ブリタニアのメディアは基本的に統制されているとは言え、それでも反皇族のような動きを見せるものや現場の真実を伝えようと試みる報道陣はいる。
今日のシンジュクでの事件も時を置かずしてメディアへと広まり、我先にと現場の映像を求めては報道管制に悩むも、放送を強行するテレビ局も存在した。

「――、本日、トウキョウ租界シンジュク・ゲットーでの軍行動ですが、軍関係者によりますとあくまでテロリストの一掃戦という話が入っていますが現地では多数のイレヴン死傷者が出ており未だ現場は混乱を極めています。当時の映像を現地カメラが捉え……」

そのニュースを街角のテレビで見かけ、歯軋りをして拳を握り締める黒髪の少年がいた。

「クロヴィスのヤツ……!」

波紋はエリア全体に広がり、カマクラの自宅で何気なくテレビを見やっていたも突如として入ってきたニュースに凍り付いていた。
「ッ……」
ニュースキャスターのバックのモニターには、禍々しい戦闘の様子がまざまざと映し出され――街は蹂躙され、人々がまるで虫けらのように次々と射殺されていく様が色濃く映っていて表情を歪めずにはいられない。

「なお、クロヴィス殿下はこの件に関して未だコメントを控えておられ、殿下直々のお言葉が待たれる状態です。続きまして――」

テロリスト一掃といえば聞こえはいいが、モニターに映し出されていた映像は虐殺そのもので。とっさには信じられるはずもない。
「クロヴィス……?」
まさかシンジュク破壊などという命令を下したというのだろうか、あのクロヴィスが。
いや、そんなはずがない。自分の知るクロヴィスは、あんな光景は何よりも忌み嫌うような人だったはずだ。誰よりも繊細で、優しい人だった。
けれども――そうだ。彼は、紛れもないこの日本を蹂躙したブリタニア皇族の一人。自分が知らない非情さを持っていたとしてもおかしくはない。
けれども、けれども彼のまっさらで無邪気な笑顔が今も脳裏に焼き付いていて。嘘だ、と思わずにはいられない。
「クロヴィス……」
彼とはここ最近連絡を取り合ってはいなかった。否、自分が遠ざけたようなものだ。間接的に「もう連絡しないでほしい」と伝えた。互いに、いつかはそうしなければならなかったからだ。
けれども、ずっと声が聞きたかった。叶わないと諦めていてもずっと求めていた。今だってそうだ――、とは捨てることの出来なかったクロヴィスの携帯電話をギュッと握りしめた。
一体、自分の知らない間に彼に何があったというのだろう?
今すぐにでも彼の口から聞きたい。――が、ふるふると自分自身に首を振るう。
どんな事情があるにせよ、ゲットーを破壊など正気の沙汰ではない。そんなブリタニアの皇子のことなど、いっそ恨んでしまえばいいのだ。
恨めばいい。恨めばいいのに――。
「クロヴィス……」
どうすればいいのかもう分からない。恨んでどうなるのだろう。恨めば楽になるのだろうか。自身の感情がもはやぐちゃぐちゃだ。
どうして、なぜ、彼はブリタニア人で、皇子なのだろう。なぜ、自分は日本人で――ナンバーズなのだろう。
なぜ――と錯綜する思いに支配されていると、ふいに玄関のドアを叩く音が鳴り響いてはハッと顔をあげた。
時計の針は、既に夜中を指している。
もしや急患かと思ったは小さく首を振るって意識を切り替え、足早に玄関へと向かった。そうして急ぎ鍵をあけ、扉を開く。
「……あ……!」
その先にいた人物の姿を目に留めて、は目を見張った。自然と目頭が痛くなって、まるで涙を堪えるようにして小さく声を震わせる。
「クロヴィス……!」
そこには申し訳程度の変装を施して、暗い瞳のまま今にも泣きそうな表情を浮かべるクロヴィスがいたのだ。
「ど、どうしたの? こんな夜中に……」
「ッ、君も、知っているんだろう? 今日、シンジュクで起きたことを……」
努めて冷静に話しかけると切羽詰まったように言われ、は言葉を失ってしまう。痛々しいほどにクロヴィスはきつく眉を寄せた。
「ここへ来る途中も散々私への罵倒を耳にした。当然のことだと思うよ……、君だって、私を憎んでいるだろう?」
「……そんな……」
「知らなかったんだ、知らなかったんだよ……あんな命令私は下していない、やらせてもいない! だが……そんなことを誰が信じる? 総督の私が……もっとちゃんとしていればこんなことには……!」
まるで懺悔をするようにクロヴィスは瞳から涙を零し、見たこともない彼の姿には身を震わせた。
「クロヴィス……」
「どうすればいい? もうイレヴンは二度と私を許しはしないだろう……、私が総督となったばかりに……このエリアは……ッ」
「クロヴィス……!」
嗚咽を漏らすクロヴィスの頬にそっと手を伸ばして、はその涙を拭ってやった。ビクッ、とクロヴィスは子供のように震えて怯えたように切れ長の瞳を大きく見開いた。
「大丈夫、大丈夫よ、私はあなたを信じてるから……」
……」
「憎んでなんかいない、憎めるはずないでしょう? ……だから……」
両手でクロヴィスの頬を覆ってなだめるようにして声をかけながら、も抗えない感情に目尻に涙を溜めた。

目線が、空気が、触れ合った肌がもうこれ以上互いの感情を押しとどめるのはもはや無理だと語っていた。

言葉もないまま引き合うように唇を重ね――、まるで押しとどめていた想いを溢れさせるように互いに互いの体温を伝え合った。


闇夜にすっかり目が慣れてしまったころには、クロヴィスも大分落ち着いていつもの調子を取り戻していた。
ふぅ、と息を吐いて布団から上半身を起こして頭に手をやる。
「クロヴィス……?」
怪訝そうにもタオルケットで上半身を覆いながら身を起こすと、彼は申し訳ないような表情を浮かべて呟いた。
「ほんとうに、どうしようもないな、私は……」
「え……?」
「辛くて、逃げ出して……結局また君に甘えてしまった。いつも、もっとしっかりしようと思っているのに」
うなだれるクロヴィスを見てきょとんとしたのち、はふふ、と常のように穏やかに微笑んだ。そうして愛おしそうにそっと彼の頬に触れる。
「いいじゃない、それがクロヴィスなんだから」
「…………」
あざ笑うでなく、呆れるでなく、ありのままの自分をあたたかく受け入れてくれる。そんな彼女に甘えてしまうのは自身の弱さだと自覚しながら、やはり自分には必要なのだと受け止めてクロヴィスもそっと彼女の手に自身の手を重ねる。
互いに薄く笑いあってじゃれ合うように触れ合いながら、クロヴィスは戯れるようにの首筋に唇を滑らせた。
「心地いい肌だな、初めてだよ……こんなの」
「ちょ、と……くすぐったい」
身を捩って薄く笑うにクロヴィスも笑いかけ、どちらともなく唇を重ねあってもう一度身体を布団へと沈めた。
まるでそうなることが当たり前だったように重なり合い――、東雲の気配が部屋に伝わってきた頃、腕にを抱いてクロヴィスはぼんやりと天井の梁を眺めていた。
夢うつつの中でようやく冷静になって思えば、昨夜の自分は公務を放り出してに会いにきて――自身を慰めるように彼女を抱いてしまったのだ。やはり、身勝手な行動には違いない。
……」
「なぁに?」
「その……すまない」
「……どうして謝るの?」
瞳を閉じたまま穏やかに答えるをそっと開放し、クロヴィスは意を決したように勢いよく身体を起こした。
「クロヴィス?」
「だが、その、決して戯れではないんだ! 君のこと……ちゃんと責任は取るよ。だが、イレヴンの君を……その、今はどうにもできなくて」
今の自分がどうあがいてもに恋人以上の立場を与えてやることはできない。だからこそ必死に気持ちを押しとどめていたというのに、それさえも出来なかったのだ。
身を起こしたに向かって、更にクロヴィスは続けた。
「ナンバーズは区別するというのが今のブリタニアの国是で、たかだか総督の私ではこればかりは覆せないんだ。変えられるのは皇帝だけで……! ――そう、か。皇帝、なら……皇帝になりさえすれば……」
がむしゃらに言い続けて不意にクロヴィスが自分自身で言った言葉にハッとして考え込むように目線を落とすと、驚いたのかは大きく首を振るった。
「クロヴィス! いいのよ、私は今のままでいい。皇帝なんて……きっとあなたには向かない。そうでしょう?」
「だが……」
「いいの、分かってるから。分かってて、私が選んだんだから。今のままで……クロヴィスがいてくれたら、それでいい」
そうしてクロヴィスの肩口に額を預けるの震えた声を聞いて、クロヴィスも眉を歪めた。
皇子の妃や恋人などという立場は望まない。まして危険を侵して皇帝の座を選ぶ道などとってほしくない。――自身はずっと日陰の存在で構わない、とおおよその女性なら耐えられないだろう決意を彼女が固めていたのが伝って。そのどれもが自分のせいだと分かっていて、クロヴィスはぎゅっとを抱きしめた。
すぐには無理でも、一生をそんな思いのまま過ごさせるわけにはいかない。決してそうはさせない――と強く思う。
そうしてクロヴィスは身支度を整え、投げ出してきた公務に戻るべくスッと深呼吸をして玄関の前に立った。
見送ってくれるのほうを振り返って、ふ、と笑う。
「また、会いにくるよ」
「うん……」
そうして頷いたの頬にそっとキスを落とし、ゆるく抱き合うと互いに離れがたかったのか名残惜しげに手のひらを重ね合ってから惜しむように身体を離した。
もう一度微笑んでからクロヴィスはそっと玄関をくぐり、歩き始める。

その彼の背がいつもと違って見えたのは、二人の関係が変わってしまったせいだろうか?
一歩、一歩と遠ざかる彼の背にどこか不安を覚えたは、呼び止めるようにして自らも玄関の外へと足を踏み出した。

「クロヴィス――!」

すると驚いたように彼は足を止めてもう一度振り返ってくれた。
不安そうな表情を晒していただろう自分を安心させるためか、いつもよりも落ち着いた表情で口の端をあげて――、も必死に笑みを浮かべた。
再びゆっくりと背を向けた彼はまるで朝日に溶け込んでしまうかのように見えて――、はやはり不安を煽られるようでクロヴィスの姿が見えなくなってもしばしその場に立ち尽くしていた。










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