森重のファウルによりフリースロー2本を得た花形は、一本目を外したものの二本目は入れて点差を4点にした。
 退場した森重に代わり、コート上の5人は「愛知選抜」から「愛和学院」正規メンバーに変わり、むしろチーム力はあがるかもしれない。が、このメンバーは今年のインターハイで海南に負けている。単純な戦力で海南に勝っている神奈川選抜相手に対抗できるかどうか。

「よーしここからだ! お前らッ、このリードを守ろうなんて考えるんじゃねえぞ! 攻め勝ってオレたちが決勝に行くんだ!」

 諸星が力強くメンバーを鼓舞し、全員が「おう!」と呼応した。
 が――厳しいことには変わりない。攻めて攻めて攻め抜かねば、2ゴール程度の差はあっという間にひっくり返る。残り時間はあと12分。
 やらねえぞ――、と極限まで腰を落として仙道に張り付いた諸星は、仙道がクロスオーバーしようとした一瞬の隙を狙って手を伸ばした。

「あッ――!」
「仙道ッ!?」

 そのままボールを奪って捉え、諸星はワンマン速攻をかける。仙道が速いのは知っている。だが――追いつかれてたまるかッ、とそのまま跳び上がって叩き込むようなダンクシュートを決めた。

「うわあああ、諸星のスティールからのダンクだあああ!」
「さすが愛知の星ッ、はええええ!」

 どうだッ、とコートに降り立った諸星を会場は割れんばかりの喝采で迎えた。森重退場直後のファインプレーということも後押ししたのだろう。

「もーろぼし! もーろぼし! もーろぼし! もーろぼし!」

 圧倒的な諸星コールが会場を包み込んで、さすがの神奈川陣営も息を呑んだ。
「は……、派手なヤツだな。まあ、いつもだが」
「仙道くんが追いつけないなんて……」
 紳一でさえも息を呑み、は口元を押さえた。仙道がスティールされたことより、追いつけなかったという事実が嘘のようだ。それに今のダンク――、ここからいける、と思った選手たちにとっては重い一発だろう。

「ア、アンビリーバブルや……! 仙道さんが……まさか……。上には上がいてる……」
「諸星は中学時代には海南・牧と双璧を成していた愛知のスーパーガードだからな……。いや、総合力で言えばヤツは牧より上……!」
「牧さんより上ですて……!?」

 ベンチ上部の陵南陣営もうろたえを見せ、田岡も渋い顔をして腕を組んだ。普段なら「バッカモーン!」と仙道を怒鳴りつけているところであるが、相手は流川ではなく上級生の諸星だ。仙道が油断していたわけではない。

「さすがに……、一筋縄じゃいかねーか……」

 ふ、と仙道も肩で息をした。
 上級生とはいえ、まさか自分よりも小さい相手に無様にスティールされてダンクまで決められてしまうとは――、ふ、と少しだけ口の端をあげる。
「藤真さん、ボール回してください」
 言って仙道はフロントコートへ走って向かった。
 ニッ、と聞いた藤真が笑う。――ようやくやる気になったか。と感じたのだ。今までも十分やっていたが、仙道の「集中力」を引き出すポイントがどこにあるのかはおそらく陵南の監督・田岡ですら理解していないに違いない。
「ったく……イヤな二年坊だ。相手はあの諸星だぜ?」
 呟きながらも藤真の声が少し弾んだ。自分ですら、集中力を増した仙道に乗せられてワクワクしてしまう。仙道ならきっとすごいことをやってくれるだろう、というような――。それこそが自分と紳一が恐れている仙道のもっともたる才能であるが、味方であるとこれほどまでに心強いのか。陵南の部員の気持ちが少しばかり分かるな、とボールを運びつつ仙道にパスを渡した。

「仙道と諸星の1on1だ!!」
「すげえ火花散ってるぜ、エース対決!!!」
「だがまだ諸星に勝つのははやいぜ、仙道ーー!!」

 先ほどのダンクのおかげか、諸星の声援が多少勝っている。とはいえ、今の二人に聞こえているかどうか。
 仙道はジッと諸星の瞳を見据えて機をうかがった。今まで数え切れないほどの相手と戦ってきたが、それでも印象に残っている選手が何人かいる。神奈川で言えば、流川。面白いほど自分を敵視して挑んでくる様がありありと分かり、それでいてまだまだ自分には及ばない。戦っていて楽しい相手だ。あとは……中学時代、勝てなかった相手もいたっけ、とそんなことを思い出した。
 ――ディフェンスは流川より数段上だな、と仙道は機を伺いながら思う。実際、この試合で仙道は諸星にあまり抜かせてもらっていない。おまけに。
「――おっと!」
 少しでも気を抜けば弾かれてしまう。慌てて一歩下がり体勢を立て直した。――さすがに紳一の親友だけある。似ている、と攻めるようなディフェンスに紳一との対戦を思い出した。
「なに笑ってやがんだ、二年坊主!」
 目の前の諸星がイヤそうな顔をし、笑ってたか、と仙道は初めて気づいた。
「いや、おもしれえと思って」
「は……!?」
「ぜってえ、抜いてやる!」
 言って大股で一気に抜き去りにかかるが、うまく重心移動した諸星に阻まれて抜けない。
 甘えよ、とでも言いたげな視線を受けつつ、それならば、と間髪入れずにバックにボールを回し、仙道はノールックで藤真にいったんボールを戻した。と同時に逆サイドから抜けてリターンを受け取り、素早くジャンプシュートを放った。
「く……ッ!」
 諸星も追ってジャンプしたが間に合わない。見事にリングを貫いて、ワッ、と歓声が起こった。勝負しろ勝負、などという声も起こっているが点数さえ入ればこちらの勝ちだ。

「おもしれえ、今度はこっちの番だ! 止めてみろ! 二年坊主!」

 次は愛知のオフェンス。ボールを受け取った諸星は声高に叫んだ。
 ――言いながら思う。今まで自分に挑んできたエース級のプレイヤーは、常に「挑んでくる」だけであった。先ほどの仙道のように抜けないならば周りの助けを借りて抜こうなどと考えるような選手は、少なくとも覚えがない。
 コイツ、やっぱり手強い。と思う。おそらくが「凄い選手」と感じたのはその辺りが理由のはずだ。ただ一直線に挑んでくるタイプなら、は決して「大ちゃん以上」などとは言わない。
 おまけに、ディフェンスもいい。と諸星は目線を鋭くした。ディフェンスは、日々の鍛錬はもちろん、経験と先読みの力がモノを言う。後者のイメージ通りに動ける前者の能力があれば手強いディフェンダーのできあがりだ。スカした顔して、鍛えてるな、と思わせるディフェンスだ。さすがに紳一が苦戦しただけはある。
 低いドリブルで対応するが抜けない。

「仙道さーん、ナイスディフェンスー!」

 神奈川ベンチ側の観客席からそんな声が飛んだ。仙道の後輩だろうか?
 だが――甘いッ、とズバッと諸星は切れ込んで強引にそのまま制限エリア近くまで行くと、そのまま跳び上がってひょいと仙道のブロックを避けてシュートを決めた。

「う……、巧いね、やっぱり、大ちゃん……」
「ズバッといったな。緩急の付け方はさすがと言わざるをえんな」
「で、でも……仙道くんだって……」

 まだ負けていて後半残り10分。会場の諸星押しもあり神奈川陣営に少しばかり不安が走る。逆に一人としてコートに立っていない湘北の3人は相当に苛立っており、下手すると飛びかかりかねない体勢だ。
 ――この時点で紳一との心理には開きがあった。神奈川が勝つこと前提で、今のコートで一番の選手は親友だと信じて疑わない紳一。そして、やはり仙道でも諸星に勝てないのだろうか、と複雑さを覚える
 はチラリとスコアボードを見やってからコートに声を飛ばした。

「仙道くーん! しっかりー!!」

 お、と仙道が瞬きをして、仙道の目の前の諸星は眉を曲げた。
のヤロウ……!」
 諸星にとっては、が明確に敵陣営を応援しているというのは初めての経験だ。やはりあまりいい気はしない。
 仙道はというと、まずいな、と気を引き締めていた。もまずいと感じたから「しっかりしろ」などと言っているのだろう。
「まあ、いい。の意志なんざ関係ねえ、オレは負けねえ」
 低く、諸星が呟いた。まただ。なぜだろう? と諸星の間に、いったいなにがあったのだ? 試合中だというのに、そんなことが仙道の脳裏に過ぎった。
 神奈川に越してきた日に見つけた、公園で辛そうな顔を浮かべてバスケットボールを見つめていた。綺麗なシュートフォームと、その表情があまりにミスマッチで、あの瞬間からずっと彼女は自分の中に住んでいる。あの表情の原因は――この目の前の"大ちゃん"なのだろうか。
 ――いかんいかん、と思い直す。いまは試合中だ。しかし、のことは気に入っているし、ちゃんと本気だが……目の前の諸星のへの思い入れに自分の気持ちが勝っているかどうかは自分でも分からない。
 だが――。

『明日の試合、ぜったい勝って!』
『え……!?』
『私、インターハイで仙道くんのプレイが見たい! だから、勝って、ね!』

 は、なんだかんだいつも自分を見ていてくれた。
 だから、もし、いまの諸星のように目の前で彼女が自分以外の誰かを応援していたら――などとはあまり想像したくないことだ。もしも自分が諸星の立場だったら、この試合はやりにくいに違いない。
 ――隙がないな。
 それでも、先ほどよりもなお鬼気迫る諸星の守りに仙道は攻めあぐねていた。ドリブル・パス、全方位で隙なく警戒されている。甘い動きをしたら即スティールされてしまう。けれど――高さもパワーもこちらが上。ゴール下にやっかいな森重はいない。ならば、と仙道は強引に中へと切れ込む。ここは意地でも自分が圧倒しなければ、諸星の勢いは絶てない。

「うおおお、無理矢理いったあ!」
「いやッ、まだだ!」

 ファウルギリギリの強引さで切れ込む仙道。守る諸星。押し切って競り勝つ、という意志とは裏腹に、仙道は一瞬、力を抜いて足を止めた。当然、諸星はパスを警戒する。その刹那の隙をついて、仙道は強引にゴール下へと突っ込んで跳び上がった。

「なッ――!」
「強引だッ!!」

 だがまだ振り切ったわけではない。直後に諸星がブロックに跳び、センターの荻野もマークを振りきって跳び上がってくる。それでも。

「おう!!」

 仙道は力任せにボールを直接リングにねじ込み、力負けした諸星が弾かれてゴール下に倒れ込んで神奈川ベンチは思わず絶句していた。
 ワッ、と観客席がどよめく。

「仙道……! 強引に決めやがった」
「しかもあの愛知の星から」
「にゃろう……」

 力強い仙道のスーパープレイに神奈川ベンチの湘北陣が色めき立ち、今は仲間である彼にガンを飛ばしている。
 は少し目を丸めて、口元を押さえた。――ゴール下で諸星が吹っ飛ばされるところなど、少なくとも見るのは初めてだ。
「だ……大ちゃ――」
 案じて立ち上がりそうになったを制したのは紳一だ。
「大丈夫だ、座ってろ」
「でも……!」
「仙道が、動揺する」
 言われてはハッとした。そうだ、いまは神奈川陣営にいるのだから諸星に声がけをしていい立場ではない。まして――。

『もし、オレが"大ちゃん"に勝ったとしても……怒らねえ?』

 夕べの仙道から受けた言葉を思い返して、は黙した。
 少しだけ心拍数があがっているのが自分でも分かる。見覚えがある光景だ。昔、三年前のあの晩夏の日まで、自分がああやって諸星に吹き飛ばされ続けていたのだから。何度も、何度も――。

「くそ……ッ」
「大丈夫か、諸星?」
「ああ、わりぃ」

 床に倒れ込んだ諸星は、手をさしのべてくれた荻野に引っ張られて身を起こした。そうしてチッと舌打ちをする。
 荻野もまた腰に手をあてていた。
「とんでもない二年だな。ディフェンス2枚の上からダンクかましやがった」
「ああ。速いし高い。技術もパワーもある。しかも……緩急の付け方が桁外れに巧い」
 けど、負けねぇぞ、と呟くと諸星たちは攻撃を開始する。
 走りながら諸星は、既に自分の息がいつもよりも上がっていることに気づいた。それだけ仙道相手に消耗させられているということだ。
 鳴り物入りの二年坊主を相手にしてやるつもりが、いつの間にかこちらが挑戦者のようなノリになってしまっている。それでも、怯むわけにはいかない。エースの負けはチーム全体に影響する。自分が踏ん張らなければ愛知全体の志気に影響するのだ。
 対する仙道は、あまり対諸星に拘ってはいないのだろう。相変わらずコート全体を見渡して、一瞬でも神やセンター陣がフリーになれば絶妙なパスでアシストを重ねている。その冷静さも、諸星に「かわいくねえ二年だ」と思わせるには十分だった。

「残り時間5分!」
「68−67! 愛知厳しいぞッ! 一点差まで追いつかれてる!」
「神奈川ー! 神でいけッ、一気に逆転だ!!」

 観客は思い思いに声を飛ばし、く、と諸星は息を乱しながら歯を食いしばった。
「おい、二年坊主! 逃げてんじゃねえ! オレと勝負しろ!」
 向かってくる回数よりもアシストを出す回数の方が明らかに多い仙道に怒声を飛ばせば、さらに館内はどよめいた。

「おおおお、スゲー! スゲー火花飛ばしてんぞエース同士!」
「諸星と仙道ッ、どっちが上なんだ!?」

 実際に熱くなってるのは自分の方だけかもしれない。涼しい顔しやがって。と、諸星は息を乱しながら、藤真のパスモーションを察してパッと前に躍り出た。

「パスカットッ!?」

 弾いたパスがこぼれて、諸星は仙道よりも先に駆け出した。絶対取ってやる、と追うボールはルーズボールとなって神奈川ベンチの方へ流れ――、チッ、と諸星はラインクロスギリギリのところでボールに向かって手を伸ばし、飛びついた。が、一歩及ばない。身体ごと神奈川ベンチにスライディングして、激痛が肩に伝った。

「大ちゃん!?」
「諸星ッ!!」

 脳裏にと紳一の声が届いた。痛みと呼吸の乱れですぐには起きあがれず――それでも膝をついて、諸星は何とか身体を起こす。どうやらボールは取れなかったらしい。審判の青ボールを宣言する声が聞こえた。
「大ちゃん、大丈夫!?」
「平気か諸星?」
 不思議だ、と諸星は感じた。歓声と、そして紳一の声との声。まるで昔に戻ったような気分だ。もう二度と戻れない、3人一緒だった時間に――。
 立ち上がって、諸星は肩を押さえつつ、ふ、と笑った。
「安心しろ、。オレは……負けねえ……。お前を、負かした男は……日本一、なんだ……」
 言ってコートへ戻り、キ、と前を見据える。

「さあ、こっからだ! 守るぞ、一本!」

 痛みをうち消すために本能が集中力を強化させたのか――諸星のプレイに迫力が増した。
 だが仙道も負けていない。しばしば仙道のオフェンスは諸星を圧倒し、点の奪い合いが続く。
 はギュッと手を握りしめていた。
 あ、いま、仙道が目線のフェイクを入れた。抜いた。囲まれたところでのバックレイアップ。上手い。ああやれば諸星を抜けるのか。でも、だが――。
「大ちゃん……!」 
 いつの間にか、諸星に勝つことが自分の最大の目標になっていた。いつも対等だった、いや、いつも自分が一歩前にいたのに、いつの間にか諸星も、紳一も、遙か遠くへ行ってしまっていて……追いつきたくて、追いつきたくて。置いていかれたくなくて。
 ――大ちゃんには、誰も勝てない。
 そう自分に言い聞かせていたのかもしれない。彼に勝てる人がいるとしたら、それは自分だけ。でも、それももう過去の話。だから、だから――。
 負けて欲しくない。誰であろうと、諸星に負けて欲しくない。
 仙道に追いつめられている諸星を見て強く感じたのは、そんな想いだった。
 けれども――。

『大ちゃんだ……! ううん、大ちゃん以上の選手だ、あの人!』
『私は初めて見たときから、仙道くんを大ちゃん以上だって思っ――ッ』
『頑張ってね。仙道くんなら、ぜったいに勝てる』

 そう感じた気持ちも、嘘ではない。だが――。

「残り45秒だああ! 愛知、攻めろおおお!」
「守れ! 神奈川! ここは守らんと負けだぞ!!」

 83−82。いまだ愛知の1点リード。とはいえ、双方攻撃が一回ずつ残されたこの時間帯では先にゴールを決めた方が勝ちだ。
 ――神奈川には、神という強力なスリーポイントシューターがいる。仮にこの攻撃で愛知が2ポイント取ったとしても、3点差では最後に神にスリーを決められて延長に持ち込まれるおそれがある。ゆえに、ここは愛知としてもスリーを決め4点差にしたいところだ。が、当然神奈川もそれを警戒している。

「行かせるな仙道、高砂、花形! ぜったい諸星に打たせるな!」

 藤真が声を飛ばし、仙道はきつく諸星をマークしてインサイドはゾーンを敷いた。
 攻める諸星も痛いほどに分かっていた。――彼らがいまもっとも警戒しているのは、自分のスリー。だからこそ切り込む価値はある。この際、2ポイントでも仕方ない。
 諸星はプルバックでフェイントをかけ、その勢いのままボールを荻野へとパスした。瞬間、逆サイドへ抜けて荻野が弾き返してきたボールを受け取ってシュート体勢に入る。仙道・花形がブロックに跳び――諸星は十分に引きつけてから空中で上体を捻った。

「うわああ諸星の十八番ッ――!」
「ダブルクラッチだーーッ!」

 しかし――。この場でこう来るのを読んでいたのだろうか。仙道も上体を捻って、ダブルクラッチから繰り出した諸星のレイアップからのシュートを弾き落として会場はさらに興奮で染まった。

「仙道! 叩き落としたああ!」
「止めたあああああ!」

 浮いたボールを神がキャッチし、一気に神奈川がカウンターをかける。

「戻れええ! 神をフリーにするなああ!」

 諸星の叫びと共に愛知のポイントガードがすぐに神の速攻を阻み、神の足が止まる。とはいえ、これは神の計算内だ。残り時間35秒。ギリギリまで時間を使って、確実に決めればいい。
 藤真もその考えだったのだろう。神は藤真にボールを戻し、神奈川は体勢を立て直す。
 とは言え――。

「こういう場面……。陵南なら、確実に仙道に託すところだ」

 ベンチで腕組みをしたまま紳一が呟き、紳一の目線の先のコートで藤真も仙道へとボールを渡した。
「だが……」
 紳一は目線を鋭くした。神奈川選抜は陵南ではない。どうする、仙道? どう守る、諸星。と、二人の最終対決の行く末を黙して見つめる。

 仙道の方も、これがラスト一本だということは嫌と言うほどに自覚していた。自分が決めなければならない、ということも。だが――このコートには、神がいて、藤真たちがいる。
「来い、仙道ッ!」
 目の前には、愛知の星――諸星。最後まで攻め勝つべきか。それとも――。
 揺さぶってドリブルで抜きにかかるが、諸星がそれを許さない。
 残り時間、20秒。あと15秒で打たなければバイオレーションを取られる。神はチェックが厳しい。ゴール下にパスを回すか? いや。抜いてやる――ッ、と仙道は左手で諸星をガードしながら中へと切り込んだ。高さはこっちが上だ。抜ける――ッ、と、やや後方に跳び上がる。しかし。
「打たすかあああッ!!」
 予想よりも遙かに高い諸星渾身のブロックに仙道は目を見張った。――高い。打てるのか? いや、これは、高い。阻まれる、と瞬間的に全身から汗が噴き出した。――と同時に視界の端に一瞬フリーになった藤真が映って、仙道は腕を振り下ろすとそのまま藤真へとボールを託した。

「なッ……!!」
「藤真――ッ!」

 会場内の全ての人間が度肝を抜かれ――、一人パスを受け取った藤真が綺麗なジャンプシュートを放った。その間にも、秒針は刻一刻と残り時間7秒、6秒と刻んでいく。
 ボールが綺麗にリングを貫き、スコアボードが神奈川84、愛知83を示した。
 着地と同時に藤真は力強く叫ぶ。

「よし! あたれッ! ラストオールコートだ!」
「おう、守るぞ!!」

 選手たちが呼応して、コート上の5人がかりで愛知にプレッシャーをかけたところで試合終了のブザーが鳴った。
 同時に観客が熱狂の渦を作り出す。

「うおおおおお!!! 神奈川、決勝進出だーーー!!」
「すげえアシストだ、仙道ーー!」
「よく決めた藤真あああ!!」

 神奈川ベンチ上の陵南応援席も踊っていた。

「さすが仙道さん! 天才ッ!!!」
「ナイスアシストッ、仙道!!」

 当の仙道はどうにか勝ったことに安堵して、いつものように、ふ、と息を吐いた。
「ナイス、仙道」
「うす」
 すると藤真がタッチを求めてきて、仙道も笑顔で応じた。見ると、他の3人も汗だくの顔に笑顔を滲ませている。
 だが――、と仙道がベンチに顔をやると、はどこか神妙な顔をしており、紳一が案じるように声をかけていた。
 その表情を見て、仙道は一瞬で察してしまった。やはり、彼女は諸星を――、とかすかに眉を寄せる。
、ちゃん……」
 呟いて、仙道は今度は確かめるように諸星の姿を探した。後ろを向いていた彼は、少し震えているように見えた。――ラストのパス。出すべきではなかったのだろうか。逃げたわけではないのだ。これは試合。あれは正しい判断だった。

「84−83で、勝者・神奈川!」
「ありがとうございました!」

 試合が終わり、会場からは両陣営に拍手が贈られる。
 一方で、午後からの試合を控えて両チームの観戦に訪れていた山王工業のメンバーも感心したようにコートを見下ろしていた。
「隙のない選手だピニョン、あの神奈川の仙道。沢北と同じ二年だが、沢北より視野も広いピニョン」
「ああ、神奈川はあの流川さえこの準決勝でベンチに座りっぱなしだった。この大会を通して、神奈川は流川ではなく仙道をエースとして使っている……。なぜあれほどの選手が無名だったんだ?」
 部長を務める深津が言えば、監督の堂本も感心しきりに頷いた。
 そして同じく準決勝を控えて観戦していた大阪代表も、信じられん、という面もちを浮かべていた。
「二年で諸星と対等以上のプレイやったぞ……。誰が止めるんや、あんなの」
「雑誌に書かれとったことはホンマやったんやなー……"天才"て。オレが対戦して恥かかせたろ思とったんやが……」
「アホ、お前には無理や岸本」
「その前に秋田倒さなあかんやろ、ウチは」
 そんな愚痴が、熱狂する観客の声の中に溶けていった。

 熱狂する周囲の声と、敗北した親友と、そしてやはり諸星の敗北を受け入れられていないの色のない表情を見て――、紳一は後悔を覚えていた。
 やはり、を陵南の試合に連れて行くべきではなかった、と。仙道にさえ引き合わせなければ、こんな結果にはならなかっただろうに。
……」
 声をかければ、ピクッ、との頬が撓った。
 は、諸星のチームが負ける場面を見たことはあっても、諸星が自分以外の誰かに競り負けるところは生まれてから一度も見たことがないはずだ。
 諸星にしてもそうだ。諸星も、はっきり「敗北」を覚えるのは初めてだろう。自分自身、あまり認めたくないが、仙道は諸星よりもやや上手であったことは確かだ。おそらく、諸星も「勝てなかった」と感じたはずである。しかも、の目の前で、だ。

 ――仙道は、天才だ。

 確かに諸星より素質があるのかもしれない。だが、二人にとってはそれほど単純な問題ではない。
 あの底抜けに明るい諸星が、まるで言葉をなくしたように表情さえこちらに見せてくれない。と紳一は親友の背中を見据えた。
 で、何を考えているのか――。
 はしゃぐ仲間達の声がやたら大きく耳に届いた。
 諸星にも、にも、してやれることは何もないだろう。
 中途半端に人の妹に手を出しやがって。責任取れんのか? などと仙道を睨むのはお門違いだろうか?
 ただ、でも――。自分には何も出来ない。
 三年前のあの晩夏の結末は、誰にもどうすることもできなかったのだ。
 も諸星も、それぞれが自分で答えを見つけるしかない。――ふ、と紳一は周りの熱狂に抗うようにして深いため息を吐いた。


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