神奈川県大会・インターハイ予選最終日。

 最終戦を控え――既にインターハイが決定している両チームは第一試合には顔を出さず、それぞれ控え室で試合に向けて気持ちを高めていた。

「監督、ワイらよりピリピリしとんのとちゃいます?」
「なんかブツブツ言ってたぜさっき、一人で……」

 陵南の控え室では部員たちがコソコソと噂話をする先で、監督の田岡も僅かばかり緊張を覚えて試合に備えていた。なぜなら、今日は生徒のみにあらず自分たち監督同士にしても、優勝を賭けた世紀の戦いであるからだ。
 陵南初のインターハイ出場。それが決まってむろん嬉しさはあるものの、優勝争いをする相手が高頭率いる海南となればそうそう喜んでばかりもいられない。
 思い返せば、高頭とは随分と長い付き合いになる。始まりは25年ほど前――そう、ちょうど今の教え子のような高校生の頃だった。この神奈川で、まさに今の彼らのように全国出場をかけて高頭と相まみえること数回。勝った負けたを繰り返し、いまだに決着が付かず――しかし監督としては負け続けだ。ここ辺りで、さすがに一度くらいは勝っておきたい。
 頷いて、田岡は選手達を見やった。

「いいか、お前たち。今年の海南は去年よりもオーソドックスなバスケットをする隙のないチームになっている。だが、チーム力ではうちが上だ! 今年こそウチがナンバー1になる年だ!」
「おう!」

 その頃、海南控え室でも高頭が選手たちを集めて言い聞かせていた。
 高頭としても、むろん長年のライバル・田岡に負けるわけにも常勝をストップさせるわけにもいかない。

「昨日の試合を見ても分かるとおり、陵南で怖いのは仙道のみだ! 仙道-福田のフォワード陣さえ好きにさせなければウチの有利は変わらん! ガード陣を早めに潰してウチが主導権を取るんだ、いいな!」
「はい!」

 海南としても優勝のかかった試合で、しかも相手は去年に苦戦を強いられた陵南。選手たちの表情にはそれぞれ緊張が見られる。当然だ、と理解しつつも高頭は神に声をかけた。
「海南の18年連覇という歴史がかかった一戦だ。頼んだぞ、神」
「――はい」
 いつも通り、神は顔色一つ変えずに返事をした。いつもそうだ。センターは無理だと最後通告をした時も、顔色一つ変えなかった。いっそ、憤りや情熱などの感情を知らないのかと思えてしまうほどに、だ。しかし、それはあくまで表面のみ。神の、内面に秘めた闘志は誰よりも強い。目標を設定して必ずそれをやり遂げられる力がある神を高頭は信頼していた。
 例え相手があの天才・仙道でも、必ず勝つ。神とは――海南とは、そういうチームなのだ。

「今年も、勝たせてもらいますよ……田岡先輩!」

 高頭が呟いている頃、紳一とは湘北・緑風戦をスタンドで観戦していたが、やはり既にインターハイ落ちが決定しているためか両チームともに前日までの覇気がない。
「五分、いや、やや緑風有利だな……。湘北は桜木がまだ万全ではないせいか、センターを上手くこなせてないところが痛い」
「実質、流川くんしか攻めきれる選手がいない状態だしね……。緑風はなんだかんだ、1年も準備してきたチームみたいだし」
「おそらく湘北自体、照準を流川・桜木が三年になる来年に合わせているんだろう。にしても……宮城にもうちょい外があればな。安田の方が外で点を取ってるぞ」
「一応……国体合宿で教えたんだけどなぁ……ミドルとミドルの重要性……」
「そうは言っても宮城の身長だと弾かれるのがオチだからな。いくらジャンプ力があるとは言え……高打点でやろうと思えば技術も体力も余計に必要になってくる」
 むー、とは唇を尖らせた。あまりライバル校の選手が強くなるのは本意ではないものの、なぜやれる改善をやらないのか不思議でならない。シュートのないガードなんて話にならないのに、と肩を竦めるも、陵南の方はどうなっているのだろう? ガードの、越野は――。自分も福田に特に越野にシュートを強化するよう伝えてくれと念を押したし、諸星も口を酸っぱくして越野を鍛えていたらしいが――果たして。
 昨日の試合で陵南ガード陣はあからさまに仙道を中心に据えたゲームメイクをしていたが、いくら仙道頼りの傾向が強い陵南とは言え、あれはおかしい。
 仙道の攻撃の多彩さは改めて確認させられたし、見ていて楽しくはあったが、と思い返しつつ試合が近づくにつれ徐々にも緊張を感じ始めた。
 そして第一試合が終わった瞬間、海南陣営が「常勝」の垂れ幕を下げはじめ、海南・陵南双方の選手がコートに入ってくる。

「海南! 海南! 海南! 海南!」
「陵南! 陵南! 陵南! 陵南!」

 最終戦なだけに応援も気合いが入り、練習のためにコートに出た選手たちの顔もいつもに増して引き締まっている様子を観客に見せた。
 そうして淡々と両陣営シュート練習や細かい確認を繰り返し、3分前になるとそれぞれがベンチに引き上げていく。
 が――、海南ベンチに入る前に、ふと清田が観客席の方を見上げて「あ」と明るい顔を浮かべた。
「牧さーーん!!」
 その声に陵南の選手たちも反応し、海南もそれぞれが前主将の姿を無意識に探して確認した。
 神も紳一の姿を目に留めてから、軽く手を振るう。
ちゃん」
 にこっ、と笑った神の行動はいつものことであったものの――、う、とうっかりその場面を見てしまった福田は喉元を引きつらせていた。そして、おそるおそる仙道を見やる。福田には背中を向けていたが、たぶん、今の気づいたよな。と思うも、とっさにかける言葉すら見あたらない。
 さすがジンジン。高度な心理テクニックを――などと思うのはさすがに被害妄想だろうか。一人で取り乱していると田岡から早く来いと注意を受けて、ハッとして福田はベンチに向かった。

「ただいまより、本日の第2試合、陵南高校対海南大附属高校の試合に先立ち、両校の選手の紹介を行います」

 アナウンスが流れ、ワッ、と一気に歓声が沸いた。選手紹介は最終日の名物の一つでもある。

「青のユニフォーム・陵南高校。4番――仙道彰」

 瞬間、割れんばかりの喝采が会場を包んだ。

「仙道ーー!!」
「頑張ってーー、仙道さーーん!!」
「いいぞーーー!!」

 無数のフラッシュも記者席・応援席問わず光り――、見ていた紳一もも同時に息を呑んだ。
「やれやれ、相変わらず……」
「すごい人気……」
「ここだけは"愛知の星"に勝るとも劣らんな」
 そんな紳一の冗談をかき消すほどの仙道コールが続き、たった一人でコートに佇む仙道は確かに「絵」になっている。
 4番のユニフォーム、やっぱり素敵だな、とは思うも、緊張なのか仙道はどこか浮かない顔をしている。

「5番、植草智之。――6番、越野宏明。7番――福田吉兆」

 そうして8番の菅平まで全員のスターティングメンバーが揃うと、陵南の選手たちはセンターサークル付近で円陣を組んで互いに激励しあい、さらなるフラッシュが彼らを包んだ。

「続きまして白のユニフォーム、海南大附属高校。4番――神宗一郎」

 ワーッと海南応援席がキャプテン登場に沸き、神は少しだけ笑みを浮かべてからいつも通り淡々とセンターサークルの方へに向かった。
 そうして5番の小菅が呼ばれている頃、記者席では彦一の姉・弥生が両主将を見据えながら少しばかり目線を鋭くしていた。
「神君と仙道君……、去年の国体では息のあったコンビプレイを見せてくれただけに、お互いに厳しい一戦になるかもしれないわね」
 すると、隣にいた若い記者が「あ」と反応する。
「仲が良さそうでしたもんねー。スタメンで二人だけ2年生でしたし。それが今日は優勝を争うキャプテン同士って、切ないなぁ」
 同情気味の表情を浮かべた記者に弥生はため息をついた。
「それもあるけど……、国体の合宿でもいつも一緒に練習してたって言うし、お互い、性格も含めて手の内を知られてるってことよ」
「なるほど……確かに細かいクセまで知られてたら、不利だよなぁ」
「互いを知っているだけにどう影響するか……。神君にとっては連覇もかかった試合だし、要チェックやわ!」
 ペンを握り直した視線の先では、海南のスターティングメンバー全てが揃って、両チームが向き合っている。

「仙道さん……」

 ゴクッ、と清田は喉を鳴らしていた。
 やはりいざ仙道と対戦するとなると緊張を覚えるが、海南の選手である以上、負けは許されない。眼前の仙道はジッと神を見据えている。少し怖いくらいだ。さすがに仙道も気合いが入っているらしい――とちらりと自身の主将を見やると、ふ、と神は仙道に向けて笑みを見せた。
「良い試合にしよう、仙道」
「――ああ」
 言って手を差し出した神の手を仙道が取り、清田は国体の時と同様に「二人ともカッコイイ……!」と一瞬震えたものの、ハッとして首を振るい、いかんいかん、と試合に集中し、自身の相手となる越野を見やる。

「ティップ・オフ――ッ!」

 ワッと歓声が沸き、ジャンプボールは海南が取ってまずは海南のオフェンスからだ。
 それぞれがポジションについて、指示を出すべくコートを見渡した小菅はフリースローラインの中央で腰を落とす植草を見据えながら「お」と目を見開いた。
 その反応は、ベンチ真上の紳一とも同様だ。

「トライアングル・ツー……」
「ポジションまんまだな」

 陵南のディフェンスは小菅に植草を、神に仙道をつけてインサイドではゾーンを敷いている。シュート力の高い二人を抑え、中も小さいゾーンで囲んだ上で司令塔の小菅を好きに動かさない作戦なのだろう。
 しかし、と紳一は腕組みをした。
「清田の切れ込みをゾーンで警戒するのは正解だが……、外の守りはどうすんだ。そんなにアイツの外はザルなのか?」
 紳一が憮然としつつ、はうーんと唸った。
「スリーは……まだまだかも……。でも、ミドルレンジはかなり練習してたよ。私もけっこう付き合ったし」
「ほう、で……小菅よりいいのか?」
「そ、……それはないかな」
 は苦笑いを浮かべながら頬を引きつらせた。とはいえ足の速い清田は、戻りも速く速攻にも強い重要な海南の軸である。
「神も、仙道につかれるとやりにくいだろうな。高さは同じくらいだがあっちはジャンプ力もあるし、神のスタミナも相当なモンだが、仙道にしても無駄にあるからな」
「無駄って……」
 試合となると紳一はどうも仙道を敵として見る傾向にあるようだ。言葉の端々にトゲがある。とはいえ優勝と連覇のかかったこの一戦、それも当然か。と、コートを見やる。
 スタミナのある神はコートの端から端まで走ってフリーになるのも得意な選手だが、今日はぴったり仙道が付いている。あれは振り切るのは骨だろう。

「30秒になるぞッ、はやく打てッ!!」

 高頭が叫び、ボールを保持して攻めあぐねていた清田はいったんボールを小菅に戻した。
 小菅はチラリと神を見やるが、先ほどから動いてくれているもののフリーになりきれていない。ならば自ら攻めようにも、自分がミドルレンジを得意としているのを見抜いてか、植草がピタッと張り付いていて打ちにくい。
 まずい、オーバータイムが近い。
 早いトコ決めねば、とちらりと小菅は4番の鈴木に目配せし、彼は神に目線を送った。それを合図として小菅が鈴木へとパスを通せば、神がペイントエリアに切れ込んできて鈴木から神へとボールが渡る。
 が、追ってきた仙道が神の眼前を塞ぎ――、神は落ち着いてオーバータイムのカウントを頭でしつつ機を伺う。そして時間ギリギリで仙道を背にしてくるりとハンドリングで半回転すると、そのままクイックリリースでターンアラウンドシュートを放った。

「おお、神ッ! 仙道の上からッ!」
「巧い――ッ!」

 その振り向きざまのジャンプシュートは見事に決まり、海南が先取点を取る。
 そうして攻守の交代した海南は陵南に対してゾーンディフェンスを敷いた。中での攻撃に強い福田・仙道を止めるためだ。

 ――神、と仙道は神を見据えた。
 全くいつもと変わらないポーカーフェイスぶりがいっそ怖いほどだ。今日この場にいる誰よりもプレッシャーを背負っているだろうに、そんなそぶりすら見せない。闘志を剥き出しにしてくれていた去年の紳一のほうがよほどやりやすい相手だった。
 それに――。と、ティップオフ前に神がに向けていた笑みが脳裏を過ぎる。無意識に眉が寄ってくるのが自分でも分かった。
 いかん、と歯を食いしばる。いまは眼前の試合に集中しなければ。雑念を湛えたまま戦って勝てるほど、甘い相手ではないのだ。

「一本! 一本じっくり!」

 センターサークル付近では植草がじっくりとコートを見渡しながら指を立てていた。
 陵南はこの二年、センター以外のメンバーはそう動いていない。そして今のスタメンにしても、一年間じっくり準備してきたこともあり――「チーム」を活かしたプレイには自信を持っている。
 まだ自分たちが目指すところの「チームプレイ」は完成できていないが。それでも、攻撃パターンの多さと完成度の高さには全員がそれなりに「やれる」と自負している。
 植草は目線だけを動かしてコート上の動きを見据えた。
 海南のディフェンスはゾーン。ゴール下が厚めだ。仙道・福田のインサイドプレイを警戒しての事だろう。
 つまり、自分と越野にあまり外はないと見ているのだ。仮にガードが打つ姿勢を見せても、小菅は自分に対して高さの利があり、清田もまた持ち前のジャンプ力を計算に入れれば「止められる」と自信を持っているに違いない。
 ちらりと植草は左ウィングの仙道に目線を送った。仙道がこちらには目線を合わせずに頷く。
 ――海南ディフェンスを出し抜けるか否か。勝負だ。と、植草は仙道にパスを出した。同時に植草自身が右ウィングへ駆ければ、越野がハイポストへ移動していく。
 仙道はというと、自分にボールが渡った瞬間にチェックに出てきた神に目線を合わせつつ、一気にドライブイン。と見せかければ海南インサイドに緊張が走り、まるで彼らをあざ笑うように手首を逆方向へ向け右ウィングの植草へとボールを戻した。

「あッ――!」
「スイッチ――ッ」

 その海南ディフェンスの虚を突いた瞬間に福田が海南センター・田中にスクリーンをかけてスペースを作り、見事に空いたエリアに移動してきた菅平へと植草はボールを受け取ったと同時に弾き飛ばしていた。
 しかし、さすがに海南――。すぐさま対応した4番の鈴木が追って来るも、一歩間に合わず。菅平はブロックを避けるようにしてベビーフックで見事にゴールを奪ってみせた。

「おおおお、陵南の初得点は菅平だー!!」
「なんだ今の動き……!? なんかすげえぞッ!」

 観客が沸く中で、陵南陣営は互いにハイタッチをしつつフロントコートへと戻っていく。
 観客席の紳一もしてやられたように腕を組んでいた。
「見事に決められたな……。陵南はあの手の連係プレイは十八番だからな」
「うん。でも……もうちょっと見てみないと何とも言えないけど、今までの陵南とちょっと違うような……」
 も口元に手を当てて考え込む。.
 見やる先では攻撃が海南に移り、小菅は時間いっぱい使ってボールをキープし、オーバータイムぎりぎりで清田にボールを渡してそのまま清田がミドルを決めてすぐに2点を返した。
 やはり、越野は「陵南の穴」とまではいかないが、比較的華やかな選手が集まりやすいシューティングガードというポジションにいるため、厳しい戦いを強いられることが多い。
 緑風戦にしても、緑風は越野がついていた克美に徹底的にボールを集めていたし。去年も湘北戦では完全に三井は越野を下に見ていた。ように見えた、とは思い返しながら少し眉を寄せてコートを見守る。
 陵南の攻撃。――と見守っていると、ズバッといきなり植草が中へ切れ込んで行き、さすがに虚を突かれたは極限まで目を見開いた。

「植草ッ!?」
「自ら来たッ――ッ!?」

 どよめく中、海南は小菅がきっちりガードしてくる。が、ガードが切れ込んでいけば反射的にガードが守ってくるのはまさに予想通りで、小菅の動きを読んでいた菅平が進路を阻んで植草の左サイドをあけた。

「スクリーン!?」
「またッ!?」

 しかし。海南にしても二度も引っかかるかとばかりにセンターの田中がスイッチして植草の行く手を阻む。が――、植草はさらにそれを読んでいたのだろう。田中に捕まる前にボールを逆サイドへと飛ばした。

「あ……ッ」
「福田――ッ!」

 植草の乱入で海南ゴール下には隙が生じ、福田がシュートをねじ込んで更に会場はどよめいた。
 まさに見事な連携と言わざるを得ない。二度も続けば偶然ではないだろう。
 その後もスコア上はほぼ互角。いや――守りの堅い陵南がきっちり守りきる場面も見られ、やや陵南に有利な試合展開が続いて海南ベンチでは高頭が渋い顔をして扇子を握りしめていた。
「なるほど……、今日のために緑風戦はワザと仙道一色でいったというわけですか、田岡先輩」
 呟いてコート上の自身の選手達を見やる。おそらく、彼ら自身がイメージしていた陵南と今日の陵南に少しズレがあるのだろう。少々戸惑っている様子が見て取れた。
 図らずも自らが国体の時に言ったとおり、仙道彰という選手がいるだけで、そのチームは瞬時に様々な色へとチームカラーを変えることができるという最大のアドバンテージを持っている。しかし、今日の陵南はどうだ? 仙道は特にチームを牽引してはいない。しかも、去年の対戦時のように仙道がパサーに回ってチームをコントロールしているわけでもなく、完全に「陵南の選手の一人」となっているのだ。
 これは――、これこそが究極の「陵南」の形とも言えるし、陵南は幾重にもまだ切り札を隠している状態とも取れる。なぜなら、使い方さえ心得れば持てる「色」の数は無数だからだ。
 とはいえ――仙道がチームを牽引しない「無色」状態まで持っていたとは完全な誤算だ。
 まさか決勝リーグに入ってまでも最後の最後までコレを隠し通せるとは。悔しいが一杯食わされたと認めざるを得ない。が、隠し通せたのはやはり仙道あってのこと。陵南の核が仙道だというのは揺るぎない事実だろう。
 一度、タイムアウトを取るべきだろうか? 考えて、チラリと高頭は神を見やった。相も変わらず、涼しい顔をしている。彼はどうやら動揺していないようだ。
 もう少し様子を見よう。――と腕を組み直した先で、小菅がゾーンを少し崩して植草のチェックを厳しく入れ始めた。当然だ。仮にそれが陵南の思うつぼであったとしても、起点の彼を抑えなければ同じ事だからだ。

「ディフェンス! ここは守るぞ!」
「おう!!」

 コートに小菅の気合いの籠もった声が響いた。
 仙道はというと、その声を聞きながらこれ以降は植草のチェックが厳しくなることを悟る。しかしその分、他に隙も生まれやすいはずだ。
 左ウィングで構えつつ、ちらりとトップにいる植草を見やる。そう、植草は「分かって」いるはずだ。いや、スタメン全員が分かっているだろう。それこそ、何度も何度も練習を重ねてきたのだから。――と見やっていると、植草はライトの越野にボールを渡したと同時にズバッとインサイドに乗り込んでいった。

「植草ッ、カットインか!?」
「させるかッ!」

 切れ込んだ植草を小菅が追い、仙道はというと左ウィングからトップへと植草のあとを埋めるように移動した。当然、神がチェックしてくる。同時に仙道はチラッとインサイドを見やり、一瞬だけ神を目線だけで見てから自分も中へと切れ込んでいった。

「仙道――ッ!?」

 仙道の更なるカットインにワッと会場が沸く。
 が、まるで陵南オフェンスは順巡りをするように仙道のカットインと同時に福田がトップへあがり――植草は小菅を振りきるようにして左ウィングへ移動してから再びトップへと駆けた。と、同時に福田がカットインしていく。
 目を見張る海南ディフェンスをよそに、植草は越野から戻されたボールを再び左ウィングへと戻った仙道に渡した。そして中へ駆けた福田を追うようにして再度インへ切れ込む。
 その先で仙道からパスを受け取り――。

「植草かッ――!?」
「田中ッ、鈴木ッ、ヘルプだッ!!」

 海南ディフェンスがブロックに跳び上がったのを待って、植草は自分の真後ろ――、左ウィングのゼロ角度に移動した仙道へとパスを投げた。
 あッ――、と海南ディフェンスが目を見張る。こちらの狙いを悟ったのだろう。そう、今までの動きは、全てフォワードをフリーにするための布石。

「仙道――ッ!」

 ミドルを打てる絶好のチャンスだ。
 もらった。――と、陵南陣営の全てが確信した。
 仙道もむろん、そのつもりでジャンプシュートの構えを見せた。しかし。視界をシュートチェック体勢に入っていた神の両手が塞いでくる。

「うおおお、神ッ!?」
「戻りがはええええ!!」

 観客と同様、仙道自身も目を見開いて脳裏で神の名を叫んでいた。
 ――完全にフリーになったと確信したというのに。神の注視は振り切れていなかったらしい。
 それでも。自分のリリース速度なら神のブロックの先を行く自信はある。と仙道はシュート体勢に入ったままボールをリリースした。瞬間、僅かな違和感を覚えてハッとして空中でボールの軌道を追う。

「リバンッ!!」

 外れる――ッ、と確信して仙道は着地と同時に叫んだ。直後、ガツッ、と予想通りにリングに嫌われ、館内がどよめくと共に陵南ベンチもどよめいた。

「なッ……ウソやッ、仙道さんが……ッ!?」
「外したッ!?」

 その声とは裏腹に、神はくるりと海南ゴールに背を向けて走り始めていた。海南のリバウンド奪取を確信してのことだろう。
 仙道も一歩遅れてあとを追う。スピードなら、神には絶対に負けない。

「神さんッ!」
「神――ッ!」

 案の定、リバウンドは海南が制してパスが神に通り、清田がすぐにヘルプに駆けてくる。
 仙道は回り込んで、一人自軍のコートに付いた。1対2だ。

 チャンスだ。――と、神は仙道を見据えながら感じた。ディフェンスは仙道一人。ここでカウンターの速攻を決められれば、海南のペースを作れる。
 ちらり、とワザと神は目線だけを清田に向けた。清田と二人での速攻はままある海南の攻撃の形であり、こういう場合、自分は大抵清田にパスしている。仙道も、知識としてそれが頭にインプットされているだろう。
 だから――パスはしない、と神は自身のドライブで勝負することを決めていた。何度も何度も練習したのだ。それに、緑風のマイケル相手にでも通用した。しかも、なにより2対1。いくら仙道といえどこちらが有利だ。
 行ける、と確信して神はドリブルしながら仙道に向かうと、インサイドアウトで一度フェイクを入れた。瞬間、レッグスルーで左手に持ち替え、左側から抜きにかかる。
 が、そこは仙道だ。反応してくる――、と読んだ神は逆サイドにロールターンして、案の定、左サイドを塞いできた仙道の右に抜け、そのままやや身体を流されながらもジャンプシュートを放った。

「なッ――!?」

 あまりのクイックモーションに、会場は度肝を抜かされる。しかし。スパッと寸分の狂いもなくリングを貫き、ふ、と神は口の端をあげた。
「ッ――!?」
 刹那、仙道の身体が一瞬強ばったのが神にも伝った。
 そうして会場がどよめく中、けたたましい勢いでコートにブザーが鳴り響く。

「チャージドタイムアウト・陵南」

 そして、やけにはっきりと陵南のタイムアウトを宣言するオフィシャルズテーブルからの声がコートを包んだ。


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