インターハイの県予選開始を翌週に控えた五月中旬。
 その日の放課後には紳一と藤沢を目指していた。紳一が現役時代に御用達だったというスポーツ店に赴くためだ。
 そろそろバッシュを買い替えないと、というに時間の自由の利く紳一が、それならば、と自身の贔屓にしていた店に連れていくことを提案し放課後に待ち合わせてそのまま海南から向かっている最中である。

「やっぱり外でバスケしてるとバッシュを買い替える頻度が高いよね」
「昔もしょっちゅう履きつぶしてたからな」
 も紳一も生まれ故郷の愛知にいたころは外と室内でバッシュを使い分けており、はいまはランニングも兼ねているため軽さを念頭においた国内メーカーのものを使用することが多かった。
 使いやすければいい、というにバッシュへのこだわりは特になく――。
「流川くんなんかいつもエアジョーダン履いてるけど……」
「あいつジョーダンのファンなんじゃねえか? リストバンドも同じにしてるだろ」
 左の肘に、と紳一が言っては頷く。
「そうなの。ファンというかものすごく憧れてるみたいで……それでノースカロライナを漠然と目指してて」
「なるほどな」
 苦笑いを浮かべた紳一と共に海南の最寄り駅から藤沢に移動して目当てのスポーツ用品店に入っていく。ビルの二階に入っているこのテナントは紳一曰くよく界隈のバスケ部員が使用しているらしい。
「いらっしゃい! やあ牧君じゃないか、久しぶりだね」
「どうも、ご無沙汰してます」
 髭の生えた人の好さそうな店長が紳一に声をかけ、紳一も笑って応えている。紳一曰く、ここの店長は決勝リーグには必ず足を運んでくれているそうで紳一のプレイもよく知っているらしい。なんでも彼自身が高校時代はバスケをしており海南大附属の常勝神話の始まりの年に決勝で負けた苦い思い出もあるらしく、神奈川に越してきてすぐのころは紳一も恨みつらみを交えた思い出話を聞かされたりしたらしいが――と思い返していると店長の視線がの方を向いた。
「もしかして牧君、隣の子は彼女かい? 海南の制服だね、後輩かな?」
 そしてどこか茶化すような声を店長がだし、紳一が苦笑いを漏らした。
「いや……妹です」
「え――!?」
「今日は妹のバッシュを見に来まして」
「妹!? 妹――!?」
 例に漏れず紳一と自分の似てなさに驚いているのだろう。慣れているとはいえは苦笑いを漏らした。
 気を取り直してバッシュを見に行く。
「最近、アウトドア用のバッシュも出たんだろ?」
「うん……でもナイキとか海外のってちょっと重くて。走るから軽いのじゃないと……」
 軽量重視で商品を見つつ、いくつか試し履きをしてみる。
 これがデザインなどに拘り始めると大変なことになるが――と考えつつはふと流川のことを考えた。
 オフになるとファッションなどは完全に無頓着になるわりにバスケのことになると目ざといのだ。本人もバスケに関してはかなりファッションにも気遣っているらしく、興味のある対象だけにはとことん愛情を注ぐタイプ。というのはもう分かった。と考えて少し頬が熱くなった。流川の興味の対象……というのに自分も入っていると自覚したからだ。
 いけない、と首を振っていると「いらっしゃい!」という店長の声が響いた。どうやら来客らしい。
「やあ流川君! 待ってたよ!」
 が。その一言での背中がビクッと撓った。
 流川なんてよくある名字ではないし、ここは藤沢。まさか、と入り口の方を見やると案の定学ランを着た流川が立っていては反射的に立ち上がる。
「流川くん……!?」
 すると流川が視線をこちらに移し、さすがに驚いたように目を見開いた。
「!? なんで……」
「お兄ちゃんと買い物に来てたの」
 言って駆け寄ると、流川は視線を紳一の方に飛ばして納得したのか軽く頭を下げた。
「流川くん、部活は?」
「すぐに学校戻る。ちょっとバッシュ取りに来ただけだ」
 そんな話をしていると、商品でも取りに行っていたのか箱を持って戻ってきた店長が少しばかり目を丸めた。
「あれ、君たち知り合いなの? あ、でも牧君の妹なら公式戦で会うのかな?」
 言われてと流川は同時に顔を見合わせたが、二人して「はぁ」と取り合えず曖昧に答えておいた。
 店長はさして気にする様子もなく商品箱を流川に差し出している。
「ようやく入荷したんだよ。一度確認してもらえるかな?」
「うす」
 受け取った流川がはた目には分からない程度にソワソワした様子で箱を開ける。すればエアジョーダン7が入っており、わあ、とは感嘆の声をだした。
「流川くん、5から変えるの?」
「いや……合うか試そうとずっと入荷待ちしてた」
「あ、そうか湘北は今年はスーパーシードだもんね。少し時間あるし、合わなくても5に戻せばいいし」
 話していると店長が試し履きをするように言ってくる。
「7は密着度がこれまでと桁違いなんだよ。流川君のプレイには合ってるとボクは思うよ」
 流川は履いていた通学用の靴を脱ぎ、エアジョーダン7に足を入れる。じっくり履きやすさを試しているようだ。
 そうしてしゃがんで紐を結んだ彼はを見上げてきた。
「どうだ?」
「え……? ど、どうって」
 履き心地は自分で確かめれば……と思ったは、む、と唇を曲げられてハッとした。
「あ、うん。かっこいい……! ちょっと立ってみて」
 すっかり流川はバスケに関しては格好を気にするということが抜けかかってた、と内心苦笑いをしつつ立ち上がった彼をまじまじと見やる。
「5もそうだけど赤と白で湘北のユニフォームにぴったり。いいんじゃないかな。どう? 履き心地は」
「悪くねー。まあ使ってみないとわかんねーけど」
 言いながら軽く歩いてみて感触を確かめるようにしてから流川は靴を脱いだ。
「大丈夫っす」
 そうして靴を箱に戻し、流川は店長に会計を促す。毎度―、と店長は笑った。
「そういえば桜木君は元気かな? ケガでリハビリ中だって聞いたけど」
「いや……まあフツーにそこそこ」
 練習してる、と憮然として流川が答える。相変わらず桜木とは仲がいいとはいえないようだ。
「ボクも決勝リーグがいまから楽しみだよ。今年はどこが優勝するのか……海南はもちろん、陵南も強くなってるだろうからね」
「陵南には絶対負けねー」
 ぼそっと流川が呟いて目線を鋭くする。――仙道へのライバル心も相変わらずか、と思っていると彼は目線をこちらに流した。
「海南にも負けん」
「うん。清田くんも流川くんに負けないって張り切ってるよ。私、最近はよく部活後に教えてるの」
「は……!?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「聞いてねー! なんで……」
「なんで、って言われても……頼まれたから」
 私、海南の生徒だし。と言うと驚いていた様子の流川が、ぐ、と言葉に詰まった。
「学校戻る」
 そうして会計を済ませて商品を受け取った流川が言い、あ、とも流川に向き直る。
 こうして偶然とはいえ放課後に流川と会えるなんて貴重だ。学ラン姿を見るのはそれこそ試験期間中くらいのものである。
「うん、頑張ってね」
 もうちょっと一緒にいたいな。もう少し触れ合いたい。なんてよぎってしまったであるがさすがに店内であるため堪え、笑みを浮かべた。
 すると流川が若干かがんで顔を覗き込んできた。
「……明日すぐまた会えるだろ」
「え……?」
 そうしてスッと右手を伸ばした流川はサラリとの頬を指で軽く撫で、「え」とは目を瞬かせる。
「さびしそーな顔した」
「え……!?」
 バッとが自身の頬を両手で覆ったところで流川はいつもの表情のままくるりとに背を向け、そのまま店から出て行った。
 なんなんだ……と少し顔を赤くしつつハッとする。
 振り返れば店長がどこか気まずげに咳ばらいをしており、一部始終を見ていたらしき紳一がこちらに来て呑気そうに言った。
「相変わらず仲良いなお前ら」
「いやー、湘北のエースって二人ともかわいい彼女いるんだね……。桜木君もいつもかわいい彼女連れてるし。羨ましいよ」
 ははは、と店長が笑い「桜木?」と思いつつもは誤魔化すような笑みを浮かべ何とかその場を乗り切った。
 そうして当初の予定通りバッシュを購入し、紳一と共に帰路につく。
「流川もあの様子じゃインハイ予選に向けてさらに気合を入れてる状況だろうな」
「神奈川で代表になるのって大変だしね……。さすがに今年は仙道くんも最後の年だし、陵南は成熟したチームだからうちと陵南の優勝争いだとは思うんだけど」
「流川自身はどうなんだ?」
「んー……、そりゃ去年より強くなってると思うけど……仮に個人技で流川くんが仙道くんより上になったとしても圧倒できるほどじゃないだろうし、チームとしては陵南が有利なんじゃないかな」
「今年は緑風もベストメンバーで来るしな。おそらく去年の湘北のような快進撃を見せるだろう」
「ん……私も楽しみなんだけど……」
「なんだ?」
「陵南と湘北の試合……ちょっと複雑かな。仙道くんには頑張って欲しいし、やっぱり仙道くんのプレイは好きだしね」
 幸いなのは自分が仙道のプレイを好んでいることを流川はよく思ってない風であるが、だからといって特に動じはしないということだろうか。とは暮れかかってきた空を見上げた。


BACK TOP NEXT
ぜひ応援してください!→ Web拍手