陵南VS海南。全国大会決勝。
 陵南は序盤、準決勝の名朋戦で見せたような積極的なオールコートプレスは出さずにオーソドックスなハーフコートディフェンスで守っていた。
 海南の攻撃――、陵南のディフェンスを見据えて諸星が呟く。
「陵南はトライアングル・ツーで守るつもりだな。得意のゾーンを小さくして小菅と神を徹底マーク、か……」
「仙道くんが神くんにマンツー……」
「まあ当然だな。身長も似たり寄ったりだし、そもそもアイツらフォワード同士だろ。とはいえ、こりゃ神のヤツにとっちゃ相当きついぞ、仙道を振りきってシュートにしろカットインにしろ容易くできるもんじゃない」
「でもゾーンが小さい分、けっこう隙も生まれやすいんじゃないかな。陵南は県の決勝でも海南にトライアングル・ツーを使ってたしね」
「ま、仮に清田が切れ込んでくるにしても、ヤツは身長があるわけじゃねえからな。ゾーンが乱されたらすぐにマンツーに切り替えるか、仙道がヘルプにいくだろ」
「でも、それってけっこう大変じゃないかな……」
「いや、それくらい陵南はチームとしてよく訓練されてる。オレが鍛えにいった冬ですら連携に関しちゃかなりのモンだったんだ。個々の技術がだいぶん追いついてきた今、陵南は強い」
 ニ、と諸星が笑い、は息を呑んでコートを見下ろした。
 陵南の策は、海南のキーマンであるポイントガードの小菅とキャプテンの神にフェイスガードでプレッシャーをかけるということだ。
 とはいえ。仙道が付いている神はともかくも、小菅は小菅自身に付いている植草よりも身長でアドバンテージがある。何より小菅自身に得点力があり、ゲームメイクも優れている海南の司令塔だ。おそらくは神が使えないとなれば、インサイドのポストプレイを中心に試合を組み立ててくるに違いない。

「清田ッ!」

 小菅が清田にパスを回し、清田がミドルポストにいた鈴木に鋭いパスを通した。
 瞬間、あ、とにしても諸星にしても息を呑んだ。鈴木がペネトレイトを仕掛けたのだ。
 やばい――、と鋭い切れ込みにが口元を押さえた直後。その行動を読んでいたのか、仙道がすぐさまヘルプに入ってシュートブロックして会場がどよめいた。

「うおおお、仙道がブロックだ!」
「はえええ、さすが守りも厚い!」

 紳一が苦虫を噛み潰したような顔をする横で、おお、と諸星が唸る。
「さすがに仙道、巧いな!」
 攻撃が陵南に移り、海南はゾーンディフェンス。相変わらず速攻を出させない速い戻りを見せた海南に対して、植草は冷静にボールを運んでいる。そうして彼は左右ウィングにあがった仙道と越野に指で指示を出した。
 瞬間、福田がミドルポストで手を挙げた。すぐさま植草がパスを出し、跳び上がった福田は受け取って両足で着地する。と、同時にターンアラウンドをかけ、仙道の方へパスモーションを出した。すれば当然、仙道がインサイドへ切れ込んできてディフェンスがチェックに入る。
 が。福田は仙道ではなく、福田自身の背後にいた越野へとパスを出した。

「あっ……!!」

 しまった。と海南の全員が思うも、素早く清田が越野のチェックに走る。が。越野はシュートするでもドリブルするでもなく、ローポストへと縫うように低いパスを出した。

「――え!?」
「あ……ッ!」

 この越野のパスには観客もどよめいた。
 ゴール下にはタイミングを見計らったようにセンターの菅平が切れ込んでおり、パスを受け取った菅平はそのままローポストからのベビーフックを見事に決めた。
 ワッ、と更に度肝を抜かれた観客が沸く。

「うおおお、魅せてくれるぜ!」
「陵南マジック!!」
「すげええええええ!!」

 まさに計算され尽くしたオフェンスに、観客は賞賛の歓声を送った。
 初出場である陵南であったが、この最も陵南らしいチームプレイを準決勝で披露した彼らは一気に大会を代表するほどの人気チームと相成っていたのだ。
 おお、と諸星も感嘆の息を漏らしていた。
「昨日の名朋戦でも思ったが……。精度の高いセットプレイだな。いや……、セットプレイかあれは?」
「んー……、いわゆるトライアングル・オフェンスだと思う。セットプレイじゃなくて、陵南はちゃんとディフェンスの動きを見て動きを臨機応変に対応を変えてる。元もとパスワークもナンバープレイも上手いチームだったけど、更に進化してるっていうか……」
「ま、昨日はたまにミスってたが……あんだけ複雑な動きをチームでやれって言ったってなかなかできるもんじゃねえぞ。……アイツら、けっこう根性見せるじゃねえか」
 序盤から陵南は仙道に頼らずに果敢にチーム力で攻めている。と、ニ、と口の端をあげて諸星はスッと息を飲み込んだ。

「いいぞ菅平ーー! ナイッシュー!!」

 その諸星の声が届いて、コートの菅平は強く頷いた。――実は今日の試合にあたって一番緊張していたのは、この菅平である。なぜならばコート上で菅平と清田のみが2年生という状況で、まして清田は一年の時から全国決勝を経験している異次元の選手だ。菅平の緊張も無理からぬことである。
 自分だけ明らかに劣っているのではないか。――そんな菅平の心情を汲み取って、他の陵南の選手は彼をリラックスさせようと好機を見逃さずにパスを入れた。その気遣いと、彼自身での得点が確実に菅平にとっては嫌な緊張をほぐす良い材料になった。

「こっから一本返すぞ! まず一本だ!」

 一方の海南――、小菅はドリブルしながら少し厄介に思っていた。
 名朋戦で陵南が見せたチームプレイの塊とも言えるあのオフェンス――、みなでビデオを何度も何度も観たが、仕組みを解明するまでには至らなかった。明らかに県予選の時よりも精度が何倍にもあがっている。
 かといって、チームプレイを警戒しすぎると仙道のワンマンプレイにやられてしまうし。――陵南というチームをなまじ知りすぎているだけに、迷いが生じる。
 とはいえ今はオフェンスだ。オフェンスに集中、といえども神は仙道にフェイスガードされていて使うのは極端に難しい。そのうえ自分にはコイツが、と小菅は眼前で腰を落として守っている植草を見やった。神には仙道が付いている以上、とりあえずオフェンスの選択肢の中で神を使うことの優先順位は低い。ここはやはりフロント陣を使うか、と小菅はセンターの田中に目配せした。
 ディフェンスを警戒しながら慎重にドリブルを続け、機を窺っていると田中が植草にスクリーンをかけにあがってきた。と、同時に小菅は清田にパスを回して自身はインサイドへと切れ込んでいく。陵南のディフェンスはトライアングル・ツー。切れ込みさえすれば、中の守りは薄い。
 しかも、清田にボールが渡ったことでディフェンスは迷いが生じたのだろう。植草が田中をかわしてインサイドに走り込んでくる。神が攪乱のために外へと動き、仙道は神から注視を離さない。小菅はスイッチしてきた福田をさらにローポストにいた鈴木にスクリーンをかけさせて壁を作らせると、自身は再び外へと抜けてトップへと駆け戻った。
 と、同時に清田からパスを受けて――、スリーポイントラインのわずかに内側からフリーの状態でミドルシュートを放った。
 見事にリングを貫いて、海南サイドがワッと歓声をあげる。

「いいぞいいぞ小菅! いいぞいいぞ小菅!」
「見たか陵南!!!」
「王者海南をなめんなよッ!」

 よし、と紳一がガッツポーズをする横で、うーむ、と諸星も唸る。
「海南も負けてねえな……」
「ウチは、シューター中心のオフェンスの型は豊富だからね。なにせポイントガードの小菅くん自ら打てるから……、陵南も小菅くん中心で攻めて来ることは読めるだろうけど、仙道くんを神くんから外すわけにもいかないしね。シューターにどうシュートチャンスを作らせないか、陵南にとっては頭が痛いところかな」
「陵南はとにかく外が上手くねえからな。ここばっかりは仙道頼みと来てやがる。いくら越野達が上達したにしても、小菅・神には及ばねえだろうしな」
「シューティングガードが強いとオフェンスの幅が広がるからね……。2番、3番に良い選手がいるチームは攻撃が多彩なのよね、絶対的に」
 ぼそりとが呟くと、諸星は少しだけ笑った。
「オレたちみたいな、か?」
 は少し目を見開いてから諸星を見て、ほんの少しだけ笑みを漏らした。
 ははは、と諸星も笑い、ともかく、と表情を引き締める。
「去年の海南はポイントガードが切れ込んで神にパスを繋ぐというある意味ワンパターンだったわけだが、今年の海南はオフェンスの選択肢が多い分、対処が面倒だろうな」
「…………」
「まあ、ワンパターンとは言え牧を止めるのも骨だからこその、去年までの海南ではあったんだが」
「…………!」
 他意なく話す諸星の横で紳一が諸星の発言に一喜一憂しており、は少々頬を引きつらせつつも、うん、と同意する。
「今年の海南は、本当に良いチーム。でも……陵南だって、去年よりも強いはず」
「ああ。オレも陵南がどこまでやれるか楽しみだ。なんせ仙道は、"オレを超える男"のハズだからな」
「――!」
「だろ? ってまあ、国体じゃギリでオレの負けだったけどな」
 カラッと諸星が笑って、は少し眉を寄せつつ再びコートを注視した。
 陵南は変わらずのトライアングル・オフェンスで全員総攻撃状態であり、傍目にもディフェンスする側は困難なのは明らかだ。
 対する海南は、攻撃の際は神がほぼ使えない。そして神がフィニッシャーでないことを読み切っている陵南は一番に小菅のシュートを念頭においてチェックしており、海南は難しい攻めを強いられている。それに事実、いまのところほぼ全ての攻撃で小菅はフィニッシャーを担っていた。
 ボール運びに小菅、点取りに小菅ではあまりに彼にとって負担が大きすぎる。

 このままでは、小菅は40分持たない――。

 ということは、小菅に負担をかけてしまっている自覚がある海南選手は誰もが悟っていた。
 陵南のディフェンスはトライアングル・ツー。マンマークされていない神・小菅以外の3人には付け入る隙がある。
 ――ここは、このオレが決めねえとヤベえ。そういう自覚だけは清田にもあった。しかし、かといって意外と切り崩しにくいのが陵南ディフェンスだ。清田にとって相手となる越野はそれほど問題になる選手ではなかったが、自分より上背のある福田・菅平の陵南フロント陣が面倒な上に、神についているはずの仙道も自分のドライブは常に気にしている。事実、幾度か彼にゴール下でのシュートをブロックされているという有り様なのだ。
 神をマンマークしながらこれだ。さすがに天才。自身が海南以外のプレイヤーで唯一尊敬する選手なだけはある、と素直に息を呑むしかない。
 が、次世代神奈川ナンバー1を担うプレイヤーとして、負けてばかりもいられない。

「小菅さーん!」

 手を挙げて、清田は小菅からボールを受け取った。一気に攻め込むか――。いや、囲まれて潰されて終わりだ。強引に突破しても仙道に弾かれる。
 ならば――と一気に清田はペイントエリアに侵入した。

「清田ッ!」
「ズバッときたッ!?」

 ベンチがどよめく。なぜなら既に何度も潰された攻撃だったからだ。
 しかし――、清田は慎重にボールをホールドして自身の位置とゴールとの距離を瞬間的に確認した。
 同時に越野・福田がこちらをチェックしに駆けてくる。無理やりドライブはしない。だが、そのままバックロールターンで彼らをほぼ真横に抜くと、清田は回転とほぼ同時ととれる速さで跳び上がってミドルからのジャンプシュートを放った。
 そのあまりの速さに、ディフェンスは当然追いつけない。――リバウンド、と叫んだ越野の声も虚しく、綺麗にリングを通って清田は拳を天に向けて突き上げた。

「よっしゃあああ!!」

 そうしてコートに戻りながら走る清田に、小菅達も「ナイッシュ!」と背中を叩いて戻っていく。

 唖然としたのは、抜かれた福田と越野だ。
「チッ、あの小僧め……味な真似を……!!」
 苛立つ越野の横で福田は憮然とした表情を晒し、そんな二人の肩を叩いたのは仙道だ。
「ドンマイ! 今のは仕方ない。けど越野、ノブナガ君のミドルはチェックしといてくれ」
「お、おう」
「福田。いまのアレ……やり返してやろうぜ」
 ミドルシュートの強化。とは、清田にしても福田にしても国体合宿で集中してやらされていたことであり、清田に見せつけられてお返ししない手はない。という仙道独特の福田への励ましだった。
「――おう」
 小さく頷いて福田はフロントコートにあがり、ニコ、と仙道も笑う。が――、やれやれ、と直後に仙道は肩も竦めた。

『オレ、仙道さんのことスゲー尊敬してます!』
『けど、オレ、ぜったい負けません! 夏に勝つのは、オレたち海南大附属っすから!』

 いつもいつも、大事な場面で海南の流れを決めるのは、実は清田なのだ。彼は決して口だけの男などではない。
 ここぞという場面で清田を乗せないことが海南に勝つカギかもしれんな、と仙道は改めて気を引き締め直した。

「おー、清田も上手くなってんな」

 紳一が清田を激励する横で、諸星も素直に感心していた。なぜなら清田はシューティングガードとしては、あまりに外のないプレイヤーだったからである。いまのようなミドルシュートは、記憶の限り見た覚えがない。
 しかし、と諸星は眉を寄せた。今の振り向きざまのシュート。なんか見覚えがある、とチラリとに目配せする。
「もしかして、お前、清田にあれ教えたのか? 微妙に似てねえか、お前のと」
「え……? に、似てるかな……。ちょっとだけ練習に付き合ったことはあるけど……」
 二人の目線の先で、コート上の海南はオフェンスに若干変化が見えてきた。清田のミドルで清田のチェックを厳しくしたらしい陵南のゾーンが少し外向きになり、小菅は両ウィングの2、3番を上手く使って神−清田ラインというパス渡しでポイントを重ね始めたのだ。
 ポイントガードがフォワードとシューティングガードをオフェンスの軸にする。諸星はなおデジャブが……と唸りながらを見やる。
「あれ……似てねえか? オレたちのフォーメーションに……」
 言えば、う、とは言葉を詰まらせ、やっぱりか、と諸星は地団駄を踏んだ。
 なに敵に塩を送ってるんだ、と言いたい諸星だったがは歴とした海南の生徒だ。請われれば教えるだろう。
 そう、相手はあくまで王者・海南。ともかく、海南に打ち勝ててこその日本一だ。頑張れよ、仙道。と、諸星はコートを駆ける仙道にエールを送った。

 試合は序盤、陵南に傾きかけていた流れを海南が取り戻し、一進一退の攻防が続いていた。
 互いに4点以上の差は開かずに、取った取られたを繰り返して前半残り5分。

 神は自分をフェイスガードする仙道に手こずりつつ、県予選との違いをまざまざと感じていた。
 県予選決勝の時は、仙道のディフェンスをかわしてたびたびイン・アウト両方から点を獲らせてもららえていたが、今日は違う。シュートチャンスすら作らせて貰えていない。この一ヶ月で研究されてしまったということだろう。
 さすがに仙道だ。でも、こうして「天才」仙道が自分を止めるために死ぬ気でディフェンスしてくれている。それが嬉しい、なんて、きっと仙道には分からないんだろうな――、と神は口の端をあげた。
 仙道は今日の試合を最後に引退するつもりなのだ。そして、自分に向かって「最後の試合だ」と言った。
 仙道……、オレは君の引退試合の相手になれて、嬉しい。なんて――。はっきりとそう思った。そして、自分もまたその瞬間にはっきりと自身の進退を決めた。自分もこの夏で終わりにしよう、と。
 全国大会の決勝で、相手は目の前の天才・仙道。自分にとってはこれ以上ない最高の舞台だ。
 バスケットを続けてきて本当に良かった。海南に入って、「センターは無理だ」と通達を受けた時には想像もしていなかった。海南を率いて、神奈川の最優秀選手に選ばれ、こうして全国制覇をかけて仙道と戦うことになるとは。
 どれほど辛く苦しくとも、きっとやり遂げられると信じて努力を続けてきて本当に良かったと思う。
 きっとこんな気持ち、「天才」には分からないんだろうな――、なんて。君が嫌なヤツだったら、きっとそう妬んでいたよ、仙道。と神は仙道と睨み合いを続けながら思った。
 天才だとは認めているが、天才だから負けていいとは思っていない。これが自分にとっても最後の試合。――絶対に負けない、と神は仙道を背にして小菅からパスを受け取った。ありがたいことに仙道は自身のシュートを高く評価してくれている。だから、多少なりとも「引っかけ」やすい。
 そのまま仙道を背にドリブルをしてハイポストまで移動すると、神はボールを保持して左へ目線を送った。そしてターンアラウンド。通常は目線をフェイクにして右へ移動するところだがあえて左に移動し――、ジャンプシュートのモーションに入る。が。

「無理だッ!」
「振り切れてねえ!」

 そんな観客の反応通り、仙道は既にブロック姿勢に入っている。打ったところで弾かれるだけだ。しかし。神はシュートは打たずに目線はリングを追ったまま、トップに移動してきていた清田へとパスを出した。
 空中にいた仙道が着地するまでの僅かな間に清田は鋭いドライブで中へと切れ込み、陵南ゾーンが彼を囲んだところでセンターの田中へとパスで繋いだ。
 そのまま田中がゴール下シュートを決め、よっしゃ、と清田が叫ぶ。
 ふ、と神も一瞬だけ「してやられた」という表情を浮かべた仙道を見やってからディフェンスのため戻っていく。
 海南のディフェンスはゾーン。ここが言うなれば「海南の弱み」だ。マンツーにしたところで、残念ながら仙道に対抗できる選手はいない。かといって本気で仙道を潰そうと思えばトリプルチームですら足りないかもしれない。しかも、そんなことを実行すれば他の選手にやられるだけだ。
 しかし。実際問題、陵南のオフェンスを止めるのはこの上なく難しいのだ。どこから誰が打ってくるか分からないフォーメーション――、陵南の攻撃時間を少しでも減らさなければ、海南は競り負けてしまう。
 勝つためにすることは、たった一つ。オフェンスは時間いっぱい使って確実に取る。そして一回でも多く陵南オフェンスを潰せば、海南の勝ちだ。シンプルで分かりやすく、そして確実に勝つ方法である。

 そんな拮抗した争いが続き――、36−38の1ゴール差、陵南リードという形で前半が終わった。


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