1992年、大晦日。

 牧家では早朝からバタバタと出かける準備をして支度を済ませた紳一の母が、逸るような面もちでと紳一に言い聞かせていた。
ももう17歳だし、紳一も大君もいるから大丈夫だとは思うけど……」
「大丈夫大丈夫、心配しないで」
「ごめんなさいね、どうしても今日行かないといけないの。今日の分の晩ご飯もお節の用意もしてあるから、、ちゃんとお正月の用意をしてお祝いしてちょうだいね」
「分かった、ありがとう」
「紳一も、大君と仲良くするのよ」
「子供じゃねえんだから、平気だって」
 朝から同じ事を繰り返す叔母であり母にも紳一も苦笑いをもらし、今日から年始にかけて長めの休みを取れた夫を伴って帰省していく彼女の背中を見送って二人してホッと息を吐いた。

 数日前、ウィンターカップが終了した。
 そのまま引退となった諸星が牧家にやってきており、年明けには共に愛知に帰る予定であったのだが――、冬休みの間は陵南を鍛える、と言い出した諸星によってその予定は既に大幅に狂っている。

 やれやれ、と肩を落としつつはソファでくつろぐ紳一の方を見やる。
「お兄ちゃん、大掃除やらないと」
「母さんがほとんどやってただろ」
「そうかもしれないけど……、自分の部屋は自分でやってよね」
 生返事をする紳一を後ろ目で見て、は自分の部屋に向かった。むろん、掃除をするためだ。
 なにせ――、と夕べの諸星を浮かべる。
 諸星は一人暮らしのアパートで孤独に年越しをする予定の仙道を不憫に思ったらしく、ここに連れてきたいと頼んだ。
 もとより高校生だというのに部活のために親元を離れている仙道を気にかけていた叔母は了承し、紳一にしてもさすがに哀れに思ったのか渋々ながら了承していた。
 つまり、今日、部活が終われば仙道は諸星と共にこの家に帰宅するのだ。
 と、考えると無意識のうちに心拍数があがってきてハッとしては首を振るった。
 でも。前々から今日の晩は一緒に初詣に行こうと約束していたというのに。たぶん、4人一緒に行くことになるんだろうな、と思うとちょっと残念にも思いつつ普段は手を入れない箇所まで掃除をして新年に備えきっちりと部屋を整えていく。

 その頃。陵南体育館では当然のごとく大晦日返上で鬼のような練習が繰り広げられていた。
「今年最後の練習だ! 最後まで気ぃ抜くなよオメーら!!」
「はいッ!!!」
 諸星のよく通る声が体育館にこだまし、ボールの音と床とバッシュのこすれる音は途切れることを知らない。
 それでも大晦日ということもあり、夕暮れごろには練習終了と相成った。
 それぞれが今年最後の挨拶を田岡にして学校を出、ゾロゾロと薄暗い空間を揃って駅の方へと歩いていく。
 仙道と諸星以外は江ノ電での通学なため、駅前でお別れだ。
「それじゃ諸星さん、失礼します。良いお年をお迎えください!」
「おう。お前らもな」
「じゃーな、仙道」
「おう」
 それぞれに手を振って別れ、仙道と諸星は並んで海沿いの道を歩いた。
「お前、年末年始って普段は何やってんだ?」
 ふいに問われて、仙道は「え」と目を瞬かせつつ唸る。
「……寝てるかな……」
「ハァ!? 寝正月かよ! 他にすることねえのか?」
 すると呆れたような声を漏らしながらも諸星は笑い飛ばし、仙道は肩を竦めた。
 すること、と言っても。元旦くらいしか休みがないのだから、元旦くらいは思う存分寝ていたいというのは普通ではないのだろうか?
「諸星さんは出かけたりするんですか?」
 元旦に、と問うと、諸星は伸びをしながらこちらに視線を投げてきた。
「そうだな……。改めて思い出すと……、あー、なんだかんだバスケやってたな」
「え……!?」
「なんとなくバスケでもすっかなーと思って近所の公園行くと、何だかんだたちも来てたりしたんだよな。んで結局、バスケだな」
 サラッと言われて、さしもの仙道も絶句した。
 想定外――いや、想定内だ。と諸星のようなバスケ狂にとってはそれが普通。
 あとは……、たぶん、神あたりも元旦など関係なくシュート練習に精を出しているんだろうな。などと浮かべてしまい、いかんともしがたい感情が仙道の中を駆けめぐった。
 ここ――どれだけバスケを愛せるか――に関して彼らに対抗する気は、もちろん一切ない。

 ちょうど仙道と諸星が牧家に向かっている頃、はチラチラと時計の針を気にしてソワソワしていた。
「そろそろメシの準備をした方がいいんじゃねえか?」
 パサッ、と新聞をテーブルに置いてソファに座っていた紳一が顔をあげ、も頷く。
 準備と言っても叔母がほぼ用意してくれているため、器に盛って並べるくらいしかすることはないのだが。と、台所に向かおうとしていると、まるでタイミングを図ったようにインターホンが鳴った。
「お……」
 紳一もその音に反応し、もハッとしてパタパタと玄関へと向かう。
 逸る気持ちを抑えつついそいそと鍵をあけてドアを開けると、見知った大きな男が二人いて、自然と笑みがこぼれた。

「おかえりなさい、大ちゃん!」
「おう、ただいま」
「いらっしゃい、仙道くん」
「よう」

 しかしながら、仙道は――。
 むろん、が笑顔で出迎えてくれたことは嬉しいのだが。第一声が「おかえりなさい、大ちゃん」か、と複雑さも覚えてしまう。
 諸星は、短い間とはいえ、この家に居候しているわけだから「おかえりなさい」は当然で、自分は客なのだから「いらっしゃい」で仕方ないのだが。
 それでも。これは妬くなという方が無理な相談だな、と考えてしまう自分にいっそ呆れていると、が怪訝そうな顔で見上げてきた。
「どうかした……?」
「あ、いや。なんでもねえ。おじゃまします」
 ハッとして笑みを作り、靴を揃えて中にあがると取りあえず紳一に挨拶をしてから諸星と共に紳一の部屋に荷物を置いた。
 先にシャワーを浴びにいった諸星を見送り、居間に入って改めて紳一と向き合う。
「牧さん、ウィンターカップ三位おめでとうございます」
「なんだそりゃ、嫌みか?」
「まさか。帝王のラストゲーム、しっかり見させてもらいましたよ」
「フッ……、オレが引退したからって海南の帝位は揺るがんぞ。神はいいキャプテンになるだろうからな」
「ははは、でしょうね」
 そんなやりとりをしていると、が飲み物を運んできてくれた。
「どうぞ。喉乾いたでしょ?」
「サンキュ」
 そうして笑い合っていると、背中に視線が突き刺さる。――そんなあからさまに睨むこたねーのに、とに笑みを向けたまま後ろの紳一に頭の中で訴えるも、彼が「兄」である限りは回避する術はないのだろう。
 というか、こっちだって「兄」の前だからに触れるのすら我慢しているというのに。と、考えてしまうのはさすがに身勝手だろうか?
 会話の一つ一つさえ監視されているというのはさすがにキツイ。
 そんなに自分は妹の相手として相応しくないと思われているのだろうか? と微妙に顔を強ばらせていると、居間のドアが開いて諸星が風呂場から戻ってきた。
「あがったぞー」
「あ、じゃあオレ使わせてもらってもいい?」
「あ、うん。もちろん」
 こっち、と誘導してくれたについて居間を出て、風呂場へ案内されるがままに着いていく。
 以前、夕飯をごちそうになった際に来たときも思ったが、大きな家だ。自分の実家も、客観的に見てそこそこ裕福で不自由なく育ててもらっていると思っているが、牧家はもう一段上かもしれない。
「タオルはここに入ってるから。あ……、仙道くん、着替えは?」
「ああ、大丈夫。ちゃんと持ってきたぜ」
「そっか。じゃあごゆっくり」
 脱衣所に案内され、一通り説明を終えたがその場を離れようとして思わず仙道は呼び止めた。
「え……?」
 なに、とキョトンとしたに笑みを向ける。
「一緒に入る?」
 広いし、と言えば、ピシッ、との表情が凍ったのがリアルに伝った。次いで、いつものようにジトッと睨まれる。
 ははは、と誤魔化すように乾いた笑みをこぼせばは呆れたような息を吐いたあとに、再び「ごゆっくり」と言い残して行ってしまった。
 冗談だったんだけどな。あ、いや、自分のアパートは狭いし、発言自体は本気でやりたいことだが。と、さらなる自嘲を続けて仙道は取りあえず着ていたジャージを脱いだ。

「まったく……、なに考えてるんだか……」

 の方は、相変わらずの仙道の様子にブツブツ言いながら廊下を歩いて居間へと戻った。
 二人きりだったら、仙道の望むようにしてやれるが。状況をわきまえて欲しい、と居間に入れば飛び込んできた紳一の姿に漏れたのは引きつった笑いだ。
 見やると、紳一と諸星は向かい合って何やらチェスに興じている。
「むー……」
「お、それで良いのか?」
「ウ、ウルセーな! 男は黙って将棋だろうが、なにがチェスだこの軟弱野郎が!!」
 あまり行きすぎると、終いには「テメー、バスケで勝負せいや!」となって乱闘寸前になるのだから程々にしといて欲しいな。などと見守るが――、あまり他人のことを言えた義理ではない行動様式を持つ身としては、何も口を出せない。
「チェックだ」
「くッ……!」
 しばし見守っていると、紳一が勝ったらしく、諸星は苦々しい表情を晒している。これは再戦だろうか? と思いつつは台所へ向かった。先ほどからしようと思っていた夕食の準備を再開するためだ。
 食器棚から食器類を出しつつ、煮物等々を暖めるために鍋に火を付けていると、すぐに自分の後を追うようにして諸星が台所にやってきた。
「オレも手伝うぜ」
「ありがとう。でも大丈夫、そんなに大したことないから」
「そういうわけにもいかねーだろ。箸は……そっちの引き出しだっけか」
「うん。じゃあ4人分、ダイニングテーブルに並べてもらえる?」
「おう」
 そうして二人して準備を進めつつ、皿を持った諸星は憎々しげな表情を浮かべた。
「つーか、あのデカブツ2匹は一体なにやってんだ!? メシ抜きにすっか!?」
 諸星は、牧家でもしきりに「座っててー」という叔母の手伝いをしているし、見知っている限りは諸星家でも率先してテキパキ動くタイプだ。手伝わない、というのが理解できないのだろう。
 は少しばかり肩を竦めた。
「いいよ。疲れてるだろうし、仙道くんはまだお風呂だしね」
「ったく。少なくとも牧は疲れてねーだろうに」
 そうこうしているウチに、風呂から上がったのか首にタオルを引っかけた仙道がヒョイと台所に顔を出した。
ちゃん、風呂サンキュ。……おお、いい匂いだ」
「仙道くん……」
「仙道! お前今ごろ――って、誰だお前!?」
 諸星も勢いよく仙道の方を振り返り――、瞬間、固まったかと思えば声をたてて笑い始めた。
「似合……似合わ……似合わねえ……! ハハハッ、ハハハハハッ!!」
 諸星はおそらく初めて見るのだろう。仙道のトレードマークとも言える「ハリネズミ頭」がしゅんと垂れ、何の変哲もない髪を下ろした仙道の姿に衝撃を受けたのか、しばし腹を抱えた。
 仙道は垂れ眉を寄せて口をへの字に曲げている。
「そんなに変ですかね……?」
 にしても、何度も見たことはあるが、やはりあのハリネズミあってこその仙道だと思うために口を挟めない。
「いや、悪ぃ。あまりに普段と違いすぎてだな……ッ」
 諸星は諸星で、詫びつつまだ笑いを収めきれていない。
 まいったな、と呟きつつ仙道はコンロの鍋やら既に料理が盛られている皿に目を移した。
「見慣れねえ料理だな……」
「そうかも。叔母さんが愛知の料理ばかり作ってくれたから」
 八丁味噌の使用率の高い品々は、東京出身の仙道の口に合うか否かは分からないが、少なくとも達3人にとっては慣れ親しんだ味だ。
「へえ、楽しみだ」
 ふ、と仙道が口元を緩め、も薄く笑った。
 そうして、そろそろ十分に暖まったらしき煮物をよそっていると、仙道がニコニコしながらこちらを見つめてきた。が、何だと疑問を寄せる前に、諸星が「オイ」と声を荒げた。
「デカイ図体晒してボケっと突っ立ってんじゃねえよ。邪魔だ!」
 確かに配膳するにあたって仙道に突っ立っていられると邪魔と言えば邪魔かもしれない。言って諸星はお盆に皿を乗せてリビングの方へ行き、あ、と仙道も声をあげた。
「ワリぃ、オレも手伝う」
「ありがとう。でも、大丈夫」
 するとすぐに諸星が戻ってきて、仙道を追い払うような仕草を見せた。
「おせーよ。もうここは良いから、お前、あっちで牧の相手してろ」
「え……、けど」
「その代わり、お前、皿洗い係な」
 いつもの調子で諸星がふんぞり返ってそう宣言し、こうなれば仙道も逆らえるはずもなく、苦笑いしながら肯定の返事をすると大人しくリビングの方へと出ていった。
 国体からの顔見知りとはいえ、ほんの数日前までほぼ話したこともなかっただろう二人だというのに。さっそく仙道を手なずけている諸星はさすがだな、とは肩を揺らす。
「大ちゃん、陵南でもそんな感じなの?」
「ん……? どういう意味だ?」
「大ちゃんが陵南を仕切ってるの?」
「いや、別に仕切っちゃいねーけど……。ちょっと気を抜いたら、あのヤロウすぐダレやがるからな。しっかり見張ってねーと」
 呆れたように言いながらもどこか楽しげな諸星を見て、これはよほど仙道が気に入ったんだな、と思う。幼なじみは好みまで似るのだろうか? などと思いつつ夕飯の準備を済ませ、みなで今年最後の食卓を囲んだ。
「もう少ししたら、年越しそば作ろうね」
 様々な愛知の郷土料理と、刺身類などが並んだ今年最後を飾るに相応しい豪勢な料理にみなで舌鼓を打ち、なんとなく紅白を流し観しつつ、仙道と紳一はチェスでガチバトルを発展させて諸星すら「マジになんなよ」と引くほどの熱戦を繰り広げているとあっという間に夜が更けてきた。

「11時か……、そろそろ行くか?」

 11時が近づいたところで諸星がそう言い出して、みなも腰をあげて外出の準備に取りかかり始める。
 本日のメインイベントでもある、初詣に繰り出すためだ。が、ほぼ全員が人混みや長蛇の列を苦手としており、無難に近所の神社に行こうという意見で一致した。
 とはいえここは首都圏でもあり、いくら近所といえど人も多ければ出店もそれなりに並んでいるのが例年のことだ。
 それぞれしっかり着込んでコートを羽織り、外にでると、やはり冷たい空気が頬を撫でては身震いした。
 幸いなのは天気がいいことだろうか。空気が凛と澄んでいて、星も鮮やかだ。
 通りにでれば、やはりみな考えることは同じなのか、それなりに人通りがある。
「さむ……ッ」
 は髪の毛ごとマフラーで包んで耳まですっぽりマフラーで覆った。マフラーの隙間から白い息が夜の闇に溶けていく。そしてちらりと仙道を見上げた。やっぱり思ってしまう。二人で行くはずだったのに、などと考えていると視線に気づいたのか仙道がこちらを向いた。
 二人の間には微妙な距離があったが、むろん紳一を憚ってのことだ。
 仙道も同じように考えていたのか、うっすら苦笑いを浮かべている。
「手、つなぐ?」
 少し先を行く紳一と諸星の背を見やりながら、ごく小さな声で仙道が言った。ピク、との両手が反応する。
「でも……」
 もチラリと彼らの背中を見て、やはり躊躇していると、仙道は一つため息を漏らしてこちらに腕を伸ばしてきた。おそらく手を取るつもりだったのだろう。が。
「――で、だ。仙道」
 いきなり紳一が振り返って話題を振ってきて、慌てて離れざるを得ない。
「なにやってんだ……?」
 おまけに目線を鋭くされたものだから、何でもない、と首を横に振るしか術はない。
 その調子で夜道を歩いていけば、やはり予想通り神社はけっこうな賑わいを見せていた。
「けっこう込んでんなー。さすが首都圏、オレ達の地元とは偉い違いだ。けど、お前んとことかもっとひでえんだろ?」
 諸星が仙道の方を振り返り、仙道は首を捻って記憶を辿るような仕草を見せた。
「どうですかね……」
「人口密度が違うからな、23区は。ここより混んでるだろうな」
 紳一はその光景を想像したのか、ややうんざりしたように言って腕を組んだ。
 そうしながら、みなで人の波に乗って神社へと入っていく。
 ちらりとは自身のはめてきた腕時計を見やった。11時45分だ。
「あと15分で新年か……、年明け直後くらいにはたどり着けるかな?」
 ここからだとまだ距離のある本堂を見やっていると、いよいよ年明けが迫ってきたせいか人も更に増えてきた。
「はぐれんなよ」
 紳一に念を押されたが、けっこう踏ん張らないと押される。既に少し、紳一と諸星とは距離がある。
 すると、そばにいた仙道が不意にの手に触れた。
「え……?」
「大丈夫、あっちからは分かんねえって」
 こんだけ人いるし、と驚いて見上げた先で仙道はそんな風に言った。
「それに、こうでもしねえとはぐれるぜ」
「う……、うん」
 頷きながら自然と指を絡ませて繋ぐと、グイッと仙道は繋いでいた手をそのまま自身のコートのポケットに突っ込んでしまう。
「この方が少しはあったけえよな」
 すれば強制的に仙道に寄り添う形になるも、もそのまま仙道の腕に体重を預けた。仙道の言うとおり、いま振り返られても人混みのせいでパッとなにをやっているかは分からないはずだ。
 それに、やっぱり、こうして触れていたい。――としばしぼんやりしながら仙道に庇われるようにして歩いていると、ハッと顔をあげて目を凝らしたときには紳一と諸星の背が見えなくなっていた。
「あれ……、お兄ちゃん達は……? 仙道くん、見える?」
 ん? と問いかけに仙道が反応する。仙道の長身なら視界も少しは晴れているだろう。あの二人にしてもけっこうな長身。見つけやすいはずだ。
「いや……、どうかな」
「え……!?」
「まァ、しょうがねえだろ。こんだけ人いるんだし」
「で、でも……」
 さすがに案ずるも、仙道はもう一度周りを一望しながら肩を竦めた。
「牧さんには諸星さんがついてんだし、心配いらねえって。あっちもちゃんにはオレがついてるって分かってるだろうし、そのうち合流できるだろ」
 相も変わらず、マイペースな仙道らしい言い分だ。
 とはいえ、不可抗力ではあるし――、元もとは二人でくる予定だったのだし、とポケットの中で繋がれた手に少しだけ力を込める。ざわざわ、と鳴っているのは人混みのざわめきなのか、それとも自分の心臓の音か。寒いはずなのに、いっそ暑く感じてしまうなんて、我ながらおかしい。と無意識に仙道を見上げれば、変わらずニコッと笑みをくれた。
 嬉しい、とは感じた。
 今年の最後の瞬間と、新しい年の最初の瞬間を、仙道とともに過ごせる。
「どうかした……?」
「ううん。ただ、嬉しいな……と思って」
「え……?」
 瞬間――、カウントダウンが始まったせいで、の声は雑音に掻き消されてしまった。けれどもそれさえ些末なことだ。
「3……2……1……」
 そしても仙道もその流れに乗って、互いに見つめ合ったままカウントを口ずさむ。
 新しい年へと切り替わった瞬間、ワッ、と周りから一斉に声があがったが――も仙道も騒ぎ立てずにただお互いの瞳をじっと見つめていた。
「あけましておめでとう」
「おめでとう。今年もよろしく、ちゃん」
「うん。私の方こそ、よろしく」
 は少しかかとをあげ、仙道は僅かに屈んで互いに声を聞き取れる距離で言い合い、互いに笑みをこぼした。

「お! 仙道発見!」

 そのまま流れに沿って初詣を済ませて境内を歩いていると、後ろから諸星の声に呼びかけられてはパッと仙道の手を離した。
「大ちゃん」
「諸星さん」
「やっぱお前は良い目印だな。普通の頭してて目立つってんだから、いつものツンツンだったら隠れんぼはできねえな」
 ハハハッ、と笑っている彼は特にはぐれたことは気にしてないようだ。
「良かった……! ごめんね、見失っちゃって」
「まァ、この人混みだししょうがねーだろ。つーか、お前ら二人で来たかったか? 元もとそう約束してたんだろ?」
「え――ッ!?」
 なぜ知っているんだ。と思わず仙道を見上げると、仙道はただ乾いた笑みを漏らすのみだ。おそらく、諸星が今日のことを提案した段階で自身の予定を漏らしたのだろう。
「う、ううん! そんなこと……」
 ない、とも言い切れないはバカ正直に言葉に詰まってしまう。すると更に諸星は肩を竦めた。
「ま、オレは4人でも楽しいかと思ったんだが……結果オーライだな。にしても、あのバカはどこほっつき歩いてんだ……」
「そういえば……、牧さんはどうしたんです?」
「あ? はぐれた」
 すると諸星がしかめっ面をして、も仙道もキョトンとしたのちに苦く笑った。
「いっそ迷子放送でも流してもらうか?」
 諸星はブツブツ言っていたが、仙道・諸星と身体的に目立つ男が揃っていれば発見は容易いだろう。
 しばし待っていると無事に紳一はこちらを発見し、やれお前がはぐれた、いやお前だと諸星・紳一と平行線の言い合いが始まってしまい、年明け早々騒がしいままの帰宅と相成った。



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