――そうしての懸念とは裏腹に国体はつつがなく終了した。
 神奈川は期待通りに準決勝では愛知県、決勝では秋田県に勝利し国体での全国優勝という快挙を成し遂げた。

 本当に良かった、とが感じていたのは皆で東京駅にて横浜方面の電車に乗り込もうとした瞬間までだった。
「わッ――!?」
 あろうことか急に手を引かれて乗り込むことが叶わず――、仙道に阻まれたのだと気づいた時には電車の扉は閉まってしまっていた。
「え? え……?」
 扉の向こうではっきりと流川が驚愕の表情を浮かべていたのが映った。そのまま電車は去り……図らずも仙道と二人きりとなってしまう。
 不測すぎる事態に困惑したであったが、こんな時くらいしかチャンスがない、という仙道に付き合って結局は横浜港まで出かけることとなった。
 しかしながら、と思う。仙道とも流川とも普段は全く接点のない生活を送っているのだ。それを無理やり変える必要はないのでは……仙道の事は嫌いではないし、感謝していることもいっぱいあるが。と、国体で諸星と自分のバスケへのわだかまりへのある程度の決着をつけたは思ったが、流川の強い視線が脳裏にちらついてどうにも離れない。無意識のうちに小さく首を振るった。
「ん、疲れた?」
「え? あ……ううん、大丈夫」
 そして帰りは送っていくと譲らなかった仙道に根負けして最寄駅から家への道を歩きながらは笑みを浮かべてみせる。
 帰ったら紳一になにか突っ込まれるだろうか。と考えていると家が見えてきた。次いで門の辺りに違和感を覚えて眉を寄せる。
 なんだ……? と思って警戒しつつ近寄れば、黒い影が塀に寄りかかってうずくまるような姿勢を取っておりギョッと目を見開いた。
 不審者か? と目を凝らした先で近づけば、さっきよりハッキリとその姿が見えてきた。黒く見えていたのはジャージだ。しかもいま隣にいる仙道が着ているジャージと同じ神奈川ジャージ。大きな肢体にサラサラの黒い髪。
「る……流川くん!?」
 それが流川であると気づいたはぎょっとして駆け寄るとしゃがんで流川の両肩を掴んだ。
「流川くん! 流川くん、なにしてるの? 大丈夫?」
 後ろで仙道も驚いたような様子を見せていたが気にしていられない。しばし肩をゆすっていると、「ん……?」と寝ぼけたようなうっすらと開いた目がこちらを見た。
「流川くん……」
「……コーチ……?」
 10秒ほどボーっとしていた流川はようやく言葉を発し、はホッと息を吐いた。
「なにしてるの……?」
「寝てた……」
「ここ私の家なんだけど」
「あんたを待ってた」
「え……!?」
「あんたの兄貴についてきた」
 どうやら帰りに紳一についてきたということらしいが。一体なんなんだ、と首を捻っている間に流川はややぼうっとしたまま立ち上がった。
「流川、お前……なにやってんだ?」
「仙道……!」
 そして流川はいま初めて仙道の存在を認識したのか、ギロ、と彼を睨んでいる。
「なんでてめーがここにいる」
「なんで、って……そりゃオレのセリフ」
「てめーにはカンケーねー」
 さすがの仙道も肩を竦めて苦笑いを浮かべた。
「オレはちゃんを送ってきただけだ」
「いままでなにしてやがった?」
「なにって……まあ、デートだけど」
 な? と話を振られての背中が撓った。ギロ、と流川の強い視線が今度はの方へと向けられる。
「あいつと付き合ってんのか?」
「え――!?」
 ギク、との背中がなお撓った。なぜ自分がこんな修羅場じみた中にいなければならないのだろうか。ここで仙道と付き合っているとでも言えば全て終わるのだろうか。でも……とこぶしを握り締めては首を横に振るった。
 瞬間、仙道が息を詰めたのが伝った。でも嘘は言っていないし……と動けないでいると、流川が仙道の方へと歩み出た。
「もうてめーの用事は済んだはずだ」
 帰れ、と暗に言っているのがにも分かった。
ちゃん……」
 仙道はどうすればいいか考えあぐねたのだろう。呼ばれても仙道の方へと向き直る。
「あ……その」
 流川がなぜここに居たのかはわからないが、待っていたということは用事はあるということで。取り合えず仙道を帰さないことには流川も帰ってくれないだろうな。と悟っては言った。
「仙道くん、今日はありがとう。流川くん、私に話があるみたいだから……」
 すれば仙道は意図を察したのだろう。少しだけ寂しそうに眉尻を下げて、そうか、と呟いた。
「んじゃ、またな。ちゃん」
「う、うん」
 そうして仙道の背を見送り――は、ふぅ、と息を吐いた。
「で、なにしてたの? 流川くん」
 言いつつは往来での話はさすがにごめん被りたく取り合えず流川を家の敷地内に入れた。
「あんたと話したいと思ってたら仙道が連れてった……だから待ってた」
「あれから何時間も?」
 こく、とうなずく流川を見ては頭を抱える。行動が突発的すぎる。たぶん思い立ったら考えるよりも動くタイプだ――と二度目のため息が漏れた。
「それで、話ってなに?」
「国体は終わった。けどこれからもあんたとバスケがしてえ」
「え……!? わ、私もうコーチじゃないけど」
「? コーチじゃなきゃバスケしねーのか?」
「そりゃ、バスケは好きだけど……」
 何なんだ。今度はバスケ目的か。本当に意味が分からない、と流川を見上げる。
「でも流川くんは海南の生徒じゃないし」
「学校がどこだろうとカンケーねー」
「学校が違うとそもそも会う機会がないと思うけど」
 ――実はこのことは先ほど仙道に横浜で言われたことだ。学校が違うからこのままの関係では公式戦以外で会う機会はない、と。そのことに少しも寂しさを覚えなかったかといえば嘘になるが――と過らせていると流川はどこか考え込むような表情を見せた。
「……朝……」
「え……」
「朝、なにしてる?」
「え、朝……? んー……週に何度かは走ってるけど。ちょうどこの海岸沿いを何キロか」
 それが一体どうしたというのか。と首を捻っていると流川はなお考え込むような仕草を見せた。
「ここから藤沢の方に向かった住宅街の江ノ電沿いにゴールのある公園がある」
「へえ……そ、そう」
 知らない、と思うと同時になぜそんな話をしたんだと首を捻っているとなお流川が言った。
「毎日……じゃねーけどほとんど毎日そこで練習してる。あんたも来ればいい」
「え……!?」
 淡々とさも当然のようにサラッと言われては目を瞬かせた。
「待ってる」
「る……」
 それだけ呟くと流川はに背を向けて門を出ていき――はしばしその背を見送って小さく息を吐いた。

「ただいまー」

 家にあがってリビングに顔を出すと「おう」と紳一が声をかけてきた。
「遅かったな。なにやってたんだ?」
「なにやってたって……それよりお兄ちゃんどうして流川くんを家に入れなかったの?」
「は?」
「門のところで寝てたんだけど……」
 言えば紳一は目を見開いたのちに頭に手をやった。
「いや、オレも家で待ってるようには言ったんだが」
「そもそもなんで流川くんと一緒に帰ってきたの?」
「さあ……あとをついてきたから声かけたらお前に話があるから帰ってくるまで待ってると聞かなかったんだが……なんだったんだ?」
「え!?」
 聞かれては固まった。具体的な欲求は、バスケがしたい、という直球の流川らしい要望ではあったものの。

『あんたのバスケは好きだ。けど、バスケとごっちゃにはしてねぇ』
『じゃー付き合えば』
『ならこれから好きになればいい』

 あれらをなかったことにしてくれるとは思えないし……と少しだけ頬が熱を持つ。
 なんだ? と紳一が怪訝そうに言った。
「それより仙道とはなにやってたんだ? こんな遅くまで」
「別に……ちょっと遊んでただけっていうか」
「お前、本当に仙道とはなんでもないんだろうな?」
「な、ないよ! ない……」
 ていうか。ハァ、とは息を吐いた。紳一にこの手の話題を相談するのは気が引けたが、さすがに持て余して藁にでも縋りたい気持ちだ。
「流川くんに好きだって言われたの」
「は……!?」
「最初は私がバスケ強くて物珍しいからかと思ってたんだけど……そうじゃないみたいで」
 なおも息を吐いていると、驚いたような表情を浮かべていた紳一は予想外に笑みを浮かべた。
「そ、そうか。流川なら浮ついた気持ちということもないだろう。いいんじゃないか?」
 ――しかし。仙道との交際を心から反対している紳一にとっては好都合だったようで。
 相談した自分がバカだった、と悟ったはくるりと紳一に背を向けてリビングをあとにした。


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