「スクリーンアウトだ菅平ッ! 仙道にパワー負けしてるようじゃセンターは務まらんぞ!」 「はいッ!」 2月の下旬――。しかし、締め切った体育館は熱気に包まれており、田岡は熱心に選手たちの育成にあたっていた。 インターハイ予選敗退後、どこよりも早いスタートを切ったはずだというのにどこか気の抜けていた陵南は、突然の諸星の来訪でエンジンに火がつき、今や全開状態だった。 最近の仙道は明らかに気合いの入り方が以前とは違う。キャプテンの仙道の気合いが入っているだけでチーム全体の乗り方が違う。やはり、チームの核は仙道なのだ。 田岡も煽られるようにさらに気持ちを強くしていた。彼らを鍛え直して夏に備えなければ、と。 一年の菅平は去年より身長も伸び、魚住並のセンターとは行かずとも、素材としては悪くない。パワーさえ強化できれば初期値はむしろ魚住より高いのだ、十分やれる。 そうだ、仙道にとっては最後の夏。今年こそ――、と田岡の指導には益々熱が籠もった。 その菅平と仙道のゴール下での攻防をチラリと見つつ、長時間スリーメンで汗を流した越野はタオルで汗を拭っていた。 あの普段は頼りない仙道がどんな気まぐれか真面目に部活に精を出している。それはいい。 それはいいのだが、問題は他でもない自分である――。 『お前……、アウトサイドシュートを鍛えろよ……』 秋頃に、なぜか福田にそんなことを指摘されて「ハァ、テメーもだろ!」などと言い返したことは記憶に新しいが、実はずっと気にかかってはいた。 ポジションはシューティングガード。しかし自分はボール運びに徹していて、インサイドに切れ込むこともアウトから打つこともほとんどないと言っていい。 あんな風には、なれないよな、とふと越野の脳裏に日本一のシューティングガード・諸星大の姿が過ぎった。 国体の準決勝で初めて諸星のプレイを見た。仙道の敵だったゆえになぜか自分の敵のような気がしてひたすら仙道を応援していて認めたくなかったが、やはり強い。 そうして年末のウィンターカップ決勝戦で改めて彼のプレイを見た。相手は最強・山王。けれども諸星のプレイはあのコートにいた誰よりも上をいっていた。 積極果敢な鋭いドライブからのシュート。見事なパスワーク。そして鮮やかなスリーポイントシュート。これがシューティングガードなのだ、と強い羨望と憧れを抱いたものだ。 そんな彼が突然、陵南に現れたのはウィンターカップの翌日だった。はじめは夢かと思った。遅いクリスマスプレゼントのように、諸星と話すチャンスをサンタが運んできたのか、などと子供じみたことを考え頬を抓った覚えがある。 『シューティングガードはどいつだ?』 なぜか一通り練習を見やっていた諸星は部員に訊ね、越野はむろん手を挙げた。自分だ、と。 『よっし、オレが練習見てやるよ!』 笑って親指を立てた諸星にあっけに取られたが、またとないチャンスだと思った。が、結果は惨敗。当然だが、まったく歯が立たず――確実に諸星は呆れていた、と思う。 そりゃ、日本一の選手の前では仕方ない、などとは諸星の前ではただの苦しい言い訳にしかならなかった。シューティングガードとは、という説教から始まり、「このまま愛知に帰れねえ!」などと言い出した諸星は田岡に許可を取り付けて冬休みの間、陵南の練習に付き合ってくれた。 あれはいま思い出しても吐きそうになる、と越野は口元を押さえた。 田岡や魚住のしごきが生やさしいと感じるほどにギチギチに鍛え上げられ、「越野ォ!」と呼ぶ声は鬼にさえ聞こえた。 けれども不思議と嫌ではなく、これが全国強豪校のキャプテンの統率力か、と自身の気まぐれキャプテンと比べて羨ましく思ったものだ。 ――バスケットはチームプレイだ、と諸星は言った。 仙道は凄い選手だと。だがそれはそれ。お前らは一人一人それぞれの役割をこなすんだ、と。仙道は凄い選手で、もしラッキーで全国に行けたとしても、それだけじゃ全国では戦えない、と。 オレがチームを勝たせてやる、くらいに思ってろ、と小突かれた額に越野は手を当てた。土壇場の時こそ、そう思え、と。 痛い指摘だった。いつも、崖っぷちに追いつめられたらどこかで仙道を頼りにしていた。仙道ならきっと何とかしてくれる、と。事実、いつも何とか現状を打破してくれる天才であり、自然と頼るのが当たり前になっていた。 仙道はそれが負担などとは一言も言わなかったし、実際、そうは思ってないかもしれない。けれどもいつもは練習熱心とは言えない彼が、少なくとも諸星がいた間は懸命に部活をこなしていた。おそらくは仙道の本能が、諸星と練習することを「楽しい」と感じたのだろう。 自分は、どう足掻いても今から諸星のようなプレイヤーになるのは不可能だ。諸星のように仙道を本気にさせるプレイができるとも思えない。 けれども、助けることならきっとできる。仙道がどれだけ才能豊かな選手かは、他でもない自分たちが一番よく知っているのだ。その仙道の、そして自分たちの最後の夏。インターハイに行って、そして勝ち上がる、という目標は決して夢ではないはずだ。 グッ、と越野はタオルの端を握りしめた。 むろん、越野と同様に考えているのは越野だけではない。 菅平は毎日のしごきに付いていくのに必死で、植草は個々の技術に磨きをかけ、福田もまた、国体以後はシュートレンジを伸ばすこととディフェンスの強化に重点を置いていた。 にさんざん言われたことも含め、国体ではほとんど使ってもらえなかったこと等々を自分のいまの実力だとちゃんと認識し――積極的に1on1ではディフェンス役を買ってでた。 目標はインターハイ。そして制覇。遅まきながら新生陵南はいま確実に夏に向けて進化しつつあった。 3月に入れば三年生の卒業式を間近に控えるものの、附属校である海南はそこまでの感傷には満ちていない。 牧家でもそれは変わらず、結局、紳一はそのまま海南大にあがることを決めており、卒業式は終了式程度の認識だった。 3月も10日ほど過ぎた夜、と紳一はソファに座ってなにげなくテレビのニュース画面を見ていた。そこで二人して、あ、と声を漏らした。 「東京大学で、二次試験の合格者が発表されました――」 キャスターの声とともに学生たちが映し出され、一際目立っている2メートル弱の長身を見つけたのだ。 「花形さん!」 「藤真……!? おいおい長谷川たちもいるぞ」 なにやら翔陽バスケ部レギュラー面々が花形を取り囲んで胴上げをしており、当然、カメラはその目立つ集団を追っている。 あっけに取られていると、どうやら彼らは目立ったせいで特集を組まれたのか、短い紹介映像のようなものが流れはじめた。 「合格おめでとうございます!」 「ありがとうございます」 「えー、花形透君、翔陽高校の三年生ということで……。バスケの強豪校の副キャプテンだったということですが……」 映像は、「文武両道! 〜未来へ羽ばたけ」などと古めかしいキャッチのあとに去年のウィンターカップ予選の決勝戦や、国体の全国での優勝の映像が使われ、文字通り花形の文武両道ぶりを湛えており――、映像の切れ端に映り込んでいた紳一は、う、と声を詰まらせていた。 「法学部だって……! すごいね、花形さん」 は素直に感心し、そして映像先のカメラマンはキャプテンであった藤真の整ったルックスにも目を付けたのか、アップで抜いてマイクを向けている。藤真は花形の健闘を湛え、最後はバスケ部全員で「合格おめでとう! by翔陽バスケ部」などと宣伝をしつつ全員の笑顔と共に短い特集は締められて次のニュースに映った。 ハァ、とどちらともなく息を吐いた。 「東大受かったんだ、花形さん……。選抜まで部活やってたのに、凄いなぁ」 ポン、と脳裏に浮かんできたのは正反対な三井だったが、すぐに消し去っては改めて感嘆の息を吐いた。 「やたら目立ってたな……」 「そりゃ目立つよ、2メートル近くあるし……翔陽バスケ部が揃ってたら、どこにいたって目立っちゃう」 置いてあったティカップを手に取り、は綺麗に色づいた紅茶のなかの自身の姿を見つめた。 ふぅ、とため息をついていると、「どうした?」と紳一が訊いてきて、むぅ、と唇をとがらせる。 「なんだか……、みんなバスケや勉強に打ち込んで結果出してるのに……、私はなんだかなーって思って」 「学年主席じゃ足りねえのか?」 「全国模試で一位なわけじゃないし……、花形さん見てるととてもじゃないけど敵わないし……どうせガリ勉なだけだし……、そもそも勉強は嫌いじゃないけど好きでもないし」 だんだん目線がさがってきたのが自分でも分かる。我ながら卑屈かな、と思っていると紳一はなにか思いついたように言った。 「じゃあお前もサーフィンやるか? サーフィン部でも作ったらどうだ?」 慣れてはいても、この従兄の天然ぶりはたまにどっと疲れが襲い、ため息をつきつつは「いい」と首を振った。 例えば全国制覇を目指すとか、模試で日本一になるとか。そういう大きい目標に向かって邁進できなかったことは、少し、心残りといえば心残りである。 『ちゃんは、よく頑張った……。もういい。もう十分だ……。もう、いいんだ』 でも、自分なりにがむしゃらにやって、できなかった、という事実を受け入れたのだ。自分のベストは尽くした。大きな舞台で脚光を浴びたかったわけでもないし、それは後悔していない。 ただ、ちょっと寂しさを感じるのは――、やっぱり、仙道のせいかな、と部屋に戻ったはカレンダーを眺めた。 バスケに集中したい、と言っていたのが先月の頭。本当に部活のみの生活なのか一ヶ月以上、顔も見ていない。思えば出会った頃から結構な頻度で見かけてはいたため、こうも長く仙道に会っていないのは初めてだ。ジョギング中の浜辺でも会わないということは、本当に釣りを返上してバスケに熱中しているのだろう。 春休みは、いっそ両親の元に戻ろうか――と思うも、部活に精を出しているだろう仙道を思えば遊び歩く気にもなれず、結局は図書館と学校を往復しての勉強に明け暮れた。 海南も相変わらずの練習量で、春休み中さえ体育館からはボールの音が途切れることはない。 四月を間近に控えたある日の夕暮れ、ひょいと体育館を覗くと、練習明けなのか神を含めて複数の選手が居残り練習をしていた。 あ、とこちらに気づいた居残り組の一人、清田が手を振ってくる。 「さーん! ちょうど良かった、練習見てくださいよー!」 国体でテクニカルコーチを務めたせいだろうか、たびたびこうして請われることもあっただが、生憎と今日はバッシュも着替えも持ってきていない。フォーム見るくらいしかできないよ、と前置きして清田の練習に付き合う。 海南は紳一の抜けたポイントガードには控えガードだった二年の小菅が入り、清田とのツインガードを軸にしてオフェンスの主体は新キャプテンの神が担い、ミドルレンジからの攻撃にアドバンテージがあるチームカラーになりつつあった。 清田はディフェンスが巧く、インサイドへの切れ込みが得意なストッパー&スラッシャータイプのシューティングガードではあるが、上背が足りないこともありインサイドではやや不利である。ゆえに高頭の方針でミドルレンジ強化の案が上手くいき、今では長距離ジャンプシュートも危なげなく入るようになってきている。 小菅も180前後の身長ではあるが、ガードとしては十分な高さで、特にジャンプシュートを得意としており、今年の海南は外からの攻撃が多彩だ。フロント陣もそのまま控えの二年生がレギュラーにあがり、夏までには去年の武藤や高砂と遜色のないレベルに仕上がるだろう。 見られていることに多少の緊張を覚えているのか、清田は顔を強ばらせつつもミドルレンジを5本連続で決めてガッツポーズをし、ははは、と見ていたらしき神が声をかけてきた。 「信長、最近張り切ってるんだよ」 「神くん……」 見上げた神は、相当にウエイトトレーニングを積んだのか、去年よりもがっしりした身体付きとなっている。身長も、見た感じでは仙道とほぼ同じだ。体格は去年までなら神の方が細かったが、今は勝るとも劣らない。 「神くんも、そうとう鍛えてるでしょ。去年よりもがっちりしてる」 「元がセンターだから、少しはパワーを付けてインサイドでも貢献しなきゃな、と思ってね。県内には桜木とか、他にもリバウンドの強いフォワードはいるから、まあ勝てないまでも惨敗しないようにね」 サラッと言った神は、本気で攻守両面の強化を図っており、清田とよく1on1を熱心にやっている場面はも何度も目撃している。事実、も練習を手伝って1on1のディフェンスになることもあったが――、確実に神の突破力は向上している。単なる平面の勝負で自分のディフェンスを突破できる選手はそうはいない。と自負しているにしても、手強い、と思う場面が多々あるのだ。ということは、普段のシュート練習に加えて相当な基礎鍛錬を上乗せしてきているということだ。 「もっちろん! 神さん率いる我が海南は今年こそ全国制覇! この清田信長にバッチリ任せておいてください!!」 明るい声で清田がそう宣言し、神は困ったように眉尻をさげて周りの部員たちは笑い声をあげた。清田の張り切り具合は、もっとも慕っている神のため、ということもあるのだろう。圧倒的リーダーシップ、というわけではないが、神の人柄にみなが付いていく。今年の海南はよくまとまったいいチームになりそうだ。 目があった神がニコッと笑い、も笑みを返した。 そうして思う。――全国制覇。成し遂げられるのはたったの一校。仮に海南と陵南の両方がインターハイ出場を叶えたとして。果たして自分は――、練習に戻った神のスリーポイントを目の留めながら、の脳裏にはふっと仙道の姿が過ぎった。 四月に入れば、各学校それぞれ新入部員で賑わう。 バスケ部に関して言えば、やはり今年も実績が抜きんでている海南に良い新人が集中し、ついで地元のバスケ部で鳴らした人間は公立の湘北を受験して、陵南はそこそこに留まった。いくら天才と呼ばれた仙道を要していても、これはもう知名度の差だろう。 後輩が出来たことで俄然張り切りを増した清田は、連日、熱すぎる後輩指導を繰り返して高頭や神に失笑されていたものの、神並とはいわずとも個人練習量をこなし、朝から晩まで授業を除けばバスケット漬けという生活だ。 朝、浜ランのあとにオフェンス強化という課題を自らに課した清田は、自主練習のあとに朝練、そして通常練習のあとにさらに自主練というローテーションのきつさに悲鳴を上げながらもなんとかこなしていた。 そして改めて、神のすごさを知った。毎日、誰よりも早くコートに来て、誰よりも遅く帰る。清田が入学した時には既に神は当然のようにそれを続けていた。そして今は、主将として的確な指示をみなに飛ばし、日課のシュート練習に加えてウエイトトレーニングや攻撃練習も増やしている。 いつも穏やかで優しくて、そして誰よりも自分に厳しい。――この人のために、ぜったい一緒に勝ち上がりたい。という思いは益々清田の中で膨れあがっていた。 とはいえ、現実問題――、湘北には忌まわしき敵・流川がいるし、陵南にはあの天才・仙道がいる。他にも緑風や翔陽など神奈川には数多の強豪がひしめいているのだ。が、海南にとって最大の敵となるのは、やはり仙道有する陵南だろう。 仙道は、今までのバスケ人生において「衝撃」という意味では清田にとって最上位にいる選手だった。去年のインターハイ予選決勝リーグで初めて相まみえた彼は、フォワードからいきなりポイントガードへコンバートしたにも関わらず、当時の神奈川ナンバー1であった紳一と互角の勝負を繰り広げていた。結果として海南は勝利したが、向こうは大黒柱・魚住を失った状態にもかかわらず仙道がゲームをコントロールし、海南と対等の勝負に持ち込んでいたのだ。あんな凄い選手は初めてだ、と息を呑むも、国体の合宿で一緒になった仙道は、気さくでどこか間が抜けていて、けれどもやはり凄くて。神とのコンビネーションもバッチリで、畏怖から憧れに変わった。 だけど――、だからといって、陵南に負けるのは許されない。 「よォし、ハーフコート3on3だ!」 「はい!」 高頭も指示を飛ばしながら、新生海南を満足げに見やっていた。 新入部員の何人がこの先残れるかはともかくも、レギュラーの面々は個々が力を合わせあい、キャプテン・神のオフェンスを十二分に引き出すよう動くいいチームになりつつある。 ――神は、本当にこの海南に相応しい、歴代の中でももっとも海南らしいキャプテンとなるだろう、と高頭は見込んでいた。 海南では到底やっていけないと、初めて神を見たときに思った2年前のことが今はただ懐かしく、自身の見込み違いを自嘲するばかりだ。 そう、海南の常勝の秘訣は「才能」にあらず。他に勝る努力を続けたもののみが掴み取れる最高の栄誉だ。そこに在るのは他ならぬ努力の結果。 神は、この高校生活で誰よりも努力をしてきた。もしかすると、自分の監督人生の中でこれほど努力できる選手に出会えたのは初めてのことかもしれない。 今年も、海南が最強だ。神に、そして清田たちに必ず神奈川の優勝旗を握らせてやりたい。 懸命にボールを追う彼らを眺めながら、高頭は深く頷いた。 仙道の方も海南に負けず劣らず、朝から晩まで生まれて初めてといっていいほどのバスケ漬けの毎日を送っていた。 自身の部屋はまさに寝るだけの場所と化し、洗濯さえままならないという有様だ。 釣りももう、なんだかんだ2ヶ月以上やってねえな、と思いつつ朝になるといつものように鳴り響いたアラームを止め、伸びをする。 浜ランだけは、神奈川に越してきてから続けている習慣だ。とはいえ、それが早朝になるかどうかは気分によって変わっていたが、今は毎日ちゃんと朝練の前に走るようにしている。 早起きは少々辛いが、なにも考えずに海を見ながら浜辺を走るこの時間は、仙道にとっては気に入っている時間だった。 波の音を聞きながら、七里ヶ浜を走るのは心地良い。誰に煩わされることもないし、といつものように海岸線を走っていると、早朝にも関わらず前方から人影が二つ走ってきて、あ、と仙道は足を止めた。 「神……! それに、ノブナガ君……」 「仙道……」 「仙道さん……!」 海南の神と清田だ。 海南と陵南は割と近いとはいえ、江ノ島を挟んで反対側のエリアであるため、こうして会うことは珍しい。 自然、どちらともなく足を止めて、仙道は流れてきた汗を拭った。 「二人おそろいで。はやいな」 「海岸線走ってたら信長と会って、ちょっと遠くまで走ってみようと思ったんだ」 「ああ、なるほど。ここで会ったの初めてだもんな」 自分よりだいぶん早くから走っていたのだろう。おそらく稲村ヶ崎あたりで折り返してきただろうに、大量の汗を滲ませる神は涼しい顔をしている。それに、前に会った時よりもだいぶん体つきが変わっている。身長は元から同じくらいだったが、体型まで似てきてるな、と観察していると清田が声をあげた。 「仙道さんも走り込みっすか?」 「うん、まあ……そんなトコかな。けっこう好きなんだよな、海沿い走るの」 笑みを浮かべつつ、ん? と目を凝らす。 「あれ、身長伸びた? ノブナガ君」 言えば、清田は目を輝かせて跳び上がった。 「あ、やっぱ分かっちゃいます!? オレもようやく180センチの大台に乗ったんすよ! 最終的には神さんや仙道さんくらい欲しいんですけど」 180センチ――彼とマッチアップするだろう越野とちょっと差が広がったな、などと思いつつシャツの裾で汗を拭ってから、ふ、と息を吐いた。 「じゃ、お互い頑張ろうな」 そうして先を行こうとすれば、神も頷いて「またな」と返事をし、再び仙道は二人に背を向けて走り始めた。 が、しばらくすると砂を踏みならす音が不自然に近づいてきて仙道は足を止めた。振り返ると清田が肩で息をしながらこちらに向かってきており、仙道はきょとんとして清田を見据えた。 「せ、仙道さん……!」 なんだ? と思いつつ瞬きをすると、キ、と顔をあげた清田は強い視線でこちらを睨みあげてきた。 「オレ、仙道さんのことスゲー尊敬してます!」 「え……」 「けど、オレ、ぜったい負けません! 夏に勝つのは、オレたち海南大附属っすから!」 言って清田は直角に頭を下げ、そうしてUターンして走り去っていってしまった。 その背を見送って、数秒間、仙道はその場に立ち尽くした。――まいったな、とどうにか呟いてようやくランニングを再開する。 そういえば、清田は自分を慕ってくれてたような気がする。自分にひたすら立ち向かってくる流川・桜木とは違うタイプの後輩だった。そうだ、清田も海南の有力な戦力だよな、と思いつつ瞳を閉じる。――浮かんできたのは、先ほどの神の姿だ。 ――神宗一郎。全国一のシューターで、海南大附属のキャプテン。 おそらく、自分がもっとも「畏怖」を感じている選手は彼だ。選手として、人間として、そして男として。 なにもかもが自分と正反対の人間だ。生真面目で、こつこつと努力を積み重ねられるタイプで。だというのに、意外なことに彼とは気が合い、ウマが合った。おそらく向こうもそう感じたことだろう。けれども、互いに心のどこかで――負けられない、と思っているのもまた同じだ。 あの体型の変化を見るに、さらに相当な努力を重ねてきたに違いない。 海南大附属を18年連続優勝に導かねばならないという重みを背負う神の覚悟は、並大抵ではないだろう。1on1では決して負けない相手ではあるが、一人の人間として、神はすこし怖い。 それに――。 『ちゃんが見てたから、ね』 『え……!?』 『"私が出たほうがマシ"って思わせたくないな、ってさ』 ははは、と軽く言っていた神の声を思い出して仙道は唇を結んだ。 いまも毎日、あの二人は一緒なんだろうな、と過ぎらせて苦笑いを漏らす。 いや、これはただの嫉妬か……と自身に突っ込んで、ひたすら仙道は朝焼けの浜辺を走り続けた。 |