五月も中旬に入れば、いよいよインターハイ予選が始まる。

「お兄ちゃん、大学は?」
 大会初日、なにやらトーナメント表をチェックしていそいそと出かける準備をしている紳一には声をかけた。
「今日は午後の1コマだけだ」
「ほんとう……?」
 ジトッとは紳一を睨んだ。浮き足立っている様子の紳一は、やはり予選開幕に気持ちが逸っているのだろう。
 まあいいか、ともトーナメント表を見やる。
「一回戦から見に行くの?」
「ああ、緑風の試合を見ておこうと思ってな」
「あ、神くんも行くって言ってた。まあ、勝ち上がっては来そうなチームよね。選抜の時はキャプテン不在だったみたいだし」
「あそこのセンターは、いま県で一番でかいからな」
「フォワードのキャプテンがものすごく強いって、そういえば三井さんが言ってたよ。克美くんもけっこう良いシューターだしね、背も高いし」
「克美か……、もしあがってくりゃ清田がマッチアップすんのか」
 が口元に手を当てると、フー、と紳一は息を吐きながら渋い顔をした。はとっさにフォローする。
「あ、でも、清田くん頑張ってるし、成長してるよ!」
「どうだかな……」
 紳一は、引退したあとはきっちりと線を引いて神に全てを任せており、大学に進学して以降はバスケ部に関しては完全にノータッチである。たまに高頭に練習を見てやって欲しいと頼まれているらしいが全て断っているらしく、この辺りの対応を見ると自分と紳一は似ていると思う。やっぱり血筋かな、とは出かけていく紳一を見送った。
 にしても見に行きたい思いは山々であるが、平日は当然ながら学業優先である。

 が授業に精を出している頃、紳一は藤沢市の体育館に来ていた。
 こうしてバスケット会場に足を運ぶのは去年の選抜以来である。すっかり懐かしいものだ、と思いつつ会場に入る。まだ一回戦だ、客入りはそう多くはないだろう。
「お、牧紳一」
「海南の牧だぞ」
 どこからともなくそんな声が聞こえてきたが、これも日常茶飯事であったため大して気にもならない。
「おお、ジイ! ジイじゃねえか!」
 すると後方から聞き覚えのある底抜けに明るい生意気な声が聞こえてきて振り返ると、特徴的な赤頭が目に入って、紳一は「よう」と応じた。
「桜木か。久しぶりだな。もう身体はいいのか?」
「ナーハッハッハ。このリハビリの天才・桜木にとってはあんなもん、きかん!」
 湘北の連中だ。相変わらずだな、と腰に手を当てつつ、先頭に立っていた宮城を見やる。
「お前らも観戦か? まだ一回戦だぞ」
「去年、緑風とは練習試合をしましてね。けっこう良い試合だったんすよ。それに……試合見にくりゃ授業免除されると知って、こいつら二つ返事でして」
「なるほど」
 苦み走った顔をした宮城に紳一も苦笑いを返す。流川は目が合えば、分かりづらい程度に頭をさげてくれた。
「じゃ、神に伝えておいてください。今年はオレたちがもらうって」
「ジイもこの天才・桜木がMVPに輝くところをスタンドからバッチリ見ていてくれたまえ、OBとして!」
 そのまま大声で風を切って笑いながら去っていく桜木と湘北一団を見送って、やれやれ、と紳一は肩を落とした。
「そういや神たちは……来てねえのか?」
 キョロキョロと見渡した会場ロビーは、色とりどりのジャージで溢れかえっている。が、海南のそれは見あたらない。
 観客席にあがれば、やはり一回戦だからか空席ばかりだ。海南も見あたらないし、どうせならベンチとは逆側の最前列で見るか、と移動していると前方から見知った集団がこちらに近づいてくるのが紳一の視界に映った。濃紺に青のジャージ。陵南高等学校だ。
「牧さん……!」
「仙道……」
 先に仙道の方が声をあげて、無意識に紳一は目線を鋭くしていた。――ひとの妹にいったいなにしやがった、と問いつめたい気持ちを抑えて努めて冷静を装う。
 仙道の様子は相変わらずだ。後ろのレギュラー陣の活きが良さそうなのも相変わらずである。
「牧さんも、緑風がお目当てですか?」
「さぁな。ま、どのみちオレはただの気楽な傍観者だからな」
「どうです、海南の調子は?」
「ま、それなりなんじゃねえか? それよりお前――」
 うっかりのことを口に出しそうになり、慌てて口を閉じると「ん?」と仙道は呑気そうに首を捻った。その態度が少しばかりまた癪に障り、いやいい、と言いつつスッと陵南勢の横を通り抜ける。
 そうしてベンチ反対側の最前列に降りていくと偶然にも海南勢が陣取っており、自分に気づいて手を振ってくれた清田の顔に紳一は思わず顔をほころばせた。隣には神の姿も見える。
「牧さん、いらしてたんですか」
「おう、神。どうだ調子は」
「まずまず、だと思いますよ」
「ほう、そりゃ頼もしいな」
 お辞儀をして迎えてくれた神の横に腰を下ろしつつ思う。――がこういう男を選べば自分も気苦労なく済むものを、と無意識のうちに紳一は深いため息を吐いていた。

 今年がインターハイ予選初出場である新設の緑風バスケ部は、まるで去年の湘北を思わせるかのような順調な出だしを見せていた。
 なによりも目立っていたのはアメリカ国籍も持つハーフのマイケル沖田だが、見ていた清田は「ガイジン連れてくるって反則じゃないんすか!」などとわめいていたものの、彼は歴とした日本人なのだから仕方がない。

 それよりも――。

「キャー、流川さーん!」
「仙道さーん、握手してくださーい!」

 会場ではやはり目立つのか、流川と仙道がギャラリーから黄色い声援を浴びている様子がハーフタイムや試合後にたびたび見られ、清田の怒りのボルテージは目に見えて上昇していた。
「くそぅ……、仙道さんはともかく、なんで流川が……! あんな無口狐のどこがいいんだ!?」
「仙道はいいのか?」
「そりゃ、オレが女でも仙道さんにならキャーキャー言いますよ! ホラ、見てくださいよ、あの流川との違い!」
 清田が言うには仙道はファンにもにこやかに対応しているが、流川は総シカトを決め込んでいるのにモテているのが気に入らないらしく、くだらない、と益々紳一は深い息を吐いた。
 それにしても、と思う。
 おそらく陵南も湘北も決勝リーグにあがってくるに違いない。そして海南大附属は18年連続のインターハイ出場及び優勝がかかっているのだ。
 仙道率いる陵南、宮城率いる湘北、そして眼前の緑風か、はたまた他の学校か。それらを全て下して優勝せねばならないという義務を負っている神のプレッシャーは、見た目以上のものだろう。
 紳一自身とてまったくプレッシャーがなかったと言えば嘘になる。だが、県優勝より先の全国制覇を目指せばこそ、通過点と思うこともできた。
 しかし、今年の海南のハードルは去年よりも高い。なぜなら17年連続の神奈川覇者という歴史に加え、初の全国準優勝という過去最高の成績を下げているからだ。
 対抗馬は、あの天才・仙道――。同級生に仙道がいるという驚異は、想像に余りある。まして神個人の能力は仙道には及ばず、本人もそれを自覚していることだろう。
 この夏、神にとっては人生でもっとも厳しいものになるに違いない、と紳一は励ますような視線を神に送った。


 海南はもとより、陵南にしても今年もスーパーシードでベスト8戦までは高みの見物である。
 しかし、大会が進むにつれて学校内の期待感が異様に膨れあがっていくのが嫌でも分かる。と、越野はベスト8戦を控えての学校内の雰囲気を肌で感じていた。
「越野! 今年こそインターハイ行けよ!」
 そんな風にクラスメイトから声をかけられるのも日常茶飯事であり、教師陣もバスケ部に期待しているのがありありと伝ってきていた。
 むろん、越野自身、去年のような結末はぜったいに避けたいところだ。魚住の抜けた穴は大きいが、チーム力は確実にあがっているし、去年よりもキツイ練習をこなしているのだ。それになにより、ウチには仙道がいる――と考えてしまい、ハッと越野は首を振った。
 オレがチームを勝たせてやるくらいに思ってろ、と小突いてきた諸星の姿を浮かべ、唇を結ぶ。けれども、諸星のようなシューティングガードにはまだまだ遠い、とため息をついていると不意に机の上に何かを置かれた。
 手紙と小包のようなものが数個。なんだ? と顔を上げると見知った顔の女子生徒が数人、自分の机を取り囲んでいた。
「越野君、お願い! これ仙道君に渡しておいて!」
「私たちからの差し入れ!」
 またか、と越野は頬を引きつらせた。
「なんでオレが……、直接アイツに持ってきゃいいだろ!」
「良いじゃない、そんなにケチケチしないでよ! クラスメイトでしょ!」
 よく分からない理屈で押し切られ、ハァ、と越野は頭を抱えた。なんであんなちゃらんぽらんなヤツがこんなにモテるんだ、と思うも――最近の仙道は、まあ、気合いが入っていると思う。ともすれば別人のように張り切っており、どうもチームメイトとは言え仙道は掴めない、と詰まれた手紙を睨みながら越野は頬杖をついた。
 コート上においては誰よりも頼りになる男ではあるが、けっこう抜けているし、へらへら笑っているのが常だし、短気と自覚している自分とはだいぶん性質が違う。勝ち気な部分はあまり見せず、試合でも、一見すると勝ち負けになど拘っていないようにさえ見えてしまう。そして本当にそうなのか、実は違うのかさえ自分たちは知るよしもない。
 そんな仙道が、はっきりと「勝ち」を意識して夏に臨もうとしている。――仙道の素質を他人に負けず買っている越野からしても、そんな仙道の傾向は嬉しい悲鳴で、今年こそ陵南が全国へ行く、というモチベーションを支える原動力にさえなっている。が。
 仙道なりにチーム愛に目覚めてくれたとか、最後の夏にキャプテンとしてチームを思ってくれたとか、仙道のやる気の動機をその辺りに見出したい越野としては、「たぶん、違うんだろうな」とどこかで感づいていていまいち気に入らないのだが。植草・福田にこぼしてみたところで「結果が伴ってりゃ何でもいいだろ」と一蹴されて話は終わった。
 むぅ、となお越野は唸った。
 陵南のスーパースター。そんな存在だというのは分かっている。現にこうして差し入れの宅急便までやらせられているのだから。掴み所のない性格ゆえに、本人の与り知らぬところでしょっちゅう根も葉もない噂を流されているが――、全部デタラメだというのも良く知っている。
 だってアイツは、ずっと海南のあの子を――、と思い浮かべて越野は肩を落とした。敵陣の女に手を出すなと忠告したというのに、こちらの忠告など暖簾に腕押しだったらしい。
 帝王・牧紳一の妹で、バスケット選手としても相当に上手かったらしいが、去年の国体を見るに彼女そのものがバスケ部と強い繋がりがあるのだ。そんな女に惚れて、なんだか知らないがやる気を出しているのはともかく、海南とあたった時にベストなコンディションで臨めるのか? 不安の種は尽きない。
 そもそも仙道はやっぱり少し他人とズレている。あの無礼な湘北の桜木花道をなぜか気に入っており、怪我から復帰したと知るや心底嬉しそうにしていたし、なぜか一目置いているし。
 ――よそう、と越野は首を振った。
 しょせん、天才の思考回路など察してみたところで分かるはずもないのだ。植草たちの言うとおり、結果が伴っていればいい。そう思うしかない。と思い直すも苛立ちは抑えきれず、机の上の差し入れ類をガツッと掴むと自身のスポーツバッグに押し込んだ。


 ベスト8が出揃えば、決勝リーグ進出を賭けて各ブロック最後の決戦が幕を開ける。
 6月の第一日曜――、この日は各校の命運を分けると言ってもいいブロック別最終戦が行われる。
 試合会場の一つは私立・緑風高校である。最新の設備を誇る緑風は場所を提供したものの、肝心の緑風の試合は公平を期すためか別会場となった。
 緑風での第一試合はCブロックの陵南VS翔陽、第二試合はAブロックの海南VS武園である。

 緑風は江ノ電沿いで海岸沿いの裕福な私立校だ。今日の試合に臨む陵南のメンバーは、まず陵南高校前駅に集合してから緑風への移動となった。
 対戦相手は翔陽。去年の翔陽は決勝リーグに進めず、仙道以外にとっては翔陽との対戦は初めてとなる。しかし、去年の冬までガチガチに三年生で主力を固めていた翔陽は世代交代が上手くいっておらず、また、指導者がいないという致命的な欠点があり、予選を見た限りではそう怖い相手ではない。
 それでも、「翔陽」、というネーミングはインパクトがあり――何より去年に唯一の二年レギュラーとして出ていた主将の伊藤はポイントガードで上背もあり、陵南ガード陣の二名はいささか緊張をしていた。
「うわ……」
「なんだこれ……、南国みてーだな」
 緑風高校にたどり着いて足を踏み入れれば、日本で言えば宮崎県のように南国風の植物で飾り立ててある前庭が広がっていて、みな口々に驚きを見せていた。
 体育館はアリーナ並。さすがに金持ち校と言われるだけはある。
 あまりに整いすぎた環境に、陵南の面々は高校生ながらに「経済力の違い」をまざまざと感じさせられ、恵まれた環境で練習しているだろう緑風バスケ部をいささか羨ましく感じた。
 緑風自慢のアリーナ風体育館に入れば、部員の多い翔陽バスケ部が観客席を埋めており、みな改めて気持ちを引き締める。
 牧・藤真時代は既に終わったのだ。今年の神奈川の物語を作っていくのは、自分たち陵南。――植草・越野ともに気を引き締めていよいよ今年の緒戦に挑んでいった。


 ――翌日。東京都世田谷区。
 ここ東京の深沢体育大学に進学した諸星は、朝の点呼が済んですぐに横浜の寮に連絡を取っていた。
 ――深体大には去年出来たばかりの体育系専門のキャンパスが横浜にあるが、バスケ部はなぜか旧キャンパスのままであり、諸星も世田谷の旧キャンパス近くの寮に入っていた。
 この寮生活たるや、毎日が合宿、いや軍隊生活のようなものであり。朝は点呼に始まり、当然のごとく門限在り、掃除当番はもちろん生活そのものがきっちりと管理されており、およそ仙道だったら一ヶ月いや一週間で逃げ出すか強制退寮になりそうなシロモノだったが、諸星は何とか耐え、慣れてきていた。
 もとより学費はもちろん、寮費も免除してもらっているのだからあまり贅沢はいえない。文字通りバスケまみれの毎日だが、やはり高校とはレベルが違い、刺激の多い毎日である。
 そんな諸星だったが、今年の神奈川の県予選の行く末はやはり気になっており――しかしここ東京で、隣とはいえ神奈川の最新ニュースを即日手に入れるというのも難しく、地元紙を手に入れているだろう横浜の寮に連絡を入れたのだ。
 すぐさまファックスを送ってくれるという返事を受け、事務所にて送信されてきたファックスを手にとって「おお」と諸星は呟いた。

「陵南、海南ともに決勝リーグ進出か。ま、順当だな。あとは湘北、と……緑風? どこだそりゃ」

 神奈川県予選の決勝リーグ進出4校が決まり、今週末、そして来週末を使って4校の総当たり戦により上位2校がインターハイ進出となる。正念場とはまさにこのことだ。

「緒戦は――、緑風か……」

 一方の神奈川でも、決勝リーグの組み合わせを見て、ふ、と海南の部室で神は呟いていた。
 同時刻、仙道もまた陵南の部室で決勝リーグの組み合わせ表を見ていた。

「緒戦は――、湘北、か」

 そうして、違う場所でそれぞれ同じ組み合わせ表を見ていた二人の声が、重なる。

「最終戦は――」

 ――陵南。
 ――海南。

 おそらく、それは優勝を賭けた最後の決戦となるのだろう。
 神奈川県予選、最終日、そして最終戦は陵南VS海南。

 神の胸には、危なげなく17年連続優勝を決めた去年の輝かしい瞬間が蘇っていた。
 そして、仙道の胸には――目の前でこぼれ落ちた、掴みかけていたインターハイへの道が途絶えたあの瞬間が飛来して、ふ、と一人息を吐いた。


 ――決勝リーグ。
 今年もついにこの季節がやってきた、ともまた決勝リーグ開幕を目前に控えて、何度も何度もリーグ表に目を落としていた。
 去年は、スケジュール的に陵南に不利だったが、今年はイーブンだ。去年はどうしても仙道にインターハイに出て欲しくて、でももちろん海南を応援していて。
 今年もそれは変わらない。変わったことは、仙道と自分の関係。もしかしたら自分は去年から仙道が好きだったのかもしれない。でも、今ははっきり言える。仙道が好きだ。だから――と思案していると、向かいのソファに座っていた紳一がこちらに目配せしてきた。
、お前も明日は決勝リーグ見に行くんだろ?」
「ん……? うん」
「緒戦の相手は緑風だったか。神たちの仕上がりを見るのは楽しみだな」
 当然のように言われ、は一瞬だけ息を詰まらせた。紳一は当然のように海南の試合を指して言ったのだ。キュッと唇を結ぶ。
 自分は海南の生徒で、そもそも紳一の従妹であるという事実を再確認させられているようだ。 
 むろん海南と緑風の試合も気になるが、リーグ戦であるし、リーグ戦だからこそ陵南と湘北の試合も気にかかる。だって、去年は彼らに負けてインターハイに行けなかったというのに。
 陵南の試合を見に行ってはダメなのだろうか――。
 翌日、海南の制服を着込んで出かける準備をするも、いまひとつ落ち着かない。
「会場は平塚の総合体育館だったか……」
 同じように用意をしている紳一を横目に、はキュッと自身の制服の裾を掴んで思い切って言ってみた。
「お、お兄ちゃん。陵南の試合、見に行っちゃダメ……かな?」
 すると紳一は心底驚いたように瞠目した。
「なんだと……?」
「だって、陵南の相手、湘北だし……気になる」
「そりゃま、そうだが……。ウチもワカランぞ。緑風は良いチームに仕上がってるようだし、神も今年初めてスタメンで臨む試合だ」
 紳一は基本的に自分に甘いと知っているだが、こういう部分に関しては誰より厳格だ。暗にダメだと言っているのだろう。
「神たちは気にならねえのか?」
「そうじゃないけど……」
 言われて、少しは目線をそらした。もちろん神たちには頑張って欲しいが。でも、と脳裏に仙道の姿を思い浮かべていると、頬でも色づいていたのだろうか? 紳一が呆れたような息を吐いた。
、お前は海南の生徒で、オレの妹だ。あんま浮ついてんじゃねえぞ」
「そ……! そんなんじゃ……!!」
 カッとしては拳を握りしめる。浮ついてる、なんて。そんな悪いことをした覚えはない。好きになった人がたまたま、他校生だっただけなのに――。

 ――お兄ちゃんなんて大きらい! もう、私、大ちゃんの妹になる!!

 と、昔なら大騒ぎされてショックを受ける羽目になる場面だな。と、紳一はだんだんと目線の降りていったを眼前に、さっそく「言い過ぎた」と自省していた。仙道のことは自分も気にはなるが、母校海南に及ぶものではない。それにがヤツを気にしているのはかなり個人的な事情でもあるはずだろうし、と考えてしまい、チッ、と苛立ちを覚えつつもやはり言い過ぎたと肩を落とす。
 自覚しているが、やはり妹同然のには甘くなってしまう。
「と、とにかく行くぞ。ホラ」
 精一杯優しく言いかけての肩を叩き、外へと促す。そうして、ヤレヤレ、と人知れずため息を吐いた。

 も、何とか自分を納得させようと唇を噛みつつ頷いた。
 立場をわきまえることも必要なのは分かっているし、なにより決勝リーグは総当たり戦。
 来週の試合は見に行けるんだから、と浮かべて紳一の車に乗り込む。

 ――頑張って、仙道くん!

 その頃――、東京は世田谷の体育館では一人プルプル震えている諸星の姿があった。
「ああああ、オレも決勝リーグ見てえええ! いきなり陵南と湘北じゃねえかよおお!!」
 仙道の実力は買っている諸星だったが、越野、植草等々が冬からどう伸びているか分からない。短い期間とはいえ自ら鍛えた言わば弟子筋でもあるし、チームの仕上がりも気になる。
 対する湘北は去年の実力派が抜け、陵南に有利だとは見ているが果たして。
 しかし勝手に練習を抜けるわけにはいかないし、と諸星は監督の方に強い視線を送る。
「監督! 自分、ちょっと藤沢まで偵察に行って来ようと思うのですが!」
「バカタレ! なんの偵察だ、なんの!」
 だが返ってきたのは虚しくも当然の怒声であり、く、と諸星は歯を食いしばる。

 ――負けんじゃねえぞ、仙道!


 それぞれの思いが交差する中、いよいよインターハイへの切符をかけた神奈川県予選決勝リーグが幕を開けた。


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