五年ほどまえ、ブリタニア皇宮を一つの悲劇が襲った。
アリエスの離宮──第五皇妃マリアンヌの住む宮に何者かが襲撃をかけたのだ。犯人は謎のまま、マリアンヌだけが帰らぬ人となってブリタニアは喪に包まれた。その後マリアンヌの子供であったルルーシュとナナリーは当時友好関係にあった旧日本へ皇帝の命により疎開。マリアンヌ襲撃が内部犯によるものと見ている皇帝が犯人から守るための行動だったとも言われているが、程なくして日本との関係は悪化して戦争状態となり、勝利したブリタニアは日本をエリア11として配下に収めるもののルルーシュとナナリーは戦火に巻き込まれて二度と戻ることはなかった。

弟と妹が死んだ──我ながら冷たいと思いはしたが、ルルーシュとナナリーの死に対しては何の感慨も沸かなかった。特に面識もなければ思い入れもない異母弟と妹だ。悲しめというほうに無理がある。
ただ──ルルーシュとだけは、は一度だけ顔を合わせたことがあった。
マリアンヌの葬儀には伏せっていて顔を出せなかったが、後日、思い出したようにマリアンヌの墓標を訪れてみた時のことだ。
母を病床に押しやった女の眠る墓。この世から消えてさえ父の心を縛り付ける女。どこまでも厄介な存在だとしばし墓標を睨み付けて踵を返せば、風の中を涙を湛えて強い視線で歩いてくる黒髪の少年がいたのだ。
マリアンヌの長子であり異母弟であるルルーシュだとにはすぐに分かったが、声をかけるでなくただすれ違うのみだった。が、今でもよく覚えている──あの射るような瞳。どこか、不安を煽られるような目をしていた。

そんな弟もすでにこの世にはいないのだが──と、はライブラの離宮で史書に囲まれながら追想していた。
ここしばらくはにとって比較的穏やかな日々が続いていた。シュナイゼルがEU方面に外交の所用で出ているため本国を留守にしており、彼に頭を悩まされる日々からしばし開放されているからだ。
こんな日々がずっと続けば──との願いは虚しく、シュナイゼルはたいてい出国している時は離宮にロイヤルプライベートで通信を寄こして帰国の日をに告げていた。
帰国の日が必ずといっていいほど毎回金曜なのはただの偶然なのか故意なのか、今回も例に漏れず金曜に帰ってくるという知らせを受けて、はシュナイゼルの部屋で彼を待つこととなった。
「古書……流水力学、航空学」
自由に使っていい、とシュナイゼルに言われているのをありがたく受け取り、一人でシュナイゼルの部屋にいるときはは大抵ずらりと並んでいる本棚を物色していた。ライブラの離宮にも膨大な数の本を収めた書庫があるが、シュナイゼルの部屋にも面白い本は割合揃っていて暇を潰すには最適の空間でもあった。
書物に目を通しながら思う。彼は、シュナイゼルは優秀であることは間違いないし、本当にただの兄であってくれればどんなにか──と思いを巡らせたところでは虚しく首を振った。今更、どうにもならない。このままずっと自分はシュナイゼルの人形のままなのか──と遠い思考をしていると、キィ、とドアの開かれる音が届いた。
「ただいま、。元気だったかい?」
久しぶりに顔を見る兄は相変わらず穏やかな笑みを浮かべていて、は開いていた書物をぱたんと閉じた。
「おかえりなさい」
相変わらず必要以外のことはシュナイゼルとは喋らないようにしているだ。素っ気なく返すとシュナイゼルは上着を脱ぎながら苦笑いを浮かべ、眉を寄せる。
「寂しいね、せめて無事で良かったと……嘘でも言葉が欲しいものだ」
「今回は外交での所用と聞いておりましたから」
「戦地から戻ったあとも、君は私の無事を喜んではくれなかっただろう?」
例え嘘でも心にもないことをなぜ言ってやらねばならないのだ、と苦く思ったはそれ以上シュナイゼルに言葉を返しはしなかった。するとシュナイゼルもそれ以上は要求せず、そっとに歩み寄りながら首元でアスコット巻きにされていた白のスカーフに手をかけ、まるで息苦しさから解放されるように息を吐きながらしゅるりと解いてふわりと落とすとそのままを引き寄せて自身の大きな身体へと熱っぽく抱きすくめた。
「会いたかったよ。どれほど君に焦がれていたことか」
ただの気まぐれな支配者と人形。そう思っていた関係に愛などという原罪まで加えられてどれほどの月日が過ぎたのだろう? 妹、という枠を取り去ったとしても、シュナイゼルが自分のどこを気に入ったのか全く持っては分からなかった。
親しげに言葉を交わした記憶もなければ、シュナイゼルに対して好意的に接した覚えもない。彼にとっての自分はただ欲のままに抱ける玩具であったはずだというのに──とは寝室の暗がりからぼんやりシュナイゼルの金髪を目に留めて首を振った。
いっそ本当に人形になってしまえればいいのに。熱を持たない、ただの玩具に。感じることも考えることもなく、全てを放棄できればどれほど楽か──と目尻に涙を溜める。

「んっ、……んっ、んっ」

一度だけでは飽き足らなかったのか、はシュナイゼルの要求によってシュナイゼル自身を口に含み懸命に舌を這わせていた。屈辱を感じるよりも激しく蹂躙された身体が雄の匂いに震え、熱い疼きが身体中に広がって制御できない。
「……はッ……」
頭上からシュナイゼルの悩ましげな吐息が降ってきたかと思えば口の中で彼の体積が増し、急に視界が反転したかと思うとはシュナイゼルに組み敷かれていた。そのままシュナイゼルは自身を擦り付けるようにの入り口に滑らせる。
「あっ、あぅ……」
ぶるっ、との身体が震えた。既に一度シュナイゼルを受け入れたソコは酷く敏感での意志とは裏腹に彼を誘うように収縮している。
数度自身を擦り付けるようにして滑らせたシュナイゼルはそのまま濡れそぼったの秘所に己を当て、一瞬、の身体がぴんと強ばった。
くる──、と感じるこの瞬間だけはどうしても慣れることができないのだ。兄と繋がるこの一瞬だけは変わらぬ罪の意識に犯され酷くの意識を冷めさせたが、それもすぐに覆い尽くすほどの熱に流されてしまう。
「はっ……あっ……んんっ……!」
溶けるほどに全身を愛され、ぐちゃぐちゃに突かれては必死でシーツを握りしめた。
甘美な悦びにシュナイゼルを離すまいと締め付ける身体。ぞくぞくと身体を巡る言い表しようのない快楽。抗おうともがく自分と享受する自身の葛藤さえ倒錯した刺激となっての身体を襲う。
不意にシュナイゼルが胸の突起を口に含んで、は甘ったるい悲鳴をあげた。
「ふぁ、ッ……兄上ぇ……あに、うえっ──」
うっすらあけた瞳に哀しげな顔をするシュナイゼルが映ったが、は知らないふりをして瞳を閉じ迫りくる波に耐え唇を噛みしめた。シュナイゼルはなおもを突き上げながらその身体をきつく抱きしめる。
「名を──ッ、呼ん、で……くれないか」
耳元にかかる熱い吐息と共に切なそうな声が響いてくるも、は熱に浮かされながら首を振るった。その要求だけは聞き入れられない。にすれば最後の砦のようなものだったのだ。
兄と呼べば辛そうな顔をするシュナイゼル。辛いのは、こっちのほうだ。兄に犯され、為さぬ関係へと落とされて──こんな、こんな。
もはや快楽に溺れる嘆きを抑えきれないままはきつく眉を寄せた。
無理やり抱かれて恐怖で支配され、愛していると告げられて。もう、何がなんだか。彼を容易く受け入れてしまうこの身体も、与えられる快楽に悲鳴をあげる自身も全てがぐちゃぐちゃだ。
──ッ!」
切羽詰まったような声とともにより奥を激しく突き上げられ、は甲高い声を詰まらせて縋るものを求め背へと回した手にギュッと力を込めた。

──シュ、ナイ……ゼル──。

意識が白む中、は自身が何を考えていたのか理解することはできなかった。
この快楽に溺れたあとの目覚めは最悪だと知りながら、落ちるままに意識を手放す。

「……ん……」

程なくして、うっすら瞳を開いたの視界に暗がりの中で見慣れたシュナイゼルの寝室の天井が映った。
久方ぶりの逢瀬が堪えたのか、酷く身体が重い。
どこか空虚な面もちで軽く上半身をおこして、は隣で眠るシュナイゼルを冷めた瞳で見下ろした。自分をメチャクチャにした兄。いっそこの場で殺してやろうかとシュナイゼルの首元にすっと手を伸ばす。
「……ふっ」
手先が震え、ツ、とシーツにの頬から伝い落ちた涙が零れた。彼を憎んでいないと言えば嘘になるというのに。でも、きっとシュナイゼルがいなくなっても全てがリセットされるわけではない。きっともう、戻れない。
「一生、お恨みします……兄上」
止まらない涙を流すだけ流して、は無意識のうちにまた眠りの中へと落ちていった。
自分でもどれほどの時間を眠っていたのか分からない。ただ、身体が重くて仕方なく、ぼんやりと意識が戻ったのは寝室にかすかに広がる物音に呼ばれた時だった。
「兄、上……?」
意識が半分戻らないまま唇を動かすと、薄ぼんやりとした視界にガウンを羽織っているシュナイゼルの姿がうっすら映った。
「いいよ、そのままで」
「ん……」
「私は朝から公務が入っていてね。もう行かなければならないが、君はゆっくり休んでいるといい」
言われるままに頷いてシュナイゼルが寝室の扉を閉める頃にはは深いまどろみの中に逆戻りをした。まるで現実から逃避するかのように、深く、深く。


「クロヴィスのほうは大分エリア11の平定に手こずっているようだね」
「まだ就任して日が浅いですし、クロヴィス殿下も手探り状態なのでしょう」
「コーネリアの軍を行かせようかと提案したら、きっぱりと拒絶されてしまったよ。まあ、もう少し待ってみて駄目なようなら本格的にテコ入れを考えないといけないね」
宰相府の執務室で山のように詰んである書物に目を通しつつ調印をしながら、シュナイゼルは側近のカノンと話をしていた。
昨晩──が自分を手にかけようとしていたのは夢だったのだろうか?
いや、昨夜は例え夢の中の出来事であっても、彼女がたびたび自分へと殺意を向けているのは知っている。
どれだけ愛しても、愛すれば愛するだけ遠ざかってしまう。どれほど焦がれても、同じ目線で笑い愛してくれることはないのだ。そう、まるで父親に愛されなかったように──決して。──苦い思考に陥りそうになった所で、ふ、とシュナイゼルは自嘲気味に息を吐いた。
「君に……嫉妬を覚えそうだよ、カノン」
「は……?」
脈絡のない言葉に流石のカノンもぽかんとし、シュナイゼルはなおも苦笑いを漏らした。
いつか舞踏会でカノンと楽しげに踊っていたをふいに思い出したのだ。あれは何もカノンにのみ向けられるものではない。自分以外の大抵の人間に対してはも自然に笑い合うことができるのだろう。けれども自分は一生かかっても彼女を笑わせることは無理なのではないか、と心のどこかで悟っていても求めずにはいられない。
「殿下……?」
「ああ、すまない。ただの戯言だよ」
それでも──例え恨まれていても生涯彼女を縛っておけるならば。そばに置いておけるならば、それでいいのかもしれない。
いつか皇帝になるような日がくれば、それこそ法を曲げ彼女の意志さえも無視して、有無を言わさず彼女を自分のものにできる。けれども心は──と眉間に皺を刻んでシュナイゼルは再び資料に目を落とした。


この数年後、クロヴィス・ラ・ブリタニアの原因不明の突然死によって皇宮は再び深い衝撃と悲しみに包まれることとなった。










BACK TOP NEXT