翌日、土曜日。 早朝にロードワークを済ませてから及川は自身のマンションを出た。 の購入した電化製品は10時過ぎに届くらしく、9時半には取手駅に着くようにとつくばエクスプレスに乗る。守谷駅で常総線と連絡しているため、都内まで出る必要はない。 取手駅到着予定時刻をメールでに送ると、は西口で待っていると返事をくれた。その通り、及川が駅に着けば改札の外で手を振って待ってくれてるの姿が見えて及川はいつも通りにパッと笑って手を振り返す。 「やっほー、ちゃん」 「おはよう及川くん」 「荷物どう? お祖母ちゃんちからのも今日届くの?」 「ううん、昨日届いたから昨日はずっと洋服とか仕舞ったりして荷物の整理してたの」 「俺も俺も。だいたい終わっちゃったからそれらしい部屋になったけどね。けどさっそく岩ちゃん達にLINEで写真送ったのに反応薄いんだよね」 特に岩泉はいつも通りに既読スルーだと地団駄を踏みつつ及川は携帯を取りだした。 「腹立つから取手駅に舞い降りた俺の写真送ってやろっと」 そして及川はポーズを取ってスマホを自分に向けて自撮りをし、それをそのままLINEに流した。 呆れたような笑いを漏らすと共に駅ビルの外に出ると、及川の目に歩行者デッキが広がる光景が飛び込んできて「わ」と思わず声を弾ませる。 「ちょっと仙台っぽいね!」 「え? そ、そうかな……」 「そうだよ。都会っ子には当たり前かもしれないけど、俺にとってはペデストリアンデッキといったら仙台なの」 デッキから見下ろす道路の風景に仙台駅を思い出しつつ、手を繋いで上機嫌で歩いていく。 のマンションは駅から数分の立地的にはかなり便利な場所にあるらしい。と話を聞きながら歩いていくと本当に駅間近で、パリッとした新築らしい立派なマンションが目の前に現れた。 及川のマンションよりも規模は小さいが、これはきっと家賃がかなり違うはず。と見た目から見て取れた。 の部屋は最上階の角部屋のようで、エレベーターを使って案内されるままに及川は付いていった。 「おじゃましまーす」 鍵をあけたが、どうぞ、と促して中に足を踏み入れる。玄関の先に続く廊下を越えればキッチンがあり、オール電化の三つのコンロにちょっとテンションが上がってしまった。その先はリビングのようで、足を踏み入れた及川は思わず「広っ!」と立ち竦んだ。 一面に広がるバルコニーが余計に空間を広く見せている。モノがほとんど置いてないせいもあるのかもしれない。 部屋の角にはダブルサイズと思しき比較的大きなベッドが置いてあって寝室とリビングが一緒になっているタイプの部屋なのかと聞くとは首を振るった。 「ベッドルームもあるんだけど……作業室にしちゃってるから」 言われてリビングを歩くと、併設されている大きなクローゼットらしきものの横に別の部屋への入り口があった。 さすがに作業室を見ていいかとは言えず、「荷物好きなところに置いてね」と言うに及川は向き直る。 「バスルームとか見せてもらってもいい?」 「え……うん」 どうぞ、と目を瞬かせたに及川は少々はしゃぎ気味に洗面所のドアをあけた。その先にバスルームのドアがあり、あけてみて及川は「うわ」と声をあげた。 「ひっろ! ひろーい! 俺でもちゃんと浸かれそう……!」 声を弾ませるとついてきたが少し肩を竦めた。 「及川くん、身体大きいもんね」 「ちゃん、いい部屋住んでんだね!」 「うん、新築だから綺麗だよね」 言いながらは手を洗うように促して、なにか飲み物はいるかと聞いてきた。 んー、と及川は目を寄せる。 「いまはいいや。もうすぐ配送の人来ちゃうだろうしね」 言いつつ洗面所を出て、キッチンに立ったを見やってハッと気づいた。 買ったのか持ってきたのかコーヒーメーカーの置かれている横に、見覚えのあるティファニーブルーのマグカップが見えたのだ。自然と頬を緩めてしまった。 気づいたのかは少し照れたように笑った。 「気に入ってるから持ってきちゃったの」 その答えに、うへへ、と及川は笑って思わず後ろからギュッとを抱きしめてしまった。 「うん。ほんとちゃん俺のこと大好きだよね」 知ってたけど、と続けると腕の中で少しだけがぴくりと反応した。 「カ、カップを気に入ってるんだよ」 「えー、照れなくてもいいじゃーん」 言いつつじゃれついて少し赤く染まっていた耳元に、チュ、と軽くキスしているとインターホンの乾いた音が空間に鳴り響いて二人してハッとする。すぐにがインターホンを確認するとやはり配送の人だったらしく、しばらくすると数人の作業員がが注文していた家電を次々と運び込んできてくれた。 及川も昨日経験している分、自分が下手に手を出さずとも彼らはテキパキこなしてしまうと見知っているため挨拶をして見守っていると、本当にテキパキ所定の場所に冷蔵庫を置き、洗濯機を設置して他の注文品を置いて颯爽と去っていった。 一通り品物を出してゴミをまとめる作業を手伝いつつ及川は冷蔵庫の方を見やる。 「あとで買い物行かないとね」 「あ……そうだね」 「ちゃん、大学始まるまでどうすんの? 俺みたいに部活とかってないよね?」 聞いてみると、うん、とは頷いた。やることはいつも通り絵の練習と語学の復習くらいらしく、及川はゴクリと喉を鳴らす。――じゃあ俺の部屋においでよ、と言おうとしたがあまりしつこく言って変に誤解されたらヤだし。と少しだけ声のトーンに気を付ける。 「じゃあさ、学校始まるまで俺んち来ない?」 「え……」 「俺は部活あるけど、ちゃんはやりたいことやってくれて全然構わないし、ここにいても俺といてもそんな変わんないと思うしさ」 するとはほんの少し目を見開いた。ちょっとだけ瞳にこちらを警戒したような色を浮かべ、あ、と及川は内心焦る。――別にそんな変な意味で言っているのではない。いや、それも否定しないけどでも違う。そもそもいままで受験でずっと会えなくてデートも出来ていなくてとの時間が不足していたし、これから先だってどれだけ一緒にいられるのか。と思えば思うだけ、できれば離れて過ごしたくない。とそっとの頬を両手で覆ってこつんと額と額を合わせた。 「俺、一緒にいられる間は一緒にいたいんだよ……」 の自分への気持ちを疑っているわけではない。が、分かっていても、はたぶん自分よりももっともっと絵の方が大事なのだ。自分にとってのバレーとは明らかに違う。バレーもも全てまとめて欲しい自分と違っての中には明確に序列がある。――天才ってなんでそうなんだ、と今さら悪態ついたところで仕方のない事実だ。 別れるつもりなんて微塵もないが、それでも、やっぱり一緒にいられる間は一緒にいたい。それが自分の一番の気持ちだ、とキュッと瞳を瞑るとにも伝ったのかはこちらの背に手を回してきて、うん、と小さく頷いた。 片づけも終わり、冷蔵庫の中に収める食料を買い出しに行くためと及川はスーパーに向かった。 としてはパンとチーズとせいぜい卵くらいで特に必要なものはないと感じたが、及川としてはそれでは不服のようだ。 「ていうかマンションから駅もスーパーも近すぎ。便利だねえ」 「及川くんのところは?」 「俺のところは自転車ないと色々無理」 マンションからすぐの駅ビルのスーパーに着くと及川は羨ましげにそう言って、籠を二つカートに乗せた。 さも当然のように二つ籠を乗せたことに驚いては目を見開いてしまう。 「あ、あの及川くん……そんなに買うものないと思うんだけど……」 すると及川は信じられないとでも言いたげに手を広げて大げさにリアクションをとった。 「なに言ってんのさ!? ちゃんち塩もお醤油も胡椒もないじゃん! いったいなに食べて生きてく気なの!?」 う、とは口籠もりつつ「だ、だって」と反論を試みる。 「ベッドが届いたのも昨日で、まだ一日しか住んでないし……。朝とかトーストで十分じゃないかな」 それに調味料の類はこれからそろえていけばいいし。そもそも使うかも定かでないし、と言葉を濁していると、むー、と及川は唇を尖らせた。 「もー、身体壊しても知らないからね。ていうか今日のお昼ご飯とかどうすんの?」 「え……」 言われては思案した。まだ周辺のレストラン事情など詳しくない、と思案していると盛大にため息が漏れてくる。 「分かったよ、及川さんがなにか作る」 「え!?」 「どうせならちゃんの好きなモノ作ったげる」 そうして、ニ、と笑って及川は鼻歌を歌いながら颯爽と青果コーナーに足を向けた。そうして玉葱を物色し、一通り使えそうな緑黄色野菜を揃えている。 「ちゃん嫌いなモノある?」 「え……特にないけど」 「魚とかヘーキ?」 「え……うん」 一通り野菜を揃えて鮮魚コーナーに行き、は首を捻った。 「え……でも、お魚使わないと思うけど……」 「でもけっこう安くない? 冷凍しとけば使えるし、ホイル焼きとか簡単だって」 「……」 「ちゃん使わなくても俺が使うかもだし」 テキパキと進めていく及川には、まあいいか、と頷いて任せることにした。というかそもそもホイルがない。と思っていると及川もちゃんと考えていたのかアルミホイルやサランラップ類も物色している。 「ちゃんち計量カップ置いてある?」 「うん。炊飯器についてたし、フライパンとかお鍋も一通りはあるよ」 「食器も?」 うん、とは頷いた。消耗品以外のたいていのものは祖父母の家から移送してきて一通りは揃っていた。 結局、レジに向かう頃には二つの籠はいっぱいになっていた。むろんも納得済みなため構わなかったが、本当に消費できるのか少々不安を覚えつつ袋に詰めていく。 店員が入れてくれた中サイズのレジ袋四つと小袋一つという目算はぴたりと当たっており、籠を片づけて及川は両手に中袋二つずつを持ち、ハッとは手を出した。 「一つかして」 すると及川は笑って肩を竦める。 「及川さんは力持ちだからこれくらいヘーキですぅ」 その言い分には少しあっけに取られたが、素直に頷いて隣に並んだ。 「ありがとう」 一緒に買い物をしただけだというのに、なんだか妙に楽しくてウキウキしてしまう。なんてソワソワしていると及川もそうだったのかいつも以上にニコニコしており、も、ふふ、と笑った。 部屋に戻り、は買い込んだ大量の食品等を仕舞いつつ及川は並行して昼食の準備に入った。 「俺、クッキングヒーター使うの初めてなんだよね」 及川はオール電化のキッチンが物珍しいのかすこぶる楽しそうだ。 「あの……レシピとかいらないの……?」 テキパキと下準備を済ませて、鍋で何やら玉葱を炒めている及川に恐る恐る聞いてみると「ん?」と目を瞬かせた及川は、二、と笑った。 「いま作ってるのは要らない。だってちゃんの好物だからね」 「え……?」 頭を捻っている間もなく、及川はもう片方のクッキングヒーターに乗せていたフライパンを熱し始め、は取りあえず邪魔にならないよう洗い物でもしていようとシンクの中のものを片づけた。 鍋にデミグラスソース缶を入れ、煮込み始めてから卵を取りだしてボウルに割り入れかき混ぜ始めた及川を見てはピンと来た。 「あ……オムライス?」 「ピンポーン」 及川が明るく答え、も思わず笑みを零してしまった。そうこうしているうちに早炊きモードにしていたご飯が炊きあがり、及川は既に出来ていたフライパンの中のソースに入れて炒めてケチャップライスを作った。 それを皿に盛ってふわふわのオムレツを乗せ、出来上がったハッシュドビーフをかけて「できた」と及川は笑った。 リビングのローテーブルに並べてスプーンを置き、と及川は向き合う。 「美味しそう……!」 「ドーゾ、召し上がれ」 「ありがとう。いただきます」 及川がこれほど美味しそうなオムライスを作ってくれるなど予想外で、は上擦った気持ちのままスプーンでオムライスを救い、口に入れて目を見開いた。 「美味しい……!」 本当に美味しくて思ったままを口にすると、へへへ、と及川が笑う。 「でしょ? けっこう自信あったんだよね」 「及川くん、すっごく料理上手なんだね……!」 お店で食べるオムライスみたいだ、とは頬を緩ませた。――聞くところによると、このオムライスは及川の甥の男の子からも絶賛されていたようで、及川にとっては本当に得意な料理の一つだということだった。 いつかちゃんに食べさせようと思ってたんだよね、とサラッと言い放った及川を見てハッとする。もしかして自分の好物だから練習してた……と考えるのは自意識過剰だろうか、と少し頬を染めていると首を傾げられ、ハッとして何でもないと首を振るった。 そうして思う。及川は自分のことを天才だなんだと言ってくれるが。及川の方がよほど何でもできるではないか、と。自分は確かに、絵はともかくも語学も理系の勉学も平均以上にできているかもしれないが、自分は学者の娘でそれこそ物心ついたころから厳しく躾られているし相応の時間は費やしてきた。 対する及川は中学に入って、岩泉と自分がたまたま一緒に勉強していたそばにくっついていたときの「バレーに空間認識能力は必要」という言葉を切っ掛けにバレーで忙しい片手間でそこそこ集中してやるようになって成績も伸びているし、「漢字が苦手」というよく分からない理由で英語に比重を置いたらそこもかなり伸びている。 料理だって上手いし、それにやっぱり、こうして見ると本当に整った顔をしていて――やっぱり素敵だな……と今さらながらぼんやりと及川を見やっていると及川が不敵そうに、ニヤ、と口元を緩めた。 「なーにちゃん、もしかして惚れ直しちゃった?」 「えッ……」 「俺が言うのもなんだけど、こんな古典的な技に引っかかっちゃダメじゃーん」 そうしてヘラッと笑った及川にカッと頬が染まって「違っ……」と言いかけたが、あまり違わないために口籠もってしまった。 けれども。別に引っかかっているとかではなくて。好きな人が自分の好きなものを作ってくれたのが単純に嬉しくて。――でもやっぱり、改めて及川のことを格好いいと思ってしまったかもしれない。 だって、身長だってきっともう180センチ代の後半はある。どちらかというと甘い顔からは想像できないほど身体つきもがっしりしてて……と食べ終わって立ち上がった及川をぼんやり目で追ってしまって、ハッと首を振るう。 「ご、ごちそうさま!」 も立ち上がってキッチンに向かい、片付けは引き受けると及川がこの辺りの立地の詳細を訊いてきた。あとでロードワークに出たいらしく、、もまだ良くは知らなかったが利根川沿いに運動公園があることを伝えるともう少ししたら行ってくるという及川を横に見つつ思う。 ――及川は今日は帰るつもりはあるのだろうか。という一言がどうしても訊けない。訊かなくても予測できているからだ。 でも、別にもう、いいや……と自分もすっかりその気になっているのだから、こういうのはやっぱり「引っかかった」と言うのだろうか、と洗い物を終えて両手で頬を覆って唸ってしまう。 その後はしばし大学のバレー組織の事など雑談をして過ごし、夕方が近づくと及川はロードワークに出てもその間は作業室に籠もった。 そうして夕飯時になればやはりまた食事を作らねばならず、及川は「これ簡単だよ」とオススメのレシピを教えてくれたものの、やっぱり一人ではこんなに作らない気がする、と感じつつテキパキとこなす及川にいっそ感心して夕食を終えた。 「あーキモチ良かったー。やっぱり大きいお風呂いいよねー」 風呂上がりの及川が満足そうな声でリビングに戻ってきて、はさすがに心臓が跳ねた。ロードワーク用のジャージは元より、シャツとパンツの部屋着も持参したらしい。きっと置いていく気なのだろうな、と感じつつ交代して風呂に入る。 別にもう付き合って長いし、いままでだって何度もそんな雰囲気になったし。ずっと機会がなかっただけできっとたぶん自然なことだし。とぐるぐる頭で考えつつ風呂を出て、髪を乾かしつつリビングに戻ると、及川はテーブルに置いていたフランス語の本を開いて背をベッドの枠に預けしかめっ面をしていた。 「なにしてるの……?」 声をかけると「ん?」と及川は顔を上げ、パタン、と本を閉じた。 「なんだろ……、読めないなーと思いながら字だけ見てた」 そうして及川は本をカーペットの上に置き、背後のベッドに目配せした。 「ちゃんの枕、すっごい大きいよね」 「あ……うん。お祖母ちゃんの家で使ってた枕なんだけど、けっこう気に入ってるの」 置いてあったのは通常の枕よりも2,3倍は幅のある大きなサイズのもので、及川の隣に腰を下ろしつつ言うと「ふーん」と及川は感心したように言った。 「コレだと二人で一つで十分だよね。俺もそういうの買えばよかったかも」 サラッとさも当然のように言われて、え、とは口籠もる。確かにその枕は及川と二人で使えるサイズではあるが――とうっかり具体的に連想してしまい、うっかり顔を伏せてしまった。 「え、ナニ? 今さらソコ!?」 「そ……ッ」 そんなこと言われても、としどろもどろで言うと、及川は何を思ったのか大きな両手でこちらの頬を包んできた。ドキっとしている間もなく強制的に上向かされ、目を合わせられてしまう。 「ちゃ――」 「ちょ、ちょ……と、待って……!」 なにかアクションを起こされる前には及川の手を引け、熱くなった顔を隠すようにそむけて立ち上がった。するとやはり及川からは不審そうな声があがる。 「なに……?」 「で、電気……消して、から……」 さすがに煌々と明かりを付けたままでは抵抗があったためにそう言っただったが、及川が固まった気配が伝わって、数秒後には呆れたようなため息のあとに笑いが聞こえた。 「ちゃん、ムードなさすぎ! 情緒大切だよココ!」 「……」 「ていうかチョット気がはやくない?」 まあ良いけど、と及川が苦笑いを漏らしながら、ギシッ、とベッドに座った音が響いては「う……」と唸りつつパチッと電気をいちばん弱い光に切り替えた。 早まったかもしれない……、と振り返って暗がりの中で及川を見やる。うっかり目が合っては思った。やっぱり明かりは落として正解だった、と。 どのみち頬が熱くてたまらない、としどろもどろでベッドに近づき、半ばヤケで自分もベッドに登った。 しばし無言で及川と見つめ合ってしまう。 「は……恥ずかしい……」 「俺もなんだけど……」 言って及川は本当に照れくさかったのか少し目線をそらしつつそっと腰に手を回してきて、ドキッと胸を高鳴らせつつは既視感に襲われた。 「な、なんか……前もこういうことあったよね」 「ん……?」 「ほら、パリで……」 及川の両肩に手を置きつつ、言葉を濁して少し目を伏せる。 修学旅行の自由行動の時、及川とポンデザールの上で初めてキスをした。あの時も何だかんだお互い緊張していたものだ。 察したのか、ああ、と及川が少し笑った。 「そだね。はじめてだったからね」 言いながら、チュ、と軽くキスされては遅れて少し笑った。 「なんで笑うのさ……」 「だって……」 間近でお互いがお互いの瞳を見て言いつつ、は言葉を続けずにどちらともなくお互いまた唇を重ねた。 「……ん……ッ」 初めてキスをしたとき、初めて抱きしめられた時よりももっともっと昂揚してドキドキした。及川に触れられる事も触れる事も心地よくてたまらなくて、もっと及川を好きになって二人の仲もずっと良くなった。 だからいまも、恥ずかしさや痛いくらいの胸の鼓動よりも、こうして及川と触れ合っているのが心地いい。とは及川の柔らかい髪を包み込むようにして抱きしめた。 背中を這っていた及川の長い指が裾から入ってきて直に肌を滑り、ピク、と身体が撓ったがも及川と気持ちは同じだと感じた。 及川にもっと触れたい……、と少し上気した頬でギュッと縋るように抱きつくと、及川は察したのか少し笑った。 「今日こそ及川さんの肉体美、独り占めだね?」 「そッ……」 そんなつもりではない、とカッと頬を染めていると、及川はそのまま自分で着ていたシャツを脱ぎ捨てて上半身を晒した。 瞬間、目のやり場に困って目をそらしてしまう。 「ん、なんで照れるのさ」 さも意外そうに言われては居たたまれなくなって小さく唸った。ムードがないのは及川も同じだ、と感じつつ昂揚したまま及川の肩に逃げるように頭を埋めてみる。 キュ、と背中に手を回して、改めて、本当にがっしりしているな……と浮かされるように感じていると、チュ、と及川が耳元に唇を寄せてきた。 少し顔を上げると、そのまま噛みつかれるようにキスされ、も必死で及川の熱に自身を絡ませた。 「ん……ッ……ん」 もう拒む理由も止める理由もなにもなくて、触れられているのが嬉しくて、パジャマの上を肩から落とされてキュッと及川と肌を合わせた感触の心地よさに思わず震えた。 「ちゃ……、すっごい柔らかい」 すると熱を孕んだように及川の声が震え、自分と同じように、けれども反対のことを感じているのだとぞくっと肌が粟立った。 「及か……く……ッ」 そのまま抱き合って、夢中で求めるようにキスを重ねて気づいたらベッドに背を付けて押し倒されていて、は夢中で及川にしがみついていた。 |