インターハイ開始を間近に控え、出場校も出そろって組み合わせがあがってくる。
 このトーナメントはまさに運頼みであるため、ツキがあるか否かは蓋を開けて見るまで分からない。

 紳一が持ち帰ったトーナメント表のコピーを見て、は「う」と喉を引きつらせた。
「うわ、大ちゃん……イヤなブロックにいるね……。おめでとうお兄ちゃん、海南のベスト4以上は堅いよこれは」
「まァ、一概にそうとは言えんが……。諸星や湘北の連中に比べりゃ恵まれてはいるな」
 見やったトーナメント表――愛和学院のブロックには近年絶対的王者として君臨している山王工業がおり、愛和は勝ち上がれば早くも3回戦で山王とかち合うこととなる。ついでに湘北は一回戦を突破すれば二回戦でこの山王とあたることとなり愛和以上に厳しいと言えるだろう。
 逆に言えば、海南は準決勝で山王か愛和のどちらかと対戦ということで少しは楽である。
「ウチはシードだから……大会三日目が緒戦?」
「そういうことになるな。お前、三日目から来るのか? それとも愛和の緒戦から来るつもりか?」
「んー……。どうしよっかな……。湘北って緒戦勝てると思う?」
「何とも言えんな。一回戦相手の豊玉もベスト8の常連だからな……」
「んー……。二日目から行こうかな。愛和の試合見たいし、もし湘北が勝ち上がったら、山王対湘北、見たいから」
 既に夏休みに入り、インターハイ開始の8月1日まで一週間と迫っている。――予選終了からあっという間に3週間以上が過ぎてしまった。湘北も死ぬほど練習を積んで予選時以上に強くなっているはずだ。例え厳しいブロックに入った弊害ですぐに敗退してしまったとしても、インターハイを経験したという強みは一年生、二年生にとってこれからの部活動の中で必ず活きてくるだろう。
 ふ、とは息を吐いた。そろそろ仙道へ向かう心配は焦燥から多少の苛立ちに変わっていた。のんびりしている暇などないはずなのに。
「お兄ちゃん、魚住さんが引退しちゃったの知ってる……?」
「らしいな」
「だから、仙道くんがキャプテンになったらしいんだけど……」
「…………」
「あんまり、部活に顔を出してないみたいなの……。ていうか……」
 頻繁に釣りしてるし。とは言えずに俯くと、紳一が何かを考え込む気配がして、ついでため息が漏れてきた。
「もうアイツのことは放っておけ。ここで腐って落ちぶれるようなら、お前の見込み違いだ。その程度のヤツだったってだけだろうが」
「――そッ……!」
 そんなことはない。と言い返しそうになった口をは噤む。しかし紳一の言うとおりでもある。そうは思いたくはないが――でも。
 インターハイも、興味ないのかな。
 などと遠く意識の中で思って、ふ、とも息を吐いた。

 8月に入り、いよいよ一週間に渡って開催される夏の祭典――インターハイが幕を開ける。
 朝一番に出かけていく紳一を見送って、もまだ終えていなかったパッキングに取りかかった。
 今年のインターハイ会場は広島だ。1日目は開会式が行われ、2日目から試合が行われて最終日には決勝戦が行われる。
 願わくば、最終日まで広島に留まれますように。と祈りつつ、翌日、も朝一で家を出て新横浜に向かった。
 愛和学院の緒戦は今日の第二試合。急がなければ間に合わない。
 新幹線の中で仮眠を取りつつ広島にたどり着くと、小走りで公共機関を乗り継いでどうにか試合開始20分前には会場にたどり着くことが出来た。
 良く晴れた蒸し暑い日だ。まだ一回戦。客入りもそう多くはないというのに既に熱気が籠もっている。
 油断しているわけではないが、今日の試合で愛和が負けることはないと言っていいだろう。単純に久々に諸星の姿を見るのを楽しみにしながら最前列の席を確保して座ると、ちょうど第一試合後のコート清掃や片づけが終わり、試合開始10分前となって両校の選手達がコートに姿を現した。

「いけえーー! 愛和がくいーーん!!!」
「諸星さあああん!!!」
「頼むぞ諸星ぃぃいいい!!」
「横玉工業ー! ファイトー!!」

 さすがに全国ベスト4常連の愛和学院。声援の量が違う。いっそ対戦相手――兵庫の横玉工業が哀れなほどだ。
 と思いつつ、諸星の姿を見つけてもパッと笑う。
「大ちゃーーん!! 頑張ってーーー!!」
 すると、伸びをしていた諸星が顔をあげてこちらに視線を送り、お、と呟いて笑みを見せた。
ッ!!」
 力強く手を振ってくれた諸星に手を振り替えしていると、不意にぞくっとどこからか視線を感じては身震いをした。

 なに、あれ……?
 誰……諸星さんのなんなの……?

 雑踏の中から、うっすらそんな声が聞こえてくる。は諸星に笑みを向けたまま頬を引きつらせた。
 にとっては物心ついた時からほぼ毎日、ほとんどの時間を一緒に過ごした幼なじみであるが……一応は「愛知の星」とまで呼ばれるスター選手である。身長にしても紳一より高く、顔も、まあ悪い方ではない。むしろ美形に分類されるレベルで整っていると言っていいだろう。とくれば、それなりに女性ファンが付くのも必然かもしれない。しかも、愛知からわざわざ応援に出向いてくるような熱心なファンが、だ。
 楓ちゃーん、とか流川くんに言っちゃったようなものだろうか……。と、諸星を流川に置き換えて想像して即座に凍り付いたはますます頬を引きつらせた。


 「これより第二試合、愛知県代表・愛和学院対兵庫県代表・横玉工業の試合を開始します」

 ワッ、とティップオフに会場が沸く。ジャンプボールに競り勝って、まずは愛和の攻撃からだ。
 愛和の赤いユニフォームが諸星には良く似合う、とは思った。
 諸星は、紳一とも仙道ともまったくタイプの違うチームの要だ。紳一はフィジカル面の強いパワーフォワード的な強さを持ったポイントガードであるが、仙道はポイントガードを兼ねられるクレバーなフォワード、そして諸星はドリブルの上手さと巧みなパス、何より中に積極果敢に切り込んでいけるスラッシャータイプである。しかもスリーポイントも得意としており、攻撃面では隙らしい隙はない。それより、なにより――。

「ほら、走れ走れッ!!」

 スティールからボールを奪った諸星は力強く仲間に呼びかけて絶妙なオーバースローアシストを決め、電光石火の速さで速攻を決めた。

「よーしナイッシュー! さぁ、もう一本行くぞッ!!」

 そう、何より紳一や仙道と違うのは、この「明るさ」だ。
 諸星と一緒にプレイしていると、本当にワクワクするのだ。彼は仙道と違って、カリスマのようなものはない。ただ、味方を「ぜったい一緒に頑張る!」という強い気持ちにさせてくれるのだ。それに、中学に入ってから諸星はシューティングガードとしてメキメキと実力を伸ばしていった。あの圧巻のオフェンス力を誇る諸星と一緒に走っていれば、きっと心強いだろうな、と汗を飛ばして楽しそうにプレイする諸星を見下ろしてなおは笑った。
「大ちゃん……!」
 申し分ないキャプテンだ。「4番」の数字が眩しい。きっと愛和の選手達は楽しんでプレイしているに違いない。

 あっという間に試合終了のホイッスルが鳴り――スコアは103-58のダブルスコアで愛和は二回戦へと駒を進めた。

 そう、諸星は根明であり、どちらかといえば「騒がしい」部類に分類されるかもしれない。
 試合終了後、ベンチで汗を拭いつつ諸星はすぐ上の観客席を見上げて「よう!」とへと声をかけてきた。
「牧は来てねーのか?」
 は僅かに、ヒッ、とおののいた。視線が痛い。が、諸星はそんなことなどお構いなしである。
「海南はシードで今日は試合ナシだろ? オレの応援に来ねーとは、良い度胸じゃねえか! 練習でもしてんのか?」
「あ、お兄ちゃんは……。湘北の試合を見に行ったよ」
「湘北……?」
「二位通過の神奈川代表」
「ハァ!? ありえねぇ! オレよりそっち優先ってか!? あんの裏切り者がッ!!!」
 チッ、と地団駄を踏む諸星を見つつ――、もしこの彼に流川のようなファンクラブなるものが存在しているとしたら。世の女性は物好きなものだ。などと失礼なことも浮かべつつ、監督に「下がるぞ!」と促されてコートから引っ込んでいく愛和の選手達を見送って、苦笑いを浮かべながら肩を竦めた。

 一方の湘北も辛勝ながらも緒戦を勝ち抜き明日の二回戦へとコマを進めたらしく――はコピーしてきたトーナメント表にマーキングをしながらホテルのベッドの上で「んー」と唸った。
「ウチは明日の一試合目、湘北は二試合目、しかも山王と、か……。愛和は第四、と」
 そういえば、去年の夏は準決勝で海南と山王があたって海南が負けたんだっけ……と思い返しつつペロリと舌を出す。強かったなー、と思いつつハッとして起きあがるとごそごそと荷物を漁って持ってきた参考書を取り出した。
「勉強、勉強、と……」
 あまり遊んでばかりもいられない。これでも期末もちゃんと主席で締めているのだ。湘北が山王相手にどこまでやれるかという興味はあるが、どちらが勝っても負けても――その次に勝つのは愛和だ……と過ぎらせつつ、は気持ちを切り替えて参考書に集中した。

 翌日――。
 会場は朝っぱらから満員御礼。
「座れない……」
 しかも、どうやら去年の覇者である山王の試合を見に来たらしき観客が既に第一試合前からスタンドを埋めており、は端の方に突っ立ってコートを見下ろした。
 若いチームである湘北は神奈川での予選から常にアウェイ感が付きまとっていたようだが、さすがに今日のアウェイぶりにはちょっと同情してしまう。が、いまは海南である。
 無意識に自分と同じ海南の制服を探したが、すぐに諦めて、トン、と壁に寄りかかった。過ぎゆく人々から先走り気味に二回戦を楽しみにしているらしき声が聞こえてきて少々ムッとしていると、10分前のコールと共に選手達がコートに姿を現した。はパッと身を乗り出すとスッと息を吸い込む。
「かいなーん!!! 海南ファイトーー!! おにいちゃーん! 神くーん!!」
 周囲を跳ね返すように声をあげたおかげか、どうやらコートまで届いたようだ。パッと神が顔を上げてニコッと笑みを見せてくれた。が――。

「神奈川ナンバー1ルーキー・清田信長堂々のナショナルデビュー! カーッカッカッカッカ!」

 相変わらずだな、と清田が真っ先に会場の笑いを取っているのを見て肩を竦めつつも、薄く笑う。
 いよいよ海南も緒戦だ。ここから6日間、全国制覇まで突っ走るのみである。
 観客は既に海南の最強コンビ・牧&神のコンビネーションを知っている。だが紳一だって、神だって、さらに進化しているのだ。
 組み合わせにも恵まれたし、今年はいける――! と考えているうちにも海南は主力を下げ――それでもなおダブルスコアの104-49で快勝した。
 海南勝利に拍手していると、スタンドでは次の試合の応援準備のためか「流川命」と書かれた横断幕を大量の湘北生徒とおぼしき少女達が垂らしているのが目に入って、は思わず「う」と呻いてしまった。
 遠目からでも分かる。全員が同じチアガールのようなユニフォームを身に纏い、異様な空間を作りだしている。
 中2の夏にやめてしまったとはいえ10年ほどのバスケ人生の中でも、これほど女生徒に人気のある選手は見たことがない。
「流川くん、ね……」
 ぼんやりと流川の姿を思い返していると、ちょうど反対側の端の踊り場付近に海南レギュラーの面々が姿を現した。
「あ……」
 次の試合の観戦のためだろう。紳一達も山王対湘北が気になるのだろうな、と思っていると後ろから「お」と見知った声に呼びかけられた。
!」
「え……?」
「よう。海南の応援か? さすがに圧勝だったみたいだな」
「大ちゃん!」
 諸星。と愛和の選手たちだ。諸星はスタンドを見下ろして「ゲッ、やっぱ満席」と苦い顔をしている。こりゃ立って観戦だな、と言いながらキョロキョロしていた諸星は逆サイドを見やって「あ」とはじかれたような声をあげた。
「牧! なんだありゃ、海南も立ち見かよ!!」
 踊り場にいる紳一達に気付いたのだろう。とはいえ既に満員なのだから立って観戦するより他はない。
「諸星……」
「あ、監督。もう満員みたいで、ここで立ち見でもいいですか?」
 そばで愛和の監督らしき声がして諸星が答え、え、とは瞬きをした。愛和はここで観戦するのか? と、海南の制服に身を包んでいることに居心地の悪さを感じつつ、無視を決め込むわけにもいかず取りあえず振り向いて愛和の監督にぺこりと頭をさげた。すると、目があった監督は少し目を見開いてに探るような目を向けた。
「君は……」
「あ、オレのチームメイトです。昔の……」
「チームメイト……? …………あ! そうか、お前のいたチームでフォワードだった――」
 さすがに愛知県の、諸星の監督だ。でもあまり思い出されても嬉しくないな、とが頬を引きつらせた瞬間に諸星が慌てて手を振った。
「あ、監督! それより、山王相手に今日のチームはどのくらい食らいつきますかね!」
「あ、ああ……そうだな。相手は一回戦で豊玉相手にかなり良い試合をしたようだ。そこそこに山王の力を引き出せるかもしれん」
 露骨に諸星が話題を変えたのが伝った。他でもない、諸星にとっても触れたくない過去なのだ――あの三年前の夏は――、と目線をそらしていると、なぁ、と諸星の声が振ってくる。
「お前、海南のとこ行かなくていいのか?」
 その声は、紳一と合流しろ、というものではなく単なる疑問だ。んー、と思わずはスコアボードの「湘北」の文字をジトッと睨み付けるような目をした。
「お兄ちゃん達、たぶん湘北寄りだから。あっちアウェイになっちゃう。ここで大ちゃんと観る」
「アウェイ!? なんだお前、湘北って奴らとケンカでもしたんか?」
「違うけど……」
「つーか、海南と湘北って仲良いのか? 信じられんねぇ! オレたちゃ、もう一方の愛知代表とはめちゃくちゃ仲悪いぜ!」
 見上げると諸星は憎々しげな表情を浮かべていた。そういえば愛和は県大会では諸星負傷の上に二位通過という屈辱の結果だったのだ。まさか、あっちは本当にケンカでもしたんだろうか、などと考えているとついに二回戦の試合を行う両チームがコートに姿を現した。

「山王ーーー!!!!」
「キャー、沢北さーーーん!!!」
「深津ーー! 河田ーー!! 今年も頼むぞーー!!!」

 一斉にディフェンディングチャンピオンである山王工業一色の応援で会場が染まり、さすがの王者の人気ぶりに諸星もも肩を竦めた。
「どっぷりアウェイだな。こりゃ湘北ってチームもやりにくいだろう」
「うーん……、でもタフな人たちだから……たぶん大丈夫……」
 秋田県代表・山王工業とは――インターハイの常連ではなく、インターハイ「優勝」の常連チームである。特にインターハイは3連覇中であり、去年・一昨年は無敗で総体・国体・選抜完全制覇しタイトル6連覇。今年のインターハイ制覇には4連覇とタイトル7連覇がかかっている。
 無敗伝説を作っている主力の3年生2人に加え、去年の最優秀選手に選ばれたエースは2年生であり――、近年の山王の中でも今年は史上最強と謳われるほどの布陣となっていた。
「どっちにしても、今日山王が勝って、オレたちも今日勝つとして、明日がな……」
「大丈夫、大ちゃんなら勝てるよ!」
 は自信たっぷりに拳を握りしめ、諸星は少しだけ肩を竦めた。
 去年、インターハイの準決勝で海南は山王に負けた。愛和は愛和で反対ブロックの準決勝で敗退したために山王とは相まみえず――そのような組み合わせの妙がこれまで続いて、諸星はまだ一度も山王と対戦したことはない。
 もしも愛和が山王と対戦したら。必然的に自分がヤツとマッチアップする羽目になるだろう。と、諸星は山王の2年生エースである沢北栄治を見やった。彼のポジションは3番だが、そこは仕方がない。
 諸星はふと、去年のインターハイでの出来事を思い返した。
 沢北は去年、一年生にしていきなり全国MVPを取ったが、そんな沢北を目の当たりにしてもは「大ちゃんなら勝てるよ!」と自信たっぷりに言ってくれた。そんなだと言うのに、「大ちゃん以上の選手になる」人物を見つけた、とも言っていたのだ。
 神奈川でが見つけたという選手。一体全体誰なんだそりゃ、と見やった先では湘北が予想外に健闘している。
「あれ誰だ? 沢北に付いてるヤツ」
「え……? ああ、流川くん。湘北の一年生」
「一年!? へえ、良い選手だな」
「……うーん……。うん、まあ、そうかな」
 は言葉を濁し、諸星は肩を竦めた。
 見た感じ、流川という選手と山王の沢北は沢北の方が一枚どころか数枚上手だが、選手のタイプとしては同じに見える。ポジションも同じであるし、もろに「の嫌いなタイプ」なんだな、と分かるプレイヤーだ。そもそも自分がフォワードだったせいか、フォワードに異様に厳しいである。
 もしもその「大ちゃん以上」とやらのポジションがフォワードなら偉いことだぞ、と諸星は眉を寄せた。
 しかしながら湘北は2番にも良い選手がいるし、けっこう強い。ていうか強い。これは、山王が有利とは言え、どっちがあがってきても不味いんじゃないか、と二転三転する試合展開を見据えながら諸星は頬を引きつらせた。
 後半に入り、前半ではあまり実力を見せていなかった沢北のエンジンがいよいよかかってきて――山王はいよいよ湘北を突き放しにかかった。点差が開き始め、高校生離れした沢北のプレイを何度も目の当たりにして諸星が唸っていると、隣にいた監督が「勝負あった」と呟いた。
「エースの差だ。スーパーエース沢北を倒せるのは、諸星! お前しかいない!」
 すると沢北の3枚ブロックをするりとかわしたスーパーシュートに「わー、巧いね」と呑気に言っていたも振り返って拳を握りしめる。
「うん、大ちゃんなら沢北くんにだって負けないよ!」
 諸星は口元を強ばらせた。
 なぜこうも自信満々なのか。――こっちは、そんな自信は、はっきりいってないぞ。などと、言えるわけないか、と諸星は肩を竦めた。
 とはいえ、実際――試合で負けた経験はあっても、「マッチアップ」で負けたことは今のところない。幸か不幸か、沢北とは戦ったこともないし。自分がはっきり「敵わない」と思った相手は、以外にはいない。――と諸星は遠い過去を思い浮かべて拳を握りしめた。
 3年前の夏に誓った。これから先、何があっても負けられない、と。例えそれが最強山王のエースであっても、と見やる先で湘北の11番も徐々に調子をあげてきており、「おいおい」と諸星は唸った。
「やっぱ、あの流川ってのもうめえぞ! 沢北に食らいついてやがる」
「流川くん、いつもあんな感じだし……、沢北くんが巧いから負けたくないんだと思う」
「って言ってもな……!」
 沢北はともかくも、流川は神奈川県予選での言う「自分以上」の相手とマッチアップしているはずだ。というか、いったいそいつは誰なんだ? 眼前の流川でさえ実際に自分がマッチアップしたら相当に手こずりそうだと言うのに。
「で、あの流川ってヤツじゃねえよな? 二年なんだろ、お前がオレ以上とかぶっこいていたヤツは。どこにいんだ?」
 チラリとに目線を送ると、「え」との身体が撓った。
「あ……その。それが…………」
 そうしての目線が下がってくる。どうやら県予選を突破できなかったらしい。
 今年もダメだった、と消え入るような声で言ってから、はキと顔を上げた。
「でも! ホントに凄い選手だから!」
 言った瞬間、コートに鈍い音が響いた。と同時に審判が笛を鳴らし、レフェリータイムが告げられる。
「さ……桜木くんッ!?」
 コートを見やったが口元を押さえた。
 湘北の選手が来賓席に突っ込んで背中を強打したらしい。
 その後は、みなコートに釘付けになっていた。怪我をした桜木という選手が明らかに怪我を押してプレイを続け――両校死にものぐるいの攻防が続いた。
 諸星の耳に、遠くで海南勢が湘北に必死の声援を送っている声が届いた。だが中立にいる自分は、ただただ目の前の光景をまるでドキュメンタリーのようにして見ていた。
 勝負に、絶対はない。
 それを証明するかのような湘北のプレイ、そして山王のプレイだった。

 負傷した桜木が試合終了とほぼ同時に逆転のジャンプシュートを放ち――、試合は劇的な湘北の逆転劇によって山王不敗伝説に終止符が打たれた。

 まるで「奇跡」のようだった――。
 両チームがコートから去っても、館内は奇妙な空気に包まれていた。
 それもそのはずだ。みなが、"奇跡"の目撃者となったのだから。だが――。圧倒されていてはいけない。と、ハッとしたのはだ。これもまたトーナメントの1ステップに過ぎないのだ。彼らのファイトに惜しみない賞賛を送って、そして次だ。
「大ちゃん!」
「――うおッ!?」
 まだ惚けていたらしき諸星を下からのぞき込むと、ハッとしたのか諸星は半歩後ろに後ずさった。
「次は大ちゃんの番ね」
「――は?」
「第四試合!」
「あ、ああ」
「勝って、そして明日は湘北にも勝ってね!」
 バシッと両腕で諸星の両腕を叩くと、諸星は一瞬だけ目を見開いたあとに、力強い笑みを見せた。
「ああ、当然だ! そして準決勝でも海南に勝ってやるぜ!」
「――ん!」
「お前、愛和を応援しろよ?」
「さあ、どうしよっかな。――じゃ、またあとでね!」
 そうして笑みで手を振ると、は通路を走る。端の方にまだ突っ立っている海南の所へ向かうためだ。
「おにいちゃーん!」
 声をかけると、全員がハッとしたように揃って瞬きをしてこちらを向いた。
「お、おう。……いたのか、お前」
「いたよ。海南の試合、観てたじゃない。今の試合も、愛和と観てた」
「諸星と……?」
「うん。ねぇ……、桜木くん、大丈夫かな……」
 言うと、ハッとしたように紳一は再び無人となったコートを見下ろした。
「さぁな。相当に無理してたみたいだったからな……。大事に至ってなきゃいいが……」
 すると、呼応するように神が感心したような目線をコートに向けた。
「凄いことをやってのけたよね、湘北は」
「ま、アイツらにしちゃ上出来だな。ていうかオレ、それより腹減りました」
 ――さすが海南。動じてない。杞憂だったかな、と思いつつ誰ともなく「メシだメシ」と言って歩き出し、もそれに続いた。


「ビッグニュースや、ビッグニューーース!!!」

 その頃の神奈川・陵南は――、湘北対山王の試合結果を会場に見に行っているスポーツ記者の姉からいち早く聞き出した彦一が陵南校舎を全速力で駆けていた。
 ちょうど部活は昼食休憩に入っており、メンバーは学食か各自体育館のそばにいるか、そんなところだ。
「なんだ彦一、ウルセーぞ!」
 大声を張り上げながら駆けてきた彦一に、グラウンド側の石段に腰掛けて弁当を手にしていた越野が不機嫌にしかりつける。それでも彦一は興奮覚めやらぬ顔で強く拳を握りしめた。
「ビッグニュースなんですて!! 湘北が、インターハイ二回戦で、あの山王工業に勝ったそうです!!!」
「なッ――!」
 越野のみならず、そばにいた植草、そして少し離れた木陰に座っていた福田もこれ以上ないほどに瞠目し、固まった。
「ほ、ホントか彦一!?」
「はい、いま姉ちゃんに連絡取って結果聞きまして……。最後は桜木さんのブザービーターでひっくり返して一点差だったそうです!」
「さッ、桜木が……ッ!?」
 ザワッ、とあたりがどよめく中、彦一はもどかしそうにキョロキョロとあたりを見渡した。
「ああ、もう、仙道さんはどこ行きはったんや! 流川くんも桜木さんも、すごい活躍したっちゅーのに!」
 興奮覚めやらぬまま彦一はなお駆けた。自分たちも、今度はきっと――。仙道にもそう感じて欲しいのに。陵南の誇る天才は、いま一歩、こっちに歩み寄ってくれない。ような気がする。そのことがもどかしくて彦一は真っ青な空を見上げてグッと拳を握りしめた。


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