一日目が無事に終了し、宿に戻って数時間。
 神奈川勢の泊まっている宿には体育館が付いているものの、高頭はチーム練習を軽めに流すのみであまり根を詰めた練習を課さなかった。続くトーナメントに疲れを残さないためだろう。

 とはいえ、各自、猪苗代湖のほとりを走ってみたり等の自主練習を重ねておりも付き合ってフォームチェックなどの声を飛ばしていた。
 そうして思う。高頭は、今日は唯一福田を使わなかった。しかしながら、控えが全員試合に出るチャンスがあるほうが少ないのだから疑問ではないのだが。それに福田のディフェンス力の穴は、多少進歩が見られてはいるものの、痛い。使われなくても文句は言えない。
 でも優勝候補のような強豪相手以外では一度くらい使ってやって欲しい――と考えてしまうのは、来年のインターハイに向けて福田を少しでも全国慣れさせて欲しい、といういわば個人的な感情だ。
 それほど陵南は他の神奈川強豪に比べて「経験」値が劣っている。現時点で二年生をチームの中心としているためチーム力としては有利なはずだが、果たしてどうなることやら。

 そうして続く翌日の二回戦――高頭はスターティングメンバーを入れ替えてきた。

「今日は宮城、藤真、清田、流川、高砂から入る。速攻勝負だ、ラン&ガンで走り勝って来い!」

 軽量級・低身長のスピード重視のメンバーだ。
 本来のスタメンに比べれば見劣りする感じは否めないが、隙も少ない。

「お……!」

 観客が昨日よりも増えている。神奈川勢の活躍を聞きつけてのことだろう。
 その観客のなかの二人組――高校生とおぼしき少年が神奈川のベンチを興味深そうに見つめていた。ジャージに「GIFU・BT」と書かれた彼らの目線の先には、ベンチのすぐ上の観客席から身を乗り出して何かを話している愛知代表・諸星と諸星を見上げている紳一、の姿がある。
「愛知の星は神奈川の応援か? 偵察かな……、今年の愛知も神奈川も例年に増して強いからな」
「諸星は偵察というより、単に応援だろう。神奈川のキャプテンはあの牧だからな……。中学時代のアイツらはチームメイトで、とんでもないガードコンビだったぜ。オレは予選であたったことがあるが……全く歯が立たなかった」
 言いながら少年の一人は紳一の隣にいるを注視し、首を捻る。
「あの……牧のとなりにいる子……、誰だ?」
「は? マネージャーじゃねーの?」
「いや……なんか、どっかで……」
 考え込む少年を横に、もう一人は「けっこう可愛いな」などと言いつつバッグから資料を探している。マネージャーであればメンバー登録に名前があるはずだ。見てみる気なのだろう。
 そうこうしているうちにティップオフの時間が迫り、両チームはコートへと入っていった。

「おおお、今日は流川がスタメンだぞ!?」
「おいおい、仙道ってヤツは出ないのか!? 仙道見せろ、仙道ーー!」
「神奈川ー、その海南の一年いらねーだろ!! 仙道出せ、仙道!」

 その声に「ぐぬぬ」と歯ぎしりしたのは清田だ。
「まぁ気にするな清田。スピード・ジャンプ力ではお前は仙道にも負けない」
「ふ、藤真さん!」
「昨日は神・仙道の二年コンビが序盤のカギだったんだ。今日はお前と流川でルーキーの力を見せてやれ!」
 藤真にそう力強く言われるも、清田は内心舌打ちをする。なんでこんなヤツと、という思いで睨んだ流川は相変わらず鋭い目つきで黙している。
 流川には負けたくないが、ギャラリーが望んでいるのは仙道並の活躍。――と考えてしまった清田はにわかに緊張してきた。い、いかん、と。

「あれ? マネージャーじゃないな、あの子」

 試合が始まり、国体の資料をパラパラとめくっていた少年がの方を見て言った。マネージャーには通常、スコアを付けていくという仕事があるが神奈川には他にスコアラーがいる。
「あれ、ホントだ」
 もう一人の少年が隣の少年の持っていた資料に手を伸ばす。そこにはメンバーであれば出身中学や在学校も記載されているはずだ。
「神奈川、神奈川……と。お、あの仙道ってヤツは東京出身だぞ」
「まあ、となりだしな。お前も愛知からの越境だろ?」
「オレの場合は実家が県境だからな。……と、あ、やっぱあの子はマネージャーじゃないな。って――コーチ!?」
「はッ……!?」
 見下ろした資料には、確かに二番目のコーチとして登録してある。しかしながら登録するだけなら誰でも可能ではある。だがなぜ――と名前を見て少年が眉を寄せる。
「"牧"……?」
「牧……? んじゃ、牧の妹とかじゃねえの? ほら、海南の生徒じゃん。ってか妹かよ……カワイイじゃんか、あの牧の妹にしては」
 笑う友人の声を耳に入れながら、少年は考え込んだ。聞き覚えのある名だ。それにやはり、あの顔――見覚えがある、と神奈川のベンチをしばし見やって、ハッと目を見開いた。
「思い出したぞッ!? 牧! あの子は……牧や諸星と同じミニバスチームでフォワードだった選手だ、間違いない」
「ミニバス?」
「ああ。雰囲気変わってるから全然分からなかったけど……。牧・諸星のツインガードを従えたエースフォワードだった。あの子を中心に愛知ミニバス界の三銃士つって、まあ、無敵だったな。しかし、中学以降は話を聞かなかったが……まだバスケやってたんだな」
 得心がいった、と語る少年の眼下では、神奈川は序盤から走り続けて速いペースで点を重ね続けている。

「さすが宮城ッ! はえええ!」
「山王・深津に競り勝ったガードだもんな!」

 めざとくそれを聞きつけて、宮城はニヤリとほくそ笑みつつマークの甘い清田へとパスを出した。
 が――。フリーの清田の放ったジャンプシュートは外れ、館内がイヤな意味でどよめく。
 清田も「あああ!」と頭を抱えるものの、流川が見事にオフェンス・リバウンドを制して得点を重ね、次のディフェンスでも宮城のスティールからのカウンター速攻で藤真が見事にレイアップを決めた。
 さすがにスピード重視。みな全く足を止めずに走り続けている。特に運動能力という点ではこのメンバーの中でも清田がずば抜けているため、走り回って一際目立ってはいるものの――。

「あああッ――!」

 3回連続でジャンプシュートをミスして館内から少しブーイングが飛び、高頭は開いていた扇子を仰ぎながら苦笑いを漏らした。
「君もよくジャンプシュートを教えてくれていたようだが……。どうもまだいかんな」
「なんか、緊張してるみたいですね……。珍しく……」
 国体初のスタメンではあるものの、清田には夏の戦いで決勝まで勝ち上がった経験もあるというのに――、とにしても訝しがっていると、今度はパスミスでボールがアウトオブバウンズし、相手チームにボールが渡ってさすがに館内から野次が飛んだ。

「なにやってんだ海南一年ッ!! 仙道出せ仙道!!」
「そこの女コーチを出した方がいいんじゃねえか、神奈川ッ!」
「そうだそうだ、フォワード足りてねーぞ!!」

 どこからかそんな声が飛び、ほう、と高頭はを見やる。
「まだ君を覚えている人間もいるようだな……」
 は瞬きをしつつ、肩を竦めた。
「光栄ですね……」
「しかし、本当に君を出した方がいいかもしれん。ヤレヤレ……」
 言ってチラリと高頭はベンチへと目配せをした。福田に準備をするよう指示し、福田の身体がピクッと撓った。
 も、あ、と笑みを浮かべる。試合は今のところ圧倒的に有利に運べている。この状態でオフェンス押しのラン&ガンで突っ走るのなら、ディフェンスの苦手な福田でも十分活躍できるだろう。
「いいか、福田。ぜったいに足を止めるんじゃないぞ。走って走って、そして点をとるんだ」
「はい」
 武者震いだろうか。清田との交代を指示されて震えている福田の出陣をベンチ陣が見守り、交代と相成った。が、またも会場がどよめいた。この神奈川陣営にあって、またしても無名の選手登場となれば驚くのも無理からぬことだろう。
 ゴール下のオフェンスのみに焦点を絞れば、福田は圧倒的な得点力を誇っている。その福田の長所を良く理解しているガード陣は、相手ディフェンスを引きつけて積極的に福田にボールを回し、福田もそれに応えてなお会場を沸かせた。
「ナイス、福田ッ!!」
 ベンチから仙道もチームメイトに声援を送り、福田もちらりと仙道の方を向いて小さく頷いた。
 その様子を見つつ、は思う。来年の陵南はこの二人がフロントの要。――ディフェンスもオフェンスもまだまだ心もとないが、ゴール下で奮闘する福田には「勢い」がある。何でもスマートにこなしてしまう仙道とはまたタイプの違う選手だ。
「福田くん、動きはまだめちゃくちゃなところがあるけど……。自分の得意エリアでは一歩もひるまないね」
「がむしゃらだからな、アイツは」
 意地でも得点しようとする姿勢にが感嘆の息を漏らすと、仙道は誉めるように、ふ、と笑った。
 そうして後半、高頭は福田と流川を下げて再び清田を仙道と共に出し、勢いに乗ったまま最後まで走りきって150点に迫る快勝で3回戦進出を決めた。

「つええ、神奈川、ラン&ガン!!」
「やっぱ湘北の宮城がいるとスピード感が違うな!」
「いやいや藤真のゲームメイクだろ、得点力もあるし、神奈川はガードの層が厚い!」
「神がベンチで150点とは恐れ入るぜ!」

 福田を出したことでベンチ全員のお披露目を終え、神奈川の層の厚さを観衆に見せつけた神奈川選抜チームの評価はさらに高まっていった。

 むろん愛知や福岡、大阪、それに秋田といった強豪も下馬評通りの強さを見せ、3回戦へとコマを進めている。


 そうして大会三日目。
 快進撃を続ける神奈川は危なげなく準決勝進出を決め――おおかたの予想通り、優勝候補の愛知県代表と決勝進出を賭けて雌雄を決することとなった。

 明日は、土曜だ。
 会場は観客で埋まるだろう。
 光景が目に浮かぶようだ。沸く歓声、熱気がアリーナを包んで、そして――。浮かんだのは、どちらが先だっただろうか? そして、どっちが勝つのか――。
 秋へと移ろいを見せる猪苗代の夕暮れはいっそ恐ろしいほどに美しい。
 優雅に泳ぐあの白鳥は、水面下で必死にもがき続けているのだろうか、とはぼんやりと湖畔に立って湖を眺めていた。
 明日は、ついに愛知代表との対戦だ。どこか胸が苦しいような感覚に陥るのは、ずっとずっと待っていたはずの日がすぐ目の前に迫っているからだろうか?

『陵南の13番。けっこう大きいみたい。190センチ近くあるんじゃないかなぁ……。うん、絶対そう。たぶん"大ちゃん"くらいだと思う、あの人』

 初めて仙道に会った――いや、初めて仙道を「仙道」だと認識した瞬間。確かにそう感じた。

『大ちゃんみたい……』
『大ちゃんだ……! ううん、大ちゃん以上の選手だ、あの人!』
『お兄ちゃん、あの人、大ちゃんより凄い選手になるよ、絶対! 初めて見た……、大ちゃんより凄い人……!!』

 諸星以上とは言い過ぎだと言った紳一に、いまに諸星以上になる、と力説した。あの一年前の初夏の日。「最高の選手」だと信じて疑わなかった諸星を超える選手を見つけた。
 そうしていつか気づいた――仙道に、絶たれた自身の姿を重ねて「こんな選手になれたら」と自身の理想のフォワード像を重ねていたのだと。もしも自分が仙道だったら。そしたら、諸星に勝って、きっと日本一に――。
「大ちゃん……………」
 けれども、本当にそうなのだろうか? 本当に、仙道が諸星に勝つことを自分は望んでいるのか?
 諸星に勝っていいのは――彼に勝つべきなのは、勝つべきなのは。と考えそうになって、思考を逃がそうと強く拳を握りしめる。
 考えてはダメだ。生まれたときから、無理だったのだ。気づけなくて、諸星を苦しめていた。気づいたその日から、ちゃんと髪も伸ばして、呆れるほどの時間を費やしてきたコートにも二度と行くことはなかった。あのときから、諸星は永遠に自分の中で最高の選手だったはずだ。なのに――。

ちゃん?」

 ふいに、後ろから声をかけられてハッとは意識を戻した。振り返ると、仙道の大きな身体が瞳に映って、一瞬、身構えるような仕草をしてしまった。
 すると敏感に仙道はそれを感じ取ったのだろう。落ち着かせるような柔らかい笑みを浮かべた。
「さっき、ノブナガ君が探してたぜ。練習、見て欲しいとかってさ」
 そうして仙道は湖の方に視線を投げた。綺麗だな、とでも言いたげに頬を緩めている。
 仙道彰――"天才"だと、初めて彼を見た瞬間から思っていた。けれどもバスケット選手として最高だと思った彼とは個人としては最低な出会い方だったと思っている。それでもこうして隣に仙道がいることに違和感はなくて、むしろ、どこかホッとする。胸の中でいくつもの矛盾した感情が確かにぐるぐると回っているが――やっぱり仙道は、今の自分にとっては――とまとまらない思考で考えていると仙道がこちらへ顔を向けた。
「ん……?」
 どうした? とでも問いたげな声だ。一瞬、目があってパッとは顔をそらした。
「あ、明日! いよいよ、愛知との試合、ね」
「ああ……。そうだな」
「スタメン……どうなるんだろう。高砂さんと花形さんは決まりだろうけど……」
 言いながらも少し気がそぞろだ。明日の試合は楽しみで、少し、怖い。けれども――。
「仙道くん……」
「ん……?」
「頑張ってね。仙道くんなら、ぜったいに勝てる」
 言うと、仙道は少し驚いたような表情をしてから、少し首を傾げた。
「もし、オレが"大ちゃん"に勝ったとしても……怒らねえ?」
 ははは、と冗談めかされて、は苦笑いを浮かべてから、うん、と頷く。
「仙道くんじゃないとダメ。仙道くん以外だったら、私は大ちゃんを応援する」
「ははは、コーチ失格だな」
 いつものように仙道が笑い、は改めて「うん」と自身に頷いた。そうだ、きっと諸星の相手は仙道でないとダメだ。流川でも、沢北でも、他の誰でも、きっとダメだ。

 事実――、愛和学院が試合に負けても、諸星が「負けた」と思うような場面を見たことはは一度たりともなかった。

 対岸にゆっくりと夕日が沈んでいく。
 オレンジ色の微光を受けながら、ふいに浮かんだ一瞬のあの苦い晩夏の夕暮れでさえ――まるでうち消すように仙道が小さく微笑んだ。
 肌寒い風が二人の間を吹き抜けていって、も少しだけ笑みを返した。


 翌朝――。
 さすがに準決勝を控え、神奈川メンバーの気合いの入り方はいつもと明らかに違っていた。
 本日は第一試合。10:00開始である。選手たちは試合へとコンディションをピークに持っていくために早朝に軽めの汗を流し、しっかりと朝食を取ってから9時には会場入りをした。

 一方の愛知選抜も、むろん「本番は今日」との思いで控え室にて最後の確認をしていた。
 愛知のスタメンはいつも通り。8番・センター森重を名朋から迎え、それ以外は愛和学院のメンバーだ。
「今日はなにがあろうとぜっっっってぇに負けられない試合だ! おい森重、ファウル退場すんじゃねえぞ。インサイドはウチの圧勝だ、パス回すからな」
「分かってるよ、キャプテン」
「"分かりました"だろーが、ナメてんのか小僧!!」
「諸星、落ち着け!!」
 すっとぼけた森重の返事に諸星が青筋を立て、周りがそれを取り押さえる。ともかく、と諸星は仲間の腕を振り払って強い視線でメンバーを見据えた。
「神奈川はスタメン・控えを含めて全員が超高校級と見ていい。だが、それでもウチは負けるわけにはいかねえ! 気合い入れろよッ!」
「おう!!」
 愛知内では「ライバルの牧がいるから張り切っている」ともっぱら言われている諸星ではあったが、その実――。この戦いは諸星にとっても負けられない戦いだった。

『オレの相手はどいつだ? どいつがシューティングガードだ!?』
『オレですよ、諸星さん。陵南高校二年、仙道彰です。よろしく』

 諸星は脳裏に「天才」の姿を浮かべて、一人心の中で激しく叫び声をあげた。

 ――オレが全国一のシューティングガード。そして日本一の選手だ。負けねえぞ。


 神奈川選抜もまた控え室にて高頭からのスタメン発表を待っていた。
「愛知はとにかくインサイドが強い。キャプテンの諸星は攻守共にチームの要でありキー選手だ。他は、おそらくセンターフォワードで入ってくるだろう荻野も193センチの大柄な選手だが、まあ、パワーはさほどでもない。センター・森重とキャプテン・諸星をしっかり封じていればチームとして機能するのを防げるだろう。よって……」
 言いながら高頭は選手たちの方を見やる。
「今日のスタメンは藤真、仙道、神、高砂、そして花形だ。花形・高砂は二人で森重に対応し、インサイドでヤツを絶対に自由にさせるな」
「はい!」
「ボール運びは仙道にも加わってもらうが……基本は藤真がゲームをコントロールすること。プレイングマネージャーの腕の見せ所だな」
「――はい!」
「それとインサイドが強い分、リバウンド争いは熾烈を極めるだろう。ガード陣にも外は担って貰うが……、神、頼んだぞ。リバウンダーも出番がなければただの木偶の坊だからな」
「はい!」
「それから……仙道」
「はい」
「諸星は……間違いなく日本一のシューティングガードだ。だが、お前はウチの牧と互角、いやそれ以上の戦いを見せてくれた、牧をも超える逸材。……と、田岡先輩は考えているだろう。全力でぶつかって、そして勝ってこい!」
「――はい」
 以上だ、と高頭が話を締め、選手たちは少しだけざわついた。
 これは仙道を、実質のセカンドガードでの起用ということだ。
 それよりもまず、高頭がスパッと自身のチームのポイントガードである紳一を控えに回して藤真を起用したことに清田はじめ湘北勢も驚きを見せていたが、紳一本人は至って冷静だ。
「この世で一番、オレのパターンを知ってるのは諸星だからな……。分が悪いっちゃ悪い。藤真は外も安定してるしな」
「で、でも、牧さん、いいんすか? 諸星さんとは宿命のライバルなんじゃ……」
「誰がライバルだ、誰が。ガキの頃からのダチだぞ」
 清田にそんな返しをし、紳一は肩を竦めた。そうして考える。この起用で賭けなのはむしろインサイドである。二人しかいないセンターを同時起用。もしも試合中にアクシデントでも起きればアウトだ。この賭けが吉と出るか凶と出るか。高頭は彼らをディフェンスに専念させ、点は神とガードの二人で稼ぐ作戦なのだろう。
 それにしても仙道を実質のセカンドで起用とは。確かに諸星とのマッチアップを考えたとき、当てはまる人材は清田、三井、流川、仙道のいずれかである。が、やはり選ぶならばガードもこなせる仙道しかいないか、と納得しつつ紳一はちらりとの方を見やった。
 どうやら落ち着いているようだ。
 何ごともなければいいが――と案じているうちに試合開始が近づき、控え室を出てコートへと向かう。

「両チーム出てきたぞ!」
「神奈川ーー、ファイトーー!!」
「愛知ィィィ! 負けんなよー!」

 割れんばかりの喝采が選手たちを迎えた。やはり週末なためか、観客席は満席だ。

「仙道さーーん! 福さーーん! たのんまっせー!!」

 ベンチの方からそんな声が飛んで神奈川勢が見上げると、そこには陵南の相田彦一が陣取っており、あ、と高頭が声をあげた。
「田岡先輩……!」
 彦一の横には田岡が腕を組んで座っており、高頭は軽めに頭を下げた。その田岡の横には越野や植草といった陵南勢の姿も見える。福田も意外そうに瞬きをした。
「仙道、アイツら……わざわざ来たのか……」
「こりゃ、まいったな」
 監督に見張られている、と感じたのだろうか。仙道は嬉しげながらも少々してやられたように首を傾げている。
「田岡先輩も仙道の全国での活躍を見逃せなかったんだろう。なぁ?」
 さらに高頭が追い打ちをかけ、仙道は苦笑いを漏らしながらアップに向かった。
 そうして藤真も準決勝という大舞台でフロアリーダーの役目を預かり、いつも以上に闘志を燃やしていた。スタメンがクセのない、リードしやすい選手で固められているのも藤真にとってはプラスである。
「よーし、気合い入れていくぞお前ら! 仙道、神、高砂、花形!」
「おう!!」
 一人一人の背中を叩いて激励し、自ら率先してかけ声をあげる。
「オレたちの力を愛知の連中に見せつけて、そして勝とうぜ!」
「おう!!!」
 その気迫に、館内もどよめく。それもそのはずだ。アベレージ190以上の大男4枚に囲まれた小柄な藤真が中心となって味方を鼓舞する姿は強烈なものだ。

「おおおお! さすが藤真さん、すごい気合いや!! それに仙道さんもやっぱりスタメンや! しかも愛知はあの愛知の星・諸星大が率いる強豪! これは要チェックすぎるで!!」
「ウルセーぞ、彦一!」

 ベンチ真上の観客席ではさっそくチェックノートを開いて声をあげる彦一に越野が怒声を飛ばし、彦一は「すんません、越野さん」と言いつつも目を輝かせたまま田岡の方を向いた。
「監督、いよいよですね! いよいよ仙道さんの全国でのプレイが見られますね!」
「そう騒ぐな彦一。ま、高頭のヤツもウチの仙道を起用できるのは内心嬉しいに違いない。ふふふふふ。……だが、メンバー的に藤真がポイントガードで、仙道はセカンドだな。まあ、あの諸星に対抗できるのはウチの仙道だけという判断だな。ふふふふふ、落ち着け茂一」
 教え子の大舞台に興奮を抑えきれない様子の田岡に聞いていた越野は若干引いていたものの、コートにスタメンとして出てきたチームメイトを誇らしく思った。

「それでは、神奈川・青、愛知・白でいきます」

 神奈川は「KANAGAWA」と白で抜いた、湘南を思わせるようなブルーのユニフォームに身を包み、愛知は白地を基調に「愛知」とワインレッドで大きく書かれたユニフォームを使用していた。
 それぞれが自身のマッチアップとおぼしき相手を見据え――、仙道の視線の先にいた諸星が、ふ、と不敵に口の端をあげた。
「やっぱりお前が出てきたか……仙道君」
 トラッシュトーク? と仙道は若干身構えるも、「ん?」と諸星はあごに手を当てる。
「でもお前、本来はフォワードなんだろ? ――おい神、お前、3番だよな? それとも2番か?」
「3番ですけど……」
「ていうか、牧のヤツは逃げやがったのか? ったくあの裏切り者が! ベンチかよ!」
 しかしそうそうシリアスな表情は続かず彼は神奈川ベンチに向かって悪態をついて、見ていた神は苦笑いを漏らした。「愛和」と「海南」であれば、いつもはこのようなノリだ。
 ま、それはいい、と諸星は再び仙道を見据えた。
「オレは負けねえぞ、仙道。の前で、オレは負けるわけにはいかねえからな」
「――!」
 仙道が目を見張った瞬間、審判がボールを手にしてティップオフの体勢に入った。みな、センターサークルを取り囲んで臨戦態勢に入る。

「ティップオフ!」

 そうして――戦いの火ぶたは切って落とされた。


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