そうして――、長いようで短かった合宿もあっという間に最終日を迎え、その日の練習は午後五時をもって高頭が終了を宣言した。

「諸君、この9日間、本当にご苦労だった。チームの状態もよく、最高のコンディションで国体を戦えると私も自信を持っている。今日は各自休息を取り、体調管理もして本番に望んで欲しい。そして明後日の朝7時に藤沢駅に集合だ!」
「はい!」
「では解散!」
「お疲れさまでしたー!」

 終わったー! と選手たちから歓声があがる。
 最初は各学校ごとに集っていた選手たちだったが、すでにすっかり打ち解け高頭の言うようにチームの状態もすこぶるいい。
 三年生は「メシでもくってくかー」などと雑談混じりに体育館を出て、下級生は体育館の掃除だ。
「神さん、ウチの連中ちゃんとやってますかね?」
「さァ、どうかな。オレ、こっち片づけたら高校の体育館寄ってくつもりだけど一緒に来る?」
「えッ!? えー、その前になんか食いいきましょーよ」
 そんな会話を聞きながら仙道は黙々とモップをかけている流川に声をかけた。
「けっこう楽しめたな。この合宿」
 するとチラリと仙道を見やった流川は、フン、と鼻を鳴らし、相変わらずの様子に仙道は肩を竦めた。そうして掃除が終わって宿舎に寄り、荷物をまとめて出るとバッタリとと顔を合わせた。高頭とのミーティングが終わったのだろう。
「よう、ちゃん。お疲れさん」
「お疲れさま、仙道くん。お兄ちゃん見なかった?」
「牧さん……? さて」
 先に帰ったのかな、などとキョロキョロしているに、そうだ、と仙道は声をかけた。
ちゃん、時間ある? メシ食っていかね?」
 え、とは目を見開いたのちに少々考え込んだ。そういえば、と仙道は一人暮らしだと言っていたことを思い出してもしやあまり普段からちゃんとした食事を取れていないのでは、との思いが過ぎったのだ。
「夕飯なら……そうだ、ウチに来ない?」
「え……!?」
「国体前の大事な時期なんだし、ちゃんとしたもの食べなきゃ! ――あ!」
 ふとそばのトイレのドアが開き、二人が目線を送るとちょうと紳一が出てきては紳一の方に駆け寄った。
「お兄ちゃん、今日、仙道くんをうちに連れて行ってもいいかな?」
「は……!?」
「ほら、いつかお魚もらったお礼もしてなかったし。私、ちょっと叔母さんに電話かけてくるね!」
 言うがはやいか宿舎内の公衆電話へと駆けていってしまい、残された仙道と紳一は互いに顔を見合わせるしかない。
「どういうことだ……?」
「いや、……オレはただちゃんをメシに誘っただけなんだけど……」
 ははは、と笑うとピクッと紳一の頬が撓る。
「なんだとッ!?」
「ああ、いや、深い意味はなくてですね! ははは」
 まいったな、と苦笑いを浮かべているとが戻ってきて、「大丈夫だって」と笑っている。
 成り行きとはいえ紳一とと並んで歩くことになるとは――と仙道は海南大を出てからの道すがら、少々奇妙さも覚えつつもその状況を楽しんでいた。
「みんなこの9日間、頑張ってたよね」
「当然だな。ま、なんとかチームとしてまとまりそうで良かったんじゃねえか?」
「私、流川くんとはほとんどコミュニケーション取れなかったな……、一応、頑張ってはみたんだけど、結局あんまり仙道くんとの連携も上手くいかなかったし」
「お前は三井・宮城の方を主に見てたからな。アイツらとは上手くやってたみたいじゃないか」
「三井さんはけっこう話しやすい人だった……」
 ちょっと騒がしいけど、と言いつつ、あ、でも、とは続ける。
「流川くんって夜はずっと走ってたみたいね。なんどか見かけたから」
 ああ、と仙道も加わる。
「アイツ、早朝はずっと体育館に自主練に来てたぜ。練習の虫だな」
 知ってたけど、と仙道が笑いながら続けてはチラリと仙道を見上げた。それを知っているということは仙道も練習前に自主練をしていたということだ。自分の知る限り夜も残っていたし――、本当にこの合宿を通して仙道は神並の練習をこなしていた。意外、と言うほどではないが、いまいち仙道らしくない、などと思っていると自宅が見えてきた。
「ただいまー」
 紳一とが揃って言うと、ドアを開けてくれた紳一の母が満面の笑みで3人を迎え入れた。
「お帰りなさい! 紳一、元気にしてた?」
「ああ」
 紳一も家に帰れば普通の高校生。という事実が妙におかしい。などと感じつつ仙道は大きな身体でぺこりと頭をさげる。
「はじめまして、仙道彰です」
「あら、まあ丁寧に。紳一の母です。大きいわねー。まあ、紳一よりもずっと大きい! いくつくらいあるのかしら?」
「190です、いまのところ」
「一人暮らしなんですって? まだ高校生なのに偉いわね。そうそう、先日は美味しいクロダイをありがとう。お礼もできなくてごめんなさいね」
「いえ、お構いなく……」
 いつの話だったか、それは。などと思い返しつつ、促されるままにあがった仙道をは上の階に促した。
「お兄ちゃん、私、飲み物持っていくから仙道くんを部屋に連れて行ってて」
「ああ。オレの部屋に、連れてくぞ」
 オレの部屋、というのを妙に強調されたのは気のせいだろうか。と感じつつ紳一に先導されて通された部屋で、真っ先に仙道の目に入ったのは壁に立てかけてあったボードだ。
「お……、牧さんサーフィンやるんですか?」
「まあ、一応な。昔からの趣味でな」
 へぇ、と感心していると、そばの棚にはずらりと表彰状やら表彰カップがあり、素直に感嘆の息を漏らした。
「さすが……。圧巻ですね、三年連続のMVPカップ」
「お前も来年、目指したらどうだ? やる気がないわけじゃねえんだろ?」
「……どうかな……」
 そうしてそのまま棚に目をやっていると、ふと、立てかけてある一枚の写真立てが目に入った。中学生とおぼしき紳一と、もう一人……紳一よりも若干子供っぽい表情をした少年だ。
「これ……」
「ああ、諸星だ。諸星大」
 これが例の"大ちゃん"か、と写真を見ていると、紳一は彼とはチームメイトだったと語った。そうしていま諸星は愛和学院のキャプテンを務めている、という説明を聞き流しながら戸棚をさらに見やっていると、ふと紳一の声がとぎれた。
の写真ならないぞ」
 ギクッ、と仙道は肩を揺らす。そういうつもりは、なかったとは言わないが、それにしても、だ。
「……まいったな……」
 自分には妹がいないから分からないが。やはり兄とは妹の周りの男を警戒するものなのだろうか。などと考えていると、ドアをノックする音が聞こえ、が3人分の飲み物をもって部屋へと入ってきた。ついでに着替えて来たのだろう、制服からジーンズとシャツの軽装に変わっている。
「叔母さん、張り切って準備してたよ。もともとお兄ちゃんが久しぶりに帰ってくるからいっぱい作ってたみたいで、助かったわ、って」
「そういや愛知にいたときはけっこうな頻度で諸星がうちに来てたからな」
「私たちもよくお邪魔したよね。でもいつも泥だらけだったから、叔母さんも大ちゃんのお母さんもいつも呆れてたけど」
 二人が懐かしそうに笑い合い、諸星大というのはよほどこの二人にとっては身近な存在なのだと仙道は改めて認識した。にしても、普段からあまり対戦相手を意識し記憶することに対して意欲の乏しい仙道にはどうにも彼がどういう選手か想像できない。知っているのは、が絶賛している選手だということのみ。
「シューティングガードでしたよね、その諸星さんって」
 仙道が腰を下ろしていうと、二人は揃って頷いた。
「インサイドにガンガン切れ込んでくるスラッシャータイプのな。だが外も安定してるし、ガードとしての基本能力も高い。派手なプレイヤーだ」
「でも、派手だけど、自分勝手なプレイヤーじゃないよね」
 紳一は少し渋い顔をする。考えあぐねたように腕を組んだ。
「インターハイじゃ、バテバテだったとはいえ湘北は三井・流川のダブルチームでも全く止められなかったからな……」
「ウチは……清田くんには、まだ荷が重かったよね……」
 試合には勝ったけど。とが続け、紳一はコップを手にとって喉を潤した。
「とにかく、だ。国体で愛知とあたったら誰が諸星につくか……。監督も頭が痛いだろうな」
「うん……」
 その言葉を受けて、はチラリと仙道の方を見やり、目があった瞬間にハッとしたようにパッとそらして誤魔化すようにしてドリンクに手を付けた。
 仙道は2、3度瞬きをした。――は、自分と諸星のマッチアップを望んでいるのだろう。が、本当にそれでいいのだろうか? もし本当に自分が"大ちゃん"を破ってしまうようなことになったら――などと考えていると、紳一の母親から降りてくるように言われ、3人は共に食卓を囲った。
 はからずもが気にかけてくれたように、一人暮らしの仙道にとっては家庭のまともな食事というのはありがたく、紳一の母は母で諸星で慣れているのか「もう一人でかい男がいる」という状況をうまくさばいており、楽しい時間が過ぎた。
「それじゃ、ごちそうさまでした」
 食後のコーヒーまで出してもらい、そろそろ家に帰ろうとするとみなで玄関まで見送りに来てくれ、仙道はぺこりと頭を下げた。
「おう。また火曜にな」
「また家庭のご飯が恋しくなったらいつでも遊びに来てね、仙道君」
「ありがとうございます」
 笑って返し靴を履くと、「ちょっとそこまで送ってく」とも靴を履いて共に玄関を出た。
 すっかり日も沈み、見上げた空は満点の星。うっすらと潮騒が聞こえてくる。こんな場所が実家とは、羨ましいかぎりのロケーションだ。
「いよいよ国体か……、全国制覇、したいね」
 波の音を聞いていた仙道の耳にの声が届き、目線をの方へと流す。すると、こちらを見上げるように首を上向けていたと目があった。
「ま、不可能じゃないだろうな。それだけ良いメンバーが揃ってる。コーチとしてはどう? オレたち、愛知代表に勝てそうですか?」
 冗談めかして言ってみると、う、とは言葉に詰まり、考え込む仕草をみせた。いちいち真面目な対応が彼女らしい。
「何とも言えないな……。でも、もし仙道くんと大ちゃんがマッチアップしたなら……、仙道くんは……、たぶん、いい勝負すると思うよ」
 意外にも、は「勝てる」とは言い切らなかった。そこに彼女の諸星へ向かう感情への複雑さを感じ取るも、仙道は少しばかりおどけてみせる。
「ひでえな、たぶん、って。チューまでした仲なのに」
 軽い気持ち、というわけではなかったが――、言ってみれば一瞬の瞳が揺らめき、そしておそらくそのことを思い出したのだろう。パッと顔を逸らしてしまった。気持ちは読める。なぜわざわざ思い出させるのだ? と、思っていることだろう。
「もう忘れようよ……。私も忘れるから、仙道くんも忘れて」
 想定内の反応だ。だが、それが本気なのか、ただの照れ隠しなのかまでは分からない。しかし仙道は、ふ、と息を吐いた。
「忘れないぜ、オレは」
「え……!?」
 の方は想定外だったのだろう。パッと顔をあげた。仙道はその顔を見て一瞬笑ってから視線を空へと向ける。
「オレ、ちゃんと初めて話した時から、適当なこと言ったことは一度もねえんだけどな」
「……ッ」
「返事、まだ聞いてねえし」
 が息を詰めたのが伝った。――別に今のまま、なあなあなのも居心地が悪いわけではない。わざわざ困らせるつもりも無理強いするつもりもないが、ただ、と一瞬だけ脳裏に――自分でも予想外なほどにはっきりと、なぜか神の姿が過ぎって、自身でも驚きつつフッと笑った。
「ま、いっか。いまは」
 そうして一度伸びをしてから家の門をくぐると、のほうを振り返ってもう一度笑みを浮かべた。
「じゃ、また火曜にな。今日はサンキュ」
 そうして、少しだけホッとしたような表情をしたを目の端で捉えながら、背を向けて歩き始めた。



 国体の開催地は、今年は福島県である。
 神奈川県代表は、代表の証である神奈川オリジナルジャージが支給され、それを着込んでの出発と相成る。

「よーし、全員集まったな」

 高頭は「神奈川選抜」ジャージに身を包む12人の選手たちを見渡して満足げに笑った。傍らでは海南の制服を着たがメモを見ている。
「それではこれから東京駅に移動して、猪苗代まで新幹線と電車を乗り継いで行きます。みなさん、今日からよろしくお願いします。必ず神奈川に優勝旗を持ち帰りましょう!」
「はいッ! よろしくおねがいします!」
 そうして確認が済むと、みなで東京駅へと移動した。道すがらの話題はやはり国体のことだ。
「緒戦は静岡代表だっけ? 秋田が逆ブロックだから、彼らとあたるのは決勝か……。準決勝で愛知だね」
「うまくいけばね」
 の持っていたトーナメント表をのぞき込むようにして神が言えば、周りものぞき込んであれやこれやと感想を口にした。
 平均身長がこれほど高い体格の良い集団がいれば自然と目立ち、周りからは結構な注目を浴びている。藤真・流川などがいるせいか遠巻きに女性からの熱い視線が感じられるのも気のせいではないだろう。
 東京駅の人混みをかき分けて、新幹線乗り場へとゾロゾロとあがり、時計を確認する。出発まであと二十分ほどある。
 高頭がトイレにとその場を離れ、各自リラックスした状態で新幹線を待っていると、少し離れた場所からこちらへ向けて声があがった。

「おー、牧じゃねえか! お前も今から福島か?」

 全員が声のした方向を向いた。すると、手を振りながら「愛知」の文字入りジャージを着た男がこちらに歩いてきている。
「も、諸星!?」
 紳一が驚いたような声をあげ、紳一のうしろからひょいとも顔を出した。
「大ちゃん!?」
「お、もいたのか! お前も来るのか? オレの応援か?」
 ハハハッ、と明るく笑いながら諸星は二人に近づき、周りからは「おい愛知の星だぞ」とざわついた声があがっている。なるほど名古屋から福島に向かうとすれば、東京で乗り換えである。同じ新幹線に乗るのだろう。
「うーん、大ちゃんの応援したいのは山々なんだけど……」
「生憎だが諸星、は神奈川のセカンドコーチに就いてんだ。今回は敵同士だぞ」
「は? コーチ? が?」
「うん……」
「そりゃまた……。神奈川は今年は混成チームなんだろ? 誰が来てんだ?」
 言って諸星は神奈川メンバーの方を見やり、あ、と再びへ目線を戻した。
「そうだ……。お前の言ってたヤツ、この中にいるのか?」
「え……?」
「え、じゃねえよ。インターハイ出てなかったんだろ? そいつ」
 言いながらら諸星は、キと他の選手の方を見やると、おもむろに腰に手を当てた。
「オレの相手はどいつだ? どいつがシューティングガードだ!?」
 瞬間、どよ、とその場がどよめく。反射的に「オレが――」と主張しようとした清田を神が無言で止め、三井は舌打ちだけに留めた。
「大ちゃん!?」
 も、なんのつもりだ、と面食らっているとスッと前を長身が横切る。そうしてその人物はにっこりと笑って諸星の前に立った。
「オレですよ、諸星さん」
「あ? 誰だお前……」
「陵南高校二年、仙道彰です。よろしく」
「――せ、」
 仙道くん、と言おうとしたの肩に仙道は自身の大きな手を置いてなおニコっと笑った。
「仙道……?」
 諸星の方は、名を聞いて考え込むような仕草を見せた。おそらく聞いたことのない名だからだろう。
「おい、。この仙道ってヤツがお前の言ってた――」
 そこまで言いかけて、諸星ははっとしたように瞬きをし、再び仙道の顔を見上げた。そうして物言いたげに口元を揺らすと、あ、と手を叩く。
「ああ、思い出したぞ! 神奈川の陵南高等学校、天才・仙道! 天才、って呼ばれてるらしいな、仙道君。確かインターハイ前だったか……雑誌の記事で読んだ覚えがある」
「そりゃ……、どーも」
「なるほどな、面白い! 相手になってやるぜ、二年坊主!」
「ちょ、ちょっと大ちゃん……!」
「なんだよ、だってコイツのことだろ? お前がオレより強いって言って――」
「あああ、もう、分かったから!」
 恥ずかしい、とは仙道と諸星の間に割って入った。そもそも諸星の相手が仙道だと決まっているわけでもないというのに、仙道もいったいどういうつもりなのか。
 まあいい、と諸星はなお神奈川のメンバーをぐるりと見渡した。流川、三井といった先の対戦相手も目に留めて、ほぉ、と呟く。
「海南、湘北に翔陽……か。神奈川はかなりのメンバーを集めてきたな、牧」
「まあな。下手すりゃ海南より強いかもしれんぞ」
「かもな。だが、オレたち愛知代表も負けてねえぜ! 夏の借りは返すからな、覚悟しとけよ!」
「フン、返り討ちにしてやる」
 言ってお互いの顔を見合わせた紳一と諸星は、言い合いながらも互いに笑い合った。
「じゃあ、またあとでな」
 そうして軽く手を掲げて諸星は愛知代表とおぼしきメンバーの方へ歩いていき、紳一はヤレヤレと肩を竦めた。
「相変わらず騒がしいヤツだ」
 もさすがに苦笑いを浮かべていると、ふ、と仙道と目があって気まずさがこみ上げてくる。仙道は口元は笑っているものの、目元は若干困ったような困惑した色を浮かべている。
「面白い人だな」
 仙道が諸星をどういう人物だとイメージしていたかは分からない。が、おそらく想像と違ったのだろうな、と感じては乾いた笑みを漏らした。

 新幹線は一時間半ほどで郡山駅に着き、そこからは電車で猪苗代まで移動する。
 猪苗代駅からはミニバスで宿まで移動することになっており、バスに乗ってほどなくして見えてきた猪苗代湖に選手たちはワッと歓声をあげた。
「宿は湖のすぐほとりだ。体育館付きだぞ」
 高頭がそういうと、一同はさらに歓声をあげて、清田に至っては跳び上がって手を叩いた。
「あとで湖見に行きましょーよ、神さん!」
「うん。綺麗だろうね……いいところだなぁ」
 湖のそばでは白鳥が舞っている。湘南の海もいいものだが、こういう山の風景もいいものだ。と、猪苗代湖の風景は海沿いで育った少年たちを刺激するには十分だった。
 ほどなくして宿舎に付き、宿の人たちから簡単な説明を受けて、各自、部屋に荷物を置きに向かった。部屋割りは合宿時と同じだ。
 も自身が一人で使う部屋に荷物を置き、食堂に向かう。昼食を取ったらさっそく練習開始だ。
 体育館付きの施設を用意するとは、さすが高頭――と思いつつも、練習前には神たちと共に湖の方へ足を運んだ。
 岸辺ではしゃぐ清田の声を耳に入れつつ、もホッと息をつき、しゃがんでこちらに泳いできた白鳥とにらめっこする。水が透き通っていて綺麗だ。
「試合以外でゆっくり来たいくらい、良いところだね」
 頭上から神の穏やかな声が振ってきて、も振り返って頷いた。
「勝ち進めば、それだけ長くここにいられるね」
「あはは、確かに」
 空気も、驚くほどに澄んでいる。いつも潮の匂いが鼻孔を満たす湘南とは全く違う。
 夏の、あの照りつけるように熱かった広島とは違う、静かな空気。

 それは嵐の前の静けさだったのか――。

 諸星も、自身の宿について改めてトーナメント表と選手表をチェックしていた。
「仙道彰、二年。190センチ、か……」
 東京駅で見た仙道のことを脳裏に浮かべる。シューティングガードとしてはけっこうな長身だ。諸星としては自分よりも大きな選手とのマッチアップはそれほど多くはない。
 ――が、もう一年以上も前から自分以上かもしれないと語っていた選手。神奈川の、"天才"。
 実際に雑誌でも記事を組まれたこともある彼を「しょせんはインターハイにも出られない選手」と甘く見るものもいるかもしれない。が、不遇の天才というのはまま在ることであるし、諸星としてはその手の偏見は持っていない。
 なにより、あのが、どれほど強い選手がいても頑なに「大ちゃんが一番」と言い続けてくれていたが、初めて自分以上かもしれないと言った男だ。
「神奈川とあたるのは……準決勝か。おもしれえ、オレより上かどうか、きっちり確かめてやるぜ!!!」
「ウルセーぞ諸星ッ!」
 握り拳を作って無意識に声を張り上げた諸星の頭に、チームメイトが投げつけてきたタオルが見事にヒットした。


BACK TOP NEXT