳳がウィーンへと留学してくればフランスとは格段に近くなる、などと期待したわけではない。――期待したわけではないのだ。と、は天井から目をそらして寝返りを打った。
 なぜ再会などしてしまったのだろう?
 これが神様の悪戯だというのなら、随分と残酷なことをするものだと思う。
 懸命に「先輩と後輩」でいようと努めても、顔を合わせて話していればいやでも中等部の頃の満ち足りていた時間が蘇ってきて……、すぐにやってくる再びの別れがどうしようもなく辛くなるだけだった。
 旅先で偶然出会った「友達」なら、偶然の再会をただ喜んでいられただろうに……はっきりと、その”辛さ”は彼の存在が自分にとって未だにどうしようもなく特別であることを自分自身に克明に再確認させただけだ。
 そう、鳳は自分にとっては特別な人で――、と考えてはふとハッとした。
「あッ……!」
 ついいまもギュッと握りしめていたペンダントの事だ。
 あまりに当然のように身につけていて、まったく意識していなかった。が、このペンダントは、確かに卒業式の日に鳳がつけてくれたもので。
 もしかして、彼に気付かれてしまっていただろうか。――とは思わず腰を起こして赤面した頬を隠すように手で覆った。
「ッ……」
 小さく唸りながら、恥ずかしいやら情けないやらでつい俯いてしまう。もう会わないと、全てを捨ててパリで生きていくと決めて、その気持ちに一つも嘘はないのに。だからといって、彼への気持ちは三年経った今でさえ忘れ去ることはできなくて。
 やっぱり、神様は残酷なことをしたと思う。
『帰国したら絶対に連絡くださいね!』
 鳳はなぜ、あんな事を言ったのだろう? 一体どういうつもりなのだろうか。それとも、意識しているには自分だけで、鳳の気持ちは……彼の自分への気持ちはただの「先輩」でしかないのだろうか。なんて……考えても分かるわけがない。
 どれだけ考えてもどうにもならない。――と、は翌日以降はパリへ帰る日まで、出来る限り首都のブダペストから離れて過ごした。
 観光地へ行けば、また鳳とばったり会いかねないと感じたからだ。

 一方の鳳の方も、翌日以降も偶然に街中でに会えるなどという淡い期待は持たないようにしていた。
 の性格上、下手をすれば自分にうっかり会わないようにブダペスト市内から出ている恐れさえある、と感じつつも……気を抜くと人波のなかでどうしても彼女の姿を探してしまって。彼女に似た人影を見つけては、人違いに小さなため息を漏らすことも一度や二度の事ではなかった。
 この眼前の目を奪われるほどの「ドナウの真珠」さえ、どこかもの悲しくて――。
「ほんとに素敵! ドナウ川から眺めるイルミネーションもまた格別ね!」
 に再会して翌日の夜、ドナウ川クルーズに参加した鳳がデッキでぼんやりと外の風景を眺めていると、シャンパンを片手に携えた姉が感嘆しきりの声を漏らしながら近づいてきて、鳳は少し肩を竦めた。
 この光景……彼女と見たかったな。なんて、意識をそらそうにも勝手に頭が考えてしまうのだからどうしようもない。
「元気ないわね、長太郎」
「そ、そんなこと……ないよ」
 自分の顔を覗き込んできた姉は何か言いたそうにしていたが、鳳が少し視線をそらせばそれ以上追及してくることはなかった。
 鳳はその先で思う。また会えるなら――、それでいい、と。昨日、はっきりと分かった。彼女を忘れるなんて、自分にはこの先もきっと無理だ。
 ただし――、ただ「会える」だけではダメだ。会うだけなら、いつでも出来るし、いつでも出来た。彼女が自分に別れを告げたのは、互いにやるべき事があったから。今の自分にはまだ日本でやるべき事が残っている。それをおろそかにすれば、きっと彼女を失望させてしまう。
 けれどもその先は――、その先は。と考える脳裏に、不意に3年前に別れを告げられた時のの顔と、彼女に追いすがることさえ出来ずに一歩も動けなかった痛みが蘇って、鳳はグッと手を握りしめた。
 もしも運命なら……どうか繋がせて欲しい。
 ブダとペストに離された両岸を繋いだ、このくさり橋のように……。
 いや、願うだけではダメだ。きっと繋いでみせる。
 くぐり抜けた先でぼんやり淡い光を放つくさり橋を見据えて、鳳は夜風に自身のくせ毛を遊ばせた。


 パリへ帰れば、またいつもの日常だ。
 と、はブダペストからパリに戻り、パリの玄関口・シャルル・ド・ゴール空港に降り立つと、そのままバスに乗って市街地まで行き、オペラ座の付近で降りた。そして久々に見る見慣れた光景に、ふぅ、とため息を吐く。
 寮に戻っても、いまは休暇中。残っている寮生はいないに等しい。ルームメイトは新学期直前まで帰らないと言っていたし。と、帰宅していつもより広い部屋で一息ついていると不意に携帯が鳴った。
 携帯を見ると相手はパリ市内に住んでいる同級生で、用件を聞いてはハッとする。
 ――明後日から、同じ寮生でもあるニース出身の友人を訪ねて数人で旅行する予定になっていたのだ。
 夏の南仏はそれは美しく、フランスきってのバカンスの地であると共に画家を志すものにとっては一つの聖地でもある。ゆえに、誘われた段階でありがたく受けていたのだ。
 が、すっかり忘れていた。と思いつつも、自分自身、気に入っている南仏。いい気分転換になるかもしれないな、と電話を済ませて肩を落とした。
 そうして明後日に荷造りを済ませて寮の前で待っていると、黒塗りのリムジンが横付けされ、後部ドアが開いて金髪の少年が明るい笑顔で飛び出してきた。
「やあ! 久しぶりだね、会いたかったよ!」
「う、うん。久しぶり」
 挨拶とはいえ、念の入ったハグとキスに若干引きつつ荷物を乗せ終え、誘導されて乗り込めば、久々に顔を合わせるクラスメイトたち男女複数の姿があってはホッと笑みを浮かべた。――ニースまでは、いま出迎えてくれた少年の屋敷の運転手が送迎してくれることとなっており、リムジンは滞りなくニースへ向けて出発する。
、ハンガリーはどうだったの?」
「リッラの家にいたんでしょ?」
「え? う、うん」
 他愛ない雑談の中でふと聞かれて、は思わずドキッとしてしまう。むろん、ここでブダペストでのことなど話題に出せるはずもなく、無難に返して話題はすぐに次へと移っていった。
 フランスの一般的な夏のバカンスの過ごし方は、パリから離れて沿岸部などでひたすら時間の限り「何もしない」ということだ。
 純然たる社会階層があるため、みなそれぞれ似たような階層で集うものの、やっていることはグレードが違うだけでそうは違わない。
 ここにいる彼らもそれぞれが富豪や貴族の家柄で、違うのは自分だけ。――という、ある意味浮世絵離れした人と接するのは慣れていたっけ、とは久々に氷帝時代のとある友人の顔を浮かべて肩を揺らした。
 それに――、と若干目線を鋭くする。氷帝もパリへ留学するためのステップアップの一つだったが、いま現在通っている氷帝の姉妹校も将来への重要なステップアップだ。画家としてやっていくには、上流階級との繋がりは絶対に必要である。例えばピカソなど、デッサン力のみならず自らを売り込むのにとても長けていた。それがなければ、彼は存命中から評価を受けていたかどうか定かではない。それほど、重要なことなのだ。
 むろん、そんな下心を常に抱いて友人たちと接しているわけではないが、学生時代を通して彼らと繋がりが持てるのはこれ以上ない幸運だろう。
 今から行くニースの友人の家も子爵の家系らしく近代はビジネスで成功を収めている南仏有数の富豪でもある。特に友人の祖父が絵画収集を趣味にしているらしく、は画材一式を揃えて持ってきていた。
 自身はフランス風に「何もしない」ことなどできないし、南仏の風景を前に描くなという方が無理な注文で。それに、今から行く場所は純然たる社交の場。美術学校の受験すらこれからの身ではあるが、少しでも自分の絵に興味を持ってもらいたい、という狙いも当然ながらあった。
 休憩を挟みつつパリを出て約半日、長い時間をかけてたちはようやくフランス有数の港町・ニースに辿り着いた。
 高級住宅の建ち並ぶ丘の上から見下ろす暮れかけた空の下の街並みと海岸線は息を呑むような光景で、邸宅の庭からの光景には潮風を感じながらため息を吐いた。
 お城のような家に豪華なプール。どれほどの広さか見当もつかない庭。等々は、彼ら――高校の友人たち――と付き合っている以上は見慣れたものだ。それに「こういう世界もある」ということは、やはり、自分には慣れたものであるし今さらかな。と再び氷帝時代の生徒会長を思いだして少しだけ肩を揺らした。
 ニースは世界有数の避暑地であるし、観光客でごった返している。といっても、プライベートビーチさえ持っている富豪には全てが外の世界の話で、の友人たちはそれぞれプールやビーチで来る日も来る日ものんびり過ごし、時おりみなで隣のモナコまで繰り出したり等々思い思いに過ごした。
 は来る日もキャンバスを持ち出し、庭園の一角に陣取ってひたすら色づけ作業に没頭していた。青々と茂る木々の向こうに海の鮮やかなブルーが広がっている絶好の光景だ。何度かこの屋敷の所有者の一人である友人にモデルになってもらい、我ながら「海をバックに木陰で本を読む少年」という良い図が描けていると思う。
 ――気に入ってもらえれば絵はここに贈呈して行こうと考えているため、人選は未来の所有者に喜んでもらうためだ。
 濃い髪の色をしているため、良いアクセントになっているな……などと考えていると、ふいに後ろから声をかけられ手を止めて振り返る。
 すると、日に透けるような金髪を湛えた少年が手に持った本で自身の肩を叩いていた。
「リュリュ……。お勉強?」
「まあね。僕はバカロレアに通って終わりのお気楽な立場じゃあないし、今からやることはいっぱいあるよ」
 言って、リュリュ、とが呼んだ少年は芝生の上に腰を下ろしてパラパラと持っていた本を開いた。
 夏休みが終わればたちは最終学年にあがることとなり、その後、バカロレアを経てそれぞれ希望の大学へと進んでいく。が、エリート育成機関であるグランゼコールを受験するために数年の準備学級へ進む生徒もおり、それは別途・書類審査や推薦が必要となっている。
 彼もその一人であり、確かシアンスポ志望だっけ、と思いつつが作業を続けていると、しばらくしてヌッと横から少年が絵を覗き込んでいて、わ、とは反射的に声をあげた。
「な、なに……?」
「それ、アンソニーだろ?」
「え……?」
「なぜ? この場には僕もいるのに、なぜ彼を描くんだい?」
 アンソニー、とはいま描いている絵の中の少年だ。ふてくされた表情の少年を見て、はあっけにとられたあとに肩を竦めた。
「アンソニーのおじいさまが、もしも気に入ってくださったら、もらって頂こうと思ってるの。だから彼を描いた方がいいかな、って思って」
「ああ、なるほど。それはいい考えだね、さすが僕のだよ!!」
「あ……、ありがとう」
 僕の、って何なんだろう。この手のやや前のめりな行動様式は一つのフランス人男性の典型だと学び、パリジェンヌは「右から左に流せ」とアドバイスをくれ、ある程度は慣れはしたが、やはり未だに慣れないものがある。
 が薄く苦笑いを浮かべていると、パッと華やいで笑ったはずの少年はいきなり唇を尖らせた。
「けど、は普段からアンソニーと仲がいいじゃないか。僕にはいつもつれないのに」
「仲がいいっていうか……、寮生同士だから一緒にいる時間が多いんじゃないかな」
 この人がシアンスポ志望……つまりは下手を打てば将来のフランス大統領かもしれない。というあり得なくもない未来が過ぎり、やや不安に思いながらも、彼もまたそうなれるだけの背景を持っていることには少しだけ遠くを見るような目線を浮かべた。
 ――これが、いま自分が生きている世界。そしてこれからも生きていく世界。
 3年前、自分の日常は全てが変わった。いや、望んで変えた。変わっていないのは――と、うっかりと鳳の笑顔を浮かべてしまって小さく唇を噛む。
 連絡をくれ、だなんて……なぜ言ったのだろう?
 お互い、全てが変わったはずなのに……。なのにお互い、いや少なくとも自分は、彼のことだけ何も3年前から動けていない。
 なのに、会いたい、なんて、思っていいはずないのに。とグッと筆を握りしめて首を振るってから再びキャンバスに向かった。


 9月に入れば、日本では二学期が始まる。むろん氷帝もだ。
 おおよその運動部が世代交代を終えて2年生が中心となり始め、3年生の受験組は大学受験へ向けて学業の比重が飛躍的に重くなる。
 とはいえ、氷帝はエスカレーター式であるゆえ、他校よりは随分と雰囲気も緩く生徒たちにも余裕が垣間見えた。

 二学期が始まった翌週の昼休み、北園寿葉は男子生徒からの熱視線の全てスルーして足早に歩いていた。
 手作りの弁当を携えて学食へ向かおうとしていると、ふと校舎の影に見知った人影が見えて、ピタリ、と足を止める。ネタの匂いをかぎつけてしまうのは、マネージャー時代にスパイ活動まがいのことをしていた名残だろう。
 校舎の壁際に張り付いて、ちらりとその先をのぞき見すると、「あ……」と寿葉は小さな声を漏らした。見知った人影――鳳、と、知らない女生徒の姿が見えて、その場で何が起こっているか瞬時に理解したためである。
 寿葉が気付いた時には話も終盤だったのか、女の子は反対側へ駆けていき、鳳は申し訳なさそうな顔を浮かべたあと少し肩を落としてこちらを見、ギョッとしたような顔を浮かべた。
「き、北園さん……!?」
「あー……、バレちまっただか……」
「な、なにしてるの……!?」
「いや、覗くつもりはなかっただが……、偶然見えちまってだな……」
 決まり悪げに寿葉が言い下していると、鳳も気まずかったのだろう。こちらに歩いてきつつ、頭に手をやりながら目を泳がせている。
 とはいえ。鳳は花形のテニス部であり、氷帝の有名人でもあるのだ。こういうことは、日常茶飯事だろう。しかしながらそんな彼にいまだ浮いた話ひとつ出ない理由を寿葉は何となく知っており、今なお気まずさと申し訳なさの入り交じったような顔を浮かべている彼にこう言ってみた。
「ま、しょうがないべ。鳳君は好きな人が遠くにいるだからな!」
「え……?」
「それに、オイラも侑士さん一筋だしな!」
 ぽかんとしている鳳に笑みを向け、はっと寿葉は忍足に弁当を届けている最中だったと思い出して慌てて鳳にその旨を告げるとダッシュで食堂の方へ向かった。

「北園さん……」

 鳳はそんな寿葉の背中をあっけに取られて見送ったあと、少しだけ苦く笑った。
 好きな人が遠くにいる。――というのを肯定した覚えはないが、鋭い彼女のことだ。確信しているのだろう。
 ふ、と鳳はため息をついたあとに空を仰いだ。
「先輩……」
 別れを告げられた時から3年が経って、自分は相変わらずのメンバーで相変わらず氷帝で。何も変わらない。何も変わらないのに――、彼女だけがいない。
 たった一月ほどまえに異国でに会えたことさえ、いま思い返せば本当に幻だったのかもしれないと錯覚するほどに、あまりにも非日常すぎる出来事だった。
 けれどもあの時、彼女に会ってはっきり分かった。自分の気持ちもやはり何一つ変わっていない、と。

『帰国したら絶対に連絡くださいね!』

 あの悪あがきを彼女が受けてくれなかったとしても――。
 そうだ、いつか寿葉が言ってくれたように、自分が諦めなければきっと彼女を捕まえられる。と、いまはそう信じていたかった。



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