――バレンタイン! 男4人でチョコケーキを食おうの会。

 などというはた迷惑な企画を試験明けのナチュラルハイ状態で花巻が立ち上げてくれ、バレンタイン当日。及川はいつものメンツで仙台某所のスイーツショップにて4人でテーブルを囲んでチョコレートケーキを頬張っていた。
「なんかスゲー視線感じるんだけど」
「俺たち目立つんじゃん?」
「今日の場合は悪目立ちだろ完全に」
 一人岩泉が居心地悪そうにしつつも、及川たちは花巻オススメのスイーツに機嫌良く舌鼓を打った。
 元より及川は今日ははじめから登校する予定もなく、もしかしたらチョコレートを抱えた女の子が自宅にやってくる可能性もあったために外出の誘いはありがたかった。しかし。
「俺、誰からもチョコもらわないバレンタインってはじめてかも……」
 何気なく呟けば、ピク、と目の前の男たちのコメカミがヒクついた。
「うわまじでイケメンないわー、ナチュラルにむかつくわー」
「さも当然のようにいっそホッとしたように主張してるところが腹立つな」
「それな」
「お前らの解釈悪意ありすぎじゃない!?」
 反論しつつ及川は思う。女の子がチョコレートを用意してくれているのは単純に嬉しいし、全て笑顔で受け取るようにはしているが、だからといって自分から能動的に欲しいかというとそうでもない。今日の場合は正式に登校拒否でも許されるため、自分は自分のいい方を選んだだけだ。
 そもそもチョコをもらいたい相手がそばにいないのに、あんまり他の女の子から受け取りたくもない。
「ていうか誰からももらわないってお前カノジョいたじゃん? ついにフラれた?」
「フラれてないし! ちゃんはセンターのあとからずっと東京。たぶん卒業式の前じゃない? 戻ってくんの」
 ふーん、と松川が相づちを打って、及川は頬を顎で支えた。
「けど、合格発表は卒業式のあとらしいし、たぶん式のために戻ってきてすぐ東京戻ると思うんだよね」
「あれ、及川はいつ上京すんの?」
「俺も卒業式終わったら行くよ。春休みの練習、参加したいしね。マッキーは?」
「俺は……、まあ受かってたら一人暮らし用のアパートとか本格的に決めるだけ決めて、移動すんのは直前かな」
「あー……俺も部屋決めないと」
「寮とか入んねーの?」
「ヤだよ。思ったより賃貸料安いっぽいし、俺は広々と快適に過ごしたいの」
 ――それに寮だとを部屋に呼べない。などという邪な理由があるわけではない。決してない。という言葉をどうにか飲み込むと、松川はニヤニヤと口元を緩め、隣の岩泉は固まった気配が伝って、花巻に至っては相手がと知っているせいか若干居たたまれないような反応を見せ、及川はがなった。
「ちょっと! お前らぜったい変な想像してるよねやめてくれる!?」
 そうしてケーキを食べ進め、店を出れば寒空に耐えきれずに早々にカラオケルームに避難して時間を潰した。
 たぶんこうして4人揃って出歩くことも今後はそうはないだろう。当たり前のように過ごしていた時間が凄く貴重で、たぶんそれは他の3人にとっても同じなんだろうなと及川は感じた。
 本当に自分はいい仲間に恵まれたと思う。最初は、きっと彼らはレギュラーになる人材だから仲良くしておかなければ、という義務感から連んでいたが、花巻も松川も自分にとっては一生涯の友人となるに違いない。
 青葉城西に入って良かったと思う。バレー選手としてのキャリアという意味で遠回りだったとしても、自分はここでしか得られなかったものをたくさん得られた。
「俺の合格が決まったら、4人で温泉とか行かね?」
「なに、卒業旅行ってヤツ?」
「男4人で温泉旅行かよ。最初から最後まで俺ら何なんだよ」
 最後にそんな話をして今日は解散となり、白い息を吐きながら及川は岩泉と共に帰路についた。
 温泉旅行ほんとにいいかもねーなどと話しつつ、渦中のを思えば自分たちがいまこうして呑気に楽しんでいるのが少し申し訳ないような気がした。
 今日はバレンタイン。家に帰ったらに電話しようかな、と浮かべつつ及川はそのまま上機嫌で夜道を歩いていった。


 一方。
 バレンタインを数日過ぎた辺りで及川から花巻も第一志望に合格して脱・受験したというメールを受け取ったは「良かった」と思うと同時に少々羨ましく思った。
 彼らは最後の思い出作りとばかりに、週末を使って山形に温泉スキー旅行に行くらしく……「いいなぁ」とリアルに呟いてしまった。
 たぶん例によって花巻の趣味の一つがスキーとかだったりするんだろうな。と、相も変わらず仲の良さげな四人を横目に自分は受験である。
 ――油絵科、一次試験はデッサン。ただしどんな素材や道具で描けと言われるかは不明なため、受験対策をしてあらゆる道具に慣れたつもりだ。
 おおよその受験者は現役の18歳から22,3歳ほど。その年齢が対象の全国規模のデッサンコンクールでは出せば自分がほぼ確実に一番を獲るというほど自信と自負があるのがデッサンだ。まだまだ完璧にはほど遠いと分かっているが、さすがにデッサンで落ちたら立ち直れないかもしれない。
 という不安と緊張も湛えて、は2月の最終週の木曜日に一次試験に臨んだ。自分が会場に入れば……やはり多少は目立った。
……」
だ…!」
 でも、見られているのも自分についてあれこれ言われるのも平気だ。絵に関してなら平気。
 課題は捻りなく木炭による石膏デッサンだった。
 は気負わず、あくまでいつも通り自分のペースで淡々と描き終えて、自分の中で完成を決めると試験を終えて会場を出た。
 ――これで受かっていたとして。二次試験にまさかの「人物画」などが出たらぶっつけ本番になってしまう。もちろん描けないわけではないが。
 と、祖父母の家へ向かう電車に揺られつつ思う。一次の合否が出るのが週明けの月曜。受かっていれば、その週の水曜〜金曜かけて二次試験。そして翌土曜は卒業式のために試験が終わればすぐに仙台に帰らなければならない。
 合格発表は3月の中旬だが、すぐに入学手続きに入らなければならないし、どっちにしろ二次に進めた場合、合否を問わず卒業式明けの月曜には東京に戻ってこようと思う。
 確か及川も春休みに入ればすぐに上京すると言っていたし――、一緒に、と考えつつ祖父母の家に辿り着くと、さすがにその日はゆっくり休息を取った。

 週末は夜になれば大量に届く及川からの卒業旅行楽しんでますメールを見やりつつ油絵の最終チェックをゆっくりやりながらソワソワして過ごし、週があけて午前中のうちに大学のウェブサイトをチェックして自身の受験番号が載っていたことにホッとは胸を撫で下ろした。


「センセー! ちゃん一次通ったってー!」
「ほんとか及川!!」

 及川はというと、最終週くらいはと学校に顔を出していた。というよりは筑波大から届いた事前課題なるものをこなすために取りあえず登校し、一限目の休みに届いたのメールを見るや否や廊下を歩いていた担任を捕まえて報告した。そうして自身もさっそく返信を送る。
 ――おめでと! 二次も頑張ってね。
 ――うん、頑張る。試験が終わったらすぐに仙台に帰るね。
 ――俺、迎えに行く。はやく会いたい。
 ――私も。
 珍しくからわざわざメールで「私も」と戻ってきて及川は少しだけ目を見開きつつも笑った。もう二ヶ月近くも会ってないし、さすがのちゃんも及川さんシックかな、と笑った。週末が待ち遠しい。きっとにとっては厳しい一週間だろうが、はやく週末になるといいな、と及川は鼻歌を歌った。


 ――二次試験・一日目。
 会場入りして恐る恐る課題を見やったの頬はにわかに緩んだ。
 ――今朝食べたものを描け。という課題で人物はいっさい関係なく、は滞りなく課題をこなした。
 しかし本番は二・三日目である。でもこれまでも比較的得意な課題が出ているし、いけるのでは。と期待した翌日。「構内の風景を描け」という課題には思わず心内でガッツポーズをした。
 持ち出し許可の出ている道具を持ち出し、さっそく美術学部構内の散策に出かけた。
 指でフレームを作り、枠から風景を覗き込んでみる。頭をフル回転させて、自分の技術力を全面に押し出せる難しい構図を選んだ。校舎・緑・コンクリートの光の反射。そしてここの学生として春には堂々とこの場所を歩いている自身の姿を思い浮かべて、強く頷いた。
 全ての情報とデッサンを試作用紙に書き込み、風景を脳裏にインプットさせて試験室に戻りさっそく作業に取りかかる。
 すっかり集中する最中にも、色んな人が自分の絵を覗いていっているのが分かった。その日の終了時間間際には現役の学生と思しき学生や助手などが自身の周りを取り囲んでざわついていた。――その反応では既に手応えを感じたが、気を引き締め直して二日目を終えた。
 最終日に再び集中してしっかり仕上げまで済ませて、ようやく長かった自身の受験から解放されたは肩で息を吐いた。
 そしてもう明日は卒業式かと思うと、最後は駆け足で青葉城西を去ることになってしまい少し寂しく思う。
 なにより、自分はもうあと数日で仙台から永久に去るのだと思うと……あんなに越してきたころは馴染めなかったのに、「まもなく仙台駅に到着します」というアナウンスすら懐かしいと思うのだから随分と変わったものだと思う。と、いったん祖父母の家に戻ってからすぐに新幹線で仙台を目指したは、約二ヶ月ぶりの仙台駅にホッと息を吐いて新幹線から降りた。
 無意識に駆け足気味で改札に向かってしまう。及川には19時半には着くと連絡してある。
ちゃーん!」
 聞こえた声に顔を上げると及川の方が先にこちらに気づいたのか改札の先で手を振ってくれており、は思わず涙腺が緩みそうになってしまった。
 もどかしく切符を改札機に吸い込ませて、はやるように改札を抜ける。
「おかえりちゃん!」
「ただいま!」
 ギュッとそのまま及川の胸に飛び込んで抱きつき、及川もギュッと抱きしめてくれて二人で笑い合った。
「試験お疲れさま! どうだった?」
「得意な課題が出たから、大丈夫だと思いたい……」
 そのまま手を繋いで帰路につく。は絵を描いてばかりの二ヶ月だったが、及川はバレーだけではなく仙台市内を今まで以上に散策したり、岩泉や花巻たちとの時間に費やしたりとメールや電話で伝えてくれた以上の話を聞かせてくれ、及川は及川で残された高校生活を目一杯充実させていたのだな、と光景が想像できるようで微笑ましく思った。
ちゃん、明日なんだけどさ」
「ん……?」
「三人で学校行こ。俺と岩ちゃんで朝迎えに来るから、三人でさ」
 ね? と、の自宅が見えてきたあたりで言われては少しだけ目を見張った。
「岩泉くんと二人じゃなくていいの?」
「なんでさ。三人一緒がいいに決まってんじゃん。北一の時だってそうだったんだし」
「そういえば、卒業式のあとって三人で一緒に帰ったっけ……。あれからもう三年か、あっと言う間だったね」
「そうだね」
 あの頃は、まさかこうして及川と並んで歩くようになるとは少しも思っていなかった。と見上げた及川はすっかり中学生の頃のあどけなさが抜けて大人びた顔をしており、あっと言う間のようでいて、確実に三年という月日が経っていることをは改めて実感した。
「じゃ、また明日ね」
「うん。送ってくれてありがとう」
「どういたしまして。おやすみ」
 チュ、と及川が額にキスしてくれ、は笑って手を振ると門をくぐって久々の自宅のインターホンを鳴らした。
「おかえりなさい、試験どうだった?」
「ただいま……。ちょっと疲れちゃった」
 久々に見る母の顔にホッと息を吐き、夕食をとってゆっくり風呂に入り、制服のチェックをしてベッドに入った。



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