やっとの思いで離宮に辿り着いたは、そのまま倒れるようにベッドへと伏してしまっていた。
やはり慣れない外出と、兄にああいうことをされたという精神的負荷が一気に肉体に出たのだろう。微熱が引かない身体で眠るたびに何度もシュナイゼルの幻影にうなされては飛び起きた。皇籍にしがみつくためにこんな汚れた皇女に堕ちたのだと告げられているようで。しかし情けなさも憤りさえもぶつける場所もなく、ただ必死に湧き出る感情を押し殺そうと努めるのみ。
本当に恐ろしかった。自分が捕食される側だなどというそんな原始的なことよりももっと、シュナイゼルという一人の男に蹂躙される女という例えようもない生々しさが身体を駆け巡った。
「お兄、さま……」
まだ手首には拘束された跡が残っている。忘れたくても忘れられない屈辱と、罪の刻印。
兄を、素晴らしい人物だと思っていたわけではない。この弱肉強食を国是とするブリタニアにおいてあれだけ穏やかで人格者と讃えられているからには、宰相としてそれなりに裏の顔を持っているだろうことも容易く想像できることだ。しかし──異母とはいえ妹である自分になぜあのような真似をしたのかだけはには幾度考えても解せなかった。ただの丁の良い慰み者? だとすれば、なぜ自分を選んだのかが分からない。もし自分を貶めて次期皇位継承権を競うライバルとしていち早く落としておきたかったとすれば見当違いもいいところだ。確かに皇籍にしがみつきはしたが、そんなもの、望んでもないというのに。
でももう、彼から逃れることは叶わないのだ。皇籍剥奪という脅し以上にシュナイゼルの存在は恐怖という呪縛となっての心を縛り付けてしまった。
もういっそこのまま病に伏してこの離宮に閉じこもっていたい──と願うサクラもモネはそれが叶わないことも悟っていた。
次の金曜が来れば彼の言葉通りまた彼の元へ行かなければならないのだ。彼に──兄に抱かれるためだけに。

そう、恐怖は呪縛だ。
少なくとも自分には抗えないという意識をに植え付け、畏怖の念でのみを支配することには成功したはずだ、とシュナイゼルは自室から窓の外の暗闇を見上げていた。
今宵は金曜。との約束の夜だ。この月明かりさえない空の下、はどんな心持ちで自分の元へとやってくるのだろう? 一週間という時間は彼女の中の恐怖と屈辱と諦めを育てるにはちょうどいい時間だったはずだ。それとなく離宮へ出入りしている臣にの様子を訊いてみたらあまり加減が良くなく伏せっているという。それでも、彼女は約束を破りはしないだろう。
程なくして、部屋のドアが三度ノックされた。
恐る恐るドアが押され、顔を出したのはいつも通り青白い顔色を浮かべるだった。華奢な身体が先週よりも更に細くなっている気がするのは気のせいではないだろう。
しかし先週と違い彼女は躊躇しつつもゆっくりとシュナイゼルの方へ近付いてきた。
「やあ、調子はどうだい?」
こちらに近づきつつも目も合わせようとしないにシュナイゼルは何ごともなかったかのように声をかけると、はぴくりと眉を反応させてわずかに唇を噛みしめた。
ふ、とシュナイゼルは笑みを落として無言で寝室へと促す。は大人しく従ったものの、寝室に入ってシュナイゼルが触れようとすると懸命に唇を開いて呟いた。
「あ、兄上……」
目線は下げたままのに、「ん?」とシュナイゼルが聞き返すと、は少々頬を震わせながらも懸命に目線をあげシュナイゼルを見上げた。
「私、もう抵抗は……しません。ですから、この間のようなことは……」
胸のあたりで手をギュッと握りしめて訴えるが何を言いたいのかシュナイゼルはすぐに悟った。先日のように身体を拘束されて辱めを受けるくらいなら甘んじて受け入れるということだろう。
「それは──」
答えながらシュナイゼルはを軽く抱き上げ、すぐ傍のベッドへと押し倒すと耳元に顔を埋めて囁くほどの小声で言った。
「君しだい、かな」
ビクッ、との身体が撓ったが気にせず首筋に唇を寄せるとほのかに心地良い匂いがした。
いつかバラ風呂の中で抱いてみようか、と匂いの正体を悟って口の端をあげ彼女の肌に舌を滑らせると、頭上に感じたのは息を詰まらせる気配。
先週残した跡がまだ消えていない。ライブラ離宮付きの侍女たちの間ではどんな噂になっていることやら、と漏れそうになる笑いを堪えて胸元に手を這わせるとはキュッとシーツを握りしめた。
豊満とは言い難いが弾力性のある形のいいそれを些か乱暴に揉みしだけば、痛みを訴えるような小さな声と眉を歪めたと目が合う。
しかしは一瞬瞳を揺らしてすぐに顔を横に倒し、唇を噛みしめた。
ふ、と耐えきれなかった笑みを漏らせば彼女の頬が震えた。屈辱を覚えているのだろう。それでも決して抵抗の意志を見せずに堪えているのはやはり先週のような思いは避けたいからだろうか。
ドレスを剥ぎ取り下着を取り去って彼女の肌をどれほど好きに楽しんでも彼女は大人しくしていたが、太ももの付け根に顔を埋めた途端にの身体が跳ねた。
「なッ──!?」
何をするんだ、と続けたかったのだろうか?
しかしが言い終わるより先にソコに口付ければ彼女はそれ以上言葉を発することはなかった。否、声が言葉を為さなかったのだろう。ねっとりと舌で嬲ってやると息があがって身体の反応が今までとは比較にならないのが隠しようもなく伝わってくる。
「う、ぁ……ッ、ん」
唇の隙間から漏れる甘ったるい声。先週は聞けなかったものに背筋がゾクゾクする。
舌先にあたるぬるりとした感触がの状態を声以上に明確に告げ、シュナイゼルはおもむろにそれを吸い上げた。
「あッ──!」
ビクッ、との身体が震える。
とっさに頭を捕まれた感覚にシュナイゼルがぴくりと反応すれば、の身体が強ばったのが伝った。
顔をあげて口元を拭うと、彼女はついいま自分の頭を捉えていた手でシーツを握りしめ唇を震わせていた。目尻にはうっすら涙が滲んでいる。
抵抗した、と感じられるのを恐れたのだろうか? それとも極力自分には触れないようにしているのか。
分からないままにシュナイゼルは慣らしたの秘所に一気に二本の指を突き入れた。
今まで他の女性相手にそうしてきたような甘い言葉は一切吐かず、自身の劣情をぶつけるだけの行為。けれども今までに感じたことのない昂りを感じてシュナイゼルはそのままを奪うように抱いた。
「あに……ッうえ……ッ」
自身の下でふいにが切羽詰まったように呟き、シュナイゼルは自分でも気づかないほどの違和感を身体に走らせた。
しかし息があがって、自身の身体もそれどころじゃない。
気づかないままに終わっても先週のようにすぐ返すなど勿体ない真似はせず、しばし留まらせて再び行為を再開したときのの驚愕した表情にシュナイゼルは淫靡な笑みを漏らした。
けれども抗わないと言った以上、彼女は自分にそう聞かせているのだろう。
「い、ぁ──!」
歯を食いしばって耐えていただが、身体を反転させて腰を持ち上げた時は拒否の言葉が出そうになったのかシーツに唇を押しつけて声を殺していた。
寝室に入ってどれほどの時が経っただろうか?
はもう自分の身体を支えていられないのか、シーツにうつぶせに顔を預けて殺せない声をただ漏らすのみだ。
やはり身体が弱いせいだろう。さすがに無理をさせすぎているのかもしれない。
「ふっ、ん……あっ……、ぁに、うえ」
しかしたまに喘ぎまじりにこう呼ぶの声がどこか痛くて、シュナイゼルは誤魔化すように腰を引き寄せ、背にかかるの髪に唇を押し当てて没頭した。
やがて寝室に響いていた荒い息が収まってきた頃、シュナイゼルはを見下ろしながら囁いた。
「君はもう少し体力をつけたほうがいい」
はまだ苦しげに眉を寄せて胸を上下させている。
「──私のためにね」
かすかに目を見開いたに一瞬睨まれた気がしたが、は何も答えず再びきつく瞳を閉じて胸の前で握った手を震わせていた。


そうして時間だけが過ぎ、季節が過ぎても二人の関係は続いた。
為さない関係のまま逢瀬を重ね──、今の自分はシュナイゼルのただの愛玩人形だ、とはライブラの離宮でうつろな視線を彷徨わせていた。
週に一度、自分が自分ではなくなる日。
いつまでこんなことを続けなければならないのだろうか。
シュナイゼルが飽きるまで? それとも一生──? と考えるとひどい絶望に襲われる。
時が経てば身体は慣れる。けれども心はそうはいかない。より強く、彼を兄だと思えば思うほどにどうしようもない恐怖はの中で一層膨らんでいた。
ベッドサイドの棚から経口避妊薬を取り出し、口に含みながらは屈辱で拳を震わせる。
適当な理由をつけて主治医に処方してもらったものだが、何も言わずとも事情は察されていることだろう。おそらく、自分の様子や行動がおかしなことは誰かしら気づいているはずだ。
──望んでそうなったわけではない。
心から叫びたい言葉を抑え、誰に告げるでもない言い訳をはグッと堪え続けていた。
そうだ、母のためなのだ。これは母のため。
そうでも思わないと、壊れてしまいそうだった。
シュナイゼルの穏やかな声も、まるで他人に同意を求めるかのように語尾を伸ばしがちに話す口調のクセも、大きな身体も、あの優しげな瞳の裏の冷たさも、全部自分の身体に染みついていて。
瞳を閉じれば今も母の愛した父に似ているシュナイゼルの姿が浮かんで。
けれども──あの人は自分の兄。兄でしかないのだと思うたびに、自分がとてつもない過ちを犯しているようでどうにもはやりきれなかった。










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