中東地域──エリア18の反乱勢力を瞬く間に陥落・平定し、コーネリアは自身の治めるエリア11へと戻っていた。
先日、本国で見た光景──兄であるシュナイゼルと妹であるの、と政庁の自室で思いふける。
兄──シュナイゼルはとかく女の扱いには長けているし、女とみれば例え血を分けた姉や妹でも口説かずにはいられない性格なのは知っている。そして姉や妹──自分も含め、そんな彼に憧憬に近い淡い想いを抱いているのもまた事実だ。
が、あの二人はそんな笑い話で済まされるような雰囲気ではなかったように思う。そもそも、クロヴィス出立祝いの舞踏会からおかしいと思っていたのだ。社交の場に慣れておらず身体も弱いをシュナイゼルはただ気遣っていたのだと何度も思いこもうとした。しかし、兄の──シュナイゼルのに向ける瞳はどこか狂おしげで、いつもの紳士めいたものとは違っていた。
そうして先日のアレだ。シュナイゼルの後ろ姿しかはっきりとは確認できなかったが、見間違いでなければあの二人の影は重なり合い、口づけを交わしていたように見えた。
──と考えたコーネリアの頬が歳に似合わず朱に染まった。
その後のシュナイゼルは平然としていたが、あのの明らかな狼狽ぶりを見るに明らかにおかしいと思わざるをえない。
だが──、とコーネリアは一息入れるために水差しからコップへと水を汲んで一気に喉へ流し込んだ。
だからと言って、二人を咎める権利もなければ咎めるつもりもない。いくら兄妹とはいえ彼らのプライベートにまで立ち入るつもりはコーネリアにはなかった。あるとすれば、兄に対する軽い──失望や失恋などという、喪失感だろうか。
「ん……?」
我ながらおかしなことを、と自嘲していると執務室のモニターが通信を表示してきた。しかも、ロイヤルプライベートだ。
ピ、とモニターを操作すると、画面につい今考えていた兄の姿が映し出される。
「やあ、コーネリア。エリア18の反乱鎮圧、見事だったそうだね」
「兄上……ありがとうございます。兄上は今、中華連邦におられたはずでは?」
「うん、ちょうど帰りでね、アヴァロンの自室にいるんだが……吉報だよ、かの地は我がブリタニアの一部となるも同然の結果となった」
自軍の旗艦であるアヴァロンからどこか上機嫌に話をするシュナイゼルに、コーネリアの切れ長の瞳が見開かれる。

中華連邦──ブリタニア・EUと並ぶ世界列強の一つであり、その頂点に立つのは国家の象徴たる天子である。が、まだ幼い少女にすぎない天子に替わり中枢権力を掌握しているのは大宦官たちであり、民は耐えぬ貧窮に喘いでいた。

その中華連邦を「奪い取れ」とシュナイゼルに命じたのは他ならぬ皇帝シャルルであったが、シュナイゼルはシャルルの想像とは違う形での奪取を試みていたのである。
「兄上が……婚姻を結ばれる、と?」
本国に戻ったシュナイゼルは、に今回の手土産を語って聞かせていた。
その話とは──中華連邦の天子とブリタニアの第一皇子であるオデュッセウス・ウ・ブリタニアの結婚話であった。
話を聞いたはあまりに突然のことで愕然とし、かすかに眉を寄せる。
「ご自身の兄をまつりごとの道具になさるなんて……随分なことをされるんですね」
「兄上は承諾済みだよ。元々、私たちは戦争なんて望んではいなかったからね。天子がこちらに嫁いでくれば両国の友好は約束されたようなものだ、大宦官に爵位を与え中華連邦を実質ブリタニアの配下に置くことも決まっている」
「──兄上はお優しいから」
は視線を下に流した。いつもなら一方的に話すシュナイゼルの話しを聞き流して終わるところだが、そうもいかない話もある。
「私も皇女に生まれた身、政略結婚に異議を唱えるつもりはありません。シュナイゼル兄さまのお立場を思えば、これは望ましい結論だったのも分かります。でも──」
言い淀むには数種の考えが浮かんでいた。
自分のこととなるとあれほど情熱的に「君以外はいらない」などと言い切れるわりにオデュッセウスの優しさにかこつけ、双方望まないだろう結婚を押しつけるシュナイゼルの非情さには今更驚きもしない。国と国が絡んでいる限り、感情を挟めないこともあるだろう。そうだ、どれほど情熱的に愛を謳ってもシュナイゼルとて必要だと判断すればあっさりとどこかの国の王女や大公爵の令嬢を妃に迎えてしまうだろう。そうなれば、自分は──と考えそうになったはハッとして思考を戻した。
問題は、そのオデュッセウスの結婚相手だ。
仮にも強国の長を娶るとなれば、天子はオデュッセウスの正妻に収まることとなるだろう。それは、礼儀だ。不当な扱いをすれば瞬く間に外交問題に発展する。
ここで問題なのはオデュッセウスの皇位継承権である。次期皇帝に最も近く、皇位継承権第一位のオデュッセウスだからこそ中華連邦も天子を差し出すに合意したのだろう。しかし、順当にオデュッセウスが皇帝になった場合、皇后が他国の人間である天子で納得するものがいるのだろうか? いや、いないだろう。皇族、貴族、民の全てが反発を抱くに決まっている。ましてや有力な皇族がこれほど多く存在しているのだ──他国の血をわざわざ混ぜる意味がない。
となると──、次期皇帝には別の人物を、との声があがるのもまた容易く予想できることである。そして、それに最も近しいのは──と考えてはキュッと唇を結んだ。
「でも、なにかな?」
訊き返してきたシュナイゼルには、いえ、と言葉を濁した。シュナイゼルが皇位継承権にやたらと拘っているのは知っているが、わざわざ深読みする必要もないと思ったのだ。
シュナイゼルは含み笑いを浮かべたのち、いつもの憂い顔へと変えて視線を流した。
「それにしても、父上は中華連邦で執り行われる兄上の式には参列しないそうだよ。……悲しいことだね」
が黙っていると、シュナイゼルはどこか苦笑いを浮かべながら更に続けた。
「嫡男の婚姻だというのにね。やはり……父上の心内にあるのは、今もマリアンヌ様ただお一人なんだろうね」
しかし、その言葉にの身体がビクッ、と撓った。
初めてのことだ──シュナイゼルの口からマリアンヌの名を聞くのは。いや、それ以前にその名を聞いたのは実に久方ぶりだ。
?」
「──例え話です。いつか、お話ししたとおり……たった一人の寵姫に溺れる皇帝など愚帝と呼ばれる、と」
は精一杯抑えて、皇帝への不満を不敬にならない程度に言葉を濁した。マリアンヌという一人の女に溺れ、母を不幸にし、挙げ句の果てにはその寵姫が死ねば廃人のようになって政治をおろそかにする父への不満。
いや、本心ではそんな優等生めいた不満など持っていないのかもしれない。──マリアンヌという存在に全てを奪われた母の憎しみを自身も感じているだけだろう。ゆえに自分は他の兄妹と違い、明確にマリアンヌを、その子供であるルルーシュとナナリーを良くは思っていない。
視線を下に流していると、シュナイゼルの骨張った手が白い手袋越しにそっと頬へ触れてきた。
「私はそうはならないよ」
「またそのような……兄上をさしおいて皇帝になるおつもりですか? 例え──」
「例え話、と誤魔化すのは卑怯、かい? 今の君がそうだったように……?」
「ッ──!」
あくまで柔らかなシュナイゼルの声に、舌戦をするべき相手ではなかった、と悟られずにはいられないほどは表情を歪めた。パッと顔を背けると、シュナイゼルが笑った気配。
「本心だよ、宰相という身を経験して……少しは玉座に主がいない不便さを分かっているつもりだ。それを繰り返すような愚かな真似は決してしない。例え、君だけを寵愛したとしてもね」
「兄上は、宰相こそが相応しい方だと思います。オデュッセウス兄さまの世を支えられるのは兄上しかいないとも、私は思っています」
「嘘でも、あなたは皇帝に相応しい……と言ってくれれば、嬉しいんだけどね」
苦笑いとともに口調が軽くなったかと思えば沈んだような声になり、ちらりとシュナイゼルを見やれば本当に辛そうな顔をしていてとしても多少いたたまれない気持ちにはなったが、それでも首を横に振って黙しているとそっとシュナイゼルに抱き寄せられる。そうして耳元に唇を寄せられ、低く囁かれた。
「本当に君が私に従順なのはベッドの上でだけだね」
カッとの頭に血が昇った。望んでそうなったわけではない、と反論しようとするも諦め、が大人しくしていると頭上からシュナイゼルの息づかいが伝わってくる。
「いつか君が訊いたことだけど、私は君のそういう所も気に入っているよ。それに……さっきの君の話だが、私にはよく分かる」
「え……?」
「マリアンヌと、ルルーシュ達の……」
聞き取れない程の小さな声で呟かれては思わず顔を上げたが、問い返そうとした唇はシュナイゼルに塞がれてしまった。

どこかで破綻が始まっているような気がした。
こんな関係が永久に続くわけがない。例え彼が本当に自分を妃に迎えたとしても、根底にあるわだかまりを捨て彼を愛することはできないだろう。
もしも彼が皇帝になって有無を言わさず皇后にされても、きっとそれは変わらない。
ましてやこのままでは──、いつか、何かが壊れてしまいそうで。
兄でなければ良かったのだろうか?
見ず知らずの男と女として出会っていれば、こんなおかしなことにはならなかったのだろうか。自分は皇女ではなく、彼も皇子ではなくて、爵位もない、普通の男女であれば穏やかな気持ちで彼を愛せていたのだろうか──と考えることさえ今は虚しい。
いつか、きっと彼もオデュッセウスのように妃を娶る日が来るだろう。その時こそ、自分はこの兄から解放されるのだろうか。そうしてどんな顔で祝えばいいのだろう?
笑えるのだろうか──彼のために。そして自分のために。
もう決してゼロには戻れないと分かっていながら──、とはギュッと瞳を瞑ったまま自身の思考に蓋をしてそのままシュナイゼルに身を任せた。










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