神奈川県大会決勝戦の取材を終えた彦一の姉・相田弥生は、部下の若手記者とともに自身の勤める「週刊バスケットボール」編集部へと戻った。
 帰るなりみなが興味津々に結果を聞き、答えれば「やっぱり」という空気に編集部全体が包まれる。
「最後は海南かぁ……、さすが王者だけありますね」
「MVPも神君とは……、相田先輩、残念ですね。贔屓の仙道君が優勝逃しちゃって」
「なに言ってるの! そんな私情で仕事してないわよ」
 言って自身のデスクに座り、さっそく今日の取材結果をまとめる。鞄からテープレコーダーを取り出して、インタビュー記事を起こしていく。

"神君、優勝おめでとう。最優秀選手賞・得点王のダブル受賞の感想も聞かせてもらえるかしら?"
"ありがとうございます。正直、ホッとしているというのが一番の感想です。海南が最初に神奈川を制したのが18年前、ちょうど僕が生まれた年ですからね。僕の中で、海南の常勝という歴史は常にそばにあって……キャプテンを預かる今年で記録が途切れては、先輩たちに申し訳ないですから。受賞ももちろん嬉しいですが、あくまで優勝の結果についてきたものだと思ってます"
"陵南は強敵だった?"
"はい。個人的には一番のライバルだと思っていました"
"具体的には?"
"やっぱり、仙道の存在が大きいです。国体ではチームメイトとして一緒にプレイして、仙道の実力は十二分に知っていましたから。その仙道率いる陵南に勝って優勝できたことは、海南にとっても大きな自信になると思います"
"そんな仙道君の上からラストは逆転のシュートを決めたけど……、自信はあった?"
"みんながうまくパスを繋いでくれたので、シュートするチャンスに恵まれたのが大きいです。仙道とは国体合宿の時によく一緒にシュート練習をしていて、ディフェンス役になってくれることが多くて、仙道がどう対処してくるかイメージできてたんです。ブロックされないようにイメージ練習をしていたので、結果としてはそれが幸いしました"
"国体の合宿が神君にとってはプラスになったということかしら"
"あはは、そうですね。仙道ってそういうヤツなんですよ。僕自身、欠点がいっぱいあってどこを直せばもっと上手くなれるか教えてくれるというか。自信、もあるのかもしれないけど、お人好しなのかもしれないな"
"いいライバルなのね?"
"うーん……、そうですね。仙道の存在というのは、僕だけでなく神奈川の選手にとっていい刺激になっていると思います。僕個人としても、仙道のプレイを全国で見られるのは楽しみですし、お互いインターハイでも全力を尽くして戦えればいいなと思います"
"今日は本当におめで――"

 そこで取材は終わったため、停止ボタンを押して弥生は息を吐いた。
 普段の神はあまり口数の多いタイプではないが、正規の取材だったためか優勝後の昂揚か、いつもよりは長いインタビューが取れた。それはいい。が。神奈川のMVPはここ数年ずっと牧紳一が獲っていたため、久々にタイプの違うプレイヤーがトップを飾ることとなった。
 とはいえ。MVPは優勝チームから選出することになっているため、神が選ばれるのは当然であるが、いかんせん彼の口振りからすると仙道に遠慮しているようにも聞こえてしまう。
 そんなに仲ええんやろか、と過ぎらせていると、隣のデスクの部下が話しかけてくる。
「けど、試合終了直前まで圧倒的に陵南が有利な状態で逆転した海南には……なんていうか、勝利への執念みたいなものを感じましたね」
「そうね。でも、それこそがまさに常勝・海南の強みよ。18年連続優勝は伊達じゃないもの」
「けど、仙道君もショックだろうなー。国体合宿で神君の練習に付き合ったのが仇で負けちゃうなんて」
「アホ! 仙道君はそんなみみっちいこと気にする男ちゃうで!」
 思わず反応してしまい、弥生はハッとして咳払いをする。
「とにかく、海南の優勝と神君と仙道君の軌跡は使えるネタよ! 天才・仙道君率いる陵南を執念で破って常勝の記録を見事に繋げた神君。――さあ、書くわよ!」
「うわぁ……やっぱり仙道君はなにが何でも絡めるんですね……」
「うっさいわ! さっさと自分の仕事しぃや!」
 苦笑いを漏らした部下を一蹴すると、弥生は再びデスクと向き合ってペンを走らせた。

 一方の陵南バスケ部は閉会式終了後に最寄り駅で解散となり、それぞれ長かった予選の疲れを癒して明日からまた全国へ向けて気持ちを切り替えるべく帰路についていた。

 学校に戻って全体練習とならなかったことはありがたかったかもしれない。と、一人陵南に戻った仙道はボールを抱えて体育館に佇んでいた。
 最後に直接対決で神にシュートを許した――今日の敗因は明らかに自分にある。むろん、バスケットはスコアの積み重ねであるし、仕方がなかったといえばそれまでだが。
 明らかに気落ちしている自分を仙道は自覚していた。
 もしかして明日あたり、試合結果を知った諸星に怒鳴り込まれるかもしれない。などと過ぎらせつつ、国体で諸星と対戦した時のことを浮かべる。

『もう二度と、負けんじゃねえぞ、仙道! お前はこのオレ、諸星大を負かしたんだ! 分かったか!?』

 愛知に勝利したあと、そう言っていた諸星。しかし、彼は試合で全力を尽くしていた。だからこそ試合後にああ言えたということもあるだろう。
 そう、彼は全力を尽くせていた――。

の意志なんざ関係ねえ、オレは負けねえ』

 神奈川のベンチにが座っていてなお、彼はそう言っていた。彼の中に「の前で、のために最高の選手でいる」という揺るぎない意志があったからだ。例えが他の誰を応援していても、それは彼の中で揺るがなかった。
 だが、自分はどうだというのだろう?

『お前って、けっこう単純なんだな』

 福田のあの指摘を、真っ向から否定できる自信がない。
 現に、緑風戦で彼女が声をかけてくれた時はやはり嬉しいと感じたし、今日に至っては――が海南を応援することは当然のことだと納得していたというのに。

ちゃん』

 笑顔で彼女に手を振った神の姿を見て、おそらく自分は動揺したと思う。むろん、それがプレイに影響したかどうかは分からない。しかし――。
 自分は諸星ほど、彼女の意志は関係ない、などとは言えない。と、仙道は手に持っていたボールをリングに向けて放った。
 ガツッ、と何の狙いも定めなかったそれはリングの縁にあたって大幅にそれ、床でバウンドして大きな音が体育館にこだました。
 意識の奥でその音を聞きながらなお思う。むろん、自分と諸星とでは立場が違う、が。神奈川でつまずいていては、諸星などとても超えられはしないだろう。インターハイ制覇を狙うにしても、海南に負けているようでは最高で準優勝止まりだ。
 やっぱ厳しいかな、この陵南で。と、うっかり先を読んでしまうのは自分の悪いクセだと知っている。今年の陵南は良いチームに仕上がっている。海南に、チーム力で劣るとは思っていない。だからこそ、単純に自分の闘志が神に劣っていたとしか思えない。現に神は、紳一の抜けた海南で連覇が危険視される中、見事に王座を防衛して「神の海南」という確かな地位を築き上げたのだから。
 神――、と唇を動かした仙道の脳裏に、ふ、と国体合宿で練習試合を繰り返したあとに二人で笑いながら交わした会話が蘇ってきた。

『神は気合い入ってたよな。スリー以外にも動いてくれるからオレもパス出しし易かったし。さすが海南の次期キャプテン、だな』
『それもあるけど……。 ちゃんが見てたから、ね』
『え……!?』

 そうして無意識に仙道は拳を握りしめていた。
 やはり、「畏怖」という意味では神は怖い。コート上でいつも自分に出来る最高のパフォーマンスを演じられる神は、やはり自分とは正反対。いっそ流川や桜木のように、こちらを分かりやすくライバル視してくれるような相手や、紳一や諸星のように勝った負けたすら超えた関係なら気が楽だというのに。

 たぶん、自分は神が好きなんだろうな、と思う。
 バスケットの能力が神に劣っているとは思わない。そこは自信がある。けれども、やはり他でもない自分は神を尊敬しているし、おそらくあっちもそう思ってくれている。陵南に勝つために最高のパフォーマンスを見せてくれた神に、自分は100パーセントで応えることができたとは言えない。
 おそらくネックになっているのは、のことだ。
 自分を客観視している自分が、情けねぇ、と呟いていたがどうにもならない。こんな嫉妬心を覚えようとは――やはり深みにはまりすぎているのかもしれない。
 自覚しつつも仙道はぼそりと呟いた。

「オレのモンだろ…………」


 翌朝――、決勝戦明けということで田岡から朝練の免除を言い渡されつつも、陵南のスタメンは自然といつも通り朝の体育館に集って誰ともなく朝練を始めていた。
 むろん、彼らの中では準優勝の嬉しさより優勝を逃した悔しさの方が勝っていたからだ。
「なんだよ、仙道は来てねーのか?」
 4人揃ったところで越野が腰に手を当て、植草も肩を竦める。
「まあ、今日は朝練ナシなんだし」
「予選終わったからって気ぃ抜いてる場合じゃねえだろ、ったく……。インターハイ本戦まで一ヶ月ちょっとしかねーってのに」
 地団駄を踏みつつ思う。仙道が昨日の敗戦を気に病むような繊細な神経をしているとはとても思えないが、仙道だけになにを考えているのかチームメイトの自分ですらさっぱりだ。取りあえず放っておこう。もしも去年のように練習をサボりがちになるのならその時は殴り飛ばしに行こう、と誓いつつ練習を開始すると、最終的に15人ほどが集まって汗を流した。
 そして授業開始20分ほど前に体育館をあとにして着替えを済ませ校舎に向かうと、バスケ部の集団に気づいたらしき生徒が学校中からこちらに向かって歓声をあげた。

「バスケ部ーー!! インターハイ出場おめでとーーー!!」
「準優勝だってな、すげえぜ!!」
「全国でも頑張れよッ、越野、植草、福田!」
「菅平もしっかりなーー!!」

 準優勝という悔しさはあれど、初のインターハイ出場はやはり嬉しく、部員達は改めてその事実を思い出して笑みを浮かべた。

「田岡先生、やりましたね!」

 陵南が沸いているのは職員室でも同様であり、田岡が出勤してくるや否や教師陣は笑みで彼を迎えた。
「いやいや、まだまだこれからですよ」
「バスケ部のインターハイ出場は我が校初ですからね! しかも、昨日も惜しい試合だったそうですし、全国2位の海南相手にそれだけ競ったとなれば全国でも期待できますね!」
 田岡自身、長年の夢であった「インターハイ出場」という目標を果たせて嬉しいはずが、僅差で宿敵・高頭率いる海南に破れたというのは悔しいものであり。また、既にチームの目標が「インターハイ出場」ではなくインターハイそのものを勝ち上がることになっているため、ここで喜んでもいられない。
 しかし、幾分ホッとしている部分もあった。なにせここ数年はリクルートに熱を入れており、仙道を連れてきたのは私立特権をかなり行使しているため結果が残せないでは話にならない。
 仙道にしても、インターハイ出場という取りあえずの最低限をクリアしたことはきっと肩の荷が下りる思いだったに違いない。なにを考えているのか分からない選手ではあるが、他人よりも闘志を剥き出しにせず闘志さえも持ち合わせているように見えない分、無意識に抱え込む傾向にあるのだから――、と田岡は自身の自慢のエースを思い浮かべた。
 昨日の敗北を、仙道はかなり気に病んでいるように思えた。
 おそらくは、最後の夏の大会で獲りたかっただろうMVPも取り逃がし、悔しさもひとしおだったに違いない。はやく切り替えてインターハイに目を向けてくれるといいが――と思いつつ手を組み、ふう、と田岡はため息を吐いた。


 一方の海南では、インターハイ出場・連覇ともに予定調和であり、落ち着いたものだ。
 しかしながら、おそらく一番安堵し喜んでいるのは高頭含め連覇を守りきったバスケ部員達だろう。
 紳一を含む去年のレギュラー・準レギュラーの面々が直々に後輩を激励しに高等部へ参上し、やり遂げた後輩達を祝っていたが――エスカレータ式だけに受験組以外の先輩がすぐそばの海南大にいるという事実は、後輩にとっては相当なプレッシャーでもあるのだ。
 清田などはさっそく来年の19年連覇へのプレッシャーで青ざめており、「鬼が笑うよ」と神にたしなめられる始末だった。

 しかし、「常勝」が慣れというのもある意味おそろしいな――、と毎年使っている「バスケット部全国大会出場おめでとう」の垂れ幕を前庭から見上げて、は改めて息を呑んだ。

 常勝を預かるプレッシャーというのは、なかなかに想像しがたい。
 ミニバスをやっていたころは小学生で、伝統だのなんだのとは全くの無縁だったし、敗戦の悔しさやエースの意地は理解できても、先輩たちが繋いできた連勝を次に繋ぐ、という重みも想像に難しい。
 その辺りの差が、自分と紳一の海南への思い入れの差なのだろう。
 むろん、重責を背負っていた神が見事その役割を果たしたのは嬉しいことだ。ただ――、敗戦が決まって呆然としてた仙道の表情が頭から離れない、と瞳に影を落とす。
 自分があれこれ心配せずとも、大丈夫だとは思うが。やっぱり気がかりだし。でも、どうにもできないよな、と思うと漏れてくるのはため息だ。
 陵南ももうインターハイに向けて通常練習に戻っているだろうか?
 海南は予選が終了したその日から通常通り練習をしていたようだが。と、インターハイ予選終了から数日経った日の夕暮れ、暗くなってきた空を見上げながら校庭を歩いていると、うしろから声をかけられた。
ちゃーん!」
 振り返ると、自転車を押している神の姿があって、あ、と反射的に笑みを浮かべる。
「神くん、いま帰り?」
「うん。今朝は夜明け前に目が覚めちゃって……、前倒しでいろいろやっちゃったから早めに帰って休もうと思ってね」
 そっか、と相づちを打ちつつ神の隣に並んで歩きながら神を見上げる。予選が終わってから、こうして話すのは初めてだ。
「MVPと得点王、おめでとう。ダブル受賞なんて、歴代のキャプテンでもなかなかなかったんじゃないかな」
 言うと、ははは、と神は少しばかりはにかんで肩を揺らした。
「ありがとう。でも正直、ホッとしたかな。ラスト12秒までは負けてたし、なにせ相手が仙道ってのは、追う方にはイヤなもんだよ」
「でも……。その仙道くんをかわして逆転のシュート決めたんだし……」
 少しだけが神から目をそらすと、うん、と神が頷く気配が伝ってくる。
「あれはオレの気合い勝ちってところかな。やっぱりオレは勝てて嬉しかったけど……、仙道も優勝のかかった一戦だったし、キャプテンとしては責任感じてるかもな」
 少しだけ神の声のトーンが落ちた。おそらく、キャプテンという立場上、同じ立場にいる仙道の心情を気遣っているのだろう。
「試合のあと、ちょっと様子が変だったから気になってはいたんだ。仙道、どうしてるか知ってる?」
 ふいに振られて、僅かには目を見開いたあとに小さく首を振るった。
「分からない。ずっと……もうずっと会ってないし」
「え……、そうなの?」
「会いたいんだけど……ね」
 少し眉を寄せると、神はカラッとした声で笑みをこぼした。
「会いに行けばいいのに。陵南ってここからでも歩いて行ける距離だし、すぐ捕まると思うよ」
 街路樹に自身と神の長い影が伸び、つ、とは息を詰めた。簡単に言ってくれるものだ。
「会っても、なんて言えばいいのかなぁ、って考えちゃって。仙道くん、いま私に会いたくないかもしれないし、会わない方がいいかな……って思って」
 目線を下に落とすと、頭上から「うーん」と唸っている神の声が聞こえた。なんだかこんなことをこぼしている自分さえ情けなく感じていると、少しだけ神が微笑んだ気配が伝う。
「別に、なにも言わなくていいんじゃないかな……。そばにいてあげなよ、仙道の」
 顔をあげると、ね? と念を押すように微笑まれて……なぜだか分からないが、は胸が締め付けられる思いがした。例えライバル校であっても、きっと仙道を大切な友人だと思っている神の優しさと、やはり仙道に会いたい自分自身の気持ちが混ざって、キュッと噛みしめるように胸の前で手を握りしめる。
 帰路の分かれ道で神と別れ、一人、歩きながら思う。
 国体の時、愛知と神奈川が対戦した日――、神奈川が、仙道が諸星に競り勝って自分は酷く混乱していた。
 仙道に力負けしてコートに倒れた諸星が、どこか自分に重なって見えて。バスケットを止めたあの晩夏の日の黄昏が、視界を支配して。
 気が付いたらただひたすらゴールを目指して、一人体育館でバスケをしていた。

ちゃんは、よく頑張った……。もういい。もう十分だ……。もう、いいんだ』

 あの時、ずっと仙道がそばにいてくれて、ただ黙って抱きしめていてくれた。

『いーや。やっと笑ってくれたな、と思ってさ』
『え……?』
『一度も笑った顔、見せてくれたことなかったもんな。一年以上もさ』

 どうして辛い顔してバスケしてんの? と、言っていた仙道も、もしかしたら同じ気持ちだったのかもしれない。
 やっぱり仙道に沈んだ顔はして欲しくない。なにも出来ないなら、そばにいるくらいは――。
 会いたいし。そうだ、やっぱり会いたい。と、は自宅へ着くと着替えて真っ先に叔母のところへ駆けていく。
「……え? 料理を教えて欲しい?」
 パッと思いついたことが、気にかかっている仙道の体調管理問題で。会いに行く口実も兼ねて保存できる料理を差し入れしようと思ったものの、残念ながらそこまで高度な知識とレパートリーは持ち合わせていない。
 うん、と頷くと叔母の瞳にあからさまに輝きが増した。
……! ようやくあなたもそんな女の子らしいこと言うようになって……!!」
 少女趣味の叔母は自分を理想の娘にしたい野望があるため、としては叔母の反応に少し頬を引きつらせたものの、うん、となお頷く。
「冷凍庫に小分けして、保存できるようなものをいろいろ作りたいの。栄養バランスとか考えて……」
 伝えると、叔母は「あら」と瞬きをする。
「まあ、大君に差し入れでも持っていくの?」
 叔母の頭に真っ先に浮かんだのは、上京して一人バスケに励んでいる諸星のことだったのだろう。確か諸星は寮生活なため、自炊はしていないはずだが――。
「大君、元気なのかしら。大学でもバスケットを続けてるんでしょう? きっと忙しいわね」
「う、うん……。たぶん」
「大君の好きな物って何だったかしらね……。頑張ってるんだから、たくさん差し入れもっていってあげなさいね」
「う……、うん」
 まあ、似たようなものだし、いいか。と、叔母に合わせつつ明日は放課後に直帰して叔母と買い物に行く約束をしつつ、楽しげな叔母を見て思う。自分の母親は息子がいない分、紳一を可愛がっており叔母のような少女趣味は一切ないのだが――なぜ双子でこうも違うのだろう。遺伝子って何なんだ、と深みにはまりそうになったところで取りあえず思考を止める。
 魚の捌きかたも教わろうかなぁ、などと考えた脳裏に楽しそうに釣りをする仙道が浮かんできて、はパッと頬を染めて首を振った。
 今ごろ、練習してるのかな。と考える頭に僅かな不安も過ぎって、キュッと唇を結んだ。


 仙道は、いつもと変わらず朝から晩までバスケに精を出していた。
 しかし、陵南自体「全国で勝ち上がる」という目標を掲げているものの、「インターハイ出場」という大前提の目標を達成したところでやる気と目標が上手く噛み合わず、どことなく宙ぶらりんだ。むろん、みなやる気はあるのだが――、やはりキャプテンの自分がなにかしら示唆しなければならないと分かっていても、なにも言えない。と仙道は思いつつもいつも通りの練習をこなした。
 みな、あまり「準優勝」ということには触れないようにしているのがいやというほど伝ってくる。気を遣ってくれているのだ、と仙道自身、痛いほどに察していた。
 だが、結果論とはいえ、勝負を決めたのはキャプテン同士の最後の一瞬なのだから、あの日の自分は神に及ばなかった、という結論に異論はない。
 勝ち負けは時に運も左右するため、仕方がないといえば仕方がない。準優勝、という結果を受け入れていないわけではない。
 自分でもよく分かっているのだ。引っかかっているのは、のことだけ。はっきりと思ってしまっている。インターハイでまで、海南を――神を応援する彼女は見たくない、と。
 ――オレだけを見ていて欲しい。などと言ったら呆れられるだろうか?
 彼女の姿を浮かべては、なぜ海南の応援をするんだと理不尽な苛立ちをぶつけて、なんど情けなさに肩を落としたか分からない。
「やっぱ諸星さんは偉大だな……、さすが"大ちゃん"」
 ははは、と乾いた笑みを漏らしながらひょいっと手に持っていたボールを放った。
 諸星にしろ神にしろ、自分よりよほどタフだと思う。だからこそ敬意を払ってるんだろうな、と思う。
ちゃん……」
 声が聞きたい。会って、情けなくとも自分の要求を伝えた方がいいに決まっている。が、こうくるといかに彼女がアウェイの人間か思い知らされるのだ。
 海南に出向くのも、の家に出向くのも、そこは海南のテリトリー。普段は海南を敵とは思っていないのだが、やはりいまは「敵陣」だよな、と、越野の意見を肯定するしかない。
 こうやって気持ちにすぐムラが生まれるのは自身の悪いクセだ。自分が最も神に劣っている部分でもある。この差があるから、彼を驚異に思ってしまうのだろう。神の率いる海南は強い。気持ちで負けていては、きっとまた勝てない。
 自分個人の能力でいくら神に勝ろうが、陵南が負けては結局のところ敗北でしかないのだ。そうだ、いくら去年、魚住たちのいた陵南が湘北や海南に劣っていなかったと言い張ってみても、負けは負け。敗者に与えられるものはなにもない。
――そうして自分はなにも成し遂げられずに、バスケットのキャリアを終えることになる。

ちゃんは、よく頑張った……。もういい。もう十分だ……。もう、いいんだ』

 そう、彼女のように。
 だが、彼女のように「頑張った」とも言い切れずに。その時は、もう彼女のそばにいる自信がない。 


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