答辞を述べ終わった跡部に盛大な拍手が送られる。 三月の良き日、氷帝学園三年生は卒業式を迎えた。 「……掲げるはー真の理 ひとすじに 貫きてゆけー……」 校歌を斉唱しながらはこれで中学生活が終わると思うと新しい生活の期待よりも寂しさが胸をついた。 今は他の生徒達も同じ思いに違いない。 当たり前のように通い、毎日のように顔を合わせていた友人達ともう二度と同じ場所で時間を共有する事はない。 そう思うと無性に切なくなる。 だが、同時に今ほど氷帝の生徒であったことを誇りに思ったこともない。 沢山の事を学ばせてくれた母校と教師達、友人達に感謝しながらはピンと背筋を伸ばして歌った。 しかし卒業の感傷に浸っている間もなく、直ぐにフランスへ発つ日がやってくる。 「しっかりね、身体に気を付けて」 「うん。お父さんにも元気でって……あんまり仕事無理しないように伝えておいて」 既に出国手続きを済ませたは出発ロビーで見送りに来てくれた母親に別れを告げる。 そしてうっすらと涙を浮かべる母親には笑顔を向けた。 「荷物少ねぇな……」 その傍で無事高校に合格し、同じく見送りに来てくれた黒羽が居場所なさそうに頭を掻いた。 小さめの旅行カバン一つを横に従えたが笑う。 「もう向こうに送ってあるから」 この先のゲートをくぐればもう暫く会えなくなってしまう。 今までも頻繁に会えなかったが、会おうと思えばすぐに会える距離にいた。 しかしパリと千葉ではそうはいかない。 どちらともなく無言で顔を見合わせる。 「……ちゃんと飯食えよ」 「うん」 「風邪ひかねぇようにな」 「うん」 「しっかり勉強しろよ」 「うん。……て、黒羽くんお父さんみたい」 保護者のような黒羽の言葉に思わず吹き出す。 しかし笑みの途切れ際、僅かに寂しそうには声を震わせた。 これでお別れな訳ではない。 まして自分で選んだ事である。 「先輩! せんぱーい……!」 すると突然を呼ぶ声が辺りに響いた。 も黒羽も何事かと息を切らせながらコンコースを走ってくる人物の方を向く。 「お……鳳くん!?」 「良かった間に合って……! 探したんすよ」 探し回ったからか、走ってきた為か、長身の少年は肩で息をしていた。 突然現れた後輩に目を見張っただが、直後更に目を丸くした。 「宍戸くん……!」 鳳より少し遅れて姿を現した少年。彼はいつものように少しぶっきらぼうな表情をしてみせた。 「来てくれたの……!?」 パッと日が差したように笑っては宍戸の方へ歩み寄った。 「……長太郎に無理矢理連れてこられたんだよ」 いつもの調子でそっぽを向く。 が、逸らした先で物憂げに瞳を揺らすと宍戸はの方へ真っ直ぐ向き直り、スッと手を差し出した。 「頑張れよ」 向けられた手とその一言にの視界が一気にぼやける。 自分はどれ程宍戸に支えられて世話になったのだろう? 毎日のように色んな事を話し、何かあるといつも厳しくも真剣に背中を押してくれた。 そんな宍戸に自分は何か返す事が出来たのだろうか? 胸の中をそんな思いが駆けめぐる。 俯きがちに頷いて、差し出された手を取るとはグッとその手を自分の方へ引き寄せた。 最初で最後だから、とそっと宍戸の背に手を回す。 「三年間本当にありがとう……!」 一瞬目を丸くした宍戸だが、すぐに柔らかく微笑むと同じようにの背を右手でポンと叩いた。 「こっちこそな」 その様子にふっと目を細めた鳳だが、自分のすぐ隣にいた黒羽を見て焦ったような顔色を浮かべた。 「い、良いんですか……?」 「ま、しゃーねーよな」 一つ咳払いをしながら黒羽が苦笑する。 本当にお互い信頼しあった仲なのだろう。 から沢山の話を聞いて、黒羽自身も前より宍戸を身近に感じていた。 (にしてもいい加減離れろよオイ) そう思いながらも、フランスではこの程度は挨拶代わりになってしまうのかと考えると流石に複雑な気持ちが胸の中を巡って、黒羽は肩を竦めた。 「先輩! 向こうでもしっかり頑張って下さいね、俺応援してますから!」 鳳はに尊敬の眼差しと笑みを向けた。 「ありがとう。鳳くん、今年は氷帝をちゃんと全国に連れて行ってね」 そんな後輩にも笑って手を差し出した。 「はい、必ず!」 鳳も手を取り元気良く声を返す。 「黒羽くんも宍戸くんも、テニス頑張ってね」 高校でもテニスを続ける二人にも同じように笑みを向ける。 「ああ」 「おう! 高校じゃ宍戸ともちゃんと試合してーな」 黒羽は返事をすると宍戸の方を向いてニッと笑った。 宍戸の方もふっと口の端を上げる。 「楽しみにしてるぜ」 宍戸の方もを通して黒羽の事は直接よく知っているような感覚があるのだろう。 そんな二人の眼差しは未来を暗示しているようで、は口に手をあてて目を細めた。 「パリから応援してる」 「ANA、NH205便パリ行きをご利用のお客様、まもなく搭乗時間となります……」 アナウンスの声に、瞬間の顔から笑みが消える。 行かなければならない。 このゲートの先には望んだ未来があるはずなのにあまり心が晴れない。 少しばかりそんな自分を嫌悪する。 「行かなきゃ……」 俯いてバッグを手に取るとは黒羽を見上げた。 「バカ、泣くなよ」 黒羽は大きな両手での頬をそっと包んだ。 あたたかい手。 の好きな黒羽の手だ。 も自分の左手を頬に触れる黒羽の右手に重ねた。 コツン、と黒羽が愛しそうに自分の額をの額に当ててくる。 「偶には帰って来いよ」 「うん……黒羽くん、元気でね」 「ああ、お前もな」 二人とも名残惜しそうに手を離す。 は潤んだ瞳のまま、母親と友人達を一望すると深く頷き「行ってきます」と後ろ髪引かれるような気持ちでゲートへと向かった。 一歩一歩、の背が遠くなる。 その背を追って、黒羽はグッと拳を握りしめた。 「!」 呼び止めて、振り向いたの方へ気持ち数歩歩み寄り、真っ直ぐ目を合わせる。 「大好きだ――!」 の瞳が大きく開かれる。 唇を震わせて、は涙を滲ませた。 ずっと欲しいと思っていた言葉だったからだ。 『うん、知ってる』 黒羽の目にはの唇がそう動いたように感じられた。 (あいつ……) 思わず苦笑する。 涙を拭って、吹っ切れたように晴れやかに笑うとは黒羽に向かって一度左手を振った。 「あれ先輩の乗った飛行機ですよね……」 「多分な」 宍戸と鳳の会話を横で聞きつつ、黒羽は大空へ飛び立った飛行機を見送った。 太陽を背に、白い機体を眩しく反射させて飛ぶそれに目を細めながら、に負けないよう自分も絶えず成長しようと心に強く誓う。 不思議と満ち足りた、穏やかな気持ちだった。 春風が爽やかに頬を撫でて吹き抜けていく。 今より綺麗に、そして大きくなった少女と再びこの場所でどんな出会い方をするのだろう――? その瞬間を思い描きながら、黒羽は太陽に吸い込まれていく飛行機をいつまでも眺めていた。 ――― It's the neverending story. |
長くなったので3話に分けました。
サンセットウェイを作ったからにはサンライズウェイも作らなくては、と密かに思ってました。
バレンタインにアップするつもりが…真夏のバレンタインになってしまって済みません(^^;
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