――海南は、個々のディフェンス能力という意味ではおそらくどのチームよりも上である。

 湘北の攻撃――、海南は湘北の要である流川と宮城にマンマークを付けた。
 清田が流川につき、小菅は宮城を徹底マークしている。そしてインサイドは神・田中・鈴木のフロントコート陣で完全に固め――、誰の目にも湘北が不利に映った。なぜなら、起点の宮城は小菅相手に不利なミスマッチ、清田にしてもストッパータイプだけに流川との身長差もカバーできるほどに抑えが利く。更に湘北インサイドは負傷明けの桜木・そして角田であり、仮に清田を抜いたとしても、湘北は海南のフロント陣に対してあまり対抗策がない。
 そして問題はディフェンスだ。湘北は決してディフェンスの得意なチームとは言えない。チームディフェンスは苦手であり、基本的にはマンツーで対応する湘北ではあるが、今年の海南は小菅・神という外からのシュートを得意とする選手を有しているのだ。ゆえにディフェンスはどうしても外に広げざるを得ず、隙も生まれやすい。事実、中に注意を向ければ外から射抜かれ、外に対応すれば中からやられるという目に見えた悪循環が起こり――。

「神ッ――!」
「ドライブだとッ!?」

 神はミドル以上のシュートに加え、積極的に中に切れ込んでゴール下のシュートを連発した。
 自身にマンマークで付いている桜木か流川さえ振り切ってしまえば、湘北のゴール下――角田では相手にはならないからだ。

「おおおお、神さんうまいッ! さすが元センターや! やっぱり海南のキャプテンやー!」
「ウルセーぞ彦一ッ! 敵、誉めてんじゃねえ!」

 陵南陣営では彦一が賞賛の声をあげれば越野が苛立って制止し、すんません、と彦一は謝りつつ「せやけど」と話を続ける。
「湘北はなんか後手後手になっとるんとちゃいます? センターのはずの桜木さんが外に出過ぎっちゅーか……」
 そうなのだ。湘北はスモールフォワードの神にセンターの桜木をあててきていて、ディフェンスがどうにもごちゃごちゃしている。
 うむ、と田岡も頷いた。
「神に対抗できる高さのある選手が桜木しかいないからな。かといって流川をつけて桜木をゴール下においたままだと清田や小菅がミドルを打ちやすい状況が生まれる。今年の海南は湘北には最悪の相性だ」
 去年の海南は牧−神というオフェンスのラインがしっかりしており、起点がほぼ紳一に依存していたため、陵南にしても仙道一人が紳一を抑えていれば戦えたが、今年は随分と毛色が違う。
 チッ、と越野が舌打ちした。
「さすがに海南……。いいチームを作ってやがるぜ」
「あの小菅も、去年は控えだったが隙のないガードだな……。次から次にいい人材ばかり出てくるあたり……さすが王者だ」
 植草も、自身のマッチアップを考えてだろうか。ごくりと喉を鳴らしてそんなことを呟いた。
「ノブナガ君がよく流川を抑えてるな……。去年のように流川を乗せる前に足を止めるつもりだろう。ディフェンスに専念してるぶん、そうオフェンスに参加してないが……」
「たぶん明日は清田ももっとオフェンスに絡んでくるはずだ。中も外もあると考えた方がいい」
 仙道の呟きを受けて、福田が言いながらちらりと越野を見た。ポジション的にマッチアップは彼だからだ。
 チッ、とまた越野が舌打ちをする。
「なんでオレの相手はいつもいつも生意気な二年坊主なんだ? しかも、オレよりデカイしな」
「清田はジャンプ力もずば抜けている。プラス10センチくらいの差はあると思っておいたほうがいい」
 さらに福田が念を押せば、ますます越野は仏頂面を晒した。
 そして――、試合が進むにつれて陵南陣営は次第に口数が減っていった。去年はほぼ互角だった海南と湘北。湘北の大幅な戦力ダウンがあるとはいえ、こうも差が付くのか、と明日の優勝戦を案じたのだ。

「海南! 海南! 常勝・海南! 海南! 海南! 常勝・海南!!」

 試合時間終了が近づくと海南応援席は益々盛り上がり、カウントダウンが始まった頃には既に踊り出していた。
 今か今かとブザーの音を待ちわび、響いたと同時に跳び上がる。

「海南大附属、18年連続インターハイ出場ーー!!!」

 ワッと観客席がうねり、試合の行く末をやや圧倒されながら見ていた陵南陣営もハッと互いの顔を見合わせた。
「か、海南が勝った……、ちゅーことは……」
「インターハイ……決定だ!!」
 彦一と越野が呟くと、急に周りの観客たちが陵南陣営に向かって拍手を送った。

「おめでとう陵南!!」
「仙道さーん! インターハイでも頑張ってー!」
「明日の優勝、期待してるぞ!!」

 そうした周りの声でようやく実感が出たのか、選手たちは互いに「信じられない」という面もちだった表情をはちきれんばかりの笑顔に変え、ワッと抱き合って喜び合った。
「監督! インターハイですよ、インターハイ!!」
「あ……ああ……」
「ついに来たんや……ついにこのときが来たんや……!!」
 なにやら呆然としている田岡に向かって彦一は歓喜の涙を流し――、仙道は少しだけ笑みを浮かべて、福田はフンと鼻を鳴らしていた。
「重要なのは一位通過かどうかだ。明日が本番だ」
 すると微笑んでいた仙道が、少しだけ首を縦に振った。
「そうだな……」
 それは、喜んでいる仲間たちに水を差さない程度の小さな小さな声だった。しかし――、二人して試合を終えたばかりの海南陣営を見下ろす。
 海南か、陵南か。海南18年連続優勝への決意をうち破れるか、否か。真の勝負は、明日だ。

「おめでとう! 神くん!」
「まあ、当然だな」

 海南ベンチ真上の応援席で紳一とが選手たちを激励し、みなが客席を見上げて笑顔を見せる。
「牧さん! 見ててくれましたか、この清田の勇姿!」
 跳び上がって喜ぶ清田に紳一は肩を竦めつつも笑みをこぼし、も、ふ、と笑った。
「清田くん、よく流川くんを抑えてたよね……。取りこぼしもよくゴール下がカバーしてたし」
「ああ、神はいいチームに仕上げてきてるな」
「陵南もインターハイが決まったし……良かった……!」
 海南の勝利で両校のインターハイ進出が決定し、は上機嫌で笑みをこぼした。が、明日はその2校が雌雄を決する時だ。考えただけで心臓に悪い。もしも明日がインターハイ出場の最後の椅子を賭けた去年の湘北・陵南戦のような戦いだったら、会場に足を踏み入れるのさえ戸惑っただろう。
 紳一は海南を応援しろと言うに決まっているし、とジトッと紳一を睨みつつ、紳一を追って席を立つ。
「なにしてる、行くぞ」
 仙道にインターハイ出場おめでとうくらい言いたいな、とキョロキョロするも、紳一に促されて仕方なくは会場を後にした。この調子で、ちょっと会うことさえ許されない。試合会場が唯一、仙道と会える場所だというのに。後ろ髪引かれるようにして会場をもう一度振り返るも、小さくため息を吐いては紳一の車に乗り込んだ。
「そうだ……、大学にちょっと寄っていいか?」
 帰り道、車内で用事を思い出したらしい紳一がそんなことを言い、うん、とは生返事をした。
 どうせやることもないし、図書館にでも寄っていこうと海南大に着くと紳一と別れて大学の図書館を目指す。そうなってしまえばもういつもの生活サイクルに入ってしまい、気づいた時にはどっぷり暮れていてはさすがにそろそろ帰ろうと外へ出た。
 すると高校の体育館の電気がまだついており――、足を向けてひょいと中を伺ってみると、神が一人で練習していて少し目を見開く。
 シュート練習ではなく、ゴール下の練習のようだ。さすがに元センター、手慣れているし去年より何倍も力強さが増している。
「神くん……」
 神は、仙道や諸星のような鋭いドライブは持っていない。切れ込む技術に関しては清田の方が数段優れている。が、トップレベルに食い込めないというだけで、並の高校なら即エースレベルのスラッシャー能力は十二分に備えている。
 それでもあくまでアウトサイドに拘っていた神だけに、今年の神はインサイドの能力も強化されて、いち選手として成熟した状態にある。おそらく、長きに渡る努力が実を結んでロングシュート以外にも目を向けられる余裕が生まれたからだろう。
 それに――、海南のキャプテンとして常勝の歴史を背負っている責任。

『オレは仙道には負けたくないよ』
『仙道とは同じ学年で、ポジションも被ってるけど、あっちはルーキー時代から天才で……なんかいまいち意識したことなかったんだけど、今は良いライバルだと思ってるんだ。そんな風に思えるようになったことはちょっと嬉しいかな』

 いつか、そう言って本当に嬉しそうにしていた神。
 出会ったばかりの頃の神は、元もと柔らかで美しいシュートフォームを持っていたとはいえ、あくまで「良いシューターになりそう」という素材だった。そうして日々練習を重ね、一年の秋口には冬の選抜でレギュラーを取れるかもしれないという期待まで抱かせるようなシューターに育っていた。
 そして、2年の夏には全国一の得点王として名シューターの座を不動のものにし、今や海南のキャプテンだ。
 突然にセンターからフォワードにコンバートしながら、ここまでの地位を築き上げた。穏やかで優しい神からは想像もできないほどの情熱と闘志を、自身尊敬しているし、彼が誰よりも努力してきたことも知っている。
 その両肩に、今、「18年連続優勝」という重みがのし掛かっているのだ――、と怖いほど真剣に練習に取り組む神を瞳に宿し、そっとは体育館をあとにした。
 おそらく、神にかかるプレッシャーは仙道の比ではない。仙道自身がいくら天才と呼ばれていようと、陵南というチームは海南に対してあくまで「挑戦者」だ。
 けれども、「負けてもいい」などという気持ちで試合に挑む人間はいない。そんなこと、自分も良く分かっている。
 仙道だって、いまごろ必死で努力しているはずだ。現に、今年に入ってから仙道はそれこそ血の滲むような努力を重ねているはず――、と思うも、やはり、これまでの神の努力を近くで見知っているだけに、明日、陵南を応援するわけにはいかない。
 これが学校が違うということなのだろうか。もしも自分が陵南の生徒だったら、きっとそばで仙道のことを見ていられたのに、と巡らせつつ帰宅すると、やはり紳一も明日の試合が気になるのだろう。しきりに何度もタイムテーブルに視線を落としている。
「ウチは明日の二戦目か……、勝った方が優勝だ。ラストを飾るに相応しい試合になりそうだな」
「うん……」
 自身がキャプテンだった去年を含めて、3年連続で王座の地位を守りきった紳一にはおそらく今の神の心境が手に取るように分かるのだろう。言葉の端々に神への気遣いが出てきて、は相づちを打ちながら、その重みを想像してみた。
 なんだかんだ、紳一と諸星がついていた自分は――エースの意地は背負っていても、チームを預かる責任を意識したことはない。
 18年――ちょうど、自分や神が生きてきた長さと同じだ。もしもその記録を自分が途絶えさせたとなれば、真面目な神は一生自分を責め続けるだろう。
 けれども――、と脳裏に仙道の姿を浮かべてはふるふると首を振るった。
 考えても仕方がない。試合は試合なのだから。


 その頃――、神は海南の体育館で一人ジッとバスケットゴールを見据えていた。
 今日のノルマも終え、細かい確認作業も終えて、明日に備えて出来ることは全てやった。
 シンと静まりかえった体育館に佇んで色なくゴールを見据えながら、少しばかり乾いた唇をキュッと噛みしめた。
 視線の先に、青いユニフォームが、「4」の数字を纏った彼の姿が鮮明に浮かんでくる。
「仙道……!」
 海南が目指すのは全国制覇。県予選は通過点に過ぎない。けれども、自分にとって一番の山は明日かもしれない。「天才」仙道を倒し、海南を18年連続優勝に導かなければならない明日こそが――。
 瞳を閉じても、イメージできない。仙道は、天才だ。見かけによらず努力家で、一緒にプレイしていて心地の良い、自分にない全てのものをもっている完璧な選手でもある。
 そんな彼に、肩を並べて堂々と戦える場所まで来た。いやむしろ、「迎え撃つ」立場を預かるのだ、自分は。
 あの天才が、明日は自分に挑んでくる。
 その彼を打ち破って勝利する自分が――、どうしてもイメージできない。
 去年、海南は陵南に勝利したというのに、我ながらおかしいと思う。けれども、なぜだろう? 国体の時から、自分はとても彼を身近に感じている。その才能さえ、いつだって身近で感じてきた。もしかしたら自分は、天才・仙道の敗北する姿など見たくはないのかもしれない。――などと考えてしまい、僅かに神は自嘲した。
 いつだったか、に言った言葉を思い出す。
 仙道になど到底並ぶべくもなかった自分が、こうして今、海南の歴史を背負って彼と対峙しようとしている。
 それは何ごとにも変えがたいほどに誇らしいことだ。
 そしてやはり、だからこそ、負けたくない。――いつだってそうだった。国体の間、ずっと二人で自主練習をしていた。あのときにふざけてやった勝負ですら、いつだって負けたくなかったんだ。と、自分との勝負に敗北して苦笑いを漏らす仙道の姿を浮かべて、神は今度は薄く笑った。

 そうだ、明日だって、負けるものか。――と強く拳を握り、僅かに震える身体を鎮めるようにして神はしばしゴールを見据えていた。


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