海南VS緑風は平塚の総合体育館で行われる予定だが、陵南VS湘北は別の会場――藤沢市だ。

 藤沢市の体育館では、控え室にて陵南の選手たちが監督・田岡の話を聞いていた。
「いよいよ今日からだ。今日から、お前たちのインターハイへの道が始まると言っていい! 去年は湘北相手に惜敗したとはいえ、実力は互角だった。赤木・三井の抜けたいま、今年こそ勝つのは陵南だ! いいな、お前たち、最後まで走り抜いて全力で勝つんだ!」
「はい!」
 緒戦とは言え、緒戦から宿敵・湘北が相手――、陵南レギュラーの気合いの入り方は並々ならぬものがあり、彦一はそんな先輩たちに気圧されるようにしてキョロキョロとそれぞれの顔を伺った。
 唯一、いつもと変わらないそぶりらしきキャプテンの仙道に声をかける。
「こらあ、えらいみなさん気合い入ってますね! やはり湘北が相手ですから、去年の雪辱戦っちゅーことで燃えてはるっちゅーことですね!」
「ん……? ああ、まあ、そうだろうな」
「仙道さんも、流川君とは久々の対戦ですし……新生・陵南の実力を思いっきり見せつけたってくださいよ!」
 彦一が拳を握りしめて激励するも、仙道は相変わらずの笑みを浮かべるのみで笑って受け流された。
 そうして開始時間が近づき、コートへと全員揃って出向けば、満員の観客が選手たちを迎えてくれる。

「陵南ーー!! ファイトーーー!!」
「ル・カ・ワ! ル・カ・ワ!!」
「湘北ーー! 待ってたぞーー!!」

 仙道は事前練習のためにコートに入りつつ、会場を探るようにして見渡した。そして小さく息を吐く。
「来れるわけねえか……」
 今日は決勝リーグ初日。海南VS緑風戦は別の会場で行われる予定だ。はおそらく、もう一つの会場にいるのだろうと分かっていたが、それでも観客席に彼女の姿を探してしまって案の定見あたらず肩を落とした自分に自嘲する。
 ま、仕方がない。と切り替えつつ何気なく湘北側のコートを視界に入れると、今にも飛びかかってきそうな勢いで桜木がこちらを睨んでいるのが目に映った。
「よう、桜木」
 声をかけてみれば、なぜか大股開きでこちらにやってきて、そのまま三白眼で睨み付けられた。去年は「睨みあげられる」感じだったが目線が近くなっている。背が伸びたな、と感じていると思い切り指を指されてこう宣言された。
「待ちかねたぜセンドー! 今年こそテメーはオレが倒――ッ」
 倒す。と言いたかったのだろうが、最後まで言葉を紡げず逆にコートに轟音と共に倒れ落ちた桜木を見て、さしもの仙道も目を見開いた。すると豪快な着地音と共に拳を握りしめる「4」の数字が目に飛び込んでくる。
「花道ッ! オメェ恥ずかしい真似すんじゃねーぞ!」
「いってー……なにすんだよリョーちん。病み上がりなのに……」
「いつの話だそりゃ!」
 キャプテンの宮城だ。宮城が跳び蹴りしたのか、と確認する前に倒れた桜木の足を掴んで引きずりながら宮城は仙道の方に向かって片手を掲げた。
「すまん、仙道。このバカが」
「いや……」
 相変わらずだな、と肩を竦めてみせる。赤木が引退した今は宮城があとを引き継いで目付役か、と理解するも桜木の変わらない様子に仙道は笑みを浮かべた。
 さっそく会場からは笑いが起こっており、田岡や越野は明らかに苛ついた表情を見せていたが、むしろ仙道にとっては程良く身体をほぐしてくれるいい場面となった。

「それではこれより、陵南高校対湘北高校の試合を開始します」

 その頃の平塚総合体育館――。
 こちらでも両選手たちがコートに集い、審判からのティップオフ宣言を待っていた。
 その様子をベンチの上の観客席からと紳一も見守る。
「高さにばらつきのあるチームだな、緑風は」
「キャプテンの沖田くんが一際目立ってるね……。金髪碧眼だし……」
 緑風は冬の選抜時にはアメリカ滞在で不在だった主将のマイケル沖田率いる今大会初出場のチームであり、初参加ながら決勝リーグまで登ってきたことで一気に注目を集めている若いチームである。
「克美以外は全員が3年、か……」
「ウチも清田くん以外は全員3年なんだけど」
 さっそくボケ始めた従兄に突っ込みつつ、はコートを見やる。緑風のシューティングガードである克美一郎は三井の中学時代の後輩だと以前三井が言っていたような、と思い返しつつ考える。中学時代の三井と言えば、県ナンバー1に輝いたスター選手だ。おそらくそんな選手が直属の先輩となれば憧れてもいたのだろう。克美のポジションは三井と同じであるし、プレイスタイルも似ている。
 とはいえ、2番、3番、5番と緑風は要所要所に良い選手を配置しているが、パワーフォワードがいまいちだ。ガードも妙なのがいるし、と緑風ベンチを見やる。ショートカットの美人なマネージャーの隣には姿形のそっくりな双子が座っている。
 選抜の時はマイケルがいなかったせいか、あの双子をツインガードで起用して攪乱を狙ったりしていたが――さすがに紳一相手にその手は通用せず、海南はわりと楽に白星を得たのだが。果たして、今日はどうなのか。

「ティップオフ!」

 ――緒戦に勝って、決勝リーグを有利な状態で戦いたい。
 そう思うのはどのチームも同じである。
 海南VS緑風の試合開始と同時に、別会場で試合開始と相成った陵南と湘北も思いは一緒だろう。
 特に、陵南にとって湘北戦は雪辱戦。
 両チームともディフェンスはマンツーマンで行き、陵南は去年そうしたように福田をオフェンスの軸に攻撃を組み立てていた。

「よっしゃー! 福さんナイッシュー! 3連続や!」

 福田は桜木の上からベビーフックで決め、睨み付けてくる桜木を睨み返していた。
 ――去年の素人くさかったレベルにすら、今の桜木はまだ戻せていない。元々素人だというのに、持ち前の驚異の身体能力を活かせるまでにはコンディションも戻っていないということだ。
 これは、ここが穴だな。おそらく仙道も気づいているだろう。

「よーし、ディフェンス、ここは止めよう!」

 仙道も手を叩きながら鼓舞しつつ、湘北陣を見据えて考えていた。
 桜木はポジションを変えて赤木の後釜になるセンターに入り、パワーフォワードには去年は控えセンターだった角田が入っている。さらに桜木は本調子ではなく、福田・菅平には十二分にインサイドで分がある。植草は宮城とのマッチアップで厳しいが、越野の相手は宮城よりも上背のない安田であり、ミスマッチも相まって余裕がある。越野は安田をある程度フリーにして植草のヘルプにはいつでも行ける状態だ。
 あとは自分が流川に競り勝てば、このゲームはコントロールできるだろう。と仙道は植草に目配せした。
 ――宮城に外はない。この布陣なら宮城は積極的に切り込んでくるしかない。
 案の定、宮城はドリブルで突破の姿勢を見せ、菅平と福田が積極的にインサイドへのパスコースを塞いだ。植草がさらに宮城を警戒してディフェンスを締める。そうして責めあぐねた結果。30秒オーバータイムのカウントが始まれば、宮城はいやでも空いている場所にパスを出すしかない。つまり。

「越野ッ!!」

 宮城のラストパスは安田。越野もそう読んでいて、宮城がパスモーションを見せた瞬間に手をかざしてパスカットを決めた。と、同時に叫んだ。
「仙道ッ!!」
 そのまま既に走り出していた仙道へと越野がロングパスを放てば、受け取った仙道はすぐさま追ってきた宮城と流川に追いつかれる前に、並行して走ってきていた植草にボールを回した。
 ハッと流川と宮城が気を取られ、仙道はなお走りながらフッと目を細める。と、同時にその一瞬をついてコートを蹴ると、ゴールを背にして高く跳び上がった。
 すればまるで示しを合わせたように植草がボールを高く投げあげ――、追って跳び上がってきた流川をかわすようにキャッチした仙道は、そのまま背面から両手でボールをリングへと叩き入れた。

「なッ――ッ!?」

 ゴールが音を立てて軋み、観客は一瞬の静寂の後に熱狂の声をあげた。

「うおおおおお!!!」
「アリウープ! しかもバックダンクだとッ!?」
「やってくれるぜ仙道ーーー!!」

 まさに超高校級の大技だ。まさに陵南の見事な連携を見せつけるようなワンプレイ。館内の全てが仙道を讃え轟いた。
 裏腹に、流川の瞳が凄みを増して仙道を睨み付ける。仙道も、今のプレイを目の当たりにした流川が益々対抗心を燃やすだろうことはよく分かっていた。
 次は締めて守らんと、と引き締めてコートにあがる。そうしてチラリとインサイドの福田・菅平にも目配せした。次の攻撃、流川にパスが渡ればインサイドへのパスは絶対にない。必ず自身でドライブインを試みるはずだ。と、仙道のみならず誰もが確信する中、やはり宮城は流川へパスを通し、流川は袋小路の待つゴール下へ攻め込もうと機を伺っている。
 が――。ここで予想外のことが起こった。
 右ウィングから攻めてきた流川は仙道に背を向けてドリブルし、次の瞬間、あまりに予想外の動きに仙道は目を見開いた。同時に観衆もどよめき、福田も、菅平も驚愕した。
 3人の間を、まるで踊るようなステップで流川が抜け――、反応が遅れた仙道はしゃにむにブロックに行ってしまい、「しまった」と気づいたのは審判の笛が鳴った後だった。

「青、4番! チャージング!」

 仙道のファイルだ。が、チッ、と流川が舌打ちしたのが仙道に伝った。流川に与えられるフリースローは2本。つまり、流川のシュートは決まらなかったということだ。
 しかし、仙道も、福田も、いや流川のチームメイトである宮城でさえいまの流川のプレイに唖然として驚愕の表情を浮かべていた。

「あのステップは……」

 国体の合宿でがやっていたものだ――、と宮城は目を見開きつつも後輩のファイトに口の端をあげ、福田はごくりと喉を鳴らした。
 おそらく、仙道の反応が遅れたのは、それがの技だったから。と感じた福田は肩で息をしている仙道の背中を見やった。――もしも、「ワザと」だとしたら。末恐ろしい男だ、と流川を睨む。仙道のアリウープへのカウンターパンチを、最高の形で入れたのだ。
「ドンマイ!」
 事情など知るよしもない越野が仙道の背を叩き、ゲッ、とさすがの福田もおののいた。こんな流川の挑発に乗るような仙道ではないと思っているが――やったことがやったことなだけに、と考えつつ首を振るって流川のフリースローを見守る。
 仙道もまた、腰に手を当てて流川のフリースローを見やりつつ――、僅かばかり眉を寄せていた。
 先ほど流川が見せたステップは、が国体の合宿で高頭に「ガードとフォワードの連携を流川に見せてやれ」と指示されていた時に見せたテクニックの一つだ。技術自体にはみなが度肝を抜かされたが、ゴール下で男3枚のブロックにあい床に叩き付けられて悔しそうにしていたことは今も鮮明に覚えている。
 清田あたりは、に積極的にどうやるのか訊いてチャレンジしていたが、流川はその後、の技をリプレイすることなどなかったというのに――覚えていたということか、と目線を鋭くした。
 幸いなのは、決まらなかったことだ。
 なら、自分が決めてやる。――と、仙道は2本目のフリースローも入れた流川を人知れず睨んだ。

 ――前半、陵南は福田と越野がキーマンになり、7点リードで後半を迎えた。

 後半に入ってからも陵南のペースが続き、仙道のコンディションを心配していた福田もホッと胸を撫で下ろしていた。
 流川の挑発は図らずも仙道の「やる気」の維持には役だったようで、仙道が張り切っているゆえにメンバー全員が活きていて陵南に良いペースが生まれている。
「おのれフク助〜〜〜!!」
 眼前の桜木は相変わらず敵意を向けてきていたが、選手生命を絶たれかねない怪我からの復帰、というのを意識してしまえば同情しかねないため、あまり気にしないでおいた。彼の才能は認めるが、今年は彼のための年ではない。今年こそ、陵南が全国に行くのだ。

「囲めッ! ぜったい仙道に渡すなッ!」
「止めろ、流川ーーー!」

 終盤、追い上げるためにミスの許されない湘北は必死のディフェンスを仙道にぶつけていた。勝負所で陵南が仙道にボールを集めがちなのを理解しているからだ。
 仙道は目の端でコートの状態を把握する。攻めやすいのはマッチアップ相手が安田である越野――、だが、ここは自分が、と植草に目配せしてパスを出させ、受け取った。
 ワッと観衆が沸く。ディフェンスは当然、自分のドライブを警戒している。切り崩してやる、とムキになると抜けないのがゴール下だ。流川・桜木・そして角田。強引に行っても抜けないことはない。が――、お返しだ、と仙道はの姿を脳裏に浮かべた。国体合宿の時、自分も何度もあの技を目の前で見ている。
 足を踏み出してステップを踏み、軽くターンするようにして流川を抜き、反応した流川の手をかわすようにまたステップを踏んだ。

「あッ――!」

 観衆がどよめく。そのまま、まさに踊るようにステップを踏んだ仙道は――あえてダンクに行かず、ブロックに来た桜木のアタックを受けつつベビーフックでひょいとボールを投げてからコートに着地した。と、同時に審判が笛を鳴らす。

「ディフェンス! バスケットカウント・ワンスロー!」

 観客が、ベンチが、チームメイトが跳び上がって騒ぐのが伝った。

「うおおおお、さすが仙道さん! 天才! アンビリーバブルッ!」
「さっきの流川の技を見事に返しやがった!」
「スゲェ!! 見たか流川ーー! 格が違うんだ、格が!!」

 越野がゴール下に走ってきて手をかざした。
「ナイス仙道! さすがだぜッ!」
 仙道も応え、ハイタッチしつつ「おう」と笑みを浮かべながら――脳裏にふと諸星の声を過ぎらせた。

『だってよ、誰も知らねえんだぜ? 中学の時のアイツがどんだけ強かったと思う?』
『オレや牧より、下手すりゃお前より素質あったってのに……誰もを知らねえ』

 誰も知らない。みな、自分が流川の技を盗んでバスケットカウントまで決めたと賞賛しているにすぎない。
 だが、あれはの――、と目線を下げたところで、トン、と背中に誰かが触れた。見やると、福田がそばに立っていた。
「見たかったと思うぜ、今のプレイ」
 ボソッとそんなことを呟いて福田はペイントエリアの外に出た。仙道は小さく目を見開いた後、ふ、と息を漏らす。「が」と福田は言いたかったのだろう。そうだな、と仙道は心の中で呟いた。
 今のプレイを彼女が見ていたら、きっと喜んで賞賛してくれ、そして少しだけ悔しそうに「仙道くんみたいな長身とパワーがあったらなぁ」などと言うのだろう。そうだ、自分には彼女以上の身体能力がある。だから、やり遂げなければならない。

ちゃんが見てたから、ね』
『え……!?』
『"私が出たほうがマシ"って思わせたくないな、ってさ』

 例えここにいる誰が知らずとも。――と、仙道は審判に渡されたボールを綺麗に投げあげて、そのままフリースローを決めた。

「陵南! 陵南! 陵南! 陵南!」

 わき起こる陵南コール。湘北ベンチはその大歓声を耳に入れながら、それぞれが息を呑んで試合を見守っていた。
 誰かが、ぼそりとこう呟く。
「いくら仙道がいても……、魚住が抜けた陵南はチーム力が低下すると思ってたのに……」
「それどころか、個々のレベルが全体的にあがってる。それに……」
 流川はまだ、仙道に及ばない。――との言葉を誰もが飲み込んだ。振り切るように応援の声をあげると、その様子を反対側のベンチでチラリと見た彦一は拳を握りしめた。
「今年の陵南は最強や……! 流川君・桜木さんがなんぼ天才でも、仙道さんは冬から誰よりも練習してきたんや! 負けるわけがあらへん!」
 田岡もまた、腕組みをしたまま大きく頷いた。
「そうだ、彦一。今年こそ、ウチが最強だ!」
 陵南はどこよりも練習をしている自負がある。それこそ海南よりも、だ。加えてここ最近の仙道のバスケットにかける意気込みは半端ではないのだ。必ず今年こそウチが全国だ、と睨むスコアボードの残り時間は7分。リードは9点。そう安心してもいられない。

「最後まであたって行け! 植草・越野! パスで回すんだ! 手を緩めるな!」

 そう田岡が選手たちを鼓舞している頃――、平塚の総合体育館もまた熱狂の渦に包まれていた。

「神! 中に切れ込んできたッ!」
「うおおお、神のカットイン!」

 海南センター・田中がペイントエリアから出て緑風のフロントコート陣を引きつけ、その隙に神がインサイドへと回り込んで絶妙のタイミングで小菅が神にパスを繋ぐ。
 すぐに折り返してきたディフェンスをかわしてレイアップを決めると、海南応援団が怒濤の盛り上がりを見せた。

「キャプテーーン!!」
「ナイッシュー!!!」

 ヒュウ、と口笛を吹いて賞賛してくれたらしき敵陣のマイケルを見つつ、ふ、と神は笑みを浮かべた。
 やはり、幼少からポジションはセンターとして生きてきた分、オフェンス感覚はインサイドの方がいい。とはいえ、だいぶん鍛えたといっても目の前のマイケルやセンター陣、そして仙道を相手に真っ向のパワー勝負は厳しいだろう。
 ならば海南そのものが一丸となって神のインサイドでのオフェンスも活かせるよう動けばいいことで、神はこの試合でマイケル相手にゴール下での得点を重ねられたことで自信を得ていた。
 なぜなら、マイケルの身体スペックはほぼ仙道と同じである。ならば、きっと仙道相手にも通じる――という算段だ。

「神は器用なヤツだな。外でも中でも上手い具合にフリーになりチャンスを作っている」
「今年の海南はみんな器用な選手なのよ。田中くんも、なんていうか花形さんタイプのセンターだし……小菅くんはジャンプシュートが上手いし、4番の鈴木くんは高さはないけど、リバウンド感覚はいいしね」
「まあ器用じゃねえのが約一名いるようだが……」

 観客席で試合を見守る紳一との視線がどちらともなく清田を追った。
 清田のマッチアップ相手である克美は清田と同じ二年。しかも上背がありシュータータイプという清田とは逆タイプのシューティングガードで、しばしば清田は得点を許しては歯ぎしりする場面を観客に晒していたのだ。
「き、清田くんはディフェンスのいい選手だし……、ムードメーカーだし。小菅くん・神くんがいるんだから、得点チャンスがないだけじゃないかな」
「まだまだまだまだ、だな」
 実際、今日の海南オフェンスはほぼ神とポイントガードの小菅が担っており、が庇うも紳一は腕組みをしたまま厳しい表情で「元キャプテン」の顔をのぞかせた。
 しかし実際、海南はディフェンスも上手く回しており、注意すべきマイケルのドライブもよく複数人で潰して止め、会場を盛り上げている。
 紳一の要求レベルが高いだけで、今年の海南も例年通り――いやそれ以上にまとまりを見せた良いチームであることは明らかだ。
 スコアは79−68、海南ボール。誰の目にも圧倒的だ。応援席が残り時間を見つめつつ、カウントダウンを始めた。

「3,2,1―――!」

 そうしてブザーの音を待ち、終了と同時に客席からは唸るような歓声があがった。
 海南は相手の得点源を徹底的に絶つロースコア展開に持ち込み、まずは緒戦の一勝を得た。
 両チームが整列し、審判が海南の勝利を宣言してから両キャプテンが握手を交わす。
「いやぁ、さすがに王者海南。いい経験させてもらったよ。でも、次は湘北だろう? 彼ら、けっこう強いよ」
 あっけらかんと言われて拍子抜けしつつ、神は笑みを浮かべた。
「うん。知ってるよ」
 しかし、キャプテン陣とは裏腹に2年生同士の克美と清田はにらみを利かせあっている。
「王者海南にしてはシューティングガードが穴だったな」
「なにッ!?」
「去年、湘北に勝ったのもまぐれだろ? お前より三井先輩のほうがよっぽど良いシューティングガードだったぜ」
「ヘッ! その三井サンを最後に阻止して海南を勝利に導いたのはこの清田だぜ! なにせ神奈川ナンバーワンルーキーだったからな、カーッカッカッカ!」
「なにがナンバーワンだ、新人王は流川だっただろうが」
 ヘッ、と克美が清田を一蹴し、清田が眉を釣り上げて触発寸前の2年生をキャプテン同士が取り押さえてなだめ、それぞれコートから引き上げていく。
 
 やはり海南かぁ、とざわめく観客を耳に入れながら、も笑みを浮かべて紳一も満足げに頷いていた。
「いい決勝リーグの入り方をしたな。ウチはうまく神を中心に機能した良いチームになってる」
「今年の海南は本当に"これぞバスケット"の見本みたいな良いチーム。小菅くんは典型的なガードだし、鈴木くんはリバウンド取ってくれるし、キャプテンの神くんがオフェンスの要になってくれてるしね」
「……今年"は"……?」
 相変わらず、意識的か無意識か、兄同然の自分に厳しいに紳一は頬を引きつらせた。
 しかし、少し「意識的」な部分もあるかもしれない、と紳一は海南ベンチに笑みを送りつつも遠い目をして案ずるような表情を浮かべているを見やった。おそらく、陵南の試合を気にしているのだろう。あっちももう結果は出ているはずだが、果たして。

 図らずも紳一も陵南対湘北の試合結果を気にかけていた頃――、その会場である藤沢市の体育館では「勇猛果敢」を掲げた陵南応援席が踊っていた。
 最終的に湘北は陵南を捉えられず、波乱もないまま陵南は一勝を得て去年の雪辱を果たした形となった。
 陵南生たちは歓喜に震え、沸いている。
 田岡もまた、まずは一勝と胸を撫で下ろしていた。しかし、自身の高頭との因縁も含め――真の敵はやはり海南である。思わず田岡は自身が現役だった高校生の頃を思い浮かべた。宿敵だった高頭とは今なお決着が付かず、監督としてはあっちの方が何歩も先を行っている。
 打倒・海南の夢を――自身の教え子に託すのはやはり間違っているだろうか。と、仙道に自身の高校生の時の姿を重ねていると、ドリンクを口にしていた仙道が気づいたらしく「ん?」と首をかしげた。
「どうかしましたか、先生?」
「あ……! い、いや。良くやった。次の緑風戦もこの調子で行くんだぞ!」
 慌てて少しうわずった声をあげてしまい、コホンと咳払いをする。
 自身の夢などではなく――、この仙道の才能をもっと大きな舞台で見せてやりたい。神奈川選抜ではエースとして活躍していた仙道ではあるが、やはり「陵南」というチームを全国の強豪に見せたいものだ。
 そうだ、今年こそ、と強く頷いて田岡は選手たちを引き連れ、熱気の残るコートを後にした。


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