――新人戦。県大会最終日。12月第三月曜日。
 青葉城西は決勝戦で白鳥沢と対戦して2セットダウンで敗戦した。

 正レギュラーで出ている時ほどの悔しさはないものの、ベンチで指をくわえて牛島のプレイを見ていなければならないというのはそれはそれで腹の立つものだ。
「まあサービスエース取ってやったけど!」
 及川はひとしきり苛ついたあとにブツブツ言いながら手洗いに出向き、送迎バスの方へ向かっていた。が、不意に後ろから「及川」と誰かに声をかけられ、全身が一瞬だけ強ばる。
 見知った声だ。確認するまでもない、と及川は自慢の美貌を極限まで歪めて振り向いた。すると案の定、及川にとっては「いつも澄ましたいけ好かない顔」を浮かべる敵・牛島若利が立っていた。
「なに、ウシワカちゃん。俺急いでるんだけど?」
「その呼び方、やめろ。ちょうどお前が見えたから声をかけただけだ。少し話がある」
「へえ、優勝校の一年生スーパーエース様が敗戦校のピンサー程度になんのお話ですかぁ?」
 声のトーンすら全く変わらない相手に苛ついて肩を竦めてみるも暖簾に腕押し。こういうところがほんと可愛くない。――飛雄ならごくごく多少ながら違った反応を見せるのに。やっぱコイツ嫌いだわ。もう無視して行こうか。とイライラを募らせていると牛島はこう切り出した。
「ピンチサーバーは立派な役割だろう。それで今日一番、サーブで点数を稼いでいたのはお前だ」
「そういう話してんじゃねーよ。バカなのお前」
 真顔で答えられ、相も変わらず嫌味が暖簾に腕押し状態で口調までついつい荒れてきてしまう。
「? 気に障ったようなら謝るが」
「あー、ハイハイ。お褒めの言葉をアリガトウゴザイマス。話ってソレ? なら俺行くよ」
 嫌味は通じないし。苛立つだけバカを見る。と及川が踵を返そうとしたところで牛島はなお「及川!」と呼び止めた。
「お前はいいセッターだ。能力も十分にある。だというのに、なぜ白――」
「黙れ牛島!」
 牛島はおそらくこの世で一番、ただでさえ振り幅の大きな自身の感情を極限まで逆撫でるのが上手い存在だ。話の続きを予想できた及川は牛島の声を掻き消すように一蹴し、顔だけで振り返って出来うる限り怒りを込めた目線を牛島に向けた。
「――しつこいんだよ」
 そうして最後まで頭に疑問符を浮かべていそうな澄ました顔を見やり、今度こそ及川は牛島に背を向けて会場の外に向かった。
 待っていた青葉城西のバスに乗り込めば「おせぇ!」と岩泉に一喝され「すみませーん」と周りに頭を下げつつ席に座る。
「あー、腹立つ。さっきそこでうっかりウシワカ野郎に会っちゃってさー。最悪だよホント」
「何だ、それで遅れたのか」
「相変わらず会話が成立しなくてさー。あいつホント何なの。飛雄よりバカなんじゃないの。天才ってほんとどいつもこいつも」
「まあ、ウシワカは別に悪気あるわけじゃねえだろうけどな。影山もだろうけど」
「余計タチ悪いよねソレ」
 及川は話の内容には触れずに愚痴だけを岩泉に伝えた。岩泉も牛島の性格は見知っているため、ある程度はどういう雰囲気だったか予測できているはずだ。
 ほんと、こっちの意思はいつだってお構いなし。と、及川はグッと拳を握りしめてどうにか苛立ちを逃がそうとした。
 とはいえ。未だかつて会話を成立させようと努めたことは一度もないのだから、相手を非難するのもどうなのか。と、冷静に考えられるほど及川の性格は冷静ではない。嫌いなものは嫌いだし、苦手なものは苦手だ。
 なのに、どいつもこいつもなぜ自分に関わってくるのか。距離を取っても取っても、無断でずけずけ入り込んでくる。
 ああ、だめだ。頭に血が昇った状態で何を考えても無駄。今日の事はさっさと忘れよう。
 と、及川は学校に戻って反省会をこなしたあと、解散後も残って居残り練習をいつも通り行った。
 最初は複数の部員が残っていたが、結局最後まで居残ったのはいつも通り自分だけで、そろそろ上がろうかとストレッチをこなしながら思う。
 今日の負けは悔しいが、自分はあくまでセッターとして白鳥沢に勝ちたいのだ。その日はまだ今日じゃない。
 そう。セッターとして、北川第一時代に出来なかったことを岩泉とやり遂げたい。と思う脳裏に中学3年の冬にに言われたことが不意に過ぎった。
『牛島くんはいまは敵同士だったかもしれないけど、同じチームになったら頼もしい選手だったりするんじゃないかな……』
 志望先は白鳥沢なのかと聞いてきたに、なぜ敵校に行かなければならないのかと答えたら彼女はそう言った。強い選手が集まる場所ならより強いはずだ、と。
 影山にしてもそうだ。青葉城西が志望校だと知って、驚いたように言ってきた。
『及川さん、あの、青城に行くんですか? 白鳥沢じゃないんですか?』
 ――どいつもこいつも。人の気も知らずにいい気なものだ。
 結局、こう考えるときは明らかに牛島や影山と同類だと思うのに。
 いまだって、ひょっこりここに寄ってくれたらいいのに……と思っている自分に我ながら「ホント厄介」と呟いてみる。
 ああ、やっぱり顔を見て話したい。今日あったこととか、負けたことも、牛島に会ったことも。仮に彼女が自分にとってトゲとなるような言葉をかけてくるのだとしても。
 でも、たぶん。こんな風に考えているのは自分だけなんだろうな……と思うとちょっとばかり辛くなって、む、と唇を尖らせて及川は立ち上がった。
 めんどくさい。ほんっとめんどくさい。何がめんどくさいって自分だからイヤになる。
 よく岩泉や花巻から「お前の本性知られたら」「いまお前に群がってる女全員ドン引きだろうな」とか言われているが。その都度「そんなわけないじゃん」「妬みはみっともないよ?」なんて返しているが。
 もしかして、本当にそうなのかな……と一瞬だけでも過ぎらせた自分を全力で否定するように首を振るうと及川は体育館を出た。

 今週の金曜日は24日。クリスマスイブだ。終業式でもあり、部活は式のあとから始まるために早く終わる。
 だから各自いったん家に帰って着がえてから岩泉宅に集合ということで。及川は、その日の学校にへのプレゼントを持っていくか考えあぐねた末にやめた。

 終業式なのだから、たぶんだって放課後に美術室へ向かうと思うのだが――と思いつつ、当日。
「及川クーン、今日ってなにか予定あるのー?」
「部活だよー。いまから夜までずっと部活」
「えー、残念。私たち今日みんなで集まるから及川君もどうかなーって思ったのに」
「そうなんだ、残念。ヒドイよねー、イブまで部活漬けなんてさ」
 クラスの女子に囲まれて肩を竦めつつ苦笑いを漏らし、及川は放課後になると真っ直ぐ部室に向かった。人気者だからしょうがない。と慣れてはいるもののイベントの日というのはいつもより女の子に囲まれる率が高く、学校での行動はかなり制限される。
 やっぱり学校でにプレゼントを渡すのはどのみち不可能だったな、と部活をこなして帰宅する途中で及川は仙台駅そばのケーキ屋に向かった。今朝、母親からメモを渡され予約しているケーキを引き取ってくるよう頼まれていたからだ。今年は二つ予約してあるとのことだった。一つは岩泉の家に行く際に持っていくよう手配してくれていたらしい、と滞りなくケーキを引き取って帰宅し、シャワーを浴びて自室に置きっぱなしにしていたサンタコス衣装を着てみて唸る。
 サンタ役はコレを着て来いというお達しだったが。いくら自分が美少年で何を着ても似合うと言っても。コレを着て街中を歩くのは……と、多少躊躇する。長めのコートを羽織ればそこそこ隠せるしイケるかな、と思いつつ机に乗せてあるプレゼントの入った紙袋に目をやった。
 そして、ふと閃いて瞬きをする。
 そうだ。サンタさんからのプレゼントですよ、ってノリでこの衣装のままに渡せるではないか。と妙案が浮かんだ直後にハッとした。
「俺、ちゃんちも連絡先も知らない……!」
 自分の家より岩泉の家の方が彼女宅に近いらしい。という事だけは知っているが。とがっくりとうなだれる。なんかもう格好悪いの極みじゃないのか。と、若干自分に嫌気がさしつつ一応はプレゼントも抱えてサンタ衣装の上からロングコートを羽織った。
 出かけようとしていたところで入れ違い気味に母親が帰宅し、靴を履きながら及川は声をかける。
「お母ちゃーん。岩ちゃんち行ってくるねー!」
「はじめ君のご両親によろしく言っておいてね」
「ほーい」
 そうしてケーキとプレゼント類を持ってから家を出ると、まず最寄りの地下鉄駅に向かった。花巻と松川を迎えに行くためだ。彼らは岩泉の家は知らないため、案内するほかない。
 改札から出てきた彼らと顔を合わせて早々、コートから出ている真っ赤なズボンを見て爆笑していた2人であるが、イケメンへの嫉妬みっともない、と適当にあしらって及川にとっては慣れた道を案内した。
「俺、この辺って初めて来たわ」
「まあ用がないと来ないよね」
 ごくごく普通の住宅街を物珍しげにキョロキョロする松川に、及川は相づちを打ちつつ見えてきた岩泉宅の先の方を見据えた。岩泉の家は学区の境目にある。たぶんあの先がの家の学区のはず。と考えつつもインターホンを押して岩泉を呼びだし、玄関のドアを開けてもらう。
「やっほー、岩ちゃん」
「よく来たな。松川、花巻」
「俺もいるよ!?」
 ドアから顔を出した岩泉は視線を松川と花巻にだけ向け、及川は突っ込みつつも「おじゃましまーす」と勝手知ったる岩泉家にあがってやけにシンとした室内を不思議に思った。
「あれ、岩ちゃんもしかして一人?」
「ああ。なんかクリスマスディナーとかで帰り遅くなるんだとよ。お袋もさっき出かけてったわ」
「え!? 岩ちゃん一緒に行かなくて良かったの?」
「いや別に」
 及川に続き花巻たちも「そりゃ悪かったな」等々口にしたが岩泉は特に気にするそぶりもなく皆をダイニングに先導した。すれば、そこにはパーティ用の典型的なメニューが並べられすっかり用意が調っており、岩泉は母親が「徹君達と食べて」と用意してくれたのだと説明した。
「岩ちゃんのお母ちゃん最高! ありがとう!」
「おお、すげーな……」
「なんか悪ぃな。あ、そうだ岩泉これ……」
 言って松川が何かを差しだし、花巻も「俺も」と差し出した。するとそれぞれクラッカーやノンアルコールシャンパン等々が用意されており「おお」と岩泉は笑みを浮かべる。
「サンキュ。さすが花巻、松川、気が利くな」
「う……。お、俺だって、ホラこれ。お母ちゃんから」
 言われて及川はズイッと持ってきたケーキを差し出せば、岩泉はごく自然に受け取ってそれをテーブルに乗せた。
「すまんな。お袋さんによろしく言っといてくれ」
「さすが及川の母さんだな」
「そうだな。母親がしっかりしとかないとこの息子じゃあな」
「お前らさっきからヒドイよ!?」
 心外なことを言ってくる3人にムッとしつつ言い返しながら及川は着ていたコートに手をかけた。そして、フフン、と鼻を鳴らしながらバッとコートを脱ぎ捨てて着てきたサンタ衣装を3人にお披露目した。
「ジャーン! どう、及川サンタ! イケメンすぎてびっくりした?」
 瞬間、3人が固まり……数秒後に出てきたのは及川の思っていた反応ではなく爆笑で、及川は思わず眉を寄せた。
「なんで笑うのさ……」
「いや、似合ってる似合ってる!! やっぱ及川にしか着こなせねーわ!」
「よっ、イケメン!」
「ジャンケン勝ってマジで良かった……、危ねぇ」
「素直に及川さんカッコイイって言っていいんだよ!?」
 ――これが女の子なら、キャー及川君カッコイイ、とか言ってくれるのに男どもは。と心内でブツブツ言いつつもお約束の反応であり、誰ともなくクラッカーを取りだして鳴らしたのを合図にシャンパンをあけ、テンションをあげたところで及川と花巻が携帯で写真を撮りまくって全員で食事を堪能した。
 そうして片づけたあとに岩泉の部屋に移動して、プレゼント交換の時間である。
「それでは及川サンタから良い子のみんなにプレゼントでーす!」
 そうして及川は笑みで袋を背負ってピースとウインクでポーズをキメてみるも、返ってくるのは冷ややかな反応だ。
「ここでそのポーズやってもウゼェだけで何もいいことねーべ?」
「ウルサイな、いいから乗ってきてよ!」
 各自のプレゼントは回収してヒモをくくりつけてひとつの袋に収めてあり、及川は冷たい反応に突っ込み返しつつも皆の前に袋を差し出した。そして、それぞれ「せーの」で糸を引くように各自紐を握る。
「せーの!」
 そうして全員で声を揃えて一斉にプレゼントを引っ張れば、それぞれに釣れたプレゼントが行き渡った。各自さっそく手にとって開封し、及川も自分が引き当てたごわごわした包みを開けた。
 フリーサイズのルームウェアのようだ。
「お、暖かそう。ありがと、誰からだろ?」
「あ、俺だ」
 手を挙げた松川の方を見やると、松川は小さな包みを持っていて、それは及川の選んだ品だと悟って、ニ、と笑う。
「そういう松つんは俺のだね。すごい偶然じゃーん」
「4人で”すごい偶然”ねェ……。お、ハンドクリームか」
「うん。冬は特に手、荒れるからね。セッターだと割と死活問題だったりするし」
「女ウケ気にしてじゃないんだな」
「バレーのためだってば!」
 ふーん、とプレゼントを一望しながらも満足げに笑う松川を見て及川も笑いつつ他の2人を見やる。彼らは必然的に自分で自分のプレゼントを引き当てたか、交換したかのどちらかである。
 すると花巻が、ククッ、と笑い声をあげた。
「岩泉、図書カードとか! さすが実直!」
「う、うるせェな……。あの場所でコレ以外浮かばなかったんだよ……!」
 対する岩泉の手には何やらオシャレな文具類が握られており、花巻のチョイスだろうと悟る。
「岩ちゃん、良かったじゃん。お勉強頑張れってことだよコレ!」
 すると岩泉はイヤそうな顔をして、チッ、と舌打ちをした。それぞれ個性が出ているチョイスに取りあえず全員でプレゼントを持って記念撮影をし、ゲームやバレーの試合観賞をして程々に夜が更けたところで解散することとなった。
「じゃあ岩泉、ごちそうさん」
「おう」
「2人とも道覚えてる?」
「ああ」
 出ていく松川と花巻を見送り、パタン、と玄関のドアの閉まる音が消えればシンと一瞬だけ辺りは静まった。
「……俺もそろそろ帰ろうかな……」
 ちらりと携帯を取りだして画面を見やる。8時半過ぎだ。そろそろ岩泉の家族も帰ってくる頃だろう。
 どうしよう、と及川は岩泉をちらりと見やった。岩泉はおそらくの家を知っているはずだ。いまでもはっきり覚えている。彼女と初めて話をした日、彼女は岩泉と共に体育館に現れた。正直、内心驚いていた。なにせ岩泉が彼女と親しかったとは知らなかったのだから。
 でも違った。あの日はが汗だくの自分にドリンクを持ってきてくれて、彼女が時おり居残っている自分を見ていたらしいことを知った。――美術部の有名人。突出した才能を持っている、と噂されていた彼女を相手に、あの日はずいぶんと愛想良く接することに努めていた気がする。「天才」へ向かうどうしようもない感情を隠すためだ。自分の中で牛島への対抗心や焦り、悔しさが増幅するに従って、身近な天才が全て煩わしくて、それは彼女も同じだった。同じだったはずなのに――結局、自分はたぶん、もっと彼女と話がしたい。
「何だよ……?」
 黙っている自分を不審に思ったのか岩泉に怪訝そうな目で見られ、及川は無意識のうちにゴクリと喉を鳴らした。
 ――あの日、岩泉は彼女を送っていった。岩泉の記憶力がある程度普通ならばきっと覚えているはずだ。
 けど、どう切り出せば……。やっぱりいっそ諦めようか。とグダグダ考えつつ取りあえず帰り支度を整えようと荷物を取りに行き、着たままだったサンタ服の上からコートを羽織る。
 ふぅ、とため息を吐いていると、同じくなぜかジャケットを手に取った岩泉がこんな事を言った。
「おい、サンタ川さんよ」
「なんでわざわざ変な呼び方すんの」
「俺になんか言うことあんだろ?」
「――!?」
「おめーがみんなでプレゼント買った日に不自然だったのはあからさまだったからな」
 その一言で、及川は岩泉の鋭さを改めて確信した。なんでバレるかな、と肩を竦める。
「……岩ちゃん怖い……。やっぱりエスパーでしょ。――いたッ!」
 ゴン、と鈍い音とともにどつかれるも、うへへ、と及川は歯を見せてはにかんだ。これほど息の合う相手は、やはり長く付き合ってきた岩泉をおいて他にいないだろう。
 そのまま揃って家を出て街灯の照らす道を歩いていく。人通りはほぼない。白い息だけが立ち上っては消え、時おり家の中からはしゃぎ声のような音が漏れてくるのが聞こえた。
 きっと家族でクリスマスを祝っているのだろうな。と思っていると岩泉が「あそこだ」と顎でしゃくるようにして一軒家を指した。見たところ築年数の新しそうなモダンな家だ。そういえばこのエリアは高級住宅街だっけか、あれ、違う? などと考えていると「オイ」と岩泉が声をかけてきた。
「お前、どうすんだ?」
「え。どうするって……さすがにこの時間にお宅訪問ってヤバくない?」
 言えば、チッ、と舌打ちした岩泉は自身のジャケットから携帯電話を取りだした。そうして何やら操作をしている様子に、岩泉がの連絡先を知っていた事を思い出す。
 そうこうしているうちに岩泉は携帯を耳にあて、数秒ののちに「おう」と瞬きをした。
「岩泉だけど、おう、お前いま家にいるか? ……悪ぃけど窓から玄関の方見てもらっていいか?」
 すると岩泉がそんな事を言って、ドキッ、と及川の心臓が跳ねた。岩泉に目配せされ、おそらくは承諾したのだろうと思う。
 見上げて玄関側から見える窓をジッと見ていると、ふいにパッとカーテンが開かれて窓が開けられが顔を出した。そしてこちらに気づいたのか、数秒後には絶句している姿が映った。
「な、なにしてるの2人とも……!」
 ステレオのように窓からと岩泉の携帯からとの声が漏れてくる。及川は取りあえず笑ってみせた。
「やっほー、ちゃん。メリークリスマス!」
「え……、う、うん。メリークリスマス」
、ちょっと降りてこれるか?」
 は困惑気味のまま「うん」と頷き、岩泉は携帯を切った。――あ、ちょっと緊張してるかもしれない。と及川がプレゼントの紙バッグの持ち手を握りしめて深呼吸をしていると、ガチャ、と玄関のドアの開く音が聞こえ、コートを羽織ったが門の扉から出てきた。
「及川くん、岩泉くん……。びっくりしちゃった、どうしたの?」
「クリスマスイブだからねー。見てほら、及川サンタでーす!」
 そうして先ほど花巻たちにはウケなかったポーズを決めて、前を開けたままだったコートから覗くサンタ衣装を見せれば、は目を見開いたのちに小さく笑った。
「どうしたの、そのかっこう」
「似合ってる?」
「似合ってるけど……」
「岩ちゃんちでバレー部の部員とクリパしてたんだよね。で、俺はサンタでプレゼント配る役!」
「罰ゲームだけどな」
「いまそれ言わなくていいから!」
 岩泉に突っ込みつつ、ひとしきりピースサインをして笑ってくれたを見届けてから、及川は持ってきた青葉城西バレー部色の紙バッグをスッとの方に差し出した。
「だから、ハイ。及川サンタからプレゼントでーす」
 努めて明るく、ウインクと共に差し出したが、には全くの予想外だったのだろう。零れそうなほど瞼を持ち上げ、固まっている。
「え……!?」
「プレゼント。受け取って?」
 今度は茶化さずに言えば、はますます頭に疑問符を浮かべているような解せないという表情を浮かべた。
「え……、で、でも……」
ちゃんにどうしてもあげたいもの見つけちゃってさ。たまたまクリスマスが近かっただけだから、深く考えないで受け取ってよ。ね?」
 なぜ? と言いたげなに念を押すようにして差し出せば、はおずおずとそれを受け取りつつもまだ首を傾げている。
「あ、ありがとう。でも……私、いまお返しできるものなにもない」
「そんなのいらないよー」
 らしい返しに笑って手を振れば、はますます「でも」と口籠もり、及川はハッと思いついて、じゃあさ、と切り出した。顔をあげたにこう言ってみる。
「携帯の番号とメアド、教えてよ」
 え、とが目を見張った。及川はなおニコっと笑うものの、胸中はハラハラでそれどころではない。が、断りにくいこのタイミングを選んだのは計算ではないが、無意識の計算ではあったかもしれない。
「わ、私……あんまり携帯使わないんだけど……」
 ああ、やっぱり予想通り。と想定内の反応をは見せつつもおずおずとポケットから携帯を取りだした。かなり古い型のガラケーが、の「あまり携帯使わない」が嘘ではなく本当なのだと如実に語っている。
「登録しちゃっていい?」
「あ……うん」
 の携帯を受け取って及川は慣れた手つきで鼻歌さえ混じらせながら自分の携帯にのアドレスを登録し、ついでにの携帯にも自分のものを登録して「ありがと」とへと携帯を戻した。
 そうして未だに何が何だか訳がわからないと言いたげなへ向けて、ニ、と笑った。
「急にびっくりさせちゃってごめんね。それ、部屋に戻ったら見てみて。気に入ってもらえるといいんだけど」
「え……あ、うん。どうもありがとう」
「うん。じゃあ俺たちそろそろ行くね。またね、ちゃん」
「う、うん」
 じゃーな、と若干居心地の悪そうだった岩泉もに告げ、及川はに背を向けた。そうしてしばらく見送ってくれていただろうが家の中に入った気配を僅かな音で感じ取って、さっそく携帯を取りだしてメールを作る。
「なにやってんだよ?」
「ちょっとね」
 ――どう? 青城カラー! すっごい青城っぽくない? 俺たちの色、ってカンジで気に入っちゃって俺も買っちゃったんだよね。お揃いだネ!
 という文章を顔文字と装飾も混ぜて努めて重くならないよう配慮し、おそらくが中身を見ただろうな、という頃合いで送信してみた。
 ちょっと緊張するな。と無言で携帯を握りしめたまま歩いて一分経っただろうか? 携帯が震えて「わ」と及川は声をあげた。
 見れば、画面に”ちゃん”と表示されている。
「電話がきちゃった……」
 不味かったかな、と思いつつ受信ボタンを押してみる。
「もしもーし」
「あ、及川くん? あ、あの……プレゼント、開けてみたんだけど……」
「気に入ってもらえた?」
「も、もしかして私が前にこの色が好きだって言ったから?」
「それもあるけどー……、何となくだよ。ちゃんコーヒー好きだし、ぴったりかなと思ってね」
 って、本当はが好きだと言ったのもあるが、自分がいつも着ている青城カラーのものを持っていて欲しかったとか、お揃いとか、他にも色々理由はあるんだけど。とは言わずに明るく笑って答えると、さらに戸惑ったような声が聞こえてきた。
「で、でもこれ高かったでしょ……? その、やっぱり私――」
「そんな大げさなものじゃないよ。気に入らない?」
「そ、そんなことないよ。可愛いし……嬉しいけど、でも……。その……そうだ! 私もなにかお返ししなきゃ。なにがいいかな?」
 そうきたか。と及川は口をへの字に曲げた。まあこれも想定内かな、と思いつつ「うーん」と考え込み、ハッと妙案が浮かんで言ってみる。
「じゃあさ、一緒に光のページェント観にいってくれる?」
「え……!? え? え、と……定禅寺通りあたりでやってるイルミネーションのこと?」
「うん」
「あれって今月いっぱいとかじゃなかったっけ……」
「うん。だから今月中に。俺、部活あるから夕方とかからさ。まあイルミネーション見るならどっちみち遅くからじゃないとダメだけど」
「わ、分かった。じゃあその時になにかご馳走するね!」
「うーん……」
 そういうことじゃないんだけど。まあそれでいっか。と頷く。
「じゃあ曜日とか時間はまたメールするね」
「う、うん」
 それじゃ、おやすみ。と携帯を切り、うっかり鼻歌を漏らすと隣から呆れたような視線を感じて及川は岩泉の方を見やった。
「なに……?」
「いや、別に」
 すると岩泉は眉を寄せ、頭を掻いてから大きくため息を吐き、もう一度こちらに目線を送ってきた。
「なんでなんだよ」
「え……?」
「お前、あいつのこと苦手じゃねえのか……」
 そうして既視感のある事を低めの声で言ってきた岩泉に、及川は少しだけ目を見開いたのちに肩を揺らす。
「何ソレ。前も言ったけど、そんなことないよ」
 すると、解せない、と言いたげに岩泉は眉を寄せ、数秒後に目線をそらした彼は更なるため息を吐いた。
 小さく舌打ちが響いたのは気のせいだろうか? 小首を傾げていると、まあどうでもいいけどな、と小さく聞こえてきた。その声がどこか不満げで及川は更に首を捻るも、まあいいか、と空を見上げて闇夜に消えていく白い息を眺めつつうっすら微笑んだ。



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