不可解な死は陰謀渦巻く皇室には付き物のようなものである。
それでもクロヴィスの死を臣民は悼み、兄妹達は我がことのように悲しんでいた。

エリア11の新たな総督となるべく旧日本へコーネリアが赴き、その妹であるユーフェミアも副総督として付いていって皇宮内からは少しばかり活気と華が失われた気さえした。


「クロヴィスのお母上である后妃さまは精神的にひどく参っておられるようで……お気の毒だよ」
ある日の午後、はオデュッセウスに誘われて皇宮の庭園を眺めながらともにお茶を楽しんでいた。
「近ごろは、ますます我が国は侵略の刃を深く刺し……一層またクロヴィス兄さまのような悲劇が増える気がして、私も不安に思っております。兄上も、じき軍を率いてEUへ出立せねばならないのでしょう?」
「心配してくれるのかい? まあ、私は争いごとは苦手だからね。なんとか、シュナイゼルが平和的に外交条約を結んでくれることを期待しているのだけれど」
オデュッセウスを案じるような顔色を浮かべていたの頬がぴく、と反応するもオデュッセウスは更に続ける。
「そういえばシュナイゼルは午前中にアヴァロンで帰国したそうだよ。今は陛下に謁見中だと思うが……」
「そう、ですか」
話にが目を伏せていると、オデュッセウスは不審そうに肩を竦めた。
は、シュナイゼルが嫌いなのかい?」
「え……?」
「シュナイゼルの話になると君はいつも浮かない顔をするね、けれども兄妹なんだから仲良くしてくれよ?」
優しく語りかけてくるオデュッセウスの問いには答えず、は苦笑した。オデュッセウスはまるで常のシュナイゼルのように顎に手をやっていて、やはり異母でも彼らは兄弟だ、と思う。
「兄上とシュナイゼル兄さまはとても喋り方が似ています。語尾を伸ばしがちに話すところなんてあまりに似ていて……仕草も、そっくり」
「え、そうかい?」
「シュナイゼル兄さまも、口調や仕草だけでなくすべてが兄上のようだったらよろしかったのに」
眉間に皺をつくるをオデュッセウスは笑いながら穏やかにいなした。
「シュナイゼルが私のようだったら国中が困ってしまうよ。あれだけ優秀な弟を持てたことは私の何よりの誇りなのだから」
いつも優しいオデュッセウス。第一皇子として生まれ、最も皇帝に近い位置にいるこの兄こそが最もブリタニアという国の国是からは遠くにいるのだとは思う。彼は自分の地位さえ脅かしそうなシュナイゼルを弟として本気で愛しているのだろう。
「少し、兄さまが羨ましいです。私もそんな風に想われたらどんなに良かったことか……」
「いやいやシュナイゼルに限った話ではないよ。私はもちろん、君のことも愛している。シュナイゼルだってそうだよ、病みがちだった君がこうして外に出てくれるようになったのはあの舞踏会がきっかけだ……シュナイゼルは君のことをとても愛していると思うよ」
「……でも、お兄さまの愛は――」
違う。と受け流せばいいところを否定しそうになったところで、の声はそばのドアが開かれる音に掻き消された。しかしハッと我に返ったのも束の間。
「やあ、噂をすれば……おかえり、シュナイゼル」
「これは兄上、お元気そうでなによりです。噂……とは?」
「ああいや、君は優秀な弟だと彼女に自慢していたのだよ。そうだろう、?」
謁見から戻ってきて長兄に挨拶にきたのだろうシュナイゼルの姿を目に留めて、はギュッと胸の辺りで手を握りしめていた。
オデュッセウスから目線を移したシュナイゼルの瞳がに向けられる。
「珍しいね、君がこうしてここにいるとは。……訊くまでもなく元気なようだ」
「あ、はい。兄上にお茶に誘っていただいて。お兄さまもお変わりなく……安心致しました」
目を合わせないように返事をすればオデュッセウスが肩を竦めている気配がしたが、オデュッセウスが何かを言う前にシュナイゼルの方がオデュッセウスに所用らしく話しかけた。
「兄上、陛下からお召しです。なんでもEUへの軍派遣について話があるようで」
「そうか……やはり出兵か。君の案ではEU全てではなく半分を掌握すれば良し、だったんだろう?」
「私はそのつもりなのですが、珍しく父上に目通りが叶ったかと思えばEUに飽きたらず中華連邦まで"奪い取れ"との一点張りでして」
「やれやれ……争いは避けたいものなのだがね」
オデュッセウスはため息混じりに呟いて、シュナイゼルの言づて通り謁見の間へ向かおうと踏み出した。が、ふとその足を止めての方へ振り返る。
「すまないね、呼ばれているようなので失礼するよ」
「いえ……お気遣いなく」
「あとはシュナイゼルに任せるから。仲良くしてくれよ」
それはオデュッセウスらしい、深い意味合いなどない単純に兄妹の仲を憂いての発言だったのだろう。しかし慕わしい兄の気遣いを今は心底疎ましく思いながらは口をつぐんだ。
今更、兄妹としてシュナイゼルと仲良くなどできるはずもない。そもそも、接し方すら分からないというのに。
「少し、外を歩かないかい? 君はあまり見たことないだろう、とても美しい花園だよ」
気遣うような声が聞こえて軽く目線をあげれば、常と変わらないどこか憂いをおびた表情を浮かべるシュナイゼルがいた。
この表情が、はどこか苦手だった。まるで何ら非はない人間の良心を無理やり責め立てられるような――シュナイゼルらしい、人心掌握術の一環なのかもしれない。が、心底悲しんでいるような気もして、いたたまれない。
午後の日差しは穏やかで、大分陽の光にも慣れただったが、それでも眩しくて日傘の替わりのように手を翳しながら歩いていく。
見事に細工された庭園は至る所で様々な花が咲き乱れ、蝶が飛び交い、水路のせせらぎは爽やかに耳を楽しませてくれた。
「小さい頃、向こうの噴水のそばでよくコーネリアとユーフェミアは花遊びを楽しんでいたものだよ。ここのバラ園はクロヴィスのお気に入りでね、晴れた日には必ずキャンバスを持ち出して一日中絵を描いていた」
穏やかな口調で語りかけてくるシュナイゼルの声をぼんやりと耳に入れながら、はぼんやりと皇宮の庭園を見やっていた。図らずもシュナイゼルの話は明確に妹たちを"兄妹"と認識していることが伺え、どこか疎外感を感じてしまう。
もし、自分の身体が丈夫で離宮に引き籠もりがちでなければ彼らと――いや、シュナイゼルとは普通の兄妹でいられたかもしれないというのに。父を愛し、愛に破れ、それでも愛に縋るような母でさえなければこんなことには、とかすかな反発心を胸に飛来させつつ、は足を止めて白いバラに見入るシュナイゼルを見つめた。
日差しの下で透けるような柔らかい金髪。どこか狂おしく愛おしそうな色を己の碧眼に浮かべて白バラに身を寄せる彼はまるで絵画から抜け出てきた童話の中の王子のようで――、並ぶもののない第二皇子と讃えられる魅力を確かに感じさせる。夜ばかりを共に過ごしてきたから陽のもとにいる彼を見るのはどこか新鮮で、目を奪われそうになった自分にハッとしては視線をそらした。すると、ふと咲き乱れる白バラの中に真紅のバラが一輪混じっているのを見つけ、歩み寄る。
庭師が見落としていたのだろうか? と手を伸ばしたを急に鋭い痛みが襲った。
「つッ――!」
棘に触れてしまったのだろう。見ると右手の人差し指から真っ赤な血がふっと湧き出ていて軽く目眩を覚えていると、白い手袋をはめた手に右手を捉えられていた。
「大丈夫かい?」
目線をあげると、シュナイゼルが捉えた手を口元に持っていき血の出ていた人差し指の尖端をそっと口に含んだ。
「ッ――」
軽く吸われている感覚にの身体を先程よりも強い目眩が走る。けれどもその血――、自分の中に流れる血は、紛れもなく眼前のシュナイゼルにも流れているもの。そう思うと畏怖の念に襲われて、は軽く膝を笑わせた。
?」
「ご、ごめんなさい……ちょっと、日差しが眩しくて」
シュナイゼルから手を離し、は事実日の眩しさも手伝ってよろけた身体を草の上に座らせる。
息を整える先でシュナイゼルは先程の真紅のバラを手折り、ゆっくりこちらに顔を向けた。
「どこから紛れ込んだのかな、このバラは」
言いながらの隣に腰を下ろし、懐から折り畳み式のナイフを取り出して棘の部分を取り払うシュナイゼルには僅かに眉を寄せる。
「護身用だよ、一応ね」
少し物騒だ、と思ったのを察したのだろうか? 肩を竦めるシュナイゼルを見ていると、シュナイゼルは口元に笑みを浮かべた。
「白いバラは、水や月の光を象徴するって知っているかい?」
「……はい」
が頷いたことで、シュナイゼルはなお誉めるように笑みを深くする。
「君には白のバラが似合うと思っていた。君の母上がそう呼ばれていたように、月夜の水面のように透明で……でも――」
そうしてナイフを閉じて置いたかと思うと、シュナイゼルは左手での顎を捉えた。
優美な仕草でそっと上向かせられ、サイドの髪に右手で持っていたバラをゆっくりと挿されての唇がぴくりと反応すると、シュナイゼルは目を細めた。
「赤いバラも、とてもよく似合っている」
まるで人を惑わせるような笑み。
そうだ、古来――バラは人々を惑わせる禁忌とさえ言われてきた。その尤もたる真紅のバラ。
象徴するのは――罪の色。
そんな色に染まるバラが似合うなどどういう皮肉なのだろう――、そう感じながらも日差しのせいか頭がくらくらして、頬も熱くてはただ潤んだような瞳を揺らしてシュナイゼルを見上げた。
「綺麗だよ……本当に」
口づけられる――と分かっていてもは拒まなかった。受け入れようと意識したわけではない。けれども自然と瞳を閉じて、触れた唇の感触に初めて心地よさを感じた。
「……ん……」
柔らかな日差しの下でのキスは今まで感じたことのないほどに甘美で、うっとりとシュナイゼルの腕に手を添えて求められるままに緩やかに舌を絡める。
身体の芯があたたかい。
バラの香りが鼻孔をくすぐって陶酔さえ覚えるようで、なぜこんな気持ちになったのか分からないままにシュナイゼルを感じていただったが、突如として夢見心地から現実へと引き戻された。

「――兄上!」

刺すような鋭い声。ビクッ、との身体が震えた。おそらく触れていたシュナイゼルにも伝ったことだろう。
しかしシュナイゼルは冷静に、声のしたほうを振り返って穏やかな声で応えた。
「やあ、コーネリア」
も恐る恐る声のした方を見やると、軍服に身を包んでマントを靡かせるコーネリアがいた。
「あ、姉上……」
さっと青ざめるも、はシュナイゼルの差し出した手を取ってその場に立ちコーネリアに挨拶をしようと試みた。が、まともにコーネリアの顔を見ることができない。もしかしたら先程のキスを見られたのではないか――と思うと血の気が引き膝が笑う。
「どうしたんだい? 君はエリア11から18へ軍を率いて向かう予定だったというのに」
「いえ、ちょうど補給も兼ねて本国待機のグラストンナイツと合流しようと立ち寄りましたもので。出立前に兄上に挨拶をと」
「そうか……、グラストンナイツも合流してコーネリア軍が本来の姿に戻れば、エリア18の反乱鎮圧など容易いだろうね」
普通に話のできるシュナイゼルがには心底理解できなかった。足の震えが止まらない。怖い。なんて恐ろしいことを――とつい今しがたの自分の行動を心底恥じて、罪の意識のみに支配されているとコーネリアの視線がこちらへ向けられた。
「ずいぶんと体調がいいようだな、
「は……はい」
「お前もいざというときのためにナイトメアフレームくらいは動かせるようになっておいたほうがいいぞ。あれはユフィすら操作できるのだからな」
コーネリアの言葉に返事をするのがやっとだ。きっと不審そうな顔をしているだろうコーネリアと目を合わせるのが怖くて俯きがちになっているとコーネリアはもう一度シュナイゼルに挨拶をして去っていく気配がした。それでも、震えが止まらない。
……」
目尻に涙を滲ませて青ざめるをシュナイゼルは落ち着かせるように優しく抱きしめたが、振り払う気力さえにはなく涙をこぼして首を振るった。

「君は……私といるといつも辛そうな顔ばかりだね」
シュナイゼルの部屋へと場所を移し、ソファに座って静かに涙を流すをシュナイゼルは辛そうに見つめていた。
「どんな顔をしろと言うんですか……兄と、こんな罪深いことを続けていて」
「だったら、兄でなければいいのかい?」
シュナイゼルは自身の手袋に染みこませるようにしての涙を拭った。え、と唇を動かしたをシュナイゼルは微笑を湛えて見据える。
「いっそ君を、私の妃にしようかと今まで何度も考えていた」
「な、にを……兄上」
「妹と言っても私たちは異母兄妹だ。そう珍しいことでもないと知っているだろう? 同腹でない兄妹が、互いに婚姻を結ぶというのは」
「――でも」
「そうすればもう、私と君は兄妹ではなくなる。君を咎めているものも消えるはずだ」
信じられないとでも言いたげには瞳を開いた。けれどもシュナイゼルにとってはごく自然なことだったのだ。彼女が今の発言をどう取ろうがよほど驚いたのか溢れていた涙が止まった。そのことを今は嬉しく思い、シュナイゼルは自身の誠意が伝わるようにの前で片膝を付いて跪くとそっと彼女の手をとった。
「君を愛しているよ。おそらく、君が知るよりもずっと以前から」
「……兄上」
第二皇子が跪いて愛を語る。これ以上はない情熱の訴えだと誰しも理解できるだろう。しかし、相変わらずは困惑した表情を浮かべている。こうして口説けば世の女性は――妹であるコーネリアさえきっと恥じらい喜んでくれるという確信があったのには違った、とそそられたのはいつの話だっただろうか? 今は、素直に受け入れられないことがシュナイゼルの胸を苦い思いが満たしていく。
は目を伏せて、小さく呟いた。
「私には兄上が私のどこを気に入ってくださったのか分かりません。兄上といても……お話しすることもあまりありませんし、私といて兄上も楽しいとは思えませんし」
「それは……答えた方がいいのかな?」
シュナイゼルは肩を竦める。後者は自身が自分に心を開いていないせいであり、前者は――おそらく、一言で言っても分かってはもらえないだろう。
「君の全て……と言いたいところだが、一つだけ受け入れられないものがあるな。君の皇位継承権だけは憎んでいるよ――でも」
伏せられていたの目が見開かれたが、シュナイゼルは構わず続けた。
「私が皇帝になれば、君は皇后だ。例え君が拒んでも、ね」
「なっ……いくら兄上でも、そんな――」
「例え話だよ」
皇帝の名を出すなど恐れ多い、と咎めようとしただろうをシュナイゼルは笑ってやり過ごした。
いつものならこの後は口をつぐんで会話を打ちきり、こちらへ歩み寄ってはくれない。しかし珍しくは口を開いてシュナイゼルを驚かせた。
「でしたら……私を皇女のまま皇后になさると? つい今、私の継承権が憎いとおっしゃったばかりなのに」
「何か、問題でもあったかな?」
「女帝エカテリーナのようなことが起きないとも限りませんのに」
自身は次期皇帝への野心などは持っていないだろう。皇籍にこだわっているのもあくまで母親のため。そんな自分程度の皇位継承権を憎いと言ったその口で、皇后にするなどと言うのは隙がありすぎるのではないか。――引いては、が自分をまだ恨んでいることも今の言葉で理解でき、シュナイゼルは哀しげに眉をよせた。
「卓識だね、君が軍を率いればきっと素晴らしい将となるだろう。やはり恐ろしいよ……競う相手としてはね」
「そんな……買いかぶりすぎ、です。私の意見など所詮は机上の空論……ですから」
「みなそうさ。上に立つものは……極論をいえばね」
「……兄上」
喋りすぎた、と自省したのだろうか? それとも別の理由か。次第に語尾を弱めて消え入りそうになるの言葉に「ん?」と相づちを打つと、彼女は神妙な面もちをして唇を震わせた。
「私は、例えどんな形であれ、相手が誰であれ……皇帝の妃にだけはなりたくありません。私は……母のようには……なりたく、ないんです」
その言葉で、彼女を少しばかり饒舌にしたのは一種の拒否反応であったことをシュナイゼルは悟った。
自分と似ている、いやそれ以上に后妃の悲哀を感じながら育った彼女らしい言葉だ。心中を察してシュナイゼルは震えるをそっと優しく抱きしめる。
「私は君以外はいらない。こうは言いたくないが、君の気持ちは兄である私にはよく分かるよ……だから」
「ッ――、無理、です。一人の后妃しか愛さない皇帝など……愚帝と呼ばれてしまいます」
「君の知識も、少し憎いよ」
の髪に手を絡め、苦笑いを浮かべながらシュナイゼルは感じた。一人の后妃しか愛さない皇帝――歴史上の例をあげているようで、実は彼女が父親である現皇帝を非難しているだろうことを。
やはり、似ている。幼い頃から苦しみ続けていた原因を恨む気持ち。それはやはり――兄妹ゆえなのだろう。

眠るの頬をそっと撫で、シュナイゼルは身体をおこして切なげに彼女を見つめた。
まるで人形のように端正な寝顔。自分の腕の中で乱れている姿など想像もできないほど透き通っていて、少しだけ罪悪感を駆り立てられる。どれほど望んでも自分を「兄」としか呼んでくれないことが辛くて、けれども愛しくてたまらずいつも激しく求めてしまうことに、仕方がない、という言い訳すら気づかないふりをして僅かに眉を寄せた。この愛が彼女にとって苦痛でも、ずっと欲しかったのだ。ずっと――、もはや記憶さえ定かではない子供の時から。
どのような名君も、ひとたび女の手にかかると簡単に道を誤ってしまうとは古来から言われ続けていた真実だ。現に父親である皇帝がそうであるし、結局はその血を継ぐ自分もそうなのだろうか――と思うとひどく自嘲じみた笑いが込み上げてくる。
しかし女は、決して男のことで人生を狂わせたりはしないという。もしもそう見えたのであれば、あらかじめ用意されていた結論にたまたま男が絡んでいただけに過ぎないのだ、とは誰が言っていたことだったか――とシュナイゼルはの額に優しく口付けた。
今、彼女を解放してやれば彼女は本来の幸せを取り戻せるのだろうか? いずれはカノンのような爵位持ちの青年の元へ降嫁して、自分のことなど忘れて幸せに生きられるのだろうか? 元々、本気で彼女の皇籍を剥奪するつもりなどなかった。彼女の継承権を疎ましく思っているのは事実でもあるが、ただ、彼女を手に入れるための口実に過ぎなかった。
きっと愛し方を間違えたのだろうと今にして思ってみても、ああでもしなければ手に入れることは叶わなかったのだ。所詮は兄と妹――否定こそされずとも、歓迎される仲ではない。
けれども、見ず知らずの男女として出会っていれば――とはシュナイゼルは考えもしなかった。
「これほど愛しいのは、血を分けた妹だからなのか……?」
眠るの輪郭を指で辿りながら、シュナイゼルは憂うような顔を浮かべていた。
強烈に彼女に惹かれている理由に同じ血が流れていることは外せないだろう。同じ、父の血が流れる身体。そしておそらく、自分と思いを同じくして育った境遇。
白いバラを無理やりに赤に染めた――例え紅蓮の中へ彼女を連れて堕ちるとしても、もはや手放すなどできるはずもない。
もう何年もこんな関係を続けてきたのだ、既に自分たちの関係を怪しんでいる者、気づいている者は皇宮内に数多いるだろう。コーネリアとてそうだ。事実、知られてもよしとして振る舞ってきた。彼女を自分のものだと見せつけたかったこともある、が、皇帝が――父がどんな反応を示すか興味があった。
彼は自分にもにも興味などない。
例え自分がを妃にしたいと申し出ても、あっさりと承諾するだろう。それほどまでにどうでもいい存在なのだと結果を知りながらそれでも反応を期待するのはバカげた行為なのだろうか?
何度裏切られてきたと思うのだ……その期待を。もはや期待などしていないというのに。
愛し求めても何も得られない。ならば自分は一体何のために存在してきたのだろう?

「いっそ、本当に皇帝になってみせようか……」

そうすれば何かが得られるのだろうか?
いずれは次期皇帝の座を争い、勝ち取らねばならない身だ。動機など、そこに関係はない。
たった一人の寵姫に溺れ、その妃を亡くしたショックから抜けられず政治を顧みない父よりはよほど宰相である自分の方が国を憂いている――と民は支持してくれるだろう。
そうだ、自分は父とは違う――と、シュナイゼルはの細い髪に指を滑らせながら、そっと一人鋭い目を虚空に向けていた。










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