「どうだ、全国区になった感想は?」
「御子柴相手にトリプル・ダブル、さすが仙道だな」
「三井の前にお前に推薦話が来る可能性大だな」
 口々にみなが仙道の全国デビューを讃え、そんなジョークも飛んで三井が「おい!」と発言した花形に突っ込むも当の仙道は「まいったな」と首を掻きながら困ったように微笑んでいる。そして。
「でも、明日からきっと仙道のチェックが厳しくなりますよね」
「厳しくなったところでコイツを止められるヤツがそうそういると思うか、神?」
「それはそうですけど……」
 もはや仙道は賞賛を聞き入れたくなかったのか、一人「喉乾いた」などと言ってその場を離れていた。
 監督・コーチ陣――と言っても高頭とであるが、二人とも拍手で選手たちを激励した。
「改めてみんな良くやった! 最高のトーナメントの入り方をした、明日もこの調子で頼むぞ!」
「みなさんお疲れさまです。良い試合でした。優勝までせめてせめてせめていきましょう!」
「はいッ!!」
 あれほどの大勝利に興奮するなという方が無理だろう。ハイテンションの選手たちを後目にはスケジュール表をのぞき込む。
「このあと……11:30から別棟のコートで愛知対福井……」
「けっこう強敵だな。まあ愛知だろうが」
 横から紳一がドリンクを口にしながら言ってきた。
「今日の諸星は見物だぜ。おそらく面白いモンを見せてくれるはずだ」
 え? とは眉を寄せる。どういう意味なのか。伝ったのか紳一は、ふ、と笑った。
「アイツ、オレたちの試合見てただろ。仙道のあんなプレイを見せられて、ヤツが燃えないわけがねえ」
「そ……そうかな」
 諸星の目に仙道はどう映ったのだろうか? いずれにせよ愛知は要注意ということで愛知の試合はチェックするよう高頭もみなに言い渡し、別棟に移動する。
 さすがにこちらも一日目。会場はそれほど人は多くなく、神奈川選抜はベンチ反対側の最前列の席を確保できた。
 見渡せば、「燃えろ! 愛和学院!」なる横断幕が下げてあり、愛知ならぬ愛和からの応援団は駆けつけてるようだ。
「愛知は……、選抜チームとはいえ、やはり愛和が中心のようだな」
「監督も愛和の監督だしね」
 は紳一の横に腰を下ろし、清掃が行われているコートを見やった。そうして試合開始10分前になれば両チームがコートへと姿を現し、お、と神奈川陣営が声をあげた。
「なんだ愛知……けっこうでけぇぞ! なんだあの巨体は!?」
 三井が一際目立っていた愛知の選手を指指し、ああ、と高頭が反応する。
「あれは名朋のセンター・森重寛だ。199センチ、100キロの巨体で運動能力も高い。インターハイでは怪物と呼ばれていた」
「インターハイの予選で愛和は名朋に敗れた。まあ、諸星が怪我でしばらく戦列を離れてたのも大きいが」
 名朋自体はワンマンで、強豪相手に勝ち上がることはできなかったが。と紳一が続け、高頭も頷いた。
「ウチが愛知に勝てるかどうかのカギはあの森重をどう封じられるかにかかっていると言っても過言じゃない。しかもあれでまだ一年だしな」
「い、一年……!?」
 さすがに神奈川勢に戦慄が走った。神奈川の第一センターは花形であるが、身長こそ197センチと長身を誇るものの、パワー型ではない。おそらく競り負けるだろう。
「しかも愛知にはもう一枚でかいのがいるじゃねえか。195くらいあるんじゃねえ?」
 三井が立ち上がって自身と身長を比べながら騒いでいる。
「って三井サン、あれ愛和学院のセンターじゃないすか! 記憶飛んだんすか!?」
 すかさず宮城が突っ込み、三井は「は?」と考え込む仕草を見せた。夏の大会で湘北は愛和と対戦はしたものの、ほぼボロボロ状態であり虐殺とも言えるスコアで敗退したのだ。特に三井は山王戦で既に記憶があるか否かという状態であり、覚えていなくても無理もない。
「あれは愛和の荻野だ。4番もこなせるヤツで、センターフォワードに使ってくる可能性が高い」
「つーことは、愛知はインサイドを2メートルクラスが固めて、諸星が外でも中でも暴れるって算段ですか……。確かにやっかいっすね」
 紳一がフォローし、宮城は片膝を抱え込んで考えあぐねたように言った。
 そうしてみなで練習を見守っていると、ふと、諸星がこちらに気づいたのか目線を送ってきた。
「な、なんだ……?」
「こっち来たぞ……」
 湘北の二人が若干引いて、と紳一も顔を見合わせる。
「よお、神奈川! さっきは良いモン見せて貰ったぜ! ――っておい! あの7番、仙道はどこ行った!? いねえじゃねーか!」
 近くにやってくるなり仁王立ちした諸星に言われ、ハッとしてみな互いに顔を見合わせつつ周囲をぐるりと見渡した。
「マジだ。いねえ」
「どこ行ったんだアイツ……」
 気づかなかった。と、にわかに騒ぎになった。言われてみれば確かに仙道が見あたらない。
「どこ行ったんだろ……仙道くん……」
「あいつらしいな……。まあその辺にいるだろ」
 眼下の諸星は神奈川のその様子を見て若干頬を引きつらせていたが「まあいい」と話を切り替えた。
「おい、牧、。いずれ敵になると言っても今日はまだ緒戦だ。ちゃんとオレの応援しろよ!」
 そうしてビシッと指を立てて帰っていった諸星に、紳一としては苦笑いを漏らすしかない。

「相変わらずだな……」

 諸星としては先ほどスーパープレイを見せてくれたお返しにと仙道に自分のプレイを見せてやる意気込みだったのだが、すっかり出鼻をくじかれてしまった。
「いけすかねぇ二年坊主だ。オレよりでかいし」
 フン、と地団駄を踏みつつベンチへと戻る。仙道の身長は確か190センチのはずだ。自分とは4センチほど差がある。もし本当に自分のマッチアップ相手が仙道だとしたら、少々不利である。
 だが、それでも。
「オレは負けねえ……!!」
 そうしてチラリと神奈川勢のいる方を見やり――諸星はを見つめた。

 ――ぜったいに、お前を失望させるようなプレイはしねえ。

 絶対にだ、と。諸星は自身の手のひらへと視線を戻す。

『もうやめてくれ……!!』
『頼むから! 諦めてくれ――!』

 あの中三の晩夏の日に、誓ったんだ。オレは――、と拳を握りしめて、諸星は首を振るった。まずは目の前の試合だ。相手は福井県代表。ベスト8以上常連の堀高校を中心としたチームだ。弱くはない。
 だが今年の愛知県代表は正直に言って、強い。インターハイでも「怪物」と恐れられたルーキー・森重をインサイドに加えたからだ。もっとも少々ファウルトラブルに陥りやすい短所を持っており、愛和と名朋は基本的に仲違いをしているためチーム力は怪しい。が、そこを引っ張っていくのも主将の腕の見せ所だろう。

「よーしお前らッ! 全国制覇まで一気に突っ走るぞ! 全国に愛知の名を轟かせてやろうぜ! いくぞっ、愛知ーーー!!!」
「ファイオーー!!!」

 出陣前のエンジンに見守る観客たちが「おおお」とどよめいた。

「すげええ、諸星のヤツ、気合い入ってるぜ!!!」
「諸星さーーん、ファイトーー!!」

 福井は気合いの入ったツッパリ集団と見まごう選手が揃ったクセのあるチームではあったが、森重の巨体におののかないほど図太くもなく。ミスマッチもあってジャンプボールは愛知。勝ちを確信していた諸星の速攻からのレイアップでいきなりの先制点を取得した。

「ほら戻れ戻れ! もう一本取るぞッ!」

 言って諸星は自身の陣営にダッシュで戻る。並の選手では愛知のインサイドに切り込んでいくのは無理だろう。だからといって、打ったところで――。
「リバンッ!」
 相手のフォワードがミドルレンジを放ち、諸星は声をあげた。リバウンドは愛知が絶対に有利だ。さすがに福井も読んで速攻を警戒している。諸星は自身のポイントガード・6番に目配せした。そうして森重がリバウンドを取りに跳んだと同時に相手ゴールへ向けて駆けだす。
「森重ッ!」
 森重はあまりパスが上手くない。が――。パスの軌道を読んで駆けながら跳び上がると空中でキャッチし、着地してすぐに諸星は駆けながら6番のポイントガードにパスを出す。すると一瞬、ディフェンダーの反応が遅れた。見逃さずディフェンスを抜けた諸星は6番からのリターンパスを受け取って勢いよくダンクシュートを決めた。

「うおおお、諸星あっという間に2ゴールだ!」
「さすが愛知の星、伊達じゃねえ!」

 沸く会場に、神奈川陣営も関心しきりだ。
「さすが諸星さん、すごいリーダーシップだな」
「まァ、明るさだけはアイツの取り柄だからな」
 誉めるような神の声に、紳一も笑った。
「大ちゃんって、見ていて気持ちがいい選手。一緒にバスケットやっててあんなに楽しい人もいないと思う。ね、お兄ちゃん?」
「ま、そうだな」
 神奈川メンバーが見下ろす先には積極的に味方を鼓舞して動く諸星の姿があり、も微笑んだ。
 ともかく、と高頭は花形と高砂の方を見やる。
「お前たち二人はしっかりあの8番・森重の動きを見ておけよ。まだまだ技術の未熟な選手だ。必ず、お前たちなら抑えられる!」
「はい!」
 しかしながら、あの巨体のセンターは高頭にとっては頭の痛いポイントだった。明らかにリバウンド勝負では愛知に対して神奈川は分が悪い。こういうとき湘北の桜木がいてくれれば、とは思うものの負傷している以上はどうしようもない。やはり愛知戦はアウトサイド勝負。質のいいシューターで勝負しかない。確率から言って神は外せない。三井は惜しいが、しかし三井では諸星には対抗できない。やはり――仙道だろうか。ガードも出来て、ここ最近の彼はスリーの確率もいい。藤真をポイントガードで使えば、藤真・仙道でボールが運べて外も狙える。
 しかし、諸星とのマッチアップに加えて他の仕事も仙道にやらせるとなると――負担が大きいかもしれない。だが、マルチに仕事がこなせるのは神奈川では仙道のみだ。
 あまり仙道頼みになるのは望むところではないが――と睨むコートでは順調に愛知が得点を重ねている。

「でたー! 諸星のダブルクラッチ! とまらねえ!」
「ステキー!!! 諸星さーん!」

 怪物・森重の活躍と――なにより愛知の星・諸星の奮闘に会場はほぼ愛知コール一色で盛り上がりを見せていた。
 仙道は一人、スタンドの後方から立って試合の様子を見守っていた。
「なるほど……"愛知の星"ね……」
 紳一の言うとおり、自身でどんどんインサイドに切れ込んでくるスラッシャータイプのシューティングガードだ。見せる技も多彩であり、スリーも打てる。"愛知の星"と呼ばれるのも無理はない。
 それに増して、自身で十分な突破力を持ちながら、よく周りを見ている。もしも自分があの場にいたら。――きっと今、あそこにパスを出す。という仙道のイメージとピッタリ重なった絶妙なパス出しをして、仙道は自然と笑みを浮かべていた。
「楽しそうな人だ」
 呟いた仙道は、あの湘北の桜木にも似た「明るさ」を諸星のプレイに感じた。あまりこの手のキャプテンは見たことがない。強力なリーダーシップを誇りながら、どこか一緒に楽しんでくれているような。そこにいるだけで元気になれるような。彼のチームで一緒にプレイしたら、きっと面白いのでは。と、そんな気分にさせてくれるような魅力を持った選手だ。
 しかし――。

『大ちゃんってね、本当にすごい選手なの』
『ドリブルも、シュートも、リバウンドだってなんだって上手くて――』

 そうも言ってられないか。と仙道は首に手をやる。
 もし、愛知とあたって諸星とマッチアップをしたら。きっと面白いに違いない。まだ今の彼は自身の力を全部は見ていないだろうが、間違いなく全国トップレベル。相手にとって不足なしだ。
 しかし、やるならむろん負ける気はない。勝負とは、勝つからこそ楽しいのだ。

『私にとっては大ちゃんが最高の選手だったんだけど……。一年前の夏に、仙道くんをインターハイの予選で見たときに、神奈川にはこんないい選手がいたんだな、ってびっくりしちゃった』

 の基準は、いつでも"大ちゃん"。
 自分に、バスケット選手として興味を持っているのも、"大ちゃん"以上の素質を感じたから。けれども"大ちゃん"ほど、おそらく自分はバスケットに賭けてはいない。だからはもどかしくて、なお自分を気にしている。

 試合はそのまま愛知がダブルスコアで福井を下し、コートの諸星は満面の笑みで親指を立てて観客席の方を見やった。神奈川勢のいる場所だ。
 おそらく紳一とに――、いや、に笑みを向けたのだろう。

 二人になにがあったかは知らない。
 だが、自分がを公園のコートで見つけた時――彼女はたしかに、苦しそうにバスケットボールを握っていた。
 凄いフォワードだった、と高頭をもってして言われる。事実、その片鱗は幾度も合宿で垣間見せている。だというのに、バスケットはもうやめてしまった、と言った。諸星や紳一に勝てなくなったから、と。
 もしも、自分が諸星に勝ってしまったら? あるいは負けてしまったら……。彼女は――、とぼんやり眺めていると、「あ!」と見知った声が聞こえた。
「仙道くん、いた!」
 パタパタとがこちらに走ってくる。後ろには神奈川のメンバーがそれぞれ「やれやれ」と言いたげな表情を浮かべていた。
「どこに行ってたの? 試合も見ないで」
「ああ、うん。いや……自販機のとこ行ってたらみんな見失ってさ……。試合は見てたよ」
「そっか……」
「いい選手だな、諸星さん」
 言うと、パッとの表情が華やいだ。そうだろう、とでも言いたげだ。簡単にこんな彼女の笑顔を手に入れることが出来る諸星が、ちょっと憎い。こちとら一年以上かかったというのに――と考えながら思う。
 今の自分が、にとっての"大ちゃん"にとうてい敵うとは思えない。
 もしも自分が、もしもの目の前で、諸星を――。
 その先は考えずに、仙道はただ頭を切り換えていつもの笑みを浮かべた。


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