一学期の期末試験も終わり――。
 湘北バスケ部は本格的に新チームの育成をにらんでの練習が開始された。

「流川ッ! もっと声出せ声! そんなんでキャプテンが務まるかナメんな!」
「そーだそーだ! リョーちん今からでも遅くない、この天才・桜木を次期キャ――」
「おめーは自分の練習してろ!!!」

 今年度に入ってからようやくフルの通常練習再開を医者に許された桜木には今は一年前までに身に着けていた技術を取り戻すための基礎練習が課されていた。あくまで通常練習のみでオーバーワークは許さない方針なため、マネージャーが桜木用にきっちりとスケジュールを組んでいる。――桜木がこのマネージャーに惚れているため文句を言わず聞き入れているのは非常に助かった、とは宮城談だ。
 流川は宮城と話す時間が格段に増えた。
 練習メニューの引継ぎ、監督との打ち合わせ、指導方法等々、そのほとんどは部活の円滑な運営についてである。
「これ桑田に任せたらダメすか」
 今日も休憩中に夏休みのスケジューリングと練習内容について案を出せと宮城に言われつつ、宮城が引退したら正規のポイントガードに昇格する予定の副部長・桑田登紀も交えて話している最中に流川はそう言った。
「は……?」
「こーゆーの、副キャプテンが考えてもいーんじゃねーかと……」
 わずらわしいし、とボソッと言うと宮城の眉が吊り上がったのがはっきりと見て取れた。
「オメーなにナメたこと抜かしてやがんだ!? だいたいチームまとめんのもバスケの大事な要素の一つだろうが! いつまでもワンマンプレイヤー気取ってんじゃねえぞ!」
「あ、あの、キャプテン! オ、オレがベース作って流川とは最終確認って形でも別に……」
「お前もあんまこいつ甘やかすな! ほっとくとマジでなんもしねえぞ! あーもうほんとヤダもうアヤちゃんは引退しちゃうしオレもうマジでやりたくねえ!」
 こういう時、それこそ彩子がいれば力づくで仲介しに来ていたが現マネージャーは大人しいタイプで必然的に桑田が宥めるもののいまいち成功しているとは言えない。
 流川は思う。正直に言ってしまえば、大声を出して必要以上に指導しなければついてこない部員なんて最初からいらない。邪魔なだけだ。などと口に出したらまた怒られるだろうか――。

「宮城くんに同情する……」

 と、そのようなこと流川から聞かされたは遠い目をして呟いた。
 日曜の今日、湘北は午前中からの部活で3時頃には終わっておりが流川を家に呼んだのだ。紳一はサーフィン、叔母も夜まで帰らないと出かけており二人きりでもある。
 ベッドに腰を下ろしつつ聞いた流川の話はどう解釈しても宮城が後輩指導に苦労している様子しか浮かんでこず、対する流川はむっと唇を引いている。
「そもそも部員のコンディションの把握は監督とマネージャーの仕事じゃねーの……メニュー作りも……」
「それはそうかもしれないけど……というか海南はそうだけど……。でも流川くんが近いからって理由で普通の公立に行ったんだから」
「む……」
「でも……コミュニケーションをスムーズにするためのいい勉強になるんじゃないかな。宮城くんは良いガードだし、学べることも多いと思うよ」
「まー……いまキャプテンやめられたらこまるケド」
「流川くんが無理そうなら桜木くんに頼んでもいいんじゃない?」
 キャプテン、と言うとぴくっと流川の身体が反応して若干眉が寄せられる。
「それはなんか……イヤダ……」
 予想通りの答えには小さく笑った。やりたくない事でも桜木に譲るのはイヤらしい。
 それならばちゃんとやらないとと思いつつ肩を揺らしていると拗ねたような顔をした流川が大きな両手で頬を包んできた。
 少し熱っぽい目と視線がかち合い、は慣れたように瞳を閉じる。


「っ……あ……ん、っ……、ぁ……!」

 流川と付き合って、こうして身体を重ねるようになってから気づいたことがある。
 流川は普段の無口で無表情な様子からは想像もできないほどにこういう時は饒舌で色んな表情を見せてくれる。だから……というわけでもないがは流川と肌を合わせるのがとても好きだった。
「ぁ、……っ、るか……くん……ッ」
 いまも流川と繋がったまま向き合って抱き合いつつが必死で彼の肩にしがみついていると、流川は熱い息を漏らしながらの耳元に唇を寄せてきた。
「なまえ……呼ばねーの?」
「え……」
「こーゆーとき……そっちがイイ」
 熱に浮かされたまま間近で訴えかけられては回らない思考の中で考える。
 そういえば付き合う前から名前で呼んで欲しいとは言われていたような、と思うもうまく考えがまとまらない。
「そんなの……意識して呼んでな……」
「んじゃ意識して」
「――あッ!」
 グ、といきなり強く突き上げられてはとっさに流川にしがみついて肩口に唇を埋めた。
 なおも流川はこちらの臀部に両手を添えて荒い息とともに揺さぶってくる。
「あ、っぅ、は……あっ……!!」
 目の前がチカチカしてきては縋るように流川の腕や背中に手を這わせた。
「あ……っ、あ……かえ、でく……かえで……ッ」
 ほぼ無意識で要求通り流川の名を呼ぶと流川の身体が反応して噛みつくようにキスをされた。
「んッ、……んっ」
 必死でも流川を求め、お互いがもっと深いつながりを求めて離れまいと深く舌を絡め合う。
 そのまま流川はの方に体重をかけて覆いかぶさり、そして糸が切れたように激しく抜き差しを開始しては彼の背中にしがみついた。
「あ……! あ、……だめ、……あ……」
……ッ、――ッ」
 普段の流川からは考えられないような、いや普段は内に秘めている情熱を解放するかのような熱の籠った声に煽られるようにの目頭が勝手に熱くなってくる。
 顔が見たくて、両手で流川の頬を覆うと切羽詰まったような顔と目が合って吸い寄せられるように唇を重ねた。
「んー……ッ、ん……! ぁ……す、き……すき……っ」
 そうしてうわ言のように流川の名を呼びながら熱に浮かされて、気持ちよさでわけが分からなくなったころには揺らぐ視界で流川の身体の重みを感じながら意識を手放していた。


「…………」

 寝た、と流川は気だるい身体を反転させつつ寝息を立てているの身体を抱き寄せながらぼそりとつぶやいた。人には寝るなだのなんだの言っておいてこれであるから世話はない。
 が。これは本当にごく最近気づいたことであるが。はどうも行為に満足したら眠気に逆らえず寝落ちするらしく。ということはいまのはよかったということか、と解釈すれば流川としては満足でもあった。――なら寝落ちしなかった場合はどうかというと、と考えそうになっていったん思考停止し、すぐに考えることを放棄して自身も少しまどろむ。
 あったけー……と彼女の体温に心底ホッとする自分がいて、もうしばらく手放したくない……と寝入ってどのくらい経っただろうか。
 おそらくは2、30分しか経っていなかっただろうがが身を捩った気配が伝って流川はうすぼんやりと瞳を開けた。
「流川くん……」
 ちらりとの方に視線を流すと、やや寝ぼけたような声のがこちらに甘えるように身を寄せてくる。その仕草にそわっと揺さぶられつつも、流川はの頬を撫でながら言った。
「なんで戻る……」
「え……?」
「呼びかた」
 最中はあれほど必死に、楓、と呼んでくれたのに……と滲ませると意図は伝ったのだろう。ぴく、との頬が撓ったのが手に伝った。
「さ、さっきはその……夢中で……」
「いつもあっちでいーけど」
「んー……その、慣れたら……で」
 今さらなにに慣れる必要があるというのか。と喉元まで出かかった流川だったが反論しないでおいた。その代わり少し身体を起こして、の頬に添えた手はそのままにキスをする。唇が触れる直前には少し目を瞠ったものの、そのまま受け入れてくれた。
 けれどもこの程度のじゃれ合いは良くても、もう一度、はムリだろうと感じていた流川の予想のままにはしばらくするとこちらの肩口を押し返してきた。
「も、もう夕方……だし」
 流川自身はそこまで気にしないが、は下の階に家族がいる際に「こういう事」をするのは抵抗があるらしい。流川としては、バレないようにするのも乙であるし、実際には一度もバレたことはないのだが……などと思うも、家族の帰宅を気にしてが集中できないというのも不本意なため小さく息を吐いてからから身体を離して横になる。
 そうして胸元で遊ばせていたの右手をとって辿るようにして指を絡めた。
「朝まで……」
「え……?」
「朝まであんたとこうしてたい」
「――え!?」
 こうして会っていると本当にそう思う。朝までいっそ邪魔が入らなければ心ゆくまで一緒にいられるというのに。いや、もうこの際一緒の空間で生活しても構わない。と過らせていると心底驚いたような反応が返ってきて流川の頭に疑問符が浮かぶ。
「なに……」
「あ……その。泊まりとかはむり……だと思う」
「……」
 そういう話じゃねえ。と真面目に答えるに流川は脳裏で突っ込んだものの、ひと呼吸おいてキュっと絡めた指に力を籠める。
「あんたは……オレともっといたいとか思わねーの?」
 するとこちらの意図が伝ったのかの頬がうっすら色づいたのが見えた。ジッとその様子を見つめていると、隠すように彼女はギュッと手を握り返してくる。
「お、思ってる……けど」
 そうして目を伏せたは照れ隠しか否か、流川の肩に額をすり寄せるようにして寄せてきた。流川の心音がざわついていると小さくが笑ったのが伝う。
「好き……」
 はにかんだような声と仕草がたまらない。たぶん、かわいい、というのはこんな気持ちをいうのだろう。こういう時のこのひとはかわいい、と衝動のままにの額に唇を寄せる。すればは少し身を捩って幸せそうに笑いながら、ごく自然にスッと足を絡めてきて流川は僅かに目を見開いた。
 流川くん、と小さく呼んで太ももをすり合わせながら甘えたようにじゃれてきて、流川は考えるより先に衝動的に身体を反転させてに覆いかぶさっていた。
「ん……ッ」
 間髪入れずに唇をふさぐと、抗議に似た声が口の端から漏れてくる。
「ちょっと――」
「あんたが煽った」
「え、」
 みなまで言わせずキスで塞いで深く口づけてしばらく。肩口を押していたはずの手がするりと後頭部に回されてはこちらの頭を掻き抱くようにしてキスに応えてくれた。――はけっこう自分との触れ合いが好きなんだろうと自覚している流川はそれを了承の合図と受け取って少しだけ頬を緩めた。


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