――及川から、なぜかクリスマスプレゼントを貰った。 は、自室デスクの上に置かれた青葉城西男子バレー部色――正確にはティファニーブルーと呼ばれる――の可愛らしいマグカップを見やって「うーん」と唸った。 確かに色遣いは青城男子バレー部を思わせるもので、及川の性格なら衝動的に買ってしまったというのは十二分に考えられるのだが。 それなら自分用だけでいいのでは……。男性用にしては可愛すぎるかもしれないが、結局そんなものは個人の好みであるし。それとももしかして、期末の勉強を見ていた礼、だろうか。だから岩泉と一緒に来たのだろうか。 と、考えても答えなど分かるはずはない。 でも可愛い……、とそのままジッとマグカップを見つめていると、不意に携帯が鳴った。メールの受信を知らせる音だ。 開いてみると、及川からで、29日の17時に仙台駅西口前でどうか、というものでは少し目を見開いた。 及川のメールは予想に違わず顔文字や装飾を多用してあり、画面そのものがキラキラしている。 一瞬煌びやかな画面に目が滑りそうになっただが、首を捻る。ライトアップをやっている通りは仙台駅からは少し距離があるし、わざわざ仙台駅まで行かずともの家からでも歩いていける。それに17時だとまだ点灯していないのでは? と思うも、お礼に何かご馳走すると言ったし、食事でもすればいいか。とは了承の旨を返信した。 そして、ふ、と息を吐く。 学校の外で及川に会うのは初めてだ。――本当に、なにを考えているのだろう。と分からないままに29日を迎え、は支度をして家を出た。 ヒュ、と冷たい風が頬を撫でていく。ここ数日は比較的暖かい日々が続いていたが、今日は冷えそうだ。ロングブーツにして正解だった、と、登っていく白い息を見ながら思う。 及川の好きなものってなんだろう? 牛乳パンが大好物だとは言っていたが、さすがに夕食にそれは……と考えつつ地下鉄に揺られて仙台駅に着いて目的地へ向かいつつ、腕時計に視線を落とした。17時10分前だ。5分前には着くだろう。待ち合わせ場所はステンドグラス前という超メジャースポットだし、お互い見つけられないという事もないだろうな。と、それなりに人でごった返しているコンコースを歩いていって遠目にも派手な待ち合わせ場所に近づいて、あ、とは思わず足を止めた。 ――やはり、及川は目立つ。人波より頭ひとつ抜け出た上半身にカーキのピーコートを羽織ってマフラーを巻いた彼は両手を無造作にパンツのポケットに突っ込んで視線を人波に投げており、明らかに道行く女性陣の視線を引きつけているのが見て取れた。 かと思えば、幾人かが及川に近寄って声をかけ、笑顔でいつものように対応している様子を見てはグッと肩に掛けていたバッグの持ち手を握りしめた。さすがにあの中に「お待たせ」などと入る勇気はない。と、まごついていると先に及川の方がこちらに気づいたのだろう。パッと明るく笑って手を振ってくれたものだから、自然に彼を見ていた人間の目線も貰う羽目になってしまった。 「ちゃん!」 そのまま早足で駆け寄ってきた及川に、は少々引きつりながらも笑みを浮かべた。 「こ、こんにちは。ごめんなさい、待った?」 「ううん。ヘーキヘーキ」 上機嫌そうに笑う及川を見上げて、は一度息を吐いた。いくら視線を気にしても仕方ない。気を取り直して取りあえずその場を離れる。 「そうだ。マグカップ、本当にありがとう。可愛くて机に飾ってるの」 「えー、飾ってないで使ってよ。けどホント、青城カラーだよね。コーヒー飲みながら及川さんのサーブ姿でも思い出してね?」 ふ、と笑いながらも試すように言われての口からは苦笑いが零れた。及川の中では未だに自分は彼のサーブ練習を頻繁に見ている事になっているのだろうか? それとも分かって言っているのか。もうどっちでもいいけど、と諦め混じりに思いつつ「あ」と瞬きをした。 「でも、私、及川くんが試合でサーブ打ってるところって見たことないな」 「じゃあ試合見に来ればいのに」 ケラケラと笑われて、は曖昧に笑った。――そういえば先日の新人戦でも結局いつものように白鳥沢に負けた、と岩泉が言っていた気がする。彼は試合に出ていないせいかどこか淡々としていたが、及川はピンチサーバーで出ていたという。 けれども新人戦の話題を出すのは悪手かもしれない。過去のことを思うと白鳥沢や牛島にはあまり触れない方がいい気がするし、と駅ビルの外に出て肌寒い風に頬を震わせつつ及川を見上げた。 「及川くん、イルミネーションってまだ始まってないよね?」 「うん、そうだね。まだ明るいし」 「どこか行きたいところある? 食べたいものとか。なんでも言ってね」 すると及川は珍しく困ったように眉を八の字に下げて肩を竦めた。かと思うと視線を明後日の方向に飛ばして、まあいっか、などと呟いている。 「ちゃんさ、この辺だとどこ遊び行ったりする? 学校帰りとか」 「え……? うー……ん。学校帰りって、本屋さんとか用がある時しか寄り道しないよ。いつも遅いし」 すると及川は「ハハッ」とまるで予想していたかのように笑う。 「だよね。俺も思った」 「あ、遊びって言っても……。休みの日は、用事がないと絵を描いてるから、外にはよくいるけど駅前に来ることはあんまりないと思う」 「ちゃんってほんと絵バカだよね」 「お、及川くんだって……!」 バレーバカじゃないのか。という言葉は飲み込んだだが、及川は同意するように肩を揺らした。 「うん、まあそうなんだけどさ。中学の頃より部活の時間長くなったし、遅くまで残れるし、高校入ってからのほうが総合的な練習量は増えてると思うしね。けど結果的に月曜が強制オフだから、俺はバレー外の時間取りやすくなったんだよね」 「それって月曜には遊ぶようになったっていう意味……?」 「いつもじゃないけど。同期の部員にやたら多趣味なヤツがいて、最初は仲良くしとくかー的に付き合ってたんだけど」 「あ、前にそんなこと言ってたよね。上手い選手なんだよね?」 「かなり、ね。俺の代だとたぶんレギュラー取るんじゃないかな」 曰く、及川にとっては「仲良くしといたほうが得」な同期と連んでいるうちに本当に気も合ったのか、たまに岩泉も含めて数人で学校帰りに寄り道するのが一種の恒例になっているということだった。 「そいつがさー、ビリヤードだのなんだの仕込んでくるワケでさ」 「ビリヤード……」 「ちゃんできる?」 「んー……ルールは知ってるけどあんまり……」 「じゃあゲーセンとか行ったことある?」 問われて、ううん、と首を振ると「やっぱり」と及川は肩を揺らした。けれども人生においてゲームセンターに用事があったことなど一度もないのだから仕方ないだろう。 「じゃあさ、行ってみる? それとももっとオシャレな場所がいい?」 ニ、と笑われては少し逡巡したのちに頷いた。行きたい場所が特にあるわけでなく、及川が行きたい場所があるならそっち優先で構わないためだ。 なんだか本当によく分からないことになった。と、及川と連れだって歩きながら思う。とはいえ、思い起こせば及川の突拍子もない行動はいつもの事であり、及川の中では通常通りの事なのだろう。楽しそうだし、いいか。と先ほどから鼻歌でも歌い出しそうなほどニコニコしている及川を見上げて少しだけ口元を緩めた。 及川も、も中学時代から見知っていた事ではあるが、普段は部活一色で遊び歩かないために娯楽スポットには疎く、現在の知識はたいていが仲がいいという部員の影響なのだという。どこそこにこういうのがあってーと楽しそうに同期から得たという情報を話す及川は、本当に部員と上手くやっているのだな、とにしても安堵した。及川自身、いまの環境を気に入って楽しんでいるのだろう。 ゲームセンターというとなんとなく騒がしいというイメージが先行していただが、及川の先導で辿り着いた場所はアミューズメントスポットといった具合で、予想よりも明るくて想像していたほどの騒々しさは感じなかった。 年の瀬で休みなためかそこそこ賑わっており、男女比も半々といった具合だ。 「どうしよっか。プリクラでも撮る?」 若干こちらを覗き込むように言われて、う、とは引いた。写真を撮るのは得意だが、撮られるのはあまり好きではない。と渋っていると、ふと雑音に混じって斜めの方向から音楽が聞こえてきてなんとなく音のした方を振り返った。 すると少し広めのスペースで女性が画面を見つめながら音楽に合わせて踊っており、は自然と足を止めた。そういえばテレビCMでゲームメーカーがこの手のゲームを宣伝してるのを観たような覚えがある、と思案していると「あれ?」と及川から明るい声があがった。 「なに、ちゃん踊りたいの?」 「え!? え、ち、違うよ……ちょっと観てただけ」 「ふーん。じゃあ俺、次踊っちゃおっかな」 「え……」 「実はコレも覚えたモノのうちのひとつなんだよね」 曰く、好きな曲を選んで画面を見ながらフロアで画面の振り付けと同じように踊っていくゲームらしく、最初にやった時は散々だったが現在は割と上達したという。 ゲームエリアへ向かいつつ及川を見上げると、彼は楽しそうにペロッと舌を出してから着ていたコートを脱いだ。 「これ持っててもらってもいい?」 「う、うん」 「ありがと」 次いで及川はスッと巻いていたマフラーを取ってコートと共にに手渡し、ニコ、と笑ってから使っていた女性がゲームを終えたのを待って機械の方へ向かった。 はそのまま、とりあえず正面側に移動して見守る。曲を選んでいるのだろうか? 鼻歌でも歌っているかのようにご機嫌な様子がうかがえて少しだけ微笑ましく思う。 そうして2,3度屈伸や伸びをしている及川に、ずいぶんと本格的だな、と感じていると彼は少し画面から離れ、おそらく踊る用のフロアに移動した。 すると前奏が流れ始めて、はピンとくる。きっとかなりの人が知っているだろう曲。――なんだっけ、と前奏に合わせて準備なのかゆるゆると身体を揺らしている及川を見つつ、あ、と浮かんだ。ブリトニー・スピアーズの”Circus”だ。と思い出した瞬間、及川の見せた表情には、ゴク、と息を呑んだ。 ――この世には、2種類の人間しかいない。 スッ、と流れ始めた歌の歌詞が頭に入ってくる。 照れとか、戸惑いとか一切ない。そういえば、学内で見かける及川の表情はいつだって完璧なアイドル然としていたっけ、と浮かべた。けれども、もしかしたら試合中のオンコートでもそうなのでは……と感じさせるほど、歌詞のせいなのか挑発めいた表情を浮かべる及川に自然と瞬きの頻度があがった。 やっぱり彼の瞳はいやでも他人を惹きつける力がある気がする。それに、改めて見ると高校に入ってずいぶんと大人びて身体付きも大きくなった。 いや、それよりも。女性歌手の歌を男性が踊ると、ここまで妙にたおやかで色っぽくなるのか。とやや胸が騒いでいると、は周りにギャラリーが出来ているのに気づいてハッとした。及川の容姿を褒めるような女性の囁きが聞こえてくる。いつもの事とはいえ……偶然か否か、及川が視線を飛ばした先の女性が小さく悲鳴をあげて、は少々いたたまれなくなってきた。 ――全ての視線が私に集まる。と、まるで歌詞を体現しているかのような彼のパフォーマンスに目を奪われながらもたじろぐ。 これほどギャラリーを作った彼は、踊りが終わればおそらく「お待たせ」と笑ってこっちに来るだろう。その時のプレッシャーを俄に想像してしまい、少々逃げ出したい衝動にかられた。 時おり、及川が歌詞を唇に乗せているのが見て取れた。及川はたぶん、見た目に反してかなりストイックな人間だ。それは自分が一番といっていいほどに知っている。けれども同時に、きっとこうしてスポットライトが当たる位置にいるのも好んでいるのだろうな、などと考えながらぼんやり見つめていると音楽が終わってギャラリーから拍手があがった。 及川の方は踊りに集中してギャラリーに気づかなかったのか、ハッとしたように瞬きをしてからいつものように愛想の良さそうな笑みで女性陣に手を振った。 そうこうしているうちにぼんやりその様子を見ていたと及川の視線とかち合い、う、とが半歩引くも及川の表情ははっきりと緩んだのが見て取れた。そうしてすっかり舞台を降りて「素」に戻ったような風体で「お待たせー」と足早に近づいてきた。 そのまま及川はごく普通にの手から「ありがと」とコートとマフラーを受け取り、もやや周りからの視線を感じつつも笑った。 「お、及川くん……上手いんだね」 気にしてもどうにもならない、と思うもやはり耐え難く、さりげなくその場を離れるように誘導しつつ歩くと、及川は「えー」と肩を竦めた。 「色々間違えちゃったし、まだまだだよー」 「でも……、ギャラリー凄かったし」 「んー、今日はマッキーいなかったし普段よりギャラリー少なかったと思うケド。ま、及川さんだもんね。ちゃんも見とれちゃった?」 ニ、と悪戯っぽく笑われて――今日ばかりは少しだけその通りで、やや目線を泳がせがちに話をそらす。マッキーというのが誰かは分からなかったが、バレー部のメンバーなのだろう。 「いつも、って……。岩泉くんも一緒なんだよね? 岩泉くんもああいうダンスやるの?」 「あはは、ううん。岩ちゃんはいくらみんなで勧めてもテコでもやんないよ。頭かったいからね」 ケラケラと笑う及川に、にしてもその場面が目に浮かぶようで苦笑いを漏らしていると「あ」と及川が何かを見つけたのか声をあげた。 「ちゃん、あれやろ! エアホッケー!」 張り切って及川が指をさした先にあったのは卓球台のようなもので、プラスチックの円盤を弾き飛ばして相手のゴールに落とすゲームらしい。 承諾してさっそく台を挟んで及川と向き合うも、にとっては初体験である。 「わッ……!」 エアホッケーのラリーに慣れる間もなく及川の持ち前のバカ力で派手に弾き飛ばされた円盤が轟音と共に自身のゴールにシュートされ、はおののくより前に得意げに笑う及川を見て少し唇を尖らせた。 パワー勝負で勝とうと思ったら負けに決まっている。ストレートを狙うと不利だ。だから上手く跳ね返りを利用すれば及川も防御は難しいはず。と角度を計算してラリーを続けてどうにか食らいつくも、パワーのごり押しに対抗するのはなかなか難しく、あっさり負けて「もう一回!」と食らいつくのを繰り返して数回。 「ちゃん負けず嫌いだねえ」 「及川くんもね……」 ようやくやめようという運びになって、全力を出したはぐったりしつつ愉快そうに笑う及川を恨めしげに見上げた。 たぶん、この人は他の女の子相手だったら手加減して花を持たせてあげたりするタイプな気がするが。及川が昔から自分相手になぜだかそういうそぶりをいっさい見せないのは知っている。昔はそれを相性が悪いせいだとか、嫌われているのかもしれないと思っていたが――いまは。 「いま何時くらいかな? 俺ちょっとお腹空いてきちゃった」 ジッと及川を見つつ考え込んでいると及川が小さく呟いて、は腕時計を見た。6時半だ。そろそろ出ようか、とゲームセンターの外にでると辺りは既に暗くなっており、急に冷えた空気が頬にあたって、さむ、と思わず呟く。 「なにか食べに行く? 及川くん、なにか食べたいものある?」 「え……?」 「なんでも言ってね。なんでもご馳走するから……!」 そもそも今日の目的は及川に礼をすることであるし。と力を込めて言えば、及川は再び困ったように眉を下げて頭に手をやっていた。 「別にそういうのいらないんだけどね……」 「わ、私の気が済まないよ……」 「んー、ちゃんらしいねぇ……」 言って及川は、うーん、と逡巡するようなそぶりを見せた。も考える。及川の好きな料理ってどういうものだろう、と。牛乳パンが好きで、たぶん甘いものも好きなんだろうということは何となく知ってはいるが、それ以外はまったく見当が付かない。 でもこの時間帯だとスイーツよりご飯の方がいいだろうし、と考えあぐねていると「そういえばさ」とごく自然に及川が言った。 「ちゃんの好きな食べ物ってなに?」 「え、私……?」 うん、と頷かれて顎に手をやる。 「オムライスかなぁ……」 そして思ったままを答えれば、なぜか及川は、ニ、と笑った。 「よし決まり。じゃ、オムライス食べいこ」 「え……!?」 「洋食屋だよね。それなら俺、場所分かるかも。あ、ちゃんどこかオススメ知ってる?」 そうしてがぜん足取りの軽くなった及川には当然ながら困惑した。 「え、あの……そ、そうじゃなくて。及川くんの食べたいものじゃないと……!」 「えー、たったいま俺オムライスな気分になったんだからいいじゃん」 そうして、してやったり、なのか、本当に愉快なのか判断に困るほどの笑みを見せられて、は押し黙るしかない。が――。 「む、無理してない……?」 「してないしてない。ていうか俺、ちゃんの前で無理したこと一度もないしね」 良くも悪くも。とサラッと付け加えられ、は少しだけ頬が熱を持ったのを感じた。やぶ蛇だったかも、と思いつつ浮かべる。きっとそれは及川の本音だろう、と。良いのか悪いのか、及川は自分に対してなぜか最初から無遠慮だった。きっと自分は苦手とされていて、お互いに相性が悪いのだ、と感じてしまうほどに。――と、厄介で感情の波の激しい及川とのいままでのやりとりを思い返しつつ、隣に並んで歩いていく。 結局、現在地から一番近いレストランにしようということで、やはりゴキゲンに笑う足取りの軽い及川を見上げつつも薄く笑った。 |