一方の仙道も考えていた。
 前半終了で7点ビハインド。あと20分あるとは言え、高砂や花形は消耗が激しく、そして愛知はインサイドに自信を持っている。実際にリバウンドも強く、愛知が外の攻撃も多用し始めるようになれば好循環が起こって一気に点差が開く可能性もある。
 やっぱ、はやめにカタつけとくか。と藤真に目配せして確認し合う。そうして藤真は花形へと目配せした。
 ジャンプボールは愛知が勝ち、諸星の速攻アシストで一本取られてしまったが、ここからだ。

「一本! 一本いこうか!」

 仙道がボールを運び、藤真たちが呼応する。実質、セカンドガードでの起用である仙道がボールを運んでもなんら不自然ではない。面倒なのは、諸星がなかなか抜かせてくれないということ。だが――。チェンジオブペースで一気に中へ切れ込んだ仙道は、それを読んで腰を落として張り付いてきた諸星の裏を掻いてヒュッと藤真へボールを渡した。
 瞬間、諸星がハッとしたように目を見開く。

「スイッチーッ!」

 諸星が叫んだ。彼はコンマ単位で神奈川の狙いを悟ったのだ。さすがだな、と仙道が感じたときには既に花形が壁になって仙道は単独で中へ切れ込み、リターンパスを藤真から受け取っていた。相手のヘルプは間に合っていない。相手は――森重。かわしてシュートを決めるくらい造作もないが、そうはしない。

「仙道さんッ!!」

 彦一の声が聞こえた。身体を張って止めにきた森重のパワーを仙道はあらかじめ計算に入れていた。――魚住さんより、キツいかな。接触した瞬間、魚住で慣れているはずの重さ以上の衝撃に歯を食いしばる。が、どうにかシュートを投げあげてから腰から落ちないよう足で踏ん張り――コートへと倒れ込む。同時にホイッスルの鳴る音が聞こえた。

「ディフェンス! 白・8番! バスケットカウント・ワンスロー!」

 歓声があがり、ふ、と仙道は息を吐いた。ワンスローを宣言されたということは、シュートが入ったということだ。
「大丈夫か、仙道?」
 高砂が駆け寄り手をさしのべてくれ、ええ、と頷きつつ仙道はその手を取った。そうして言う。
「今度はゴール下、2人がかりで頼みますよ」
 高砂は、ああ、と頷き、仙道はフリースローラインへと移動してきっちりとフリースローを決め、3点プレイをものにしてさらに会場を沸かせた。

「さすが仙道……だな」
「お兄ちゃんの十八番、とられちゃったね」
「まァ、陵南にはあの魚住がいたからな。重量級相手の練習には事欠かなかったはずだ。にしても……藤真・花形がうまく仙道をサポートしていた。やるな、アイツらも」

 真上の陵南応援陣がうるさいほどに盛り上がっているため、ベンチは至って冷静だ。むしろ明確に、「仙道がチームメイトに恵まれていたらどれほど強いか」という事実の片鱗を改めて見た気がして、紳一もも唇を引き結んだ。
 そのことを彼らは自覚しているのだろうか? ベンチの福田、そして上にいる越野たちはどんな思いで仙道のプレイを見守っているのだろう?

 一方の諸星は、再度、森重に注意を促した。
「おい、ファウル気を付けろよ。3つだぞ」
「わかってるよ」
 まるでファウルなど気にしていない。という顔だ。イラッとするも、いかんいかん、と思い直してスローワーからボールを受け取る。

「こっちも一本返してくぞ!」

 森重がインサイドにいると、強力であるのは事実だ。しかし愛知は、インサイドの森重頼み、ではない。いてもいなくても変わらない。とはさすがに言えないが、森重のおかげで愛知が強いなどと思われるのは心外だ。
 ここは一本、自分が返さねば――とフロントコートに運びつつ仙道に向かう。パスはない。仙道も理解しているはずだ。自分の3点プレイの直後だ、必ず相手もエースでやり返しにくる、と。
 ――勝負だ、と諸星は一気にダックインで仙道を抜き去りにかかった。と、みせて足を止め、背後にボールを回して一歩後ろに跳ぶ。ちょうどスリーポイントライン外だ。
 仙道がハッとしたときには諸星はもうシュートモーションに入ってボールを手放す直前だった。が――。
 ここで思わぬ仙道側の高さの利が出た。一歩遅れてブロックジャンプに入った仙道の手にかすかに放ったボールが触れ、く、と諸星は空中で唸る。

「リバンッ!」

 リングに弾かれるのを確信して諸星は叫んだ。

「おう!」

 森重が呼応する。
 二人がかりで森重を抑えていた高砂と花形が互いに顔を見合わせた。ちょうど審判は逆サイドいいる。チャンスだ。と、シュートが外れてリバウンドを取るため跳び上がった森重と共に二人して跳び上がった――ように見せかけて森重がジャンプしたと同時に二人は弾かれたようにコート外へと倒れ込んだ。
 森重がリバウンドを奪い、同時にけたたましいホイッスルがコートを包み込む。
 あ……ッ、と声を漏らしたのは諸星だ。

「チャージング、白・8番!」

 倒れ込んだ二人は口の端をあげ、ファウルをとられた森重はキョトンとしている。
「あれ、オレ、なんもしてないよ?」
 本当になにもしていないのだろう。審判へ向けてそう口走って、諸星はゲッ、と頭をかかえた。
「白8番、手を挙げて!」
「えー……」
 不本意そうに手を挙げる森重を見て、諸星はしかめっ面をする。4ファウルでも監督は森重を下げないだろう。森重自身、ファウルを顧みるタマでもない。退場したらそこまでだ。
 神奈川のゴール下は小賢しい。しかも――と諸星は仙道を睨みあげる。
 自分のクイックモーションにすぐ対応するとは。反応が恐ろしいほど速い。それになにより、ミスマッチなうえにジャンプ力も高い。
「チッ、いやなヤローだ」
 改めてやっかいだな。と感じつつ持ち場に戻る。いずれにせよ――これで益々インサイドだけにボールを集めるわけにはいかなくなった。

「さすがに高砂、花形は巧いな」
「交代しないみたいね、あの8番。後半残りまだ18分もあるのに……」
「退場するまで使う気だろうな。まあ、森重が抜けたところで愛知は愛和の正規スタメンに戻るだけだ。それはそれで悪くない。だが――」

 神奈川ベンチで腕組みをして、紳一はコートを見据えた。
「これで愛知は攻撃を外に広げざるをえなくなった」
「じゃあ……」
「ああ、諸星にボールを集めるはずだ」
 残り時間18分。愛知6点リード。しかし神なら2発で取り返せる数字である。向こうもリードしているとは考えていないだろう。
「諸星にとっちゃ、さっきのスリーを阻まれたのは屈辱だろうな。しかも森重4ファウルのおまけ付きだ」
「大ちゃんより大きい2番ってそうそういないしね……。お兄ちゃんも、仙道くんの高さには苦戦してたよね。けっこう、パスカット許してたし」
「…………」
 コホン、と紳一は咳払いをする。確かにあれは思い出したくないな。と、陵南と対戦したときに仙道とのマッチアップで面倒だったミスマッチを思い出して肩を竦めた。

 ――涼しい顔してんなー。と諸星はいっそ感心して仙道を睨むように見ていた。
 自慢ではないが、自分はどうもポーカーフェイスやクールという言葉とは対局にいるキャラらしく。クールという言葉は似合わない。自分ではイケてると思っていても、周りからの評価はそれだ。
 つまり、コイツとは正反対ってわけだ。とどことなくムッとする。そうしてチラリと神奈川ベンチを目の端で捉え、思う。が目の前のこのスカした男を応援しているのだと思えば、面白くはない。

 対する仙道は、なぜだか百面相で睨まれていることに頭の中で疑問符を飛ばしていた。
 なんなんだ、いったい。と思うもそろそろ追い上げなければあとがキツイ。それに――、こちらとしてもの前で負けるのはご免被りたい。ましてや"大ちゃん"相手に、と気を引き締め直す。

「おおおお、諸星いったあああ!!」

 攻撃の主体を諸星に切り替えた愛知は積極的にボールを諸星に集め、諸星も仙道の長身相手に低めのドリブルで揺さぶって持ち前の鋭いドライブインで一気にゴールに飛び込んだ。
 こうなれば190センチ台が二枚でブロックに来ようがしめたものだ。ひょいっとそれらを避けてショットを放てば、観客がどよめく。

「戻れ戻れ!」

 着地した瞬間に味方にハッパをかけてすぐさま自軍コートに戻った諸星を見て、仙道は「してやられた」と内心舌を出す。さすがにガード。ドリブルの巧さはあっちが上か。スピードも相当だ。
 藤真もボールを運びながらコートを見渡すが、自分と神には実質3人がかりでプレッシャーをかけてくる愛知だ。必ず1対1となる仙道か手薄なゴール下で勝負したいところだが、あの森重は4ファウルを受けてなお動きに躊躇が見られない。
 面倒だな、と舌打ちする。愛知選抜で本当に恐ろしいのは森重ではない。諸星を調子に乗せることだ。むしろ、これは森重が退場して「愛和学院」正規メンバーになってしまった方がやっかいなのでは? と相手ポイントガードのディフェンスをかわしながら考える。いや、冷静になれ。例え初心者くさい動きであろうと森重はゴール下の要。彼が消えれば愛和学院のインサイド陣が花形・高砂相手に勝るとは思えない。現在の第一目標は、森重をコートから追い出すことに変わりはない。
 しかしながら、まずは少し点差を詰めなければ。追い上げのプレッシャーを与えれば必ず相手もミスが嵩んでくる。
 藤真は視界の端に神を捉えた。そうしてじりじり左ウィングに移動しながら神に左をあけて下がるよう指示を出す。仙道が右ウィングに駆け、藤真はミドルポストをとった花形へパスを通した。すると当然、愛知は花形のミドルを警戒する。が、花形は自身では切れ込まずに右ウィングの仙道にパスを通し、ワッと会場が沸いた。
 ――諸星対仙道。会場はそれを期待しているのだろう。が、仙道は藤真が神をさげた意図を理解していた。神は、スリーポイントラインの遙か後方からでも正確にゴールを射抜く。むろん確率はそう高くはないが。それでも。

「さァ来い、二年坊主!」

 おそらく、もしも神がフリーで打てるなら、自分が諸星を抜いてシュートを打つよりよほど高確率で決まる。と、仙道はドリブルをしながら諸星を見据えた。彼はドライブを警戒している。けれど、そうやすやすパスを出させてくれるとも思わない。さて、どうするか――。

「仙道ッ!!」

 考えていると神が自分を呼んだ。ハッとしたように諸星が身構える気配が伝った。瞬間的にパスを警戒したのだ。ならば、と仙道はほぼ反射的にドライブで抜きにかかった。が――。

「うおお、さすが諸星ッ! 読んでる!」

 すぐさま防御に戻った諸星の反応の速さに仙道は瞠目しつつ、とっさに作戦を変えてそのまま神にパスを投げ飛ばそうとした。しかし。甘いとばかりにそれを諸星に弾かれ、あわやスティールというところで慌ててボールを確保する。
 あぶねぇ、と内心焦りつつ、仙道はハンドリングで諸星を見据えながら目線を動かさずにコート内を確認した。いまの攻防で、神のマークマンが少し神から注視がそれた。神なら振り切ってくれるはず。よし、と仙道はそのまま後ろへ向けてボールを投げ飛ばした。

 ワッ、と一斉に館内が沸いて諸星も目を見開いた。センターライン付近まで下がった神がパスを受け取り――。

「ウソだろッ!? あんな遠くから……ッ!!」

 館内がどよめく中、フリーになった神はじっくりと狙いを定めてスリーポイントラインの遙か後方から鮮やかにボールを投げあげた。
 選手・観客の全てがその行方を見守る中、ボールはスパッと見事にリングを貫いて一層館内はどよめいた。

「うおおおお、入ったあああああ!!!」
「さすが全国得点王!!」
「仙道の無理やりアシストも利いてるぜッ! いいぞー、スーパー2年コンビ!」

 さしもの仙道も相変わらずの神のスリーの精度に「おお」と目を見張る。この神のスリーは、相手にとっては重い。過去に海南と戦った時にやられた分、その重さは嫌と言うほど分かる。が、今は味方だ。頼もしいことに変わりはない。
「ナイス、神!」
「ナイスパス、仙道!」
 互いに声を掛け合い、ハイタッチをしてから自軍のコートへと戻っていく。これで5点差。完全に射程距離だ。

「今のは仕方ねえ。気にするな。神のシュートは規格外だ」
「あ……、ああ」

 諸星は眼前で今のロングレンジを決められて動揺の走った様子の自身のチームの7番に声をかけた。神のシュートレンジの広さは間違いなく全国一。彼がいるだけでディフェンスを限界まで広げなければならないというのは、相当に厄介だ。そういう意味で神奈川の陰の軸は神と言える。対策としては、彼をフリーにさせない、彼にパスを出させない、ということを徹底するしかないだろう。

 しかしながら、今の一発は確実に愛知にダメージを与えていた。
 逆に神奈川が勢いづいたのは言うまでもなく、インサイドの高砂・花形も、仮に自分たちが森重に対応できなくとも神が外から射抜いてくれるという安堵感を改めて感じていた。
 そうして二人は互いに顔を見合わせて頷き合う。ゴール下でファウルをもらいに行くのはバスケの定石。自分たちがいまここにいるのはまさにそのためだ。今日のために練習をこなしてきたのだ。
 高砂と花形は積極的にローポストをとってインサイド勝負に挑みかかった。例え二人同時にやられても、神奈川の控えならきっと愛知に勝ってくれる。

「3秒、バイオレーション!」

 そうして積極果敢に攻めていくも、バイオレーションとターンオーバーを繰り返し、館内からは怪物・森重への声援と神奈川のインサイドを煽る声が出始めた。
 しかしベンチは至って冷静だ。

「よし、いいぞ高砂、花形」
「ナイスファイト! 花形さん、高砂さん!」

 高頭とは互いに頷いてコートを見守った。たった一回でいい。たった一回でもあの二人が競り勝てば、この数回のターンオーバーでのマイナスなどすぐに取り返せる。
 ターンオーバーによる愛知の攻撃回数が増え、それでも神奈川はディフェンスを締めて点差をどうにか開かせずに守っていた。愛知も、もはや神奈川が森重のラストファウルを誘っているのには気づいているだろう。しかし、気づいたところでどうにもできない。高砂・花形のローポストプレイを防ごうにも、なまじインサイド勝負に出てくれた方が愛知には分があり、是が非にでも止める理由はないのだ。

「花形ッ!!」

 藤真が花形にパスを通した。花形は考える。普通にファウルを誘うだけではダメだ。ブロックされて終わりだろう。何度も何度も練習したはずだ。二人がかりで何とかする。そのためのダブルセンターだ。花形は眼前の森重を睨みながらジャンプシュートの構えを見せた。

「やめとけー! ブロックされて終わりだ!」
「そうだそうだ! 仙道使え仙道ッ!」

 ヤジの声などどうでもいい。完全にシュートコースをふさがれた花形は手を振り下ろすと逆サイドの高砂へとパスを通す。すぐさま反応した森重がブロックに向かう。とんでもない反応速度だ。
 しかし――。高砂はさらにシュートフェイクを一つ入れて花形へとボールを戻した。これで、森重のヘルプが一歩遅れる。ボールを受け取った花形はコートを蹴って後ろに跳んだ。必死でブロックにこなければ止められないフェイダウェイジャンプショット。じっくり森重を引きつけて、そして――。

 会場中がシンと静まりかえった。花形がショットを放ったと同時にホイッスルがけたたましく会場を包む。息を呑む瞬間だ。ガツッ、とボールがリングを弾く音がやけに大きく響き――審判は花形たちの方を向いた。

「ディフェンス! ――白・8番!!」

 ワッ、と神奈川陣営が沸き、愛知陣営はみな一様に顔を強ばらせた。
 諸星もまた、く、と歯噛みをしていた。森重の、5つ目のファウルだ。
 このファウルにより森重の退場が決まり、これで愛知は絶対的なインサイドの守護神を失った。後半残り時間12分、点差はたったの5点。
 ツ――と一筋、諸星の額から汗が伝った。


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