都大会当日――。
 は予定に入れていた絵の塾を早めに切り上げて青春台柿ノ木坂へと急いだ。宍戸から一方的に来いと宣言されていただけであったが、行かないわけにもいかないだろう。という思いと、少しばかり宍戸を案じてのことだ。
「氷帝、氷帝、と……」
 柿の木坂テニスガーデンへと入り、トーナメント表を確認すると氷帝は順調に勝ち上がっており、ホッと胸を撫で下ろす。どうやら今は三回戦の最中らしい。場所を調べてコートへと走ったは試合状況を確認しようとボードを見やる。瞬間、その瞳は大きく見開かれた。
「え……? ダブルス、二つとも落としてる!?」
 そこにはダブルス2”4−6”、ダブルス1”1−6”というスコアが示してあり、ダブルス1に至っては惨敗である。
「相手、は……、不動峰?」
 この地区の公立校だ。特にテニスが強いという話は耳にしたことがない。周りのテニス部員もそうなのか、ぐるりとフェンスを囲むようにしてコートを見やっている彼らも困惑気味にざわついている。
 とて母校である氷帝学園にこんなところで負けて欲しいなどとは思っておらず、少しばかり焦って手を胸の前でギュッと握りしめた。まさかね……と胸にイヤな予兆がよぎるも、ドクドクと早鐘を打ち始めた心音に唇を結んで耐えていると見知った声がコートを包んだ。
「ダセェな、激ダサだな、お前ら」
 次のシングルス3として出てきた宍戸だ。
「宍戸先輩だぁ!」
「そうだ、シングルスは全員正レギュラーなんだ! 不動峰もこれで終わりだ!!」
 正レギュラーとしての威厳ゆえか。宍戸の登場によって盛り下がっていた氷帝テニス部員たちは再び元気を取り戻した。
「宍戸くん……!」
 思わずもギュッと手を握りしめたまま宍戸の名を呟いた。宍戸のほうは一瞬だけに強い視線を送ってから、髪を靡かせてコートへと入っていく。
 ――ったく、これだから準レギュラーは使えねぇ。
 こういう時のために、都大会とはいえシングルスだけは正レギュラーで揃えているのだ。
 氷帝学園テニス部正レギュラーは、200余名の中の選ばれた7人。無名の公立に負けるなどありえない、と宍戸は自信たっぷりに相手を見据えた。ボードを見るに相手は「橘」という名らしいが、見たことも聞いたこともない選手だ。確か部長だった気がするが、まァ楽勝だな、と宍戸は口の端をあげた。
「アンタ大将じゃん? ずいぶん早く出てきたモンだ。ま、誰だろうと20分で終わらせてやるぜ」
 正レギュラーのこの俺がな。――とは続けなかったが宍戸はそのまま鼻を鳴らして相手に背を向けるとサービスラインへ向かい、コールされるのを待って相手コートにサーブを放った。
 宍戸の得意とするプレイスタイルはライジングによるカウンターだ。今日も得意のライジングによって相手をベースラインに釘付けにして、決して前に出させはしない。と気合いを入れるも相手はどこか余裕で、盛り上がる氷帝軍団に対して「ウルセーな」などとしかめっ面をしている。
「うらぁ! よそ見してていいのかよッ!?」
 あくまで冷静に打球を捌いている橘に宍戸はラケットを振りながら煽ってみるも――さらに数度のラリーの末に橘は冷静にこう言い放った。
「よう、もう十分楽しんだだろ?」
「なにッ!?」
「そろそろ前に出てもいいよな?」
 言うが早いか、鋭いネットダッシュの直後に放たれた橘のドライブボレーが宍戸のコートを射抜いた。あまりのスピードに、宍戸は目で追うことすら叶わない。あっという間にブレイクされ、気づけば左右に振り回され、相手へのポイントを告げる審判の声だけが短い間隔で続いていって――、ついには勝敗を宣言するコールを彼は頭上から言い放った。
「ゲーム不動峰、橘! 6−0!」
 顔面蒼白――とはこのことを言うのだろうか。宍戸にとってはまるで悪夢のような時間に等しかった。あれから橘からは1ポイントも奪えず、ワケも分からないまま勝敗が決し、宍戸は瞳孔を開いたままコートに立ち尽くして動けずにいた。整列を告げる声、不動峰の勝利と氷帝の敗北を知らせる声、確かに響いてはいたが――、あまりのことに眼前の現実が受け入れられない。
「いつまで無様な姿を晒してやがる、宍戸」
 跡部の容赦ない声に、強く宍戸の身体が撓る。無言のまま宍戸は自身のテニスバッグを背負うと跡部のあとについた。フェンスの先でが心配げにこちらを見ている気配が伝ったが、とうてい目を合わせるどころかの顔さえ宍戸は見ることができず、顔を背けるようにしてその場を離れた。
 宍戸の敗北により、氷帝学園はストレート負けで敗者復活戦に臨むこととなった。まだチャンスがあるとはいえ、全国大会常連校である氷帝の予期せぬ敗北の報は内外問わず波紋を広げた。
 ラブゲームで勝ってやる――、と言い放った宍戸を思い出しては眉を寄せていた。
(宍戸くん……)
 翌日の月曜、すでに一限目は始まっているというのに宍戸は姿を見せていない。二限目が始まってもやはり宍戸は現れず、さすがに焦ったは中休みにいつもの如く居眠りをしていた芥川の席に行って彼の肩を揺すった。
「芥川くん、芥川くん」
「んー……、まだ寝かせてよ……」
「ごめんね、宍戸くんのことなんだけど……」
「ん……宍戸……? あれ……ちゃん……?」
 眠そうに目を擦りながら、芥川は焦点の合っていない瞳でを見やった。
「宍戸くん、今日の朝練は出てた?」
「んー……、ゴメン。俺、朝練出てないから分かんない……」
「そ、そっか……」
「けど、昨日のアレだよね……? 残念だけど……宍戸はレギュラーから外れると思うよ」
「え……!?」
「ウチ……そういう、ところ、だか……ら……」
 そこまで言うと芥川は再び机に突っ伏して寝息をたててしまい、は愕然として立ち尽くしていた。
 レギュラー落ち――。もはやどう宍戸に声をかけていいか分からない。一瞬、携帯で連絡を取ってみようかとも思っただが、いまの宍戸はきっと自分からの連絡を嫌がるだろう。
「宍戸くん……」
 結局、その日は宍戸は学校には現れず――、皆の騒ぎや心配をよそに宍戸が学校に姿を見せたのは既に日も落ち下校時刻も過ぎた夜となってからのことだった。
 誰もいないコートに一人立ち、前を見据える。
 既に跡部からは正レギュラー用の部室から荷物をまとめて出ていくよう指示されてあり、屈辱のままに私物をまとめ上げてあの部室を去り、自分のレギュラー落ちは痛いほどに自覚していた。
「激ダサ、だな」
 ふと、色のない声で宍戸は呟いた。
 自分が負けた橘という男は、九州二強と呼ばれた全国屈指のプレイヤーで元から負けても仕方のない相手であったことは試合の後に知った。しかし、違う。
『お前の目の前でラブゲーム決めてやらぁ!』
『ま、誰だろうと20分で終わらせてやるぜ』
 試合前から、自分は勝った気でいた。氷帝の正レギュラーであるのだから負けはありえないと錯覚していた。
『宍戸くん、最近変わった。前は……そんな物言いしなかったのに』
 のあの言葉がひどく耳に痛い。誰より、跡部が変えていった今の氷帝に反発していた自分だというのに。いや、跡部に文句があったわけではないのだ。与えられる環境に甘えていくことに反発していただけだ。なのに――、いつの間にか自分こそが迎合していた。そのことに――、負けてはじめて気づかされた。
……」
 そして、自分が夏の大会に出られるよう時間を削って勉強に付き合ってくれたを顧みることなく全て自分の力だと勘違いして――。
 これで、終わりなのか? テニスはもう、これで終わり……? このコートで、何を目指して頑張ってきたと思っているんだ。終わりたくない。何としても。どんな手を使ってでも。
 グッと手を握りしめ、スッと息を吸い込んでから宍戸はカバンの中の携帯を探った。テニス部200余名全員の連絡先はさすがに知らないが、レギュラーメンバーは全て知っている。そしてレギュラーフォルダの中のとある人物の連絡先を出して、宍戸は一度、手を止める。一瞬だけの姿が過ぎったが――振り払うようにして発信ボタンを押し、相手が出るのを待った。
「もしもし……」
 聞き慣れた声だ。色のない無機質な声で、宍戸は携帯越しの相手の名を呼んだ。
「――長太郎か?」
「し、宍戸先輩!? どうしたんですか、俺――」
「ああ、大丈夫だ。それより……」
「はい」
「お前に――頼みがある」
 何としても。どんな手を使っても。――携帯の先の鳳の声を聞きながら、宍戸は強く拳を握りしめた。


 翌日、早めに登校したはひたすら宍戸が来るのを待った。
 今日も来なければ――、探しに行こう。でも、どう声をかければいいのか――と逡巡していると、ガラッと勢いよく教室の扉が開いてザワッと辺りがざわめいた。振り返ったの目に待ち人が映り、はパッと笑みを浮かべたものの次の瞬間には驚愕の色が顔を染め上げた。
「し、宍戸……くん」
 宍戸は辺りのどよめきを気にすることなく窓際の方へとやってくる。
「宍戸くん……」
「んだよ」
「ど、どうしたの……その傷……」
 そう、宍戸はまるで乱闘の直後の如く痛々しい傷を顔からだ全体に負っていたのだ。
「なんでもねぇよ」
 当の本人はスッとの横を抜けて自分の席に座ってしまった。しかし「なんでもない」というにはあまりに酷い傷だ。
 まさか、跡部や榊に罰として……? それとも、自暴自棄になってケンカ? と、の脳裏にはイヤな想像が駆けめぐる。しかし、それ以上追及することもできずに――翌日、また翌日と宍戸の傷は増えていった。
 そして宍戸が顔に傷を負って学園に現れてから三日目。
「うそ、ヤバ……もうこんな時間」
 美術室にて居残り練習をしていたは、ふと時計の針が九時近くを指していることに気づいてあたふたと校舎を飛び出した。
「お母さん、心配してるかなぁ」
 しかしこんな事は割としょっちゅうなので、心配というよりは怒られるな、と取り急ぎ母親に連絡をと思ったその時。の耳に乾いたインパクト音が聞こえてきた。
「テニスコート……?」
 いくら大会の最中とあっても、とっくに下校時刻は過ぎている。まさかまだ練習を? と訝しげに感じつつ、は気になって正門へと向けるはずだった足をテニスコートへと向けた。
 インパクト音が徐々に強くなる。スタンドから顔を出したの瞳に映ったものは、にわかには信じがたい光景だった。
「まだだ、次! ――ぐぁっ!?」
 にとっては、よく見慣れた二人のシルエット。一人は長髪を、もう一人は長身を湛えて互いにネットを挟んで打ち合っている。いや、正確には一人が一方的に打って、もう一人は丸腰で相手の剛球を身体全体で受けていた。
「し、宍戸くん……。鳳……くん……?」
 その姿はまさに宍戸と鳳であり、鳳の打つサーブを宍戸はまるで自傷行為のようにしてひたすら身体で受け、吹き飛ばされている。
「な、なに……して……」
 そして立ち上がっては「次!」と構え、絶え間なくボールを肩に、腕に、腹にくらってうめき声と共に傷ついていく宍戸の姿にユカは眉を歪めて口元を覆った。
 目を覆いたくなるような――、もはや”惨状”に近かった。なぜ、宍戸が? なぜ鳳が宍戸にこんなことを……? には何一つ分からなかったが、少なくとも鳳は――サーブを打つ度に痛ましくなるような辛そうな表情を浮かべていた。
「宍戸さん……! 俺、これ以上はもう……!」
「うるせぇ! 続けろっつってんだろ!」
 鳳は自ら進んでこのような行為に及んでいるわけではないのだろう。それはそうだ。彼がこんな人を傷つけるような事を、しかもテニスでするはずがない人間だということはとて知っていることだ。しかし――、宍戸は他でもない鳳にこれを請うているのだ。おそらく、この数日間ずっと。――けれども、なぜ?
「宍戸……くん」
 宍戸亮という人間を、ずっとそばで見てきた。付き合いこそ数年程度のものだが、そして、学校という限定された空間の中ではあるものの――それなりに知っているつもりだ。
 喧嘩っ早くて、すぐ調子に乗って、口も悪いし――でも。
『アホ! 置いてけるわけねぇだろ、行くぞ!』
『跡部、こいつのこと頼んだぜ』
 なんだかんだで、いざというときは頼りになって。こうと決めたら一本気で。
『ま、どうせ準レギュだしよ。次の都大会、出られるかはまだわかんねーけどな』
『芥川慈郎。知らねぇのか? 正レギュラー、だぞ』
『俺ももう正レギュラーだからな。……ま、俺の実力なら当然だけどよ』
 本当に嬉しそうに、そしてはにかんで、正レギュラーなんだと自慢げに言っていた。正レギュラーは心底、ずっと宍戸が追い求め欲していたものだ。跡部を目指し、芥川に先を越されて、それでもやっと掴んだもの。
「宍戸くん……」
 今なお血を滲ませ傷だらけになりながらサーブを受け続ける宍戸から、絞り出すような唸りが確かに耳に届いた気がした。負けたくない。許せない。何に? 何を? ――そう、自分自身だ。
 そうなのね――、と感じ取ったは涙でにじみそうになる視界にどうにか耐えて、そっと練習を見守った。
「宍戸……さん」
 鳳の方も、自身の高速サーブを受け続ける宍戸の迫力に気圧されながらも、言われるままにひたすらサーブを打ち続けた。
『お前に――頼みがある』
 そう宍戸から連絡を受けたのは、宍戸が橘に敗れた翌日のことだった。すでに正レギュラー用の部室に宍戸の荷物はなく、部活にも顔を出さなかった宍戸を案じていた矢先のことだ。
 宍戸に呼び出されるがまま夜のテニスコートへ足を運べば、宍戸は後輩である自分に最敬礼をもって頭を下げた。
『身勝手な頼みだとは百も承知で頼む。いまの俺には……お前のスカッドサーブが必要だ』
 宍戸のその姿にも驚いた鳳だが、最敬礼などせずとも先輩の頼みを無下にできる後輩などいないだろう。まして人に頼み事をされればイヤとは言えない質の鳳だ。――宍戸の要求はただ一つ。自分に向けて鳳の持ち前の高速フラットサーブ、”スカッドサーブ”を打ってこいというのだ。
 時速200キロに迫るスカッドサーブはその名の通りまさに疾走するスピードで相手コートに叩き付けるものであり、人の身体を目標に打つなどとんでもないことである。鳳は反論し、せめて理由を聞かせてくれと訴えたものの、宍戸は頑なに訳を話さなかった。仕方なしに要求通り打てば、案の定、宍戸は避けることさえ叶わずにボールの衝撃で吹っ飛び、鳳は目を覆った。いくら請われてとはいえ、テニスで人を傷つけるなど願い下げだ。だが少しでも手控えれば、容赦のない叱責が飛んできた。本気で打ってこい、と。
『宍戸さん、もう止めましょうよ。一体いつまでこんな……』
 何度も何度もそう訴えたが、返ってくる答えは「続けろ」のみだ。なぜこんな事を――、と思うも自分の放つスカッドサーブを見据える宍戸の瞳はいまだかつて見たことがないほど真剣で、こちらも真剣に相対せねばという気持ちに駆られたのも嘘ではない。
 宍戸は――、鳳にとっては尊敬する先輩のうちの一人。という存在だった。少し悪ぶって見え、自分とは違う世界に生きているようで、ほんの少しの憧れはあったかもしれない。でも――。
『有名じゃん、あの二人、一年の頃からずっと付き合ってるって』
 宍戸との噂を聞いて、それが誤解であると知ってからも、仲の良い二人を見かける度に言い表しようのない感情が沸きあがっていたことも事実だ。
 なぜ、宍戸が……? と宍戸がなぜ親しいのか皆目検討もつかない。あまり気の合いそうな二人ではないというのに。けれど――。
『悪ぃな、長太郎』
『明日も、頼んだぜ』
 プライドが高くて近寄りがたいと思っていた宍戸は、彼の特訓に付き合う自分に、自分のスカッドサーブのせいでボロボロになった顔で毎日そんな風に労ってくれた。
 それに――、未だかつてこれほど真剣にテニスと向き合う宍戸を、いや宍戸だけではない。自分とてこれほど真剣に、これほど長く、自分を追い込むような特訓はしたことがない。
 もう既にこんな特訓を四日も続けているのだ――、と鳳は多少の腕の疲れを感じつつも渾身のスカッドサーブを放った。その200キロ近いボールを、宍戸が初めて手のひらで正確に掴み取り、鳳は目を見開く。
「――ッ!」
 宍戸はというと、一瞬ふっと息を吐いたものの、変わらぬ眼光でこちらを睨むように見据えてきた。
「さァ、もいっちょ来いや!」
 この人は――と鳳は目を見張りながらも悟った。自分に頭を下げた理由。それは、自分の代名詞でもあるスカッドサーブにすら対応できる程の反応速度を手に入れるためだ。なぜなら、宍戸の得意技はライジングである。ゆえに反応が速ければ速いほどライジングの捕球体勢は完璧に近くなり、精度はより高まると考えたのだろう。
 宍戸は、おいそれとレギュラーの座を諦めたわけではないのだ。だからこのような特訓を――、と鳳は強くグリップを握りしめた。
 宍戸の負けた相手は全国でも有名な選手であった。正直に言えば、氷帝のレギュラー内でまともに彼とやり合えるのは跡部のみだろう。自分だって――、もしも戦えばサービスゲームは何とかキープできたとしてもやはり黒星を付けられていただろう。だから今回のことは相手が悪かったにすぎず、正レギュラーの誰しもが降格の可能性があった。
 宍戸は、運が悪かったのだ。だというのに腐らず投げ出さず、現実を受け入れた上でこう足掻いている。 
 正直に言えば、宍戸はふて腐れて逃げ出す方かと思っていた――、その思い違いが今はただ恥ずかしい。と鳳は唇を噛みしめた。もしも自分が宍戸の立場だったら、同じことが出来ていただろうか……? そう自問しても、とても肯定はできそうにない。
「宍戸さん……」
 凄いな、と素直に心から思った。
 この何が何でも食らいついていくという向上心は、はっきりと自分に欠けているものだ。見習わなければならない。だから――自分も彼の特訓に食らいついていこう。目をそらさず、サーブを打ち続けるのだ。
 だから――、と一瞬、鳳の脳裏にの姿が過ぎった。こんな宍戸だから、あれほどといるのが自然だったのか。敵わない……のだろうか。先輩、と鳳は小さくの名を呼んだ。

 もしもあなたがここにいたら――、あなたは、どちらを選ぶのですか?

 いつか、が美術部員とテニス部を見に来た時。あの時は、宍戸ではなく自分を一番に見つけてくれたはずだ。
 でも、本当にそうだったのだろうか――。は――、と葛藤を続けながら宍戸に向かう鳳の姿を遠くからが見守っていた事を彼は知らない。
 ただ月明かりだけが――全てを包み込むようにして三人を照らしていた。



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