ふくしま国体――バスケットボール会場は猪苗代の総合体育館を使って行われる。
 会場はバスケット専用であり、他のメイン競技は会津や郡山のほうで行われるため、にぎやかさには欠けるものの良い環境で試合に臨めるという利点がある。
 夏のインターハイ、冬の選抜に比べて規模の劣る国体には出場しない県もあり、今大会の少年の部に出場するのは30都道府県、30チーム。
 去年の優勝・準優勝チームをシードに置き、トーナメント形式で5日間かけて行われる。

 つまり、神奈川は5試合連続で勝てば優勝となるのだ。

 大会初日、本日の二試合目である神奈川チームは早朝に軽く汗を流してから会場入りをした。
 控え室にて、みなが高頭の話に耳を傾ける。
「今日が神奈川全国制覇への第一歩目だ! いいか、今年の神奈川は強い! 必ず神奈川に優勝旗を持ち帰るぞ、いいな!」
「おう!」
「よし。では、スターティングファイブを発表する――」
 選手たちも、も息を呑む瞬間だ。コホン、と高頭は咳払いをした。
「まずはガード。ポイントガード・5番、藤真」
「――はい!」
「セカンドガード、4番・牧!」
「――はい!」
「いいかお前ら。神奈川はあくまでツインガードで行く。牧はインサイドでも周りを助けてやれ。頼んだぞ」
 はい、と返事をする二人に周りは少なからずどよめいた。海南の監督自ら、牧ではなく藤真のほうを司令塔に選んだからだ。
 が、みなの興味はむしろ次だった。フォワードに誰を選ぶのか――。
「次にフォワードだ。6番・神、7番・仙道。――お前ら二人がオフェンスの軸だ。神奈川の次世代の力を全国の奴らに見せてやれ!」
「はい! ――仙道!」
「おう!」
 神が笑みで力強く返事をして仙道に手を差し出し、仙道も笑って応えて神の手を弾いた。一人、清田のみが「神さん仙道さん、カッコイイ!」などと賞賛していたが――、少なからず、みなの顔に衝撃が走る。神と仙道がフォワードのスタメンということは、つまり。
「チッ……」
 流川がベンチだということだからだ。と、みなが思うのと同様に流川も腕組みした手で舌打ちをしていた。
 なお、高頭は咳払いをする。
「最後にセンター・8番、花形だ。頼んだぞ花形、お前の高さはチームの柱になる。神奈川には赤木以外にも良いセンターがいることを見せつけてやるんだ!」
「はい!」
 その後、シックスマンということで流川には9番が渡され、あとは上級生から早い番号が渡されてユニフォームを配り終えたところで高頭は力強く言った。
「いいか、お前たち。私は選手をどんどん入れ替えていくつもりだ! 全員がすぐに出番だと思って欲しい。私は確信を持って言う、今年の神奈川は最強だ、いいな!」
「――はい!」
 そうして選手たちは気合いの入った表情を見せた。第一試合の相手は静岡。インターハイ上位常連のチームを中心に集った強豪だ。
「残念だったなァ流川。スタメン落ち。ぷくくくく」
「うるせーテメーもだろ、黙ってろ」
 茶化す清田と流川の言い合いを神がたしなめ、仙道は控え室を出ていって、それを追った高頭は仙道を呼び止めた。
「いよいよ、全国だな。仙道」
 呼び止められた仙道は振り返る。中学で全国の経験はあるものの、むろんインターハイ経験はなくこの場では無名と言っていい。
「今日、この場にいない田岡先輩のためにもしっかり頑張れよ。全国の奴らの度肝を抜いてやるんだ。いいな」
 この手の体育会系特有のノリは、やはり慣れたようで苦手だな、と感じつつ仙道は「はい」と返事をした。あまり自分の力を見せてやろうなどという意識はないが――かといって全国クラスの選手に自分が劣っているとも思わない。いまは単純に、このチームでプレイするのが楽しみだ。

 いよいよだ。いよいよこのときがきた――とも胸の昂揚を抑えきれずにいた。
 改めて、なんという頼もしいメンバーなのだろう。と、コートに向かう道すがら思う。紳一を筆頭に、全国でも屈指の選手ばかりが集った神奈川に死角はない。

 薄暗い廊下に、パッと明かりが差し込んでくる。開かれた扉の先にワッとアリーナからの歓声が飛び込んできた。
 が感じた昂揚と、僅かな痛みは郷愁だったのか。それとも――。

「いよっ、待ってました神奈川代表ッ!!!」
「期待してるぞーー!!」

 まだ一回戦だというのに観客が多い。
 それだけ神奈川が注目されているということだろう。しかし。ウォーミングアップを終えて監督の元に集った5人のスターティングメンバーを見て不審に思う観客も現れる。

「あれ……。おい、湘北の流川がベンチだぞ」
「お、ほんとだ。神奈川には夏の得点王・神がいるとは言え……神じゃ攻撃的に苦しいんじゃねえか?」
「お、でもけっこうでかそーだぞ、ほら神の隣にいる……。フォワードだろ? あの7番……。誰だ……?」
「さぁ……」

 流川は夏のインターハイでの活躍で一気にその名が全国に知れ渡ったのだ。国体でもエース扱いが当然と周囲が思っても無理はない。
 はひょいとスコアラーのノートをのぞき込んでから、チラリと三井の方を向いた。
「静岡選抜……、ほとんど常誠高校のメンバーみたいですけど、常誠は今年の夏は愛知の名朋に負けてますよね」
「ああ、だが常誠自体はそう悪くないチームだ。オレたちはインターハイ前に連中と合同合宿やって三回試合したんだが、一勝一敗一分けだった」
「へえ……! ドローですか……意外」
「特に4番・御子柴と6番・湯船は要注意だな。常誠高校の外と中の要だ」
 言われてはコートへ視線を戻した。静岡代表はそれほど大きなチームではない。
 全員が見守るコート上では、静岡の主将を務める御子柴が意外そうに腰を手にあてていた。
「なんだ、流川はベンチなのか、牧?」
 その問いに紳一は無言で御子柴をにらみ返す。が、横で見ていた神はその黙秘を睨みでもなんでもなく、「御子柴を知らない」もしくは「必死に思い出そうとしている」だけだと理解しており、相変わらずバスケ以外では抜けたところのある主将に突っ込むのは止めておいた。

「では、これより神奈川県代表対静岡県代表の試合を開始します」

 ティップオフが宣言され、観客席が沸く。
 ジャンプボールは神奈川の勝ちだ。197センチの花形に対抗できる選手は全国でもそうはいない。

「おおおッ!? あの海南の牧がポイントガードじゃねーぞ!?」
「おッ……翔陽の藤真か!? 今年はインハイで見なかったが……」

 コートではまず藤真がボールを持ち「一本じっくり行くぞ!」とみなを鼓舞している。
 静岡は神の外を警戒しているのだろう。6番・湯船をマンツーで神に付け、残りは菱形のゾーンを敷くといういわゆるダイヤモンドワンで守っている。
「なるほど、マンマークで神を封じて、かつ牧がペネトレイトしてきてもすぐにプレッシャーをかけられるというわけか」
「完全に対・海南を想定してきたみたいですね」
 高頭はさっそく扇を開いて余裕の構えを見せ、も相づちを打った。他の選手たちも流川を除く全員が不敵な表情を浮かべている。なんだかんだ仲間意識が芽生え、コート上の5人の活躍を信じているのだろう。
「オフェンス、一本!」
「先取点取れよッ!」
 ベンチからの声援に応えるように藤真は中へ切れ込んだ。と、見せかけて仙道へパスを通した。

「7番ッ!! どんな選手なんだ!?」

 観客の反応などお構いなしで、仙道はそのままヘルプに飛んできた御子柴をドリブルで置き去りにしてリングへ向けて跳び上がった。すぐさま追ってきた御子柴と静岡のゴール下2枚がブロックに跳び上がる。が、仙道はシュートは打たずに逆サイドにいた紳一へとパスを通し、そのまま先取点は神奈川が奪った。

「うおお、ノールック!」
「その前のドライブもめちゃくちゃ速かったぞ!?」

 ほんのワンプレイ。だが間違いなく会場は度肝を抜かれた。
 どよめく館内などまるで耳に届いていないかのように、コートの仙道は紳一とハイタッチをして、いつものように穏やかな表情を見せている。

「さあ、一本止めようか!」

 その仙道の様子に藤真と紳一は、ふ、と笑った。
「おう、止めるぞ!」
「ディフェンスからだ!」
 ツインガードの声に他のメンバーも大きな声で応えた。神奈川はマンツーマンディフェンスだ。
 仙道はパワーフォワードの御子柴に付き、目の端でボールを保持している静岡ガードを捉えていた。御子柴は静岡のキーマン。しかも、おそらく静岡は流川が出てくることを想定していた。ゆえに静岡は「無名選手」の自分がいるココを穴だと思っているだろう。よって必ず御子柴にボールが来る、と守りながらガードへの注視は外さずに、ガードがフェイントを駆使してパスモーションを見せたのとほぼ同時に御子柴の前へ躍り出てボールを弾いた。

「おお、スティールッ!?」
「はええええ!」

 そのままボールを捉えた仙道は速攻に走り出す。藤真が先に走ってくれている。パス出しは可能だ。自分でもディフェンスを抜いて決めることは可能。だが――。
 仙道は一度ハンドリングしたボールを、そのまま背中越しに左サイドへ投げ飛ばした。

「なッ――ビハインドザバックッ!?」
「ああ……ッ」

 神――ッ、と観客が叫んだと同時に、スリーポイントラインのところへちょうど走ってきた神の手に絶妙なパスが渡り、そのまま神は見事なスリーポイントを決めて会場を沸かせた。

「ナイッシュ!」
「ナイスパス! 仙道!」

 戻りながら神と仙道が手を叩き合う。
 得点したのは確かに紳一と神の海南勢だ。が、華麗とも言えるアシストを2本決めた"7番"に会場の視線は集まっていた。
 そして――。
 ドライブインから今度はセンター越しに豪快なダンクシュートを決めた仙道を見て、観客はただただ熱狂した。

「うおおお、誰だあの7番は!? あんな選手、神奈川にいたのか!?」
「すげえぞハンパねぇ! なんで誰も知らねえんだ!」
「あの流川の替わりに出てきたのも伊達じゃねえ!」

 歓声を受けて、ベンチのメンバーが肩を竦め、三井は「ケッ」と悪態をついてみせた。
「派手なヤローだ」
「ま、でも、会場が驚くのも無理ないっすけどね」
 宮城もしてやられたような顔を浮かべている。やはりコートで同じ二年が活躍していると逸る気持ちもあるのだろう。
 会場は次第に仙道にボールが渡るたびに歓声が増えていき、はベンチで握った手を無意識に震わせていた。
「仙道くん……!」
 そうだ――、これが見たかったのだ。これが。きっと、この歓声が来年はインターハイの会場で聞けるはずだ。
 が目で仙道を追っていると、「ん?」と隣にいた三井が絡んでくる。
「おい。――おい!」
「え……!?」
「なにぼーっとしてやがんだ。仙道ばっか見てんじゃねえよ、コーチだろお前!」
「え、い、いえ別に……その」
「ま、無理ねえか。あの仙道の満を持しての全国デビューだ。アイツが同学年にいるヤツは大変だな、なあ?」
 そうして反対側の宮城の方を見た三井に宮城は心底イヤそうな顔を浮かべた。
 高頭もすこぶる上機嫌で扇を仰いでいる。既に神奈川は11点を先制し、相手にゴールを与えていない。
「お前らもアップしとけよ。どんどん替えていくぞ」
 その高頭の一声に、ベンチ勢も俄然やる気を出して表情もノってきた。

「うおおお、5番、スリーポイント!」
「外も上手いぞあのポイントガード」
「神奈川、強い! こりゃちょっとやそっとじゃ太刀打ちできねーぞ!」
「7番だ、あの7番・仙道がすげーアシスト連発してやがる。ドライブも鋭い、信じられん!」

 ベンチとは反対側のスタンド最前列で、観客席の反応を背で受けつつ腕組みをして観戦していた愛知代表――諸星は、むぅ、と唇を曲げていた。
「なるほど……、"オレ以上"ね……」
 今もブロックをかわしてフェイダウェイスリーポイントなどという高度な技を決め、観客の熱狂をさらっている7番・仙道を見下ろしながら呟いた。どうやら中も外も、そしてアシストも上手いユーティリティタイプの選手らしい。
「たしかに、の好きそうなタイプだな……」
 もっとも明らかに仙道はまだその実力を全ては見せていない。現時点では何とも言えない、が、能力的にそうとうのセンスを秘めていることだけは見て取れる。
 それに――。
「ねえ、神奈川のあの7番、カッコよくない?」
「ステキー、7番ッ!!」
「5番もかっこいいけど、7番もいい! 神奈川素敵ッ!!」
 活躍するごとに黄色い声援が増えていき、あっという間にこの有様である。チッ、と諸星は舌打ちした。確かに――、華のあるプレイヤーだ。気を抜くと、自然と目が吸い寄せられてしまう不思議な魅力を持っている。
「いやいやいや、オレだってあんな2年坊主に負けるほど落ちぶれちゃいねえ……。この愛知の星と呼ばれる諸星大ともあろうものが……」
「なにブツブツ言ってんだ諸星」
 頬を引きつらせつつ、諸星は神奈川チームを追った。
 海南であれば、紳一の強烈なリーダーシップとインサイドをかき乱すペネトレイトからの得点、もしくはアシストパスで外から神が射抜くというのが基本戦法だ。いずれにせよ起点は紳一であることが多い。が、このチームは全員が高いスキルを持っている。センターでさえ、パワー押しというよりは柔らかさのあるクレバーなセンターだ。
 ポイントガードの藤真はもとより、紳一も周りを良く見て使い、仙道にしてもあまり前に前に出ずに絶妙なパスで周りを使っている。
 やっかいだな、と単純に思った。個々の能力が高い以上に、個々を活かす能力の高い人間が何人もいるのだ。付け入る隙があるとすれば――やはりパワー勝負となるのか、とチラリと愛知のセンターを見やる。ウトウトしているその男に一瞬でコメカミに青筋が浮かび上がり、右ストレートのモーションが出かけたが自身の左手で押さえつけて、ふ、と息を吐いた。
 その瞳に、藤真のスティールから神奈川が速攻を仕掛けたのが飛び込んでくる。

「走れッ、仙道!」

 唸るような歓声の中、高速ドリブルで突き抜ける藤真が叫び、彼は前を走る仙道に目配せした。
 大慌てで静岡がゴール下に駆け込み、藤真はオーバーヘッドで一気にボールを投げあげた。と同時に仙道が高く跳び上がる。
 諸星は目を見開いた。まさか……ッ、と思ったと同時に仙道は両手で藤真のパスを受け、そのままリングへとボールを叩き込んで見事にアリウープを決めてしまった。
 割れんばかりの歓声が周囲を包み、諸星はさすがに苦い顔をした。――仙道彰。天才と呼ばれる男。

「負けねえぞ……、ぜってぇ負けねえ……!!」

 諸星が唸っている頃、仙道のアリウープが決まって静岡がタイムアウトを取り、神奈川はベンチにてそれぞれドリンクを手に呼吸を整えていた。
 高頭は満足げに手を叩く。
「良いペースで来ている。静岡はどうやら仙道を甘く見過ぎていたようだな。なあ、仙道?」
「さあ、どうですかね……」
 仙道はというと、返答に困ったように肩を竦めた。なお高頭は上機嫌で笑いつつ、ベンチ陣を見やる。
「さあ、もう仙道のお披露目は十分だろう。メンバーチェンジいくぞ。――流川、三井、身体は暖まってるな?」
「――! はい!」
 途端に二人の目の鋭さが増した。よし、と高頭は二人と神・仙道との交代を言い渡した。
「それと牧!」
「はい」
「宮城と交代だ」
 瞬間、パーッと宮城の表情が輝きを増した。なおも高頭が選手たちを鼓舞する。
「さあ攻めるぞ。前半、いっきにカタを付けるんだ、頼んだぞ宮城!」
「はい!」
「おい宮城、オレにガンガンパス回せよ、なんせ推薦かかってんだからな」
 そうして選手たちはコートへ出ていき、残った選手も力強く見送った。例え控えでも頼もしさは変わらない。

「お、神奈川、選手を替えてきたぞ」
「なんだよ、もう仙道下げるのか? もっと見せろよ!」
「おお、流川だ! 湘北の流川と三井だぞ……!!」
「なるほど、仙道・神のスーパー二年コンビを下げても見劣りしないってか!」

 そんな観客の声を聞いて舌打ちしたのは宮城だ。
「チッ、この神奈川ナンバー1ガード、宮城リョータのファンはいねえのか」
 すると、スッと宮城の前にとある人影が立ちふさがる。
「まあそう言うな宮城。お前がナンバー1かはともかく、スピード重視で行くぞ!」
「あッ! は、はい」
 サラッと人影の主・藤真に笑顔で受け流されたことに逆に宮城は一瞬恐怖を覚え、気を引き締めてポジションに付いた。スローインは、静岡だ。

 宮城が入ったことで神奈川はスピード感が増し、あっという間に宮城・流川の湘北コンビで得点を重ねて、なお会場が沸いた。

「控えもつえええええ!!」
「神奈川選抜・死角ナシだ! こりゃ優勝決まったか!?」

 前半、53−28の大差で折り返した神奈川は、残る後半も福田を除く全ての選手を投入し、層の厚さを見せつけた。
 高頭は流川・仙道という強烈なフォワードを同時には起用しなかったものの、それでも最終的にはダブルスコアの98対42で強豪である静岡を圧倒した。

 相手は強豪であるとはいえ、神奈川は優勝候補の一角。勝利自体に疑問を持つ観客はいなかったものの――この層の厚さと、そして突如現れた「仙道彰」という逸材に、選手たちがコートを去っても会場はどよめきと熱気に包まれていた。


BACK TOP NEXT