――10月14日。エリア11政庁総督府の迎賓館にて開催される、クロヴィス・ラ・ブリタニア第三皇子殿下の生誕際に貴殿を招待いたします。


煌びやかな装飾を纏った招待状を受け取って、は苦笑いを漏らした。
バースデーパーティに来て欲しい、とクロヴィスに電話口で誘われたのはもうずっと前のことだ。断ったら狼狽えて、それでもなお断っていたらむっとしたような声でこう言われた。

『では第三皇子クロヴィスとして命じる。パーティへ来い、これは命令だ!』

あっけに取られて無言でいると、たちまち狼狽気味の上擦った声が携帯から漏れてきて彼は更にこう続けた。

『あ、いや、今のは冗談、冗談だ! 君に来て欲しいんだ……どうしてもダメかい?』

顔は見えていないはずだというのにコロコロと変わっていく彼の表情が容易に想像できる。
どこまでもワガママで皇子さま――、けれども無邪気で優しい。去年出会った時から彼の印象は全く変わっていない。
乗り気ではなかったが結局は説得に負けて首を縦に振ると、クロヴィスはこれ以上ないほどの明るい声で喜んでくれた。
けれどもブリタニア人の住む租界を日本人が歩くなどあまりないことだ。ましてや政庁に赴くなどと――、と不安は尽きなかったがはその日が来るといつもの和装ではなく髪を下ろしてスーツを身に纏った。
気を利かせたクロヴィスがバトレーを迎えに寄こし、は要人扱いで政庁へと赴いた。
高層ビルの建ち並ぶ租界。見上げた総督府の立派なビルには思わず息をのむ。六年前はこうした風景は確かに日本のものだったというのに――と考えると相応の苦みが胸に込み上げてきたが、小さく唇を噛みしめてふるふると首を振るった。
バトレーに先導されてエントランスからエレベーターを使い上層部に着くと、降りて一番に出迎えてくれたのはクロヴィス・ラ・ブリタニアその人だった。

……!」

ヒラヒラと袖をたなびかせた衣装にが目を瞠る暇もなく、クロヴィスはこちらに駆け寄ってきてギュッと手を握った。
「嬉しいよ、ありがとう来てくれて」
「あ……、うん、クロヴィス――」
クロヴィスの出で立ちは普段のが知るクロヴィスではなく、まさに帝国の第三皇子たる"クロヴィス殿下"の姿で、が少々口籠もっているとそばでバトレーの咳払いが聞こえた。とたん、クロヴィスは分かりやすくムッとした表情を浮かべる。
「なんだ、バトレー。無粋な」
「いえしかし、殿下……広間ではメディア陣が待っているようでして」
「全く、休め休めというわりに誕生日ほど気の休まらない日はないものだ。――去年のような失態は許さんぞ、バトレー」
「ハッ、街は厳戒態勢で務めさせております」
クロヴィスは厳しい目線でバトレーを一蹴したかと思うと、ふ、と笑ってどこか申し訳なさそうな顔色を浮かべた。
「悪いが少しばかり公務に付き合ってもらえるかい?」
「え……、あの」
「さ、こっちだ」
そして当然のようにしての腰に手を添えて誘導するクロヴィスには戸惑い、仕方なしに為すがままにされるも広間の入り口が見えた辺りでパッとクロヴィスの手を振り払った。
……?」
「……場所柄を考えて、殿下」
本来なら当たり前のはずの敬称。だというのに今更ながらに"殿下"と呼ぶとハッとするほど寂しい気がしてが少し目を伏せると、クロヴィスは何か言いたそうに唇を揺り動かしたあと、キュッと結んだ。そして納得したのか一度の肩を軽く叩いて歩き出した彼のあとをも追う。
広間に足を踏み入れると、ワッと起こった歓声と共にクロヴィスに大勢の視線が注がれクロヴィスは部下と思しき人々に取り囲まれるような形となっては自然彼から離れて入り口付近で足を止めた。
クロヴィスが一瞬目線をに向けたが、苦笑いを浮かべてみると彼は大人しく部下に従い、付き人が皇族用のマントを羽織らせるのをジッと待っていた。
そうして準備が整って壇上に向かうクロヴィスを、一斉に報道陣のカメラが追う。
壇の上に立ったクロヴィスの表情は硬く引き締められ、そこに立っているのはいつものクロヴィスではなく紛れもなく帝国の第三皇子そのものだった。そして彼は話し始める。

「帝国臣民の皆さん、そしてイレヴンの方々――」

テレビでよく観るクロヴィスの会見だ。いざ生で見てみると随分と彼が遠い世界の人に思える――とは肩を竦めた。いや、事実遠い人なのだと改めて思う。

「今日という日を多くの人々に祝福され、私からも心からの礼を捧げます。分かりますか? 私の胸を満たす幸福が。今日が幸多い日とならんことを、全ての人の幸せを守ることを私、クロヴィス・ラ・ブリタニアは心から誓うと約束します」

相変わらず大げさな物言いだ、とは壇上のクロヴィスを見守りながら微笑んだ。本当の彼は酷く繊細で、優しくて、無邪気で。そんな彼の性質は統治者には向いていないのかもしれない。事実彼もそう思って、ああいう自分を演じているのだろう。
「ハリボテの治世が」
ふと、の耳に吐き捨てるような小声が響いてはハッとした。
「今年は去年のようなテロ事件など起きねば良いのだがな。いまさら緊急特番は勘弁だぜ」
「まあ、さすがの殿下も警備強化に務めさせているらしいから大丈夫だろ」
報道陣の声だ。彼らの声色は、どう聞いてもクロヴィスに対する好意的なものは含まれていない。メディアという存在が反体制的なのは世の常だが、ブリタニアでもそうなのだろうか――などと思いつつ聞き流していると、今度は自身に向けた小声が聞き取れないほどの小さな声で聞こえてきた。
「なにあれ、イレヴン?」
「名誉ブリタニア人じゃないか? にしてもなぜこんな場所に……」
こんな白人だらけの中にあって、黄色人種が目立たないわけがない。やっぱり来るべきではなかったのかもしれない。自身を卑下するのは嫌なことだが、自分などと一緒にいればクロヴィスにとって都合の悪いことも起こるのでは――と案じていると、会見を終えてマントを取り払ったクロヴィスが取り巻きには目もくれずこちらに笑顔で歩み寄ってきた。
「待たせてすまなかった。さあ、行こう」
「え……?」
グイッ、との腕を引っ張って強引に歩いていくクロヴィスには唖然とするしかない。周囲の好奇の目などクロヴィスは分かっていないというのだろうか?
「クロヴィス……」
「ダンスパーティにその格好は不似合いだ。相応のものを用意させよう」
「え――!?」
抗議する隙さえ与えてもらえず、は半ば強制的に衣装ルームに放り入れられるとまるで着せ替え人形のように着替えをさせられる羽目になった。
「丁重に扱えよ、私の大事な客人なのだからな」
当たり前のように飛ぶクロヴィスの声に、侍女らしき人々は「イエス、ユア・ハイネス」とテレビ越しにしか聞いたことのないような返事で応えている。
自分の意志とは裏腹に髪を結い上げられ、化粧を直されていく様をは人ごとのように思いつつ大人しくされるがままになっていた。
「殿下、済みましたよ」
着せられたドレスは胸元に派手な装飾のついたペールブルーのミディアムドレスだった。おそらくクロヴィスの着ている藍の公務服に合わせたものだろう。髪も綺麗にアップにしてもらったのはいいが、どうも違和感が拭えない、と鏡に映る自分の姿をが横目で見ているとクロヴィスは「うーん」と唸りながら顎に手をあてドレスアップされたをまじまじと見つめた。
「とても可愛らしいのだが……。美しい、とは違うな」
「えッ……」
社交辞令――、という単語はクロヴィスの辞書にはないのだろうか。それとも美に関する追求に妥協は許さない性質なのか。どちらにせよそんなことを真剣に言われたとしては唖然とするしかない。
すると、ああ、と焦ったようにクロヴィスは手を振ってフォローをした。
「先ほどのスーツもだが、君にはいつもの和装のほうが似合っているよ。あの姿は、とても美しいのだが」
誉められているのかけなされているのかまるで分からない。とは言え、西洋人のためのドレスが日本人よりも西洋人に似合うのは当然のことでクロヴィスの評価は至極当然であり――、などと冷静に分析している自分はなんなんだろう、とが肩を竦めているとクロヴィスはちらりと時計に目をやって呟いた。
「パーティまでまだ時間があるな。――よし、総督府を案内しよう」
「え……?」
言うが早いか、クロヴィスは再びの手をグイッと引くと軽い足取りで歩き始めた。見ると鼻歌交じりで上機嫌な様子が見て取れる。廊下に出ると自然と手を離してはくれたものの、はあっけにとられつつ慣れないドレスでクロヴィスに着いていく。
「あの突き当たりには大会議場があるんだが、扉を見るだけでウンザリだな。官僚の報告を延々と聞くだけで実につまらん。眠気と戦うためだけの時間だ」
「……そ、そう」
「だがちゃんと聞いてはいるぞ。一応、総督だからな私は」
心底嫌そうな顔をしたかと思えば、まるで自分に感心したようにウンウンと頷くクロヴィスの多彩な表情を眺めつつ、廊下に鳴り響く二人分のヒールの音を聴いてはハッとした。今日はずっとヒールを履いていたというのに少しもクロヴィスとの身長差が埋まらない。見やるとクロヴィスの履くロングブーツには予想通り割と高めのヒールがついていて、あまりの嘆美な様子に「本当に王子さまみたいだ」と吹き出しそうになった自分を抑えつつは歩いていった。
「あ……」
そうして何度目の角を曲がり、階段を上った時だっただろうか。ふと開けた通りの突き当たりに掲げてあった肖像画が目に留まっては歩みを止めた。
優しそうな雰囲気の女性に、賢そうな少年と可愛らしい少女の絵だ。
「この絵……、クロヴィスが描いたの?」
クロヴィスの方も立ち止まり、ああ、と小さく頷く。
「今は亡き后妃マリアンヌさまと、私の弟と妹……ルルーシュとナナリーだ」
弟と妹――、この日本で亡くなったという皇子と皇女だろう。大きな額縁に飾られた絵は温かみに溢れていて、クロヴィスがどれほど彼らを愛していたかが痛いほどに伝わってきた。
「可愛らしい弟さんと妹さんね」
「そう見えるかい? 確かにナナリーは可愛らしかったがルルーシュは私を尊敬するそぶりさえ見せない憎たらしい弟だったよ」
肩を竦めつつもクロヴィスは寂しそうに微笑んでいて、も少し目を伏せつつ微笑んだ。すると、あ、とクロヴィスが声をあげパッと明るい顔をして急にの手を引いた。
「そうだ、庭園へ行こう!」
「え……!?」
「この総督府の最上階は空中庭園になっているんだ。少し寒いかもしれないが……自慢の庭でね」
言われるままに最上階へと上がり、外へ出ると――そこにはまるで宮殿の前庭のような光景が広がっていて思わずは息を呑んだ。
至る所に今が盛りのダリアが鮮やかに花開き、庭園全体に渡って秋薔薇がしなやかに色を添えている。
「わぁ……」
水路のせせらぎが爽やかに耳を楽しませてくれ、まるで本当にブリタニアの皇宮に足を踏み入れたかのような錯覚さえ覚えるようで言葉を失っていると、自慢げにクロヴィスは喉を鳴らした。
「どうだい? 総督に就任した時、もっとも心を砕いて作らせたのがこの庭園なんだよ」
笑うクロヴィスはやはり気位の高い皇子然としていて、けれどもいつもの無邪気さも垣間見え――は少しだけ寂しげに小首を傾げて微笑んだ。
ここは良くクロヴィスが絵を描く場所なのだろうか? 花々を吟味するようにしながら歩いてクロヴィスは小さな東屋に腰を下ろし、もその隣に腰掛けてぼんやりと庭園を眺めた。
こんなドレスに身を包んでこのような場所にいると、本当に異国に迷い込んだような気がしてどうも落ち着かない――とが居心地の悪さを覚えていると、ふと、クロヴィスが小さく呟いた。
「この庭は、アリエス離宮の庭に似せて作らせたものなんだ」
「アリエス離宮?」
「ルルーシュとナナリーが住んでいた宮さ。……私なりの弔いのつもり、というか彼らを偲び自分を慰めるために作らせたのかもしれない」
クロヴィスの横顔は遠くを見るようで寂しげで、そんな彼の話をは黙って聞き入った。
「ルルーシュは賢い弟だったよ。皇位継承権は第十七位で私よりも大分下だけど……ひょっとすると将来は抜かれてしまうかもしれないと畏怖すら覚える弟だった。正直な話、ルルーシュが死んで安堵した人間もいるだろう。皇族など所詮はそういうものさ……現に彼らの生母であるマリアンヌ后妃さまはテロで亡くなられているし、私もいずれは兄上たちと争わなくてはならなくなる」
ブリタニアとは何の関係もない自分にだから漏らせるのか――、彼の話の内容は普通の日本人である自分自身には遠すぎて、は返答に詰まった。
将来を危惧するほどの優秀な弟でも、クロヴィスは彼を愛していたのは痛いほどに伝わってくるし――あまり皇位争いに積極的でないのも伝わってくる。しかし、いずれは嫌でも飲み込まれてしまうのもまた自覚しているのだろう。
いつの時代にも、どこの国でも起こりうる話だ。は慰めるでなく、こんな話を言って聞かせた。
「私の故郷……カマクラは、ね」
「ん……?」
「かつて、確かに日本の中心だった。でも、国を統一する戦いの中で……兄弟で争うこともあったの」
そっとが言い下すと、クロヴィスはハッとしたようにの方に向き直って訊いてきた。
「それで――どっちが勝ったんだい? その争いには」
「……兄のほう。後世、負けた弟の方に同情が集まったり、兄は特に血縁者に対しては厳しい人だったから非難されたりもしたみたいだけど」
「そう、か。やはり……兄が勝っていたのか」
の話の「弟」にクロヴィスは弟である自分を重ねたのだろうか? どこか落胆したような表情を見せ、は肩を竦めて呟いた。
「でも……お兄さんの心情なんて誰にも分からないし、仕方のなかったことだと思う」
「仕方がない、か……」
「クロヴィス?」
「私たちは……皇族というものは、やはりそのような争いを避けては生きられない定めなのだろうか? 私は第三皇子という力さえあれば皇位も狙える身分に生まれ、小さい頃から他の兄妹たちはライバルでしかないと言われて育った。周りの期待も痛いほど分かってはいるんだ……けれども私は、帝位よりもただ穏やかに木や花を愛で、絵を描いて生きられたらそれで満足だったというのに」
かすかに背を丸めたクロヴィスはひどく頼りなげに見え、はそっと眉を寄せる。
無邪気で底抜けに明るい、わがままな皇子さま。――その裏で彼はこうして自身の重すぎる身分を背負いかねて悩み苦しんで来たのだろう。しかし、にできることと言えば黙って彼の話を聞くことくらいしかなく、そっと慰めるように彼の背を撫でた。
だが、彼はなお一層沈んだような瞳を伏せ、小さく唇を動かす。
……」
「ん?」
「今年もまた、私の執務室の紅葉は鮮やかに色づいてきた。おそらく今に見事な朱色の葉となるだろう」
「……そう」
「春先は瑞々しい青葉だったんだ。もう枯れてお終いかと嘆いていたのにまた芽吹いてきて嬉しかったよ。けれど……段々と色づく葉を見てどこか恐ろしく感じるようになったんだ」
クロヴィスの長い睫毛が震えながらじっと自身の手に視線を落としていては目を瞠った。なおもクロヴィスは噛みしめるように言う。
「あの朱……私はあの色が好きだよ。本当に美しいと思っている。けれども真紅に染まっていく葉を見ていて……まるで自分のことのように思えてきたんだ。未だこの地で毎日のように起こるテロ事件。連日のイレヴン処刑。そしていずれは兄弟と争うだろう私の手は……既に罪で汚れていると告げられているようで」
「――そんな」
朱色――燃えるような赤は、罪の色でもある。感受性の強いクロヴィスはまるで手形のような紅葉の青葉が染まっていく様にそんな理由を見いだしてしまったのだろう。
本当に、繊細すぎてとても統治には向かない。そう思いながらもは、ふ、と柔らかく笑ってみせた。
「ねえ、クロヴィス。あの色は……とても強くて、一目見ただけでどこに在るか分かるでしょう?」
「あ、ああ」
「まるで火のように強い色。だから"思ひの色"――って、この国では言うの。罪じゃなくて、情熱の証」
「情、熱……?」
「そう、強い思いの色。初めてあなたが絵を描いているのを見た時、なんて綺麗な朱を作る人なんだろうって思った。紅葉の朱に負けないほどの絵画への想いが感じられて……あなたがどんな人なのか分かったように思ったの」
ふふ、と笑みを漏らすとキョトンとしていたクロヴィスの頬が徐々に明るさを取り戻していって、ついには花もかくやというほど鮮やかにパッと笑った。
「そうか……、思いの色、か……! そう思えばやはり美しい色だな」
その変わりようには惚けたように呟く。
「……泣いたカラスがもう笑った」
180度切り替わった彼の表情に安堵しつつ、少しばかり呆れも覗かせるとクロヴィスは露骨にムッとしたように頬を膨らませる。
「泣いてなどいない。だた、少しばかりナーバスになっていただけだ」
そんなクロヴィスに尚更は、ふふ、と笑った。
「分かってますよ。皇子さま」
「なッ、なんだその言いようは! だいたい、はいつも私を子供扱い――ッ」
しかしカッと眉を吊り上げたクロヴィスが身を乗り出し、二人は不意打ちのように至近距離で見つめ合う形となってしまう。間近で目があってクロヴィスもハッとしたのか言葉を止め、まるで時が止まったかのように互いに互いの瞳をジッと見つめた。
クロヴィスの瞳――、透き通ったターコイズにふわりとかかる濃いブロンドがあまりに綺麗で、は黙した彼の年相応な逞しさに身動きできずにいた。すると眼前の瞳が少しだけ艶を持って揺らめき――意外に骨張った大きな手が手袋越しにそっと近付いての頬に触れようとした直前で止まった。迷い、だろうか。クロヴィスはためらうような表情を見せ、見つめるも戸惑いがちに眉を寄せる。
――これ以上近付いてはいけない。
一瞬にも満たない時の中で、互いに暗黙の了解を確認し合ったのかもしれない。
は自分でも気づかないほど微かに悲しげに眉を下げてクロヴィスを遠ざけようとした。が、その頭を止まっていたクロヴィスの手に捉えられた刹那――、額に温かい感触を受け反射的には目を瞑る。
「っ――!」
額にキスされたのだと気づいたのは、小さく音を立てて唇が離れたあとだった。
「……クロヴィス」
よほど、惚けた顔を晒してしまったのだろうか。クロヴィスはしてやったりというような悪戯っぽい笑みで白い歯を見せた。
「その反応はいつも新鮮だよ。ブリタニア人じゃこうはいかない」
それはスキンシップに慣れない日本人をからかってのことか、先ほど子供扱いを受けた仕返しだったのか。
が言葉に詰まっていると、スッとクロヴィスが立ち上がっての方に手を差し伸べてきた。
「――
笑みの中にどこか探るような不安げなものを混じらせて、クロヴィスはの瞳を見つめる。
「これからも、私の友人でいてくれるかい?」
額へのキスは友情のキス。――先ほどのキスはそういう意味だったのだろう。
友愛の証への返答には一瞬だけ迷った。クロヴィスの友人でいること。そして今、この場にいる自分――今日、この政庁に来てどれほど日本人の自分が場違いであるか改めて思い知ったつもりだ。自分といることで、クロヴィスの立場だって悪くなるかもしれない。
けれども、この手を振りきれば彼をどれほど傷つけてしまうか容易に想像できてしまう。そんなこと――、いや、それは言い訳だ。もはや今さら彼の存在を自分の中で消し去るなど無理だと悟っては薄くうなずくとそっとクロヴィスの手を取った。
「わっ……」
しかしグイッ、と予想外に強い力で引っ張られてよろけた身体をクロヴィスが強く抱きしめてしまう。
「良かった。最高のプレゼントだよ」
ふわりと香水の匂いが鼻を掠め、クロヴィスの温もりにが目を見開く前に彼は身体を離して今度こそ持ち前の無邪気で満面な笑みをに見せた。
「そろそろ行こう。ダンスパーティが始まる」
そう言って彼は鮮やかなブロンドを揺らして歩き出した。皇族服の揺れる裾を目で追いながら、ふ、と笑ってもその背を追う。

ブリタニア人と日本人。支配者と被支配者。皇子と一般人。

個の壁はなくとも、自身の環境を取り巻く壁の厚さを知って――に背を向けたクロヴィスはに悟られぬよう小さく表情を歪めていた。











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