が陵南へ出向いた翌日――夜。

「はい、牧です。――おう、なんだお前か。あ? ああ、いるぞ」

 牧家のリビングに電話が鳴り響き、ちょうどそばにいた紳一が受話器を取った。
 ソファでぼんやりしていたは、紳一の自身を呼ぶ声にパッと顔を上げる。
「電話だぞ。仙道から」
 瞬間、の全身がビクッと撓った。忙しいはずの仙道から電話。なんだろう。やはり昨日のことだろうか?
 ほら、と紳一が促して渋々は腰をあげた。逃げるわけにもいかない。
「もしもし……」
 おそるおそる受話器を手に取ると、聞き慣れた仙道の低い声が響いてくる。
「あ、ちゃん? 昨日はごめん、せっかく来てくれたってのに」
「ううん。私の方こそ、急にごめんなさい。越野くんにも謝っておいて……、練習の邪魔して悪かった、って」
「ああ、いや……。越野も別に気にしちゃいないって」
 カタ、とコインの落ちるような音が聞こえた。おそらく、学校からかけてきているのだろう。ちょうど部活の終わった頃だ。居残り練習の前に時間を作ったのだろうか。
 どうしたのかと問うと、あまり時間がなかったのか仙道は話を切りだした。
「うん。ちょっとちゃんに話があるんだけど……」
「話?」
「直接、話したいから時間作ってもらえねえかな。そうだな……、土曜の、練習明け直後ならオレも少しは時間作れる。どう?」
「土曜……。うん、大丈夫……」
 じゃあ土曜の6時に、駅前の浜辺で。と電話を切り、は思わず肩を落とした。
 このタイミングで――悪い話じゃないといいんだけど、と考えていると、どうした? と紳一が声をかけてくる。
「仙道となにかあったのか?」
 思い切り訝しがっている視線の紳一と目が合い、う、とはおののいた。
「な、なんでもないよ……!」
 追求の目線を逃れるようにリビングを出て自室に向かう。
 話ってなんだろう? 昨日の今日で――、これはドラマなどでよくある修羅場というものなのか? いやいや、まさか。
 たかだか放課後の練習を覗きに行っただけでそんな大事になるほうがおかしい。だけど、なまじ三ヶ月も顔を合わせてなかっただけに――。
「…………」
 考えているとだんだん悪い想像ばかり出てきて目線が下がり、ハッとしては首を振るった。いけない。分からないことをいくら考えていてもダメだ。
「勉強しよ……」
 切り替えて適当に参考書を手に取り、読みふけることでは雑念を頭から飛ばした。

 いよいよ予選開幕を直前に控えたゴールデンウィーク初めの土曜。
 暮れてきた空を見つつ、は江ノ電・陵南高校前駅を目指して歩いていた。
 この海岸線は家から陵南方面に向かう歩き慣れた道。だけど仙道に会う目的で歩くのは、実に3ヶ月ぶりか、と頬を撫でる生ぬるい風を受けて思う。3ヶ月前の今ごろは、まだ真冬の底冷えが酷い極寒の夕暮れだった。その違いに、随分と時間が経ったことをより実感させられる。
 あの頃よりは波乗りに励むサーファーも増え、散歩の人たちともすれ違いつつ歩いていけば駅が見えてきた。
 駅前の横断歩道を渡り、は砂浜に降りるための階段に続く出っ張り部分で足を止めた。くるりと後ろを向けば、視界に遮断機の先の坂が映る。あの坂を登っていけば陵南高校だ。
 本当に陵南は立地に恵まれているな、と羨ましく感じつつ海の方へ視線を投げる。じき日の入りだ。今日の部活は18時までと言っていた。おそらく仙道がやってくるのは日の入り時刻とそう変わらないだろう。
 ぼんやりと海を見やっていると、やたらと波の音が耳に入り込んでくる。いっそうるさいほどだ。――と感じて、はハッとしつつ薄く笑った。波の音をうるさく感じたり、沈みゆく太陽を綺麗だと感じる程度には今の自分には余裕があるのだ。バスケットを止めるまで、バスケット以外のものは自分の中にはおおよそ存在していなかったのだから。バスケット以外のことを頭に入れる余地などなかった。だが、ただ、まだこの余裕の上手い使い方を分かってはいないのかもしれない。
 沈んじゃったな、太陽。と水平線を眺めていると、遠くから急ぐような足音が確かに聞こえてきて、は振り返った。すると遮断機の向こうに足早に坂を下りてくるジャージ姿の仙道の姿が見え――、仙道もこちらに気づいたのか遠くでホッとしたような笑みをこぼした。
 つ、とその笑みでは息を詰めた。どうやら悪い話ではないらしい。もどかしそうにこちらへ急ぐ仙道に笑みを向けて、横断歩道を駆けてくる仙道に数歩歩み寄った。
「ワリぃ、遅くなった」
 肩で息をしながら笑う仙道は、あの坂の上の学校から駆けてきたのだろう。ううん、とは首を振るう。
「この前は、本当にごめんね。越野くん、怒ってないといいんだけど……」
「え……!?」
 すると仙道はキョトンとしたのちに、いつもの調子で笑い始める。
「相変わらず真面目だな、ちゃんは。まだ気にしてんのか」
 ははは、と笑い飛ばされてはばつの悪い表情を浮かべたと同時にホッと胸を撫で下ろした。仙道の笑顔を見るのは、本当に久しぶりだ。じんと胸が熱くなってくる。
「ん……?」
 どうかしたのか、と問おうとしたらしき仙道の胸に、そっとは額をついてキュッと手を背中に回した。走った直後だからか体温が高い。うっすらと汗のにおいがする。
ちゃん……?」
 大きな身体だ。こうして仙道の鼓動を感じるのも久しぶり。
「……仙道くんだ……」
 やっぱり、会いたかったんだな……と、確認するようには仙道の名を呟いた。
 すると仙道はぽんぽんとそっと後頭部を優しく撫でてくれた。たぶん頭上で笑ってるんだろうな、と思いつつは瞳をつぶる。そうしてしばらくして顔をあげると笑みを浮かべた仙道と目が合って、仙道はそっとの身体を離して海原の方へと目線を流した。自然、もそれに続いて並んで夕焼けの海を眺める。
「ごめん……」
「え……?」
「さすがに、三ヶ月も連絡取らなかったのは、ないよな。ワリぃ」
 自嘲気味に言われ、は小さく首を振るう。
「ううん。……何度か、家に電話してみたんだけど、繋がらなかったから、たぶん、夜遅くまで練習してるんだろうな、って思ってた」
「そっか……。もし夕飯くらいの時間だったら、たぶん学校にいて電話取れなかったんだと思う。つーか、今日もまたすぐ学校戻んなくちゃなんねえから、あんま時間取れねえんだけど……」
 申し訳なさそうに言われ、あ、とは仙道に向き直った。
「そっか。話があるって言ってたもんね……」
 なに? と促すと、仙道は少しから目線を外した。が僅かに首を捻ると、仙道はスッとポケットから何かを取り出して、のワンサイドに寄せていた髪にスッと手を伸ばした。
 目を見開いて数秒、仙道が手を離し、が目線を下げると自分のものとおぼしきシュシュで髪がまとめられていて、再度目線を仙道に向ける。
「それ、忘れてっただろ」
 この前、と仙道が続けては瞬きをした。用事とは、シュシュを自分に返すためだったのだろうか?
「髪、伸びたなぁ……ちゃん」
「え……?」
 うっすら笑みを湛えて噛みしめるように言われ、は首を捻りつつ束ねられた髪に手をやる。確かに仙道に初めて会った二年前から切っていないし、伸びたと言えば伸びたが――。
「そうかな……? そろそろ切った方がいいかな……」
 一応は見苦しくない程度に手入れはしているものの、バスケを止めた中二の晩夏から何となく伸ばし始めたというだけで特に髪型にこだわりはない。ショートに戻してもいいかな、などと思案していると仙道は小さく首を振るう。
「いや、似合ってるぜ、長い髪」
「そ、そう……?」
 まあどっちでもいいし、いいか、と返事をしつつ、何となく要領を得ないなぁ、とじっと仙道を見つめていると、ふ、と仙道は口の端をあげて目線だけ海へと戻した。
「オレ……、夏が終わったら引退しようと思ってんだ」
 あまりに突然すぎる言葉だ。はすぐには反応出来ず、目を見開いたまま少々間の抜けた声を漏らした。
「え……。こ、国体とか……選抜は……?」
「うん。出ねえな」
 ははは、となお仙道は軽く笑った。
「バスケも高校で止める。あ、いや、遊びではやるかもしんねえけど、本格的にやるのは夏までだな」
 聞きながら、は以前「大学で続けるかは分からない」と言っていた仙道を思いだした。そして、仙道の好きにすればいい、と答えたことも。
 仙道は、相談しているわけではない。報告しているだけなのだ。つまり、もう、彼の中で既に結論を出してしまっているのだろう。
「そっか……」
 だから最後のバスケットに脇目もふらず賭けているのか――とは理解した。これを最後と決めたからこそ、全てを賭けることができているのだろう。仙道は、そういうタイプだ。
「だから、夏が終わるまでは今の生活スタイルでいくから……、こうやって会ったりは夏が終わるまでできねえと思うけど……それこそ、電話すら無理っつーか……」
 言いづらそうに言われて、はハッとした。仙道はこのことを話したかったのだろう。
 仙道が現役を引退してしまうことは、バスケット選手として仙道のすごさを知っている身としては残念ではあるが――、仙道本人を良く知っている身としては、やはりいずれはこうなることも予測できたことだ。
 ならば、最後に全力で駆けてくれるなら、それは嬉しい、とは首を振った。
「ううん! 前も言ったけど、私、仙道くんがバスケットを頑張ってくれるなら嬉しい……! だから平気」
 すると仙道もホッとしたような息を吐いて、眉尻を下げて明るく笑った。
「サンキュ。その代わり、今年こそ勝つ。必ずな!」
「――うん」 
 こんな風に宣言する仙道は珍しい。やはり今までと意気込みが違うという現れだろうか。頷くと、仙道はなお口の端をあげた。
「だから……、夏が終わったら……」
「うん……」
「夏が終わったら、ずっと一緒にいよう」
 真っ直ぐ、真っ直ぐな瞳でそう言われて、はこれ以上ないほど目を見開いた後に口元に手を当てて頬を緩ませた。
「うん……!」
 頷くと、仙道も笑って頷き、そして急くようにして部活へと戻っていた。
 手を振って見送って――は仙道の背が見えなくなっても、陵南へと続く坂を茜色の空間の中で見つめ続けた。

「お、仙道」

 一方の仙道は部活終了後に一時的に抜けてきただけであり、そのまま自主練のために体育館へと戻った。中へ入れば、他の残っていたレギュラーのメンバーが体育館脇に腰を下ろしてエネルギー補給に勤しんでいる様子が目に飛び込んでくる。
 通常練習のあと、こうして少し休憩を取ってから自主練習を行う。土日問わず最近の日課だ。
「慌ててどっか行くから、帰ったのかと思ったぜ」
 パンを頬張りながら越野が見上げてきて、仙道は肩を竦めてみせる。
「ちょっとな……」
 すると、ん? と越野はさらに睨みあげるような仕草を見せた。
「お前……、顔赤いぞ。風邪か?」
 指摘され、仙道はハッとする。いや、まさか、と視線を泳がせつつ取りあえず笑ってみせた。
「走ってきたからな。そのせいだろ」
 すると越野は、ふーん、とさして興味もなさそうに話題を変え、仙道は首に手をあてて明後日の方を見やった。
「まいったな……」
 そうして2時間ほど汗を流し、ようやく帰宅が叶った。
 真っ先にシャワーを浴びて、取り込んだ洗濯物を片づけつつ、ふ、と思い出す。

『……仙道くんだ……』

 噛みしめるような声だった。まるで存在を確かめるように、自身を抱きしめたの身体から柔らかさと温かさが薄いシャツ越しに伝って――、危なかった、と首に手をやる。
 なるべく触れないように気を付けていたが、もし抱きしめ返していたらアウトだったな、と思う。たぶん、練習など投げ出して彼女をこの部屋に連れ帰ってただろうな、と想像してしまい仙道は「やべ……」と頭を抱えた。
 せっかく全エネルギーをバスケットに注いでいるというのに。こういう生活が初めてのせいか、いま、にちょっとでも触れたら自分を抑えきれる自信が全くない。やはり、夏まで接触を断つのは正解だと思う。
 いかんいかん、と首を振るう。
 じき、インターハイ予選が始まるのだ。
 今のチームでインターハイに行き、そして――のように。彼女が出来なかった、彼女の望んだような舞台を見せてやりたい。
 誰にも負けない。エースの中の、エースに――。いま考えることはそれだけでいい。と仙道はきつく頷いた。


 インターハイ予選が始まっても、陵南はベスト8からの登場であるため6月の中旬までは調整に費やせる。
 監督の田岡は自身のチームの順調な仕上がりに、満足気味に練習を見やっていた。
 就任当初は全く身の入っていなかったキャプテン・仙道も今や立派に率先してチームを引っ張っており、特にセンター・菅平のレベルアップに余念がない。根気強く監督である自分と共に指導にあたってくれ、昨年の魚住までもとは言わずとも菅平自身も柔らかみのある良いセンターになりつつある。
 それにしても仙道自身――、我が教え子ながら末恐ろしい、と思う。
 ディフェンスはさらに強化され、どちらかというとスラッシャータイプだったというのに攻撃範囲がさらに外に広がって、最大の欠点であった「ムラッ気」さえも影を潜め、もはや選手として欠点が見あたらない。
「行けるぞ、今年こそ……!」
 ごくりと田岡は喉を鳴らした。
 これも嬉しい誤算だったが、秋の国体以後、福田がなぜかディフェンスに目覚め積極的に指示を仰ぐようになったのだ。
 厳しいことを言うとすぐにへそを曲げる福田だけに、田岡自身、慎重に慎重を重ねて地味だが確実にプラスになるトレーニング方法を伝え、練習中に良い動きをすれば積極的に誉めることで福田のやる気を繋げようとした。が、どうやら杞憂に終わったようで自身できちんと基礎練習の反復をしているらしく、結果はちゃんと出ている。国体が良い刺激になったのだろう。
 が――。いま、眼前でディフェンスに囲まれ、振り向きざまにジャンプシュートを打って見事外した福田を目の当たりにし、田岡は思わず声をあげた。

「福田! 無理して打たずに、ちゃんとチャンスを待て!」

 言われた福田は外したボールを見て、チッ、と舌打ちをしつつ仏頂面でボールを拾う。
 すると仙道が声をかけてきた。
「ドンマイ、福田。けど先生の言うことももっともだ。そうむやみにミドルのターンアラウンドはやるもんじゃない」
 む、と福田は仙道を睨み付ける。
「牧は、あのくらいできてた」
 ミドルのターンアラウンドシュート。――振り向きざまに打つジャンプシュート。ミドルレンジから決められれば、そうとうな武器になる。
 言われて、仙道は困ったような顔をした。
「まあ……、彼女は、巧いからな……」
 彼女"も"だろ、と福田はため息をつく。仙道も、やろうと思えば容易くできるはずだ。
「お前……、やるときはどうやる?」
「え……? えー……」
 聞けば仙道はあごに手をやった。と違い、「なんとなく」で全てやってのけそうな仙道は自身の感覚の説明が難しいらしく、それゆえ指導を放棄しているところがあったが、最近は割とキャプテンらしくなんとか言葉にする努力をしている。
 ジッと答えを待っていると、うーん、となお仙道は唸った。
「まず、リングと自分の間の距離をきっちり掴めるかどうかだろうな。自分がどの位置でジャンプして、リングまでの距離はどのくらいか頭で把握してるっつーか」
「同じこと言ってるぞ」
「は……?」
「牧とだ」
 言えば、きょとんとした仙道は少し目元を緩ませて目線を泳がせた。全く。べた惚れなのがバレバレだ、と福田はフーとため息を吐く。
「ま、どっちにしろ……海南のガードもその程度は出来るようになってると思っておいた方がいい」
「あ……そうか。ノブナガ君にも、ちゃんが付きっきりで教えてたっけ」
「過去形じゃない。アイツらは、あくまで海南同士だ。オレがもし……」
「ん……?」
 そこで福田は言葉を止め、「いや、いい」とくるりと仙道に背を向けた。
 自分がもし海南の生徒だったら、おそらく恥を忍んでも教えを請うだろう。それほど、攻守において彼女の持っていた技術は本物だった。

『今は、練習時間外だから、個人的なことを言うね――』
『お願い……! 仙道くんを、助けてあげて……!』

 がもし男で、もし陵南の生徒だったら、自らがそうしたのだろう。が、陵南は海南の敵。アドバイスをするのは国体の間だけだ、と彼女は暗に言っていた。
 そして例え、仙道の勝利を願っていても、海南に請われれば彼女は手助けは惜しまないのだろう。海南の弱点は、ほぼ潰されているとみていい。
 それに、新キャプテンの神は、良く知っている。大人しい表面からは考えも及ばないほどの強い意志を秘めた、強い人間だ。きっと、強固なチームを作り上げて来るに違いない。
 陵南に必要なのは、仙道に頼り切らない強さ。そして――ディフェンス。

『ディフェンスさえちゃんとすれば、プラスにならなくてもマイナスになることはない。きっちり抑えて、チャンスで確実に一本。これでいいから』

 国体の合宿で一軍VS二軍の練習試合をしたとき、はそう指示していた。
 地力で勝る相手に立ち向かえるのはディフェンスがいいことが条件。
 考えるのだ。――自分には仙道という絶好の手本が身近にいる。どう動き、どう止めればいいのかちゃんと考えて守れば、少しはマシになるはず。と福田は再びコートに入っていった。


 ゴールデンウィーク以降、はバッシュを持参して学校に通うことが多くなっていた。
 自主練習の相手になって欲しい、と頼まれる機会が増え、むげにもできないからだ。
 とはいえ、出来ることはパス出しか、シュート練習を見るか、ディフェンスの相手になるくらいしかないのだが――と思いつつも、まだまだ自身の持っている攻撃の多様性だけは負けていない自信がある。おそらく彼らもそれを理解して欲しているのだろう。
 つまるところ、攻撃パターンを増やしたいのだろうな――とガード陣、清田と小菅の練習後の自主練習を見ていて思う。
 ディフェンスを突破できない時。オーバータームが迫ったとき。ディフェンスに背中を預けてドリブルしつつ、一瞬外してシュートを打つのは定石だが――。
「ああッ――!」
 ガツン、とリングに嫌われた清田の放ったボールを見ては肩を竦め、清田は髪をくしゃくしゃにして叫ぶ。
「なぜだーッ!?」
 ノーマルフォーム以外から打つジャンプシュートは難しいと言えば難しく。上背のない清田はマッチアップの相手次第で相当なクイックモーションを求められるため、さらに難易度はあがる。
「ドリブルしてる時に、ちゃんと自分の立ってる場所を確認して――そして、打つ」
 ボールを持っては清田を背にドリブルしてみせ、言い終わると同時にくるりと背後を向いてシュートを放った。スパッとリングを通って、ぐ、と清田が喉を鳴らす。
「なんで入るんすかッ!?」
「れ……練習……?」
 言えば、くそー、と清田は再びボールを手に取った。
「もう一本、お願いします!」
 海南のシステマチックで激しい練習を終えたあとにこの動き。神も相当だが清田の体力もそうとうにタフだ。それに、インサイドの選手としては上背はないが、去年より身長も伸び2番としてならまずまずの状態になっている。ゴール下のパワー合戦にあまり参加できない分、練習を重ねていたシュートレンジも確実に伸びている。
 加えて、ポイントガードの小菅は神には及ばずともガードとして申し分ないレベルでシュートが上手い。
 ――ガード陣はおそらく陵南より上、だな。ともボールを追いつつ感じた。
 湘北はどうだろうか? 宮城がどう変わっているかはわからないが、シュートエリアが狭い限り、距離を置いて守ればそう怖くない選手だ。速いだけに張り付くと抜かれる危険性が高い厄介さもあるが、ある意味対策がし易い。と脳裏に湘北のメンバーを浮かべた。
 湘北の去年の控えには大きな選手はいなかった。桜木の状態が怪我以前に戻っているとしても、インサイドは明らかに力不足。めぼしいルーキーが入ったという噂も聞かない。流川・宮城のコンビネーションさえ止めれば、今年の湘北はそう怖くはないはず。
 やはり、海南最大の敵は陵南ということか――と、はちらりと神を見やった。

『オレは仙道には負けたくないよ。たぶん、あっちもそうだろうしね』

 仙道を、良いライバルだと言った神。
 神にかかっているプレッシャーはおそらく、仙道の比ではない。勝って欲しいとは思うが……でも。
 スパッと超ロングレンジを鮮やかに決めた神を見て、はギュッと手を握りしめた。


BACK TOP NEXT